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コラム連載 エネルギー・発電の“隠された費用(hidden cost)”

エネルギー・発電の“隠された費用(hidden cost)”

2017年8月24日 加藤修一 京都大学大学院経済学研究科特任教授

“隠された費用” ―不都合な真実か
 WHOの最近のレポートには大気汚染による世界の死亡数が年間約700万人とある。走行中に汚染物を出さない電気自動車 (EV) に関連して、フランスに続いて英国が2040年までにガソリン車・ジーゼル車の販売中止宣言をした。もとはといえば、従来政府案の窒素化合物 (NOx) 基準不備にノーを突きつけた英国高等院の裁断にある。英国の事例では大気汚染によって乳幼児を含めて年間約4万人の命が奪われている。

 清浄な空気を吸うことは与えられた権利である。にもかかわらず汚染を吸わされ続けてきた。自動車や工場などの排出汚染物質である。処理・処分すべき汚染物質が環境中に排出されてきた。汚染物質の浄化に(計上すべき)費用が計上されていない。負担(費用)が必要悪?として看過され、隠され続けてきた。“真の費用” からのズレが限界にきている。これは不都合な真実であろう。隠された陰で多くの命が奪われてきた事実が冒頭のWHO報告となっている。

事業主体の外部性に着目を
 石炭火力技術等から電力が生産される。そのエネルギーの研究・開発、調達などの上流のプロセスから下流の最終処分・処理費用において、必要と思われる費用が計上される。即ち電力生産に関するライフサイクルの全工程の費用が “計上された” ものとして総費用が決まるとされる。ここ10数年来、“隠された費用” に関心が深まり議論が続いている。この議論は、費用計上のプロセスにおいて、未計上の費用に関わる経済の外部性(externality)にある。

 この言葉はある経済主体の意思決定(行為・経済活動)が他の経済主体の意思決定に影響を及ぼす場合に使われる。教科書を改めて開くようなことであるが、経済主体の意思決定は他の経済主体の意思決定に影響を及ぼさないと仮定している。しかし実際問題として他の経済主体への影響が無視できることはない。この無視できない部分が外部性といってよい。

 外部性は市場を介する影響(金銭的外部性)と、市場を介さない影響(技術的外部性)に大きく二つに分けられ、この二つは、更に正の外部性といわれる「外部経済」と負の外部性といわれる「外部不経済」に分けられる(図-1)。大気汚染等は外部不経済にあたる。今月、水俣条約が発効した。人為的に年間大気中に排出されている水銀は世界総量で2千トンにも達する。石炭火力発電所からの排出は大きく、大気汚染を引き起こす。外部性の大きな課題である。

図-1 問題は市場を介さない外部性の「外部不経済」
図-1 問題は市場を介さない外部性の「外部不経済」

“真の費用”に向けたEU等の多様な試行プロジェクト
 一般的に外部性というと技術的外部性のことを指すことが多く、1970年代初期に広く議論になった「自動車の社会的費用」は市場を介さない外部不経済にあたる。EUは1990年代初期からこの費用に関心を示し “真の費用”を貨幣価値換算(monetary value base)に至る数十のプロジェクトを積極的に進めてきた(後日、コラム執筆予定)。プロジェクトは外部性の評価を行い “真の費用” に近づけることにある。多様な電源が存在するEUにおいて単一市場の形成、それも再生可能エネルギーの大導入を基本に行うためにはエネルギー・発電の “真の費用” を求めることの意義は深い。それが意欲的な行動に現れたといってよい。

 現に多くのプロジェクトや必要なモデル構築も行われた。外部性の調査・研究調査は石炭、石油等の伝統的なエネルギー由来の電力の費用に加算されない隠された費用が存在し、その分だけ本来の費用に計上されない。特に原発費用に対しては厳しい指摘があるが、計上されない分安価な価格になり、“真の費用” から遠ざかっている。直截的な言い方をすると再生可能エネルギーはその分不利になるものと考えてよい。不利になった分、再生可能エネルギーの導入に遅延が生じ、CO2削減が遅れるともいえる。

