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コラム連載 動的線路定格 (DLR) という柔軟で「賢い」考え方

動的線路定格 (DLR) という柔軟で「賢い」考え方

2019年4月18日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 動的線路定格 (DLR: Dynamic Line Rating) という用語をご存知でしょうか? これは比較的新しい概念であるため、おそらく直接研究開発に携わっているごく一部の専門家を除いては、政策決定者やジャーナリスト、さらには一般の方には殆ど知られていないかもしれません。本稿ではこのような超レア物の専門用語について紹介します。そして、なぜこのような専門用語を紹介するのか?というその必要性についても議論を進めていきます。

送電線に電流を流しすぎたらどうなる?
 ここでまず、クイズを出したいと思います。

Q. 送電線に電流を流しすぎたら、電線はどうなるでしょうか?
  • (1) 切れる。
  • (2) 溶ける。
  • (3) 垂れる。

 答えは、(3)の垂れる、です。真夏の暑い日に鉄道の線路がぐにゃりと曲がってしばしばニュースになるように、電線に電流をたくさん流すとジュール熱により体積が若干膨張し、特にレールや電線のような長尺のものは長手方向に伸びます。どれくらい垂れるかの尺度は「弛度(ちど)」と呼ばれます。弛度は大学の電気系学科の専門課程や電験(電気主任技術者試験)などでも登場するので、電気関係の方にとってはお馴染みの用語です。

 なぜこの弛度が問題になるかというと、定格以上に電流を流しすぎると規定の弛度を越え、送電線の下方にある樹木と接触し、地絡(大地と短絡すること)事故を起こす危険性があるからです(図1参照)。送電線の「電流容量」(単位はkA)はこの弛度に依存し、それに電圧をかけて「設備容量」(単位はkW)が決められるのが一般的です。

図1 送電線の弛度
(出典)桑畑玲奈: 京大再エネ講座研究会資料 (2017)

 ちなみに、筆者らは送電線空容量問題についてこれまで論じてきましたが(筆者の過去のコラムなどを参照)、その際基準にしたのは「運用容量」です。運用容量は一般に設備容量の50%とされています。これは通常二回線で送っているところを、一回線に事故が生じた際でも瞬時に健全回線に電流を流し変えるためで、電力系統全体を安全に保つ設計思想からきています(図2)。ただし、ここで「50%」というのはあくまで限定された簡単な条件下の話であって、実際には設備容量に対する運用容量の比率が80%以上となる線路も見られています。


条件次第では電流を流しすぎてもOK?
 さて、ここで今回テーマの動的線路定格(DLR)が登場します。「動的」という名前がついている通り、弛度によって決まる電流容量を静的に(いつも決まった値で)ではなく、動的(時々刻々と柔軟に)に決めようという考え方です。電流を流しすぎると電線が垂れ下がり樹木接触の危険性が出てきますが、電線が具体的にどれだけ垂れ下がっているのか?を実際に計測しながら流せる基準を決めるのがDLRの考え方です。

 DLRの研究や実用化が欧州では、特に風力発電が多く導入されている地域があるため、風が強い時間帯に発電が多く、従ってそのエリアの送電線で輸送される電力が多くなる傾向にあります。そして風が強ければそのぶん送電線も冷却され、実際に温度は下がって弛度も緩和されることが見込まれます。実際、センサにより温度や弛度を計測すると、従来の「設備容量」に対して100〜200%もの電力を(短時間にですが)輸送できることになります。DLRは欧州を中心に研究開発が進み、現在ではベルギーやポルトガルなどの国で既に実用化されています(図3および筆者のシンポジウム講演資料を参照)。

図3 ベルギーにおけるDLRの実用化例
(出典)桑畑玲奈: 京大再エネ講座研究会資料 (2017)

なぜDLRの発想が出てくるのか?
 このように欧州の事例を紹介すると、「欧州と日本は違う!」という反論も聞こえてきそうですが、ここで紹介したいことはDLRという一部の専門家しか知らないマニアックな用語の解説ではなく、その発想です。なぜ欧州で(欧州以外でも世界各国で)DLRを始めとする送電線の柔軟な運用方法が開発されているかというと、それは「今あるアセットを賢く使う」ことが送電会社にとっても市民にとっても便益があるからです。

 筆者らは、一連の送電線空容量問題において、問題の本質は技術的な課題にあるのではなく、再エネという新しいテクノロジーの導入に際して従来のままの古いルールを使い続けていることに問題があるのだ、ということを指摘してきました。送電線空容量問題の場合は、送電線に接続する発電所の定格容量といった「静的」なパラメータによる簡易計算ではなく、現在流れている実潮流といった「動的」な計測やそれに基づく運用が重要となります。

 センシングやモニタリングによって実際の物理量を測定し、コンピュータの高速計算によって動的に制御するという方法は、21世紀のIoTの時代に本来、日本こそが技術的優勢を有しているはずの分野です。「送電線に流せる電力は設備容量の50%までに決まっている!」というネットでよく見かける議論は極端な例ですが、従来の簡易パラメータのみの静的な計算では安全率を不必要に過剰に見積もらざるを得ず、これではコンピュータがなかった昭和時代のやり方を踏襲しているかのようです。

 DLRに限らず、「今あるアセットを賢く使う」発想は、意外に「枯れた技術」の組み合わせかもしれません。日本は最高性能の新技術の開発には予算がつきやすいですが、ローテクな既存技術の組み合わせには(政府も産業界も、そして一般の人たちの評判も)冷たいような気がします。本来、世界中で開発が進んでいるスマートグリッドと呼ばれる技術は、送電網を「賢く使う」ことが目的なはずなのですが…。

 再エネの大量導入と基幹電源化にはもちろん送電網の増強や新設も必要ですが、それはあくまで将来に向けての第2段階であり、多くの人が「今あるアセットを賢く使う」第1段階をすっかり忘れているようです。「ものづくり」ニッポンを誇るのもよいですが、「しくみづくり」の評価こそが今、問われています。

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