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コラム連載 北海道ブラックアウトと電力市場

北海道ブラックアウトと電力市場

2018年10月4日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 2018年9月6に発生した 北海道胆振東部地震による発電機損傷をきっかけに北海道でブラックアウトが発生し、その後も供給力不足が続きました。この問題については筆者もさまざまな媒体で速報的に見解を述べてきましたが(例えばシノドス9/19付論考)、本稿では日本全体でほとんど議論されていない電力市場との関係について述べたいと思います。

ひっそりと行われた電力スポット取引停止
 9月6日以降、ブラックアウトの原因究明(犯人探し?)や供給力不足が連日報道される中、日本卸電力取引所 (JEPX) の北海道エリアでのスポット取引中止の発表は、ほとんどメディアでも注目されなかったようです。しかも、この取引停止が再開されたのはようやく20日後の9月26日になってからです。仮に証券取引所における株式や債券の取引がこれほどまでに長期に停止したら日本中が大混乱だったことでしょう。メディアも市民も何も関心がないということは、その分だけ日本の電力市場が成熟していないことを象徴していると言わざるを得ません。

 北海道エリアのスポット取引中止の理由について、JEPXは9月6日付の続報で「当面の間、北海道エリアの需要と供給がバランスしない状況が想定されます。このような状況下では、正常な市場取引を行うことが著しく困難であると想定されるため、本取引所では北海道エリアのスポット取引を北海道エリアの需給バランスが改善されるまでの間、中止します」と述べています。確かに、現在の日本の卸電力取引所のシェアが数%程度であるという状況に鑑みれば、それだけ寡占状態になりやすく、この判断はやむを得ないだろうということは理解できます。しかし、「需要と供給がバランスしない状況」だから直ちに取引停止ではなく、将来、電力市場を通じた需要調整ができる仕組みづくりをどう構築すべきか、議論を進めることが必要です。

電力市場を通じた需給調整
 現在の日本ではまだ電力市場のシェアが少なく、垂直統合された(発送電分離されていない)電力会社の中央給電指令所が需給調整のほぼ一切を管理しています。したがって、「市場を通じた需給調整」と言ってもほとんどの人が「そんなことができるのか?」と疑問に持つかもしれません。しかし、一足先に電力自由化や発送電分離が先行する欧州では、すでに当たり前のことになっています。

 欧州の電力市場での主要プレーヤーはBRP(Balance Responsible Party, 需給責任会社)と呼ばれます。日本風にBG(Balancing Group, バランシンググループ)の幹事会社に相当すると言うことも可能ですが、その役割も責任もだいぶ差があるようです。BRPは需給調整の責任(の一部)を担うため、誰でもなれるというわけではなく、送電事業者から認定を受ける必要があります。現在、例えばデンマークでは約50社、ドイツのTenneTという送電事業者のエリアでは約80社が登録されています。BRPには、旧大手電力会社系の発電事業者や小売事業者だけでなく、面白いことにアセットを全く持たないトレーディング専門の会社もあります(図1参照)。

図1  電力市場とBRPの役割(筆者作成)

 BRPは顧客として中小の発電事業者や小売事業者を抱えているため、再エネを含むさまざまな種類の電源やデマンドレスポンンスの資源を持っています。これらは、株式や証券と同じく「ポートフォリオ」と呼ばれ、彼らはポートフォリオを時々刻々と組み合わせて需給バランスを調整し、その調整した電力を電力市場に入応札します(最近の欧州では実供給の5分前まで再入札が可能なようになっています)。この「さまざまなポートフォリオを組み合わせる」「直前でも入札が可能」という電力市場の仕組みづくりによって、「再エネは不安定で予測できない!」という揶揄はすっかり昔話になっています。

 BRPは自らが通告した量の供給・消費が実行できなかった場合、高いインバランス料金(ペナルティ)を支払わなければならないため、インバランスを最小にして彼らの収益を上げるために最大限の努力を払います。多数のプレーヤーの利己的な行動の集積が社会全体の利益をもたらすという「神の見えざる手」は経済学の基本ですが、電力も多数のプレーヤーの参加により需給調整が行われるのです(もちろん、最終的な需給調整管理は送電事業者によって行われます)。いうなれば、これまで電力会社の中央給電指令所という「王様」が君臨していた制度から、多数の市場プレーヤーによる「民主化」へ移行するわけです。しかもこのような制度は決して将来の夢物語ではなく、欧州では(米国でも似たような形で)既に10年前から現実のものになっています。

需給逼迫時こそ電力取引の出番
 さて、このような成熟した電力市場で、仮に今回の北海道のように自然災害等による供給力不足が発生したらどうなるでしょうか? 供給が不足したら、当然、電力価格が高騰するでしょう。例えば、2018年7月は猛暑によりJEPXの西日本エリアのスポット価格が一時100円/kWhに達し話題になりましたが、このような価格高騰は実は驚くべきことではなく、欧州や北米では頻繁でないにしろ時々発生します。

 通常10円/kWh前後で推移しているスポット市場が100円/kWhまたはそれ以上の価格にスパイクした際に、各市場プレーヤーはどう行動するでしょうか? 発電事業者にとっては稼ぎ時で、頑張って持てる設備をフル運転しようとするでしょう。発電アセットを持たない小売事業者や消費者は一方的に損かというとそうでもなく、デマンドレスポンスでスパイク価格に対応し、ネガワットを電力市場に入札してむしろ稼ぐことも可能です。市場のボラティリティ(変動の激しさ)は、能力のないプレーヤーにとっては大損害ですが、賢いBRPにとっては稼ぎどきでもあります。そして賢い消費者は賢いBRPを選択します。それが成熟した電力市場におけるプレーヤーの合理的行動です。

 裏を返せば、現在の日本で「正常な市場取引を行うことが著しく困難」と判断されてしまうのは、そのようなBRPが活躍するための市場設計が十分進んでおらず、BRPに必要とされる能力(例えば気象予測・需要予測・市場予測)を持つプレーヤーが圧倒的に少ないということに他なりません。さらに、そのような日本の現状に危機感を覚える人もまだまだ少ないということ自体が根本的な問題かもしれません。

 日本では現在、「アグリゲーター」や「バーチャルパワープラント (VPP)」「スマートコミュニティ」などの技術や概念が百花繚乱ですが、残念ながらそこに市場取引の発想がまだまだ希薄です。欧州で現在活躍しているBRPは、そのような技術の受け皿になる媒体と考えてよいでしょう。市場取引の概念のない電力技術は、たとえ高性能であったとしても、日本以外では見向きもされないガラパゴス技術になってしまう可能性があります。

 日本では今後ますます自然災害が多くなり、来るべきリスクに備えたレジリエンス(回復力)のある制度設計が必要とされるでしょう。そのような非常時にこそ、不透明に市場取引を停止するのではなく、透明性の高い市場取引にこそ信頼を置くような制度設計が急務であると筆者は考えています。

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