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コラム連載 固定価格買取制度(FIT)そもそも論

固定価格買取制度(FIT)そもそも論

2019年1月31日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 固定価格買取制度(フィードインタリフ、以下 FIT)は日本でも2012年から導入されている再生可能エネルギーの普及のための支援制度です。この制度では風力や太陽光などの再生可能エネルギーの発電にあたって、通常の市場価格より高い固定の価格で買取価格が設定されています。このFITを巡って「FITは市場を歪めている!」「FITは国民負担を増大させる!」などの批判がネットやSNSを中心に多いようですが、本稿では「そもそも論」として、FITは何のためにあるのか、FITの理論や理念は何かを概観したいと思います

FITは市場を歪めている?
 FITはよく補助金と同一視されますが、国や地方自治体の予算を原資としないので厳密には補助金とは異なる支援制度です。補助金ではありませんが、補助金と同等の支援制度で優遇されているが故に、競争市場で戦っているプレーヤーから見ると「再エネは補助金をもらってズルい」「FITは市場を歪めている!」という主張が起こりがちです。ここではこの主張が妥当であるかどうかを検証してみましょう。

 筆者の過去のコラムで、従来型発電、特に石炭火力は大きな負の外部コストがあるということを述べました。すなわち、この大きな外部コストがあるために、我々の電力システムやエネルギーシスムは実は現時点で既に市場が歪められている状態なのです。負の外部コストを解消するには、それを発生する企業に対して課税することが第一に考えられます。世界各国で炭素税が議論されていますが、日本では一部の産業界の反対により本格的な導入が遅れがちになっています。つまり、歪められた市場がそのまま放置され、将来にツケを先送りしている状態です。

 経済学的には、外部コストを発生する企業に税をかける代わりに、それを減らす企業に補助金を与えるという第二の方法もありますが、既に外部コストを発生させている企業が補助金を受け取るのもさまざまな点で問題があります。そこで、外部コストが極めて少ない再生可能エネルギーという新しいテクノロジーを支援する第三の方法が考えられます。つまり、FITのような支援政策を取るということは、そもそも既に歪められた市場を改善するためなのです。

 「FITは市場を歪めている!」という主張は、もしかしたら我々の現在慣れ親しんでいるシステムが完成されたものである(もしくはそこそこうまくいっている)との前提に立っているのかもしれません。そこには外部コストという重要な概念が欠落しています。この言葉や概念がニュースや日常会話で全く登場しないとしたら、多くの人はそれが「なかったもの」として考えがちです。負の外部コストは別名「隠れたコスト」とも言われます。その隠れたコストに気がつかないならまだしも、気がついているのに意図的に隠したり過小評価したとすれば、それは悪意を以って将来にツケを先送りすることに他なりません。

FITは国民負担?
 再生可能エネルギーに対して疑問や懸念を抱いている人にとっては、FIT制度が法律で決まったこととはいえ、「どうして俺たちが払わなければならないんだ?」という不満は残りがちです。この問題を単に「コスト負担」の問題と捉える限り、その不満や不信はどうしても付いて回ってしまいます

 しかしながら、これは「便益」という用語や概念を登場させると見方が変わります。再生可能エネルギーの導入にはコストはかかるものの、同時にそれは便益をもたらします。この問題は単にコストだけではなく、便益についても考えないと、問題の本質に迫ることができません

 FITは一般にイメージされる補助金とは違い、初期コストに対して助成されるものではありません。発電電力量(kWh)に対して支払われるものであり、発電事業者も発電所を建てた瞬間に濡れ手に粟で大儲け…ではなく、チクチクと発電を継続しないともらえません。また、その発電をした分だけ、外部コストの大きな従来型電源からの発電電力量を確実に減らすことができ、それにより社会的便益が生み出されます。

 また、現在、FIT賦課金が上昇しているのは事実であり、標準家庭の負担金は2018年度で月額754円、将来は月額1,000円以上にもなることが予想されています。この部分だけ切り取ると「国民負担だ!」との議論になりがちですが、FITは20年の時限的支援であるため、FIT負担金は2030年を過ぎると劇的に減少することはあまり知られていません。我々が月々の電気代から支払うFIT負担金は、未来にツケを先送りせず、我々の子孫に便益を贈るための投資にほかならないのです。

FITは万能ではないが有用
 もちろん、FIT制度であればなんでもOKで問題が全くないわけではありません。太陽光のみの導入が進む現在の日本の状況は良いことなのか? もしかしたら歪められた市場を改善する効果よりも却って市場を歪める可能性があるのではないか? と常に検証し、必要があれば速やかに買取価格を改善(低減)したり、不適切な発電設備に対して勧告やFIT認定取り消しなどの措置を取るといった是正行動は必要です。

 その場合でも、FIT制度の本来のあるべき姿と現実の制度運用の中での問題点とをごちゃまぜに考えず、切り分ける必要があります。「外部コスト」や「便益」に言及しない、なんとなくのイメージで連想ゲームのようなFIT批判は、問題の本質から目を逸らし、既に歪んだ市場をますます歪ませる可能性があります。

注:
本稿は、2019年2月8日発刊予定の拙著『世界の再生可能エネルギーと電力システム 経済・政策編』(インプレスR&D)の一部を要約したものです。より詳しい理論やエビデンスにご興味のある方は、同書をお読み頂ければ幸いです。


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