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コラム連載 「エネルギー情勢懇談会提言」で日本は闘えるか

「エネルギー情勢懇談会提言」で日本は闘えるか

2018年5月31日 諸富 徹 京都大学経済学研究科 教授

[1]提言の背景
 2050年に向けた国の長期的なエネルギー戦略を議論する経済産業省の有識者会合(「エネルギー情勢懇談会」)が2018年4月10日に、それまでの議論を取りまとめて「提言」を公表した。

 この懇談会が設けられた背景事情としては、次の2点を挙げることができる。第1は、東日本大震災後にその策定論議が開始された第4次エネルギー基本計画(2014年4月閣議決定)の見直しである。第4次基本計画では、「可能な限り原発依存を低減」させることが謳われた上で、2030年の日本の電源構成を原発が「20~22%」、再エネが「22~24%」を占めると設定した(残りは火力)。

 現状では、日本の総発電量に占める原発比率はわずか2%程度、再エネは固定価格買取制度が効果を発揮してすでに約7%、これに約8%を占める大規模水力も併せると、再エネは約15%となる。目標との乖離という点で、原発は達成までに約10倍に増加する必要があるが、再エネは約1.5倍で済む。再エネの2030年目標達成はほぼ確実だとみてよいだろう。他方、原発については2030年目標の達成はきわめて困難とみられる。こうしたギャップを踏まえてどう議論を進められるのかも、注目点だ。

 いずれにせよ、基本計画は3年ごとの見直しが法令で義務づけられている。その見直し論議が既に始まっているが、それに連動させる形で、2050年までの長期を見据えた日本の電源構成を議論する場が必要となったのである。

 第2の背景事情は、「パリ協定」の発効である。これにより日本も、2050年に向けて温室効果ガスを大幅に排出削減する責任を負うことになった。したがって、原発依存の低減だけでなく、「脱炭素」という観点からも、2050年を見据えて大胆な温室効果ガス排出削減を可能にする長期エネルギー戦略を策定する必要があった。

[2]提言の主たるメッセージ
 提言全体を貫通するメッセージは、次の4点にまとめられる。第1に、第4次エネルギー基本計画とは打って変わって、「再エネの主力電源化を目指す」という文言が初めて入った。これまで、再エネは周辺的な取り扱いだったが、さすがに国内外での再エネの台頭は誰の目にも明らかになってきたことから、認識を変えたといえる。

 第2に、にもかかわらず第1の点と矛盾するように、提言の各所にわたって再エネのメリットを打ち消し、さらにその問題点や課題を強調したうえで、過度の再エネ傾斜にブレーキをかける論調が、提言全体を貫いている。

 第3に、エネルギーの技術間競争をめぐる帰趨は「不透明」であり、どの技術体系にも「不確実性」があると強調している。したがって、いま再エネに国内外で勢いがあるといっても、それのみに賭けるのは危険であり、全方位で様々な技術体系に目配りをしていかなければならないという結論を引き出している。このことは、原発を選択肢から外してはならないというメッセージとなっている。

 第4に、にもかかわらず原発を正面から議論することは避けられている。なぜ、原発は第4次エネルギー基本計画の目標に遠く及ばない現状となっているのか、その原因に関する分析は一切なされていない。他方で、パリ協定を受けて「脱炭素」が本提言全体のキーワードとなっており、それが原発の必要性を正当化する論理として用いられている。

[3]「電源別コスト検証」から「エネルギーシステム間コスト検証」へ?
 本提言の特徴は、「電源別コスト検証」から「脱炭素化エネルギーシステム間のコスト・リスク検証」への転換を謳っている点にある。東日本大震災以来、政府がエネルギー政策の方向を決める際には必ずと言っていいほど、各電源のコスト比較が行われてきた。そこでは原発のコストがもっとも低く、再エネのコストがもっとも高いことが示されてきた。これが国策として原発に注力し、再エネは周辺電源に留めておく主たる理由であった。

 しかし今後、再エネのコストがますます低下する一方、原発は福島第一原発事故以降、コストが上昇し続けており、化石燃料による発電もパリ協定後の世界でコスト増が不可避である。こうした情勢を踏まえると、電源間コスト比較で2050年を見据えるならば、「再エネを最重要視し、基幹電源化に向けて育成していくことがもっとも経済合理的である」という結論が引き出されるだろう。

