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コラム連載 (続) エネルギー・発電の“隠された費用(hidden cost)”

(続) エネルギー・発電の“隠された費用(hidden cost)”

2018年1月11日 加藤修一 京都大学大学院経済学研究科 特任教授

英国議会の非常事態宣言 ―紳士の国で一体、何が?
 死をもたらす“ネトゲ”(ネットゲーム)の今日、WHOはネトゲ疾病を国際疾病分類 (ICD)に入れるようだ。ネット社会の負の蔓延だ。一方、伝統的な負の拡散も続く。CO2等の大気汚染だ。深刻な中国、インドは今さらいうまでもないが、WHOは深刻な実態を先進国にも突きつけた。かつて、英国のロンドンはスモッグに悩まされたが、今日さえも大気汚染で霞むロンドンは信じがたい。法的規制基準を超えたゾーンが少なくない。苦悩で人々の顔は歪む。ロンドン市長は過度な排気車に混雑課税の設定を公表した。

 英国は毎年約5万人(UN報告)が死亡し、英国政府は対策に多額を費やしている。英国議会は公衆衛生の「非常事態宣言」を行った。一方英国政府は大気汚染訴訟の高等裁判でも敗訴した。外部不経済に対する課税の検討、2040年までにディーゼル等の販売中止、EVの大量導入は深刻な現実の突き上げである。新しい潮流はそこまで来ているが、驚異的な死亡は今も続いている。人類の巨大な弾み車の慣性はあまりに大きい。

求められる内部化 ―新しい価値創造の時代
 前稿で触れた外部性の不経済は深刻だ。本来、経営に計上すべき費用が隠され続けてきた結末である。これに対応して、パリ協定の締結以降、急速に浮上してきたように見える価値がある。新しい価値とは「内部化(internalization)」を指す(図-1)。内部化は“真の費用”に近づけ、社会的費用を削減させ、ロンドンの霞は晴れ、“笑顔”が戻る。新しい過程だ。昨年10月、国連NGOのGEA(地球環境行動会議)の実行委員として、パリ条約と脱炭素社会に関係する国際会議を進めた。SDGs(持続可能な開発目標)・ESG(環境・社会・ガバナンス)・年金基金と倫理的投融資などが議論となった。

 議論の盛り上がりの最中、「ネガワット」の著者であるピーターヘニッケ博士が「人間にとって“幸福”とは何か?」と発言した。思えば、2002年のリオ+20は幸福指標が議論された初めての国際会議である。これ以降、多くの指標が開発され諸国間比較が進み、今では「国際悲惨指標」に至っている。外部不経済の拡大は「メガデス⇒不幸」である。科学的真理が歯止めなき既存の価値観を素通りした弊害だ。果たして人類社会は飛躍的な便益を得ているのか。「生と死の経済学」で扱う「生命の確率的価値:Value of Statistical Life: VSL」の議論もあるが、内部化の価値創造は時代を動かす必然である。

図-1 破線内の内部化と新しい“価値創造”の時代へ
図-1 破線内の内部化と新しい“価値創造”の時代へ
資料:前稿のエネルギー・発電の“隠された費用(hidden cost)”に内部化などに筆者加筆(2018.1)。

“浮上”の原点的背景 ― スタートはヨーロッパの「ExternEプロジェクト」
 新しい価値が“浮上”と書いた。その原点はヨーロッパにある。1990年代の初頭から外部性、“隠された費用”の調査研究が進められた。代表は「ExternEプロジェクト」だ。
 ExternE:External Costs of Energyは実に野心的な試みであるが、EUは強力にサポートした。目的は市場を介さない影響の定量的評価(図-1)であり、<全10巻+別巻3>(表-1)に及ぶ。実に今から20数年も前のことである。ところで、日本の行政は定量化に距離をおき淡泊な傾向がある(電力改革は規制影響分析や費用便益分析を駆使したとはいいがたい)。欧州は差異ある諸国の連合体であり、曖昧性は公正さを失う可能性が大きい。公正性を優先し、曖昧性を排除することも手伝っているが、必ずしも差異が理由ではない。定性的な事象をできるだけ定量化の姿勢は強い。

