Research Activities


久野秀二(ひさのしゅうじ)
  • 京都大学大学院経済学研究科 教授
  • 住所: 606-8501 京都市左京区吉田本町
  • Tel: 075-753-3451, Fax: 075-753-3492
  • Email:hisano@econ.kyoto-u.ac.jp

進行中の研究プロジェクト


2010~2012年度
国連農業食料ガバナンスと多国籍企業行動規範に関する政治経済学的研究
(科学研究費補助金・基盤研究(C)一般、研究代表者:久野秀二)
研究目的
 2007~08年の「世界食料危機」状況と中長期的な食糧需給逼迫見通しを受けて、国際社会は世界食料サミット等の場で危機対応を迫られてきた。そこでは、WTOを中心とする多国間自由貿易レジームの建て直しを模索する動きと、国連人権理事会「食料への権利」に象徴される国際人権レジームの構築に向けた動きがせめぎ合っている。国家・国家間組織だけでなく、グローバル化が進む農業・食料システムの主要なアクターとして影響力を行使する多国籍アグリビジネスや、問題領域ごと、あるいは領域横断的にネットワークを形成しながら国際社会で発言力を高める市民社会組織の展開も無視できない。本研究は、とくに国連機関の役割(意義と限界)に注目しながら、農業・食料のグローバル・ガバナンスをめぐって錯綜する利害関係主体の対立と調整の過程を歴史的・構造的に明らかにすることを目的としている。

学術的背景
 近年の国際政治経済学では、国際政治も国際経済も国家間関係を軸に分析しようとするネオリアリズムの潮流に対して、経済的取引の増大を通じた国際社会の相互依存関係の高まりを背景に、その整序システムとして国際機関の役割に注目する相互依存論や国際レジーム論等の潮流が優勢である。そこでは非政府組織や多国籍企業も国際関係の重要なアクターと捉えられている。グローバル・ガバナンスとは、こうした多様な利害関係主体による政治・経済・社会レベルの複合的な諸連関が、国際的な政策課題(問題領域)ごとの原則・規範・ルール・政策手続き等の制度化すなわち国際レジームの形成をもたらし、逆にそうして形成された国際レジームによって各主体の行動や主体間の諸関係が制約されるという動態的な状況を全体として総括する概念である。
 1995年にWTO体制が発足して以来、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスは、新自由主義的な自由貿易レジームによって主導されてきたが、その結果として、日本のような食糧輸入国はもちろん、先進輸出国においても農業構造の再編(家族農業の淘汰)が急速に進み、農業・農村経済の持続的発展とはほど遠い状況にあることが次第に露呈してきた(『農業と経済』2009年6月号特集「どこへ向かう世界の農業政策」)。途上国農業開発においても、世銀IMFによる経済構造調整プログラムの功罪が議論されるようになっている(同上)。こうした中で発生した「世界食料危機」によって、それ以前から国連機関や市民社会組織によって議論されてきた「基本的人権としての食料」あるいは「食料主権」という考え方があらためて注目を集めるようになった(久野秀二「食料サミットと国際機関の対応」『農業と経済』2008年12月)。2000年に国連人権委員会(現在は人権理事会)に任命された「食料への権利」に関する特別報告者による旺盛な活動、2004年に国連食料農業機関FAOで採択された「適切な食料に対する権利の漸進的実現のための自主的ガイドライン」はその一部である。そこでは、加盟国・締約国が遵守すべき法的責務が主に議論されてきたが、最近では、国家の法的権限を超えるような国際機関・多国籍企業主導による開発援助・投資・貿易・知的所有権レジームのあり方も含め、「食料への権利をすべての人民の基本的権利として尊重・保護・実現すること」が強く求められるようになっている(久野秀二「国連『食料への権利』報告と求められる農政改革」『農業と経済』2009年6月)。そのなかで本研究が注目するのは、多国籍アグリビジネスの事業活動が「食料への権利」に及ぼす影響と、こうした国際社会での動向に対する多国籍アグリビジネスの側からの応答である。それは、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスにおける多国籍企業の政治的・経済的な影響力の増大というだけではなく、とくに1992年のリオ地球環境サミットを前後して高まってきた、多国籍企業による社会的・環境的な行動規範や認証・表示制度の導入と普及を通じたCSR(企業の社会的責任)の実践と、国連を中心とする人権レジームの動きとが密接に関わるからである(久野秀二「多国籍アグリビジネスとCSR」『農業と経済』2008年7月)。事実、「食料への権利」に関する特別報告者(オリビエ・デシュッター氏)は、同じく国連人権理事会に任命され、企業の社会的責任や多国籍企業行動規範などを検討している「人権と多国籍企業及びその他の企業」に関する特別報告者(ジョン・ラギー氏)との連携を進めている。ところが、当該問題領域で活動する国際的な市民社会組織は、多国籍企業のCSRイニシアチブの評価で意見が分かれている。それらが法的拘束力のない自主的ガイドラインにとどまっており、国連人権レジームも国際法上の制約(司法判断適性や域外適用義務の限界、不履行に対する救済構造の欠如など)ゆえに多国籍企業規制の実効性に疑問が持たれているからである。
 研究代表者の久野は、上に参照した諸研究に先行して、科学研究費補助金を受けながら、農業バイオテクノロジーを対象に国際的な政策形成過程の政治経済学的分析(久野秀二『アグリビジネスと遺伝子組換え作物』2002年)、とりわけ科学技術の研究開発・商品化・利用規制・事後評価をめぐる利害構造と正当化言説(イデオロギー構造)を、経済学・政治学・社会学・倫理学にまたがる社会科学諸領域の成果にも学びながら学際的・批判的に分析する作業を進めてきた(久野秀二「遺伝子組換え作物の社会科学-科学技術が社会に受け入れられるには」2005年;Ruivenkamp G., Hisano S., and Jongerden J., eds. Reconstructing Biotechnologies: Critical Social Analyses, 2008など)。本研究はこうした成果を踏まえ、とくに国際政治経済学のレジーム論やグローバル・ガバナンス論を援用しながら、錯綜する利害関係主体の対立と調整の過程を明らかにすることを目的としている。

