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コラム連載 エネルギ-基本計画考察⑤:技術が市場を作るのか、市場が革新を生むのか

エネルギ-基本計画考察⑤:技術が市場を作るのか、市場が革新を生むのか

2018年5月24日 山家公雄 京都大学大学院経済学研究科特任教授

【エネルギ-情勢懇談会が強調する技術革新】
 4月10日にエネルギ-情勢懇談会の提言案が出された。パリ協定締結を受けて2050年までの脱炭素化への道筋を示すものである。日本政府は温室効果ガスの8割削減を公約しているが、30年程度の間でどのような姿・方向を示すか注目を集めていた。

 基本計画案におけるエネルギ-源毎の方向を掲載順に示すと、省エネ等は第4のエネルギ-源、再エネは主力電源化、原子力は可能な限り減少継続、火力・資源は効率的・安定的利用となっている。しかし、いずれも多くの課題・留保が列挙され、数値が示されず、歯切れが悪い。

 今回は、提言において重視されている技術開発、産業競争力に焦点を当て考察する。懇談会提言では、「再エネの調整力」への期待をも強調して、日本が技術の優位性を持つとする蓄電池、水素に力点を置く。どの資源にも決めきれない不透明性があるなかで、他国の依存を受けない「非連続的な」技術開発の重要性を強調する。

【太陽光は既存技術大量生産の中国が圧勝】
 技術と産業競争力の関係に関しては、近年色々な議論があった。優位な技術があれば自ずと産業の競争力が付いてくるとの考え方がある。一方で、関連市場規模の明確な見通しの下で技術開発が進む、政策的に市場創造を担保することで技術はついてくるという考え方がある。近年の動向をみると、後者が圧倒しているように思える。技術立国としての成功体験を持つ日本は、特に煮え湯を飲まされてきた。「市場を作る」ことの視点に欠けていたことが最近の苦戦を強いられてきた大きな要因だ。

 エネルギ-の代表的な例は、正に再エネである。太陽光発電は、新エネルギ-技術開発の模範とされ(唯一の成功例とのシニカルな見方もあった)、2000年代前半までは、シャープを筆頭にパネル生産の上位数社を独占していた。ところが、ドイツが2004年にFIT制度を拡充したことを皮切りに欧州を主に市場が急拡大した。それ以降、低炭素化の波にも乗り、世界でパネル需要が急拡大した。この動きを逃さずに大量生産に打って出たのが中国メーカーである。技術でトップを走っていた日本は省シリコン、省スペース等を目指して、変換効率向上、薄膜技術等の開発を進めていた。しかし、勝者になったのは、従来技術の結晶シリコンを大量生産によりコストを劇的に下げた中国勢だった。

【欧州洋上風力はゾーニング等で市場創造】
 世界の再エネ普及をリードした風力発電も同様である。FITを主とする欧州の再エネ推進策により、比較的低コストである風力は大幅に伸びた。陸上が手狭になると洋上に打って出た。沖合での建設・メンテナンスに新たなノウハウを要する等、陸上に比べて2~3倍のコストがかかるとされたが、20年足らずで陸上コストにも伍するような事業が登場している。これも、政府が主となり開発スケジュール策定、海域のゾーニングと募集、環境アセスやインフラの整備等を行い、事業の予見性を高めて事業リスクの低減を図り、これに民間事業者が果敢に対応した結果である。市場規模等の事業予見性があると、技術開発やコスト低下を考えて、実施するのである。大型のブレード(羽根)、基礎構造物、直流送電線、交直変換装置等の技術開発が実際に成し遂げられた。

 こうした市場規模を明示した予見性の重要性に関しては、MHI-Vestasの山田正人CSOが昨年6月の再エネ大量導入研究会にて詳しく説明している。「技術開発は市場創造とともにある」のである。基礎研究ならともかく、事業性を睨んだ技術開発は具田的な目標があって進むと言える。

【再エネ・技術セットが欧米の戦略】
 技術と産業競争力は、再エネ普及をエネルギ-政策の柱に据える欧州において、当初から政策の主要な目的の一つとなっている。再エネ、省エネ、分散型そして技術・産業振興が最初からセットになっている。これは、EUだけではない。米国は、連邦政府ベースでは明確な規定は見当たらないが、州レベルでは戦略として明示されている。代表例は、再エネ電力比率50%を州法で定めているニューヨーク州、カリフォルニア州である。

【再エネ普及の基本環境整備としてのシステム改革】
 再エネ普及のためには、FIT等のインセンティブが不可欠であるが、それに加えてインフラである送電線利用の中立化、送電計画の重視、取引市場の整備・革新が大きな役割を果たす。市場は、限界コストが反映され、変動性を吸収する柔軟性が活躍する上で、大きな効果を発揮する。こうした「システム改革」(ソフトパワー)が市場拡大の基盤となっている。EUは指令により、加盟諸国は指令を受けた国内法令により着実に整備してきた。

 また、開発した技術が標準化されるためには、国際的認知される必要があるが、ここでも市場規模が大きな意味を持つ。そこに大きな市場があるだけではなく、新たな市場を作っていこうとする構想力、意思が大きな役割を果たす。

 情勢懇の提言には、市場創造、ソフトパワーの整備が全くといっていいほど抜け落ちている。4つに分類した資源は、どれも一長一短があることを強調しており、優先順位が分かり難い。従って、予見性に乏しく投資誘因が起きにくい。最悪共倒れになる懸念もある。

【蓄電池と水素はシステム改革実現後に有効】
 日本が強みを持つ分野として蓄電池と水素が相変わらず強調されている。今回は単品ではなく、太陽光発電等の分散資源やIoTとの組み合わせを「システム」として提言しており、前進ではある。しかし、そのシステムは、家庭・事務所・車両等オンサイトの発想であり、ローカルネットワークに主眼が置かれている。大型蓄電池も電力流通設備に設置される発想である。分散型システムをローカルで整備する発想は正しい方向であるが、それだけではない。その前にやるべきことがある。

 情勢懇では、巨大な蓄電システムともいえる広域電力ネットワーク、それを運用する系統や市場の活用の視点が全くといっていいほどない。海外では、まずこの既存大規模インフラの有効利用に焦点を当て、これが最も低コストで有効との認識が浸透している。蓄電池というよりは、ストレージ(蓄電設備)として揚水、バッテリー、フライホィール、熱、燃料等の幅広い範疇に跨る。これらが市場を通じて運用される、市場にインテグレ―トされる方策が先行する。

 欧州では、分散型資源を集めて運用するVPPが商業化の段階に入っているが、取引市場整備がその基礎を成している。アメリカでは、この2月に連邦エネルギ-規制委員会(FERC)が市場運用者であるISOに対して、エネルギ-、アンシラリー、容量の各電力市場において各種ストレージが取引可能となるようにシステムを構築するように、オーダー841を発した。正に単品ではなくシステムである。

 エネルギ-情報懇談会提言案には違和感を覚える箇所が多いが、今回は、技術の開発と競争力について考察した。

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