“GIFSNベルト”の事業評価
 加えて、筆者の立場からは極北空白域の “GIFSNベルト”(過去のコラム)に関係する。極北空白域に存在する再生可能エネルギーの潜在量の評価は超長距離のHVDC送電線の敷設の成否が大半である。その基本的要件は(採算性に関わる)事業妥当性にある。EUのエネルギー改革の優先課題の妥当性等は費用便益分析(CBA)に基づいているが、“GIFSNベルト” の事業可能性は外部性も検討材料である。この様なCBAに“GIFSNベルト” の判断を仮設している。

“隠された費用”と近年の調査・研究事例
 EU等の “隠された費用” に関する野心的なプロジェクトの事例を踏まえて、オーストラリア技術科学・工学アカデミー(ATSE)は調査研究を行った(図-2)。各種の発電技術による“隠された費用” は褐炭が52豪ドル/MWhと一番大きい。これは日本円に変換すると52豪ドル×87(円/豪ドル)/千kWh = 4.524円/kWhである(2017年8月レート)。現行の均等化発電原価 (LCOE) と比較しても小さい値ではない。同様の調査研究に、IEAによるRECaBSプロジェクトは「社会のため」の再生可能エネルギーの費用と便益(“Renewable Energy Costs and Benefits for Society”)にある。

 いずれにしても外部性の問題はCO2削減とも関連しており、当該調査・研究の分析・評価に期待が集まっている。EUはその期待を担って数種のモデルを構築し、2050年の “隠された費用” の長期的推計の議論を深めている。これは再生可能エネルギーの導入のみならず全体のエネルギーミックスの重要な論点を持っているからである。経済の外部性が決して小さくないことを示している。“未来の時代性” を決定づける覚悟が伝わってくる。

図-2 オーストラリアの調査が示す“隠された費用”(推計値)
図-2 オーストラリアの調査が示す“隠された費用”(推計値)
注)原発関係データは東京電力福島原発の大事故前(2009年公表調査)に基づく。 資料:THE HIDDEN COSTS OF ELECTRICITY: Externalities of Power Generation in Australia, 2009

「(仮)エネルギー基本政策2017」と “証拠に基づく政策立案(EBPM)”
 現在、経済産業省は「(仮)エネルギー基本政策2017」について2050年を射程に審議をスタートさせている。地球温暖化対策の長期戦略(2050年80%削減は閣議決定済)や国際公約との整合性が求められている。この際に原発等の発電費用についてもEU等のように “隠された費用” について真摯にアプローチされることが望ましい。

 近年、政策構築にエビデンスが求められている。内閣府が最近打ち出した基軸が脚光を浴びている。「証拠に基づく政策立案」(EBPM:Evidence Based Policy Making)である。内閣府は経済統計等を強調にしている向きがあるが、エネルギー・電力の “真の費用” に関しても同様に合理的アプローチ、エビデンスが益々必要になっていることからも絶好の機会である。重要なことはいかに議論を行ったかのプロセスをも開示することであろう。

「(仮)エネルギー基本政策2017」と “官民データ活用推進基本法”
 政府は「(仮)エネルギー・発電の外部性に関する調査研究プロジェクト」を立ち上げると、同時に「官民データ活用推進基本法」(2016年12月成立)の理念を踏まえたオープンデータ化なども通じて広範な議論を行うべきである。特に、「(仮)エネルギー基本政策2017」の成案に向けて、国民的議論が沸き立つように率先垂範すべきではないだろうか。その際、単なる「data-base志向型」から課題抽出・解決策の提示を行う「data-driven志向型」を根底に置くことは言うまでもない。

 元来、内閣の使命は言うまでもなく、国民のために仕事をするところにある。敢えて「仕事人内閣」を特徴づける以上はこのような未来を見据えた仕事にこそ取り掛かるべきではないだろうか。

 尚、今後 “隠された費用” について先進的な成果を示しているEUの外部性の調査研究について取り上げたい。

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