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コラム連載 再生可能エネルギーはなぜ世界中で推進されているのか

再生可能エネルギーはなぜ世界中で推進されているのか

2017年12月14日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 世界中で再生可能エネルギー(再エネ)が推進されています。なぜ、世界各国はこれほどまでに再エネを推進しているのでしょうか? その理由は、なんとなくでも成り行きでもありません。「地球に優しいから」とか「シロクマがかわいそうだから」といったふわっとしたエモーショナルな理由でもありません。経済合理性の観点から再エネが推進されています。そのキイワードは、「便益」と「外部コスト」です。

 便益も外部コストも経済学用語なので、大学などで経済学を学んだ方以外はあまり馴染みがないかもしれません。本講座コラム連載でもたびたび登場する用語ですが、ここで改めて便益や外部コストとは何かをおさらいしたいと思います。

便益は皆が分かち合うもの
 まず、便益benefitとは、利益profitと違い、特定の企業や産業界だけが得るものではありません。関係者全員、特に市民や国民全体が恩恵を浴するものです。例えば、再生可能エネルギーの便益とは、以下のようなものが挙げられます。
  • 化石燃料の削減
  • > 健康被害の抑制、輸入依存度低減、自然保護
  • CO2削減
  • > 異常気象の抑制、生態系への影響
  • その他
  • > 雇用創出など

 例えば、国際再生可能エネルギー機関 (IRENA) の報告によると、気候変動(地球温暖化)を防ぐためには、世界全体で毎年2,900億ドル(≒33兆円)の再生可能エネルギーへの投資が必要と試算されています(図1)。この投資額だけを切り取って議論すると、「そんな額を誰が払うんだ!」「国民負担が増える!」という意見も聞こえてきそうですが、その投資を行えば、大気汚染やCO2増加による地球規模の損害を防ぐことができ、その便益は1.2〜4.2兆ドル(≒140〜480兆円)と試算されます。逆にいうと、この投資を怠ると、その4〜15倍の損害が発生することになります。この損害は、特定に企業や投資家のみが不利益を被る損害ではなく、国民全体・地球市民全体に降りかかってきます。したがって、このような損害を防ぐこと自体が地球市民全体へもたらされる社会的便益となります。

図1 再生可能エネルギーのコストと便益
図1 再生可能エネルギーのコストと便益
(出典)IRENA: Roadmap for a Renewable Energy Future (2016)

 昨今は再エネの固定価格買取制度 (FIT) の賦課金の上昇で「国民負担」が喧伝されています。もちろんFIT買取価格の低廉化は努力しなければならないものの、上記の便益の概念がすっかり抜け落ちてコストばかりを議論するとしたらそれはコスト圧縮論にしかならず、投資を控えてデフレを積極的に推奨するようなものです。再エネへの投資は次世代への富の移転であり、便益の概念なきコスト圧縮論はかなり近視眼的であるということに留意すべきです。

外部コストは他人に迷惑をかける度合い
 また、外部コストexternal costとは、隠れたコスト hidden costとも呼ばれ、市場取引の価格に反映されないコストです。例えば、農薬たっぷりの野菜は確かに育てるのがラクで安く売れるかもしれませんが、農薬による土壌汚染や健康被害が発生した場合、誰がそのコストを払うのでしょうか? 異様に安い洋服やサッカーボールは、発展途上国の児童強制労働が関与していないでしょうか? このように、消費者も賢くなっている現代では、単に「安ければ良い」ではなく、誰かに不当に迷惑をかけて(負の外部コストを発生して)まで安くすることは倫理上許されないという意識になっています。

 例えば気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の調査によると、再生可能エネルギーは他の電源に比べ文字通り桁違いに外部コストが低く、特に風力発電はその中でも最も低い技術のうちの一つであることが明らかになっています(図2)。逆にいうと、石炭火力は再エネの100倍以上の外部コストを発生している故に安い価格で発電していることを意味します。世界中で石炭へのダイベストメント(投資の引き上げ)が起こっていますが、これも単なるエモーショナルなブームではなく、世界中の投資家の経済合理的判断に基づいた当然の帰結であるとも言えます。日本の産業界はこの国際動向に鈍感すぎるかもしれません。

図2 再生可能エネルギーおよび火力発電の外部コスト
図2 再生可能エネルギーおよび火力発電の外部コスト
(出典)IPCC第3作業部会: 再生可能エネルギー源と気候変動緩和に関する特別報告書, 環境省訳 (2012)

 もちろん、風力や太陽光も外部コストはゼロではなく、景観や騒音など地域住民との摩擦も日本では少なからず報告され、その問題解決が急務です。しかし、外部コストがゼロではないからといってその問題ばかりを取り上げ、風力や太陽光という技術そのものを選択しないとするならば、他のより外部コストが高い電源を選択せざるを得ない、という矛盾に陥ってしまいます。逆に再エネも、再エネだからなんでも良いと大手を振って歩くことは許されず、自ら外部コストを下げる努力をしないと、消費者から信頼を勝ち得ないでしょう。

大局的な問題解決のための議論を
 以上のように、便益と外部コストに着目すると、なぜ世界中で再エネが選択されつつあるのかがよく理解できます。逆に、日本でなぜ再エネがあまり進まないかを考えると、再エネに賛成する人も反対する人も便益や外部コストの議論が希薄だからではないか、と推測することもできます。

 昨今は送電線の空容量問題がクローズアップされていますが、この問題の本質を考える上でも、この便益と外部コストの概念は重要です。再エネは(特に次世代の市民に)便益をもたらすものであり、それゆえに変動対策や系統増強のコストはそれを受益する電力消費者に広く薄く負担してもらうのが、技術的にも経済的にも合理的であるということが世界的な研究や実運用から明らかになっています。日本での議論も、小手先の場当たり的な問題解消ではなく、便益と外部コストの概念を十分意識した大局的な問題解決が望まれます。

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