 それゆえか、本提言は今回突如、「電源間」比較の土俵を切り替え、「エネルギーシステム間」での比較に移行する、というのである。検証の対象となるのは現行のエネルギーシステムと、以下の低炭素エネルギーシステムである。

再生可能エネルギー・電力貯蔵系システム:変動電源(太陽光、風力)+蓄電池・水素による貯蔵
水素・合成ガス化系システム:海外資源の水素ガス化・合成ガス化
既存の脱炭素電源系システム:水力、地熱、原子力
デジタル技術で統合する分散型システム


国内再エネ蓄電池
[出所]資源エネルギー庁「エネルギー情勢懇談会提言~エネルギー転換へのイニシアティブ~」関連資料(平成30年4月10日),スライド49枚目.

 これらのシステムコストを試算した結果が、上図に示されている。それを現行の電力コスト(kWh 当たりベース電源10 円、ピーク電源15 円、LNG 火力12 円など)をベンチマークとして比較しよう、というわけである。再エネは変動性の高い電源なので蓄電池と併用せざるをえず、すると再エネそのものの発電コストは低下していても(20~7円/kWh)、蓄電池が高すぎて(55円/kWh)、システム価格は95-69円/kWhと、とても原発や火力と競争できる水準ではない、という結論が引き出されている。

 このコスト比較に関しては、問題点を2点指摘できる。第1は、このコスト計算が全くのブラックボックスとなっている点である。「諸元」ということで、試算の前提となる数値の一部は明らかにしているが、こうした「低炭素エネルギーシステム」の技術的組み合わせを想定することの妥当性の根拠、試算の計算式/モデル、データの出所、すべて非公開となっている(経産省「懇談会」ウェッブサイトにも掲載されていない)。「東京大学の公開論文等」という言及があるが、著者も論文タイトルも示されておらず、外部から検証しようがない。米国は欧州では、こうした試算を行った研究機関なり、シンクタンクの名前で、外部からの検証に堪え得るように使用したデータや試算のプロセスをすべて明らかにした論文/報告書を、提言本体と併せて公開している。最近はやりの “evidence based” を標榜するのであれば、試算プロセスの公開性/透明性が担保されるべきであろう。本試算はこうした条件を満たしておらず、恣意性を指摘されてもおかしくはない。

 第2に、低炭素エネルギーシステムの想定が、現実的とは言えない。そもそも、再エネの変動性を蓄電池だけで吸収している国がどこにあるのだろうか。再エネの変動性は電力系統で吸収し、主として火力発電など既存電源が再エネの変動性に応じた追随運転を行うことで吸収するのが一般的である。日本の場合は、揚水発電所をこの目的に最大限用いることができる。こうした運用を行うことのコストは、蓄電池で重装備し、それだけで変動性を吸収する場合に比較し、はるかに低廉である。したがって、本試算から再エネは高価だという結論が引き出されるのだとすれば、議論をミスリーディングすることになるであろう。

[4]「360度対応」という名の先送り?
 結局、本提言は「不確実性」や「不透明性」に対処するために、現行の集中型電力システムを、再エネを中心とする分散型電力システムに切り替える選択肢を却下するための論理構成となっている。あらゆる事態に備える対応のことを、本提言は「野心的だが決め打ちしない」、あるいは「360度対応」と自ら呼んでいる。だがこれは結局、どの選択肢にも「選択と集中」を行わないことを意味する。今後、日本が人口減少と低経済成長で限られた資源をいかに有効に投じて最大の成果を上げるかが問われていく中、これでは貴重で限られた資源があらゆる技術体系に薄く広くばら撒かれ、結局はどの技術体系もものにすることはできず、提言の強調するエネルギー技術覇権をめぐる国家観の熾烈な競争に、日本は敗れ去ってしまうのではないかと不安になる。

 「野心的だが決め打ちしない」、あるいは「360度対応」とは、表現こそ良くても、再エネがエネルギー間競争の勝者になることがますます明白になってきた情勢の中で、原発の芽を何とか残したいという本音の別表現に他ならない。そのことが明確な方向性を本提言が示さない本当の理由だとすれば、まさに「360度対応」とは、将来に向けて日本が攻めていくのではなく、たんに結論の先送りを意味するにすぎない。明確な意思決定の遅れは、投資の遅れとなり、技術開発の遅れとなって、日本の脱炭素化/分散型電力システム化へ向けた産業発展の将来に暗い影を落としていくことになるのが心配である。

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