研究期間内に明らかにしようとすること
 第1に、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスの全体構造を、FAO等の国連機関、WTO、世銀グループ、食料サミット等の国際会合などの役割と相互関係を整理しながら明らかにする。そのため既存研究の整理と関係機関における資料の収集と分析を進める。
 第2に、国連人権理事会を中心とする国際人権レジームの到達点と問題の所在、そして今後の可能性を明らかにする。国際政治学や国際法学の専門的知見にも学びながら、ヒアリング調査を含む各種資料を具に分析していく。
 第3に、多国籍企業の行動規範づくりをめぐる実証分析および言説分析を進めながら、自主的ガイドラインを前提に行動規範の制度化を志向する国連機関や市民社会組織の現状認識と将来展望を、フィールド調査を含む各関係主体へのインタビューを通じて明らかにする。
 第4に、以上を総括しながら、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスを、国際人権レジームによって主導することの可能性と課題を明らかにする。
 
学術的特色・独創性・予想される成果と意義
 これまで国民国家体系を前提にアプローチしてきた農業経済・農業政策研究の限界を乗り越えながら、グローバル資本主義下の農業問題把握に国際政治経済学の分析枠組みを適用することによって、農業経済学研究の可能性の幅を広げることを目指している。とくに、これまでの研究で見落とされがちであった国際機関、多国籍企業・国際産業団体、市民社会組織といった非国家的なアクターの動向と相互関係の全体像に「農業・食料のグローバル・ガバナンス」という視角からアプローチする点で独創的であり、学術的貢献も小さくないと考える。
 なお、この研究課題を十全に遂行するためには、多様な専門領域の知見が必要である。研究代表者は農業バイオテクノロジーの政治経済学的研究を通じて「学際的アプローチ」の必要性を自覚するに至っているが、それは個別研究者自身による学際性の獲得によってカバーしきれるものではない。将来的には、他領域の研究者を巻き込んだ共同研究へと発展していくことを想定しており、したがって本研究はいわばその準備作業としても位置づけている。
 同時に、博士後期課程の大学院生数名を研究協力者に含めることによって、農業問題の国際的な研究を志向する彼・彼女らに対する教育効果も期待している。
 