 少し飛躍するが、ニュートン力学もこの姿勢とは無関係ではない。単純な式にみえるアインシュタインのE = mC2の背景は膨大な数式(科学的成果)の積み重ねである。ExternEの意義はそのような姿勢や背景が脈打っている。EUの発足前後にスタートした原点的なExternEを評価すべきである。ExternEプロジェクト等(表-2)の定量的方法論の基本には、影響経路分析法がある。貨幣価値による評価には多くの分析法が使われる(図-2、最下端)

表-1  ExternEプロジェクト ― <全10巻+別巻3>の広範なアプローチ
表-1  ExternEプロジェクト ― <全10巻+別巻3>の広範なアプローチ

 これには「生命の確率的価値」とも関係しており、複雑多様であり学際的な方法論である。これらの原型から枝分かれを経てWHO、IEA等による大気汚染死亡数の推定となっている。また看過できないのはExternEに関連するNEEDS:new energy externalities development for sustainabilityである。その目的は遠大だ。加盟国や拡大EUの将来のエネルギー政策の“真のコスト”と便益(=直接+外部)を評価することにある。既に当時から長期的、戦略的、計画的な狙いを定めている。詳細は次稿以降にする。

図-2 定量的方法論の原型フロー
図-2 定量的方法論の原型フロー
資料:Report on Renewable Energy–Costs and Benefits to Society (RECaBS)

表-2 定量的方法論等のレポート
表-2 定量的方法論等のレポート
資料:筆者作成。

世界的な会計事務所にみる新展開 ー 外部性に対応する斬新な“価値創造”
 企業は、サプライチェーン、《上流―自社の直接事業―下流の製品とサービスの使用や廃棄》、を通じて価値連鎖をつくり、外部性ともつながっている。世界的な会計事務所は企業の新しい要請や時代の新しい価値を素早くとらえてビジネス展開をしなければ生き残ることはできない。外部性について決定的なことは“内部化時代”との判断にある。これは斬新な価値創造である。KPMGのその方法論は興味深い。詳細は次稿以降に譲るが、価値創造は全ての企業の目標である。一般的に企業と社会全体の価値創造は必ずしも合致しない。

 「KPMG真の価値の方法論」は、企業が創出し社会に還元する価値が、株主の価値にどのように影響するかの理解を促すツールだ。ツールは、適用拡張性が大きく、企業全体/部門/特定プロジェクトに適用される。具体的には、(1)企業の外部性が創出し還元する価値を特定し財務評価する段階、(2)外部性の内部化が(規制、利害関係者の行動、市場動向を通じて)将来収益に及ぼす影響評価の段階、(3)社会全体のために創造された価値が、株主の将来価値をどのように創造し、保護するかの三段階を経る。これは、企業的視点を基本としながらも内部化を練り込んだ価値創造を受け入れた新しいビジネスモデルである。

“汚い電気?”より、“汚い空気”こそが問題
 2002年前後の日本において、自然変動電源である再生可能エネルギーは“汚い電気”と陰口を叩かれた。再エネの送電線接続に“原因者負担の原則”を電力関係者から聞く。もともと環境科学用語の汚染者負担の原則(PPP)である。この使い方は誤解を招きかねない。再エネ事業者が(英訳時に)汚染者のように聞える。“汚い電気”を言う前に“汚い空気”を生みだす外部性コスト、“隠された費用”が問題だ。内部化による真の費用こそ(発電技術の)適正な費用となり、再生可能エネルギーは評価され、公正な競争を促し、電動社会が進み、死亡数は減少する。

 KPMGは一例である。EU等の基本的な方法論の積み重ねが、前述したようにWHOやIEAの汚染死亡数の推定に帰結している。更にこれらはPDCA、EBPM、各種アセスメント等のP(計画)とE(証拠)等のインプットにもなり、政策過程は精錬される。

 今後、ExternE等の小史と内部化の方法論について、エネルギー政策と関連づけて触れたい。

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