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コラム連載 再エネ大量導入に伴う需給調整市場と当日スポット市場の変化

再エネ大量導入に伴う需給調整市場と当日スポット市場の変化

2018年8月23日 中山琢夫 京都大学大学院経済学研究科特定助教

【はじめに】
 需給調整市場やスポット市場に直接参画するVPP事業者らは、会社設立時に、変動性の再エネ導入量が増えるにしたがって、TSOが実施する需給調整市場(Balancing Market)の役割が重要になると考え、ビジネスの重点をおいた。しかしながら、ドイツでは結果としてそうはならなかった(図1)。

風力・太陽光発電の平均的な発電量、需給調整力の要求量と当日スポット市場での取引量

【変動性再エネ電源の発電量と需給調整力の要求量、当日スポット市場の取引量】
 図1中、平均的な太陽光と風力の発電量を示しているのが、上の濃緑色の線である。太陽光と風力の発電量は順調に増えている。したがってこうした電源による系統全体の変動量も大きくなってきているはずである。

 ところが実際に取引されている二次需給調整力(セカンダリーコントロールリザーブ)(灰色の棒)の要求量をみると、その量は減少している。つまり、TSOが必要とする需給調整市場の要求量は、変動性電源が増えているにもかかわらず、減少しているのである。

 では、どのように調整されているのだろうか。結果として、当日スポット市場の取引量(黄緑色の棒)が増えている。つまり、需給調整市場よりもむしろ当日スポット市場での取引によって、この変動の大部分の「しわ取り」がされているのが、ドイツの現状である。

 その理由について、2012年を基準に考えてみたい。2000年から2012年までは、TSOが再エネ電力を全量買取して、前日スポット市場で取引していた。つまり、TSOが再エネ電気の責任を負っていた。この時、再エネ電気の市場取引では、競争相手がいない4つのTSOによる独占状態である。その頃には、今日ほど精密なライブデータ、リアルタイムの発電データがほとんどなかった。

 なぜならば、当時のTSOは現在ほど緻密に考慮する必要がなかったからである。2012年以前、TSOは全量買取した再エネ電気を、全て前日スポット市場で取引していた。つまり、TSOが全量買取した再エネ電気は、当日スポット市場では一切取引していなかった。

 2012年以降は、アグリゲーター、直接市場家と言われるようなVPPやその他の再エネ発電事業者が再エネ電気を集めて、直接市場で販売することが推奨された。それ以降、これまで独占的な市場でおこなわれていた需給調整市場と当日スポット市場での取引が、競争の激しい市場へと変貌していく。

 さらに、今日と比べると比較的あいまいに処理されていたリアルタイムの発電データ、給電データを使った取引が進化していく。とりわけ、天気予報、つまり発電量予測は、その精度が劇的に向上していく。それに伴い、直前の当日スポット市場における取引が活発化し、取引量が増えていくことになる。

【再エネ電源の取引形態:2010年と2015年の比較】
 では、まったく同じ風力設備(定格:1MW)の電気を2010年に売る場合と2015年に売る場合では、どのように変わったのかを具体的に見てみたい。

 2010年の段階では、TSOとその中にいるアナリスト(一部取引を行う人)が、翌日の発電量を15分ごとにメッシュで予測していた。この時、前日スポット市場において15分単位で、例えば1MWの発電量を、前日の12時までに全て取引する。

 仮に1MWの風車に当日の15分の間に強い風が吹いて、1.2MW発電してしまったとする。取引量と実際には外れてしまった0.2MW分は、ライブデータでは確認していないので、どうなっているかわからないし、そのため当日市場での取引ができない。

 2015年になると、大きく状況が変わる。多数の天気予報業者の気象予報を利用し、VPPの中で働く気象予報士が、たとえば翌日のある15分において、1.05MW発電するだろうと予測したとする。現在は、さらに当日2時間前まで発電量の予測をする。

 この場合、VPP内の気象予報士が当日2時間前までに1.2MW発電すると予想すれば、トレーダーが、0.15MW分の取引を開始する。予測したよりも多く発電した電力は、需給調整市場ではなく、当日スポット市場でVPP内のトレーダーが取引していくことになる。

 これが、需給調整市場が縮小し、当日電源市場が大きくなっている理由のひとつである。なぜこのような変化が2012年に起こったのだろうか。

 2012年以前は、固定価格買取制度(FIT)のもとで全量買取してもらえたので、発電事業者は、こうした当日直前までの緻密な発電量予測にはほとんど興味がなかった。ところが、2012年に市場プレミアム制度が導入されたことで、VPPのようなトレーダーが、再生可能エネルギーを卸売市場に販売できるようになったことで、状況が変わってくる。

【TSOの役割の変化】
 一方、その後TSOは、「電力を供給するものではなく、系統を管理するものであって、電力を販売したり取引したりするものではない、だから、原則卸売取引はやらない」という方針を決めた。現在は、発電事業者にとっては以前と比べるとリスクも大きい、市場での直接取引が基本となっている。

 そのため、今現在は、市場価格は翌日の15分単位での発電量を予測した上で電力を販売することになるが、実際に予測を外した15分の電力量については、罰則、つまりインバランス料金を支払わなければならない。このインバランス料金は、ビジネス上の大きなリスクになる。

 もちろん、インバランス料金の発生はそれまでにもあった。政府がインバランス料金の経済的リスクを、TSOから直接市場取引業者に移行させたのが2012年の決定の含意である。以前はインバランス料金の責任をTSOが取らなければならなかったが、TSOは取引業者ではなくすることで、その責任主体を移行した。

【まとめ】
 変動性の再エネが大量導入されると、それを調整するために、TSOが実施する需給調整市場の重要性が高まると予想された。しかし、ドイツでは近年、むしろ需給調整市場の要求量が、とくに二次需給調整力市場において減少し、当日スポット市場の役割が高まってきている。

 これは、需給調整市場における「ドイツの逆説」(The ”German Paradox” in the balancing power markets)と呼ばれている(Ocker and Ehrhart(2017)など)。電力市場参加者が増え、競争が活性化されることで、変動性再エネ電源の大量導入によるTSOの負担は限定的になる、ということが示唆されている。


VPP:Virtual Power Plantの略。バーチャル発電所、仮想発電所などと訳される。
変動性再エネ:風力発電・太陽光発電、流込み式水力発電などの再生可能エネルギー。
TSO:Transmission System Operatorの略。系統運用者、送電事業者。
需給調整市場:TSOによって実施される需給調整を目的とした電源のオークション。
二次需給調整力:需給調整市場で入札される商品にはPrimary(一次)、Secondary(二次)、Tertiary(三次)の各調整力が設定されている。
アグリゲーター:比較的小規模で分散型発電所の電力をまとめて(アグリゲートして)、卸売市場や需給調整市場に販売するプレーヤー。
市場プレミアム制度:再エネ事業者が電力卸売市場などに直接販売すると市場価格に一定のプレミアムが上乗せされる制度。現在はFIP(Feed in Premium)と呼ばれている。


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