2011/12年度
国連「食料への権利」論と多国籍企業規制の課題
(村田学術振興財団・海外派遣、研究代表者:久野秀二)
The U.N. Concept of the Right to Food and Perspectives for Regulation of Transnational Corporations

派遣先:Department of Political Sciences, Faculty of Social Sciences, VU University Amsterdam
期間:平成24年4月15日~9月3日(142日間)

研究目的
 本研究の目的は、主に国際政治経済学の理論枠組みに依拠しながら、食料不安時代の農業・食料ガバナンスにおける、国家、国際機関、多国籍企業、小農・市民社会組織など多様な利害関係主体による政治・経済・社会レベルの多層的・複合的な諸連関を明らかにすることにある。その際、鍵となる概念が、国連人権理事会を中心に議論されてきた「食料への権利(the right to adequate food)」である。また、これまで国連貿易開発会議(UNCTAD)や国際労働機関(ILO)を軸に議論されてきた多国籍企業行動規範を、「食料への権利」をはじめとする基本的人権の実現と国家・国際機関・多国籍企業の国際的義務という観点から再把握しようとする国連人権理事会の取り組みも重要である。こうした国際人権レジームに関する研究は、国内では国際法の分野でわずかになされているにすぎず、これを国際政治経済学の観点から、しかも農業・食料分野を対象とする研究は皆無に等しい状況である。したがって、本研究ではこれらの概念をめぐる議論、およびその実現に向けた取り組みに焦点を当て、そのキャッチアップに努める。

具体的な研究活動
 本研究は、申請者が関連する課題で受けている科学研究費補助金(基盤研究C、平成22~24年度)と合わせ、平成24年度前期のサバティカルを利用した4ヶ月半の在外研究期間中に実施した。
 第1に、滞在したアムステルダム自由大学(VU)社会科学部政治学科には、多国籍企業ガバナンスに関する国際政治経済学研究に従事する研究者が複数名おり、関連資料の収集と文献研究の傍ら、彼らの知見を吸収することができた。しかし、国連機関に関する研究や農業食料ガバナンスに関する研究は彼らの守備範囲を超えていたため、同学科所属の研究者が他部局やアムステルダム大学(UvA)関連部局とジョイントで運営しているAmsterdam Global Change Institute(AGCI)主催の研究会やワークショップに積極的に参加することによって、主に地球環境問題や途上国開発問題をめぐる国連内外のグローバルガバナンスについて多くの知見を得ることができた。とくに近年の国連では、6月に開催された国連持続可能な開発会議(Rio+20)が象徴するように、持続的発展(sustainable development)をめぐって様々なパートナーシップが構築され、ミレニアム開発目標(MDG)等の実現に向けた取り組みが進められている。そこで追求されている官民連携(PPP)の実態と教訓、その問題性に関する実証的かつ言説分析的なアプローチの必要性については、本研究課題にとっても示唆に富むものであった。他方、農業食料ガバナンスについては、主に文献研究に依拠したが、申請者が従来から共同研究を進めてきたワーヘニンゲン大学の研究者(食料主権など農業食料ガバナンスの社会運動的側面について)やユトレヒト大学の研究者(食料の倫理的調達やアグリビジネス企業のCSRイニシアチブなど、多国籍企業と市民社会組織との連携を通じた農業食料ガバナンスの意義と問題点について)とも意見交換を行った。
 第2に、滞在期間中にオランダ国内外で開催された国際学会・ワークショップに積極的に参加し、関連領域における国際的研究の最新動向について多くの情報を得ることができた。具体的には、①エラスムス大学国際社会研究所(ISS)で開催された「Land Grabbing」(大規模農地取得を通じた国際農業投資)に関する国際会議[6/11、オランダ・ロッテルダム]、②国際人権規範と国家および非国家主体の責任をテーマにした国際研究学会(ISA)大会[6/18-19、英国・グラスゴー大学]、③参加型民主主義とガバナンスに関する理論的研究や実践交流、環境や開発などの政策形成過程の批判的言説分析が議論された解釈的政策分析(IPA)学会大会[7/5-7、オランダ・ティルブルグ大学]、④オルタナティブな農業食料システムを志向する生消提携運動等の社会運動、先進国と途上国とを問わず広がりを見せている食料主権運動の到達点と類型化、食料・飼料・燃料(3F)コンプレックスの実態などが議論された国際農村社会学会(IRSA)大会[7/29~8/4、ポルトガル・リスボン]である。
 第3に、国連「食料への権利」論を活動の基軸に据えている市民社会組織FIAN(FoodFirst Information and Action Network)のオランダ支部(アムステルダム)とドイツ支部(ケルン)での聞き取り調査、多国籍企業行動規範に関する調査・告発・政策提言活動を行っている市民社会組織(SOMO、アムステルダム)での聞き取り調査を行った。FIANオランダ支部では、日本でも関心を集めつつあるLand Grabbingにオランダ企業や年金基金が直接・間接に関わっていることを問題視し、その実態調査や啓発活動を強めていることがわかった。彼らが発表した報告書は、日本の政府資金や民間直接投資、各種ファンドによるLand Grabbingへの関与を調査・分析する上で非常に参考になる。他方、ドイツ支部では全国各地に地域支部を展開し、政府・企業・市民を対象にした多様な活動を展開していること、オランダ支部と同様にドイツ企業や年金基金がLand Grabbingに関与している実態を明らかにする作業を進めていること、ドイツでは市民社会組織と政府機関との対話が制度化されており、FIANによる20年以上に及ぶ地道な活動を反映してドイツ政府も「食料への権利」を認定し、他の先進諸国に率先して同権利の国際社会での主流化に向けたイニシアチブを発揮していることがわかった。FIAN International(ドイツ・ハイデルベルグ)ではとくに「食料への権利」を遵守(respect, protect, fulfil)する国家・国際機関・多国籍企業の国際的義務に関わって、国際法上の義務履行主体である国家が法的管轄域外でも同様に義務を負うことを意味する域外適用義務(Extraterritorial Obligation: ETO)という概念の確立と国際社会における主流化が目指されている。申請者もその実現のために関連領域の専門研究者や市民社会組織によって構成される国際コンソーシアムのメンバーとなり、今後の研究活動及び実践活動のための意見交換を始めたところである。

この派遣の研究成果等を発表した著書、論文、報告書
• 久野秀二「農業論壇:米国干ばつと食料危機-食料への権利確立を」、『日本農業新聞』2012年9月3日付4頁
• 久野秀二「新自由主義的食料安全保障と多国籍アグリビジネスの種子支配」、日本有機農業学会・立教大学経済学会シンポジウム、2012年9月29日
• 久野秀二「誰がタネを制するか-種子ビジネスの現状と対抗運動の可能性」、『農業と経済』78巻12号、2012年12月、5-21頁
• Hisano, Shuji, “What the U.S. Agribusiness Industry Demand for Japan in the TPP Negotiations?” 京都大学経済学研究科ワーキングペーパー、予定
• 以上の他に、本研究活動の成果をもとにした共同研究(アグリフードレジーム再編下における海外農業投資と投資国責任に関する国際比較研究)を構想し、研究代表者として科学研究費補助金(基盤B)に申請したところである。





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