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コラム連載 エネルギー基本計画考察 その1:政府方針への評価と疑問

エネルギー基本計画考察 その1:政府方針への評価と疑問

2017年8月31日 山家公雄 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 エネルギー基本計画改訂作業が始まった。現状の基本計画は2015年4月に、長期需給見通しは2016年7月に閣議決定されている。総合エネルギー調査会基本政策分科会にて、一回目の議論が8月9日に開始されたが、その際に配布された政府説明資料を評価してみる(「エネルギー基本計画の検討について」参照)。そこには政府の方針が窺える。

【形の上では再エネ、省エネが優先】
 評価すべきところは、世界の一般的な認識が一部にせよ政府が取入れ始めたことである。目次が、再エネ、省エネ、原子力、火力、資源、システム改革(制度)の順になっており、再エネ、省エネは少なくとも形の上では主役であり、脇役ではない。現状の基本計画における電力供給区分はベース、ミドル、ピークという従来の考え方に基づいているが、再エネの主役である風力・太陽光は、そのどれにもあてはまらず居場所が不明である。一方、2016年の世界の電源開発の8割は再エネであった。保守的と言われるIEAでも、2040年断面で6割は再エネが占めると予想している。これは新政策ベースでは設備容量割合、2℃ベースで発電電力量割合である。

 省エネは、長期視点を取り入れながら最も緻密に積み上げたとされる福田内閣時代のCO2削減対策の切り札として、主役を演じたことはある。そのときはトップランナー方式、ヒートポンプ普及等がキーワードだった。しかし、基本的には脇役で推移してきた。3.11後に省エネは大きな効果を上げているが、目覚めた国民の意識変化によるところも大きい。

 もう一つの評価点は、この時期に、改訂のスケジュールに乗せたことである。基本計画は3年毎見直しが原則ではあるが、先延ばしの可能性が絶えず噂されていた。長期見通し作成からは2年経過であること、再稼働が進まずコスト優位性が揺らぎだした原子力議論の進め方が難しいこと等がその背景にある。評価とまでは言えないが、3年間でエネルギーを巡る環境変化が加速化する中でこれ以上日本が遅れてはならないという意味で、見直し着手により安徽したところである。

【3年間で環境は大きく変化】
 この3年間で、何が変わったか。パリ協定の締結と発効、グローバル企業の環境意識の高まり、原油価格の大幅下落と資源評価の変化、再エネ普及の加速化・主要電源化、省エネの定着と自動車のEV化に向けた動きの加速、分散型資源の普及とICT技術・市場メカニズムを前提とした有効利用等である。正に100年に1度とされる変化が明確になった時期とも言える。

 しかし、この変化に対する認識が、政府資料からはあまり窺えない。以下は、政府認識に対する疑問点である。

【パリ協定対策は対象外】
 第一に、パリ協定の影響については、2050年を睨む長期的な課題として、別途有識者に議論してもらう場として「情勢懇談会」を設け、基本計画議論の対象外とした。日本政府は、2050年に温室効果ガスの最低限8割削減を、主要先進国とともに国際的に公約している。これに至る通過点として2030年あるいは35年、40年断面の詳細議論が不可欠なはずである。

 グローバル企業は、これを織り込み始めた。厳しい目標数値と懸命に向かい合っている。国際NGOが主導するSBTi (Science Based Targets initiative) は、パリ協定の実現を目指し科学的根拠に基づいた削減目標を推進する組織であり、現在63社が参加し(うち日産、コマツ等の日本企業は10社)、229社が申請中である(うちトヨタを含む日本企業は27社)。この登録抜きには、事業活動に支障が出ることになる。日本政府の不作為は、環境対策を実施しにくい国として、事業活動を制約することになり、国内空洞化の懸念も生じる。環境制約は成長の制約という古い認識があるとしたら、これを改めるべきだ。日本企業のためにも正面から議論すべきである。

【化石燃料は「最後の砦」】
 第2に、火力発電およびその燃料を「最後の砦」と称しているが、意味不明である。資料全体からみるに以下のロジックのようだ。再エネや原子力のゼロエミ(ゼロエミッション)電源としての価値を評価し期待するも、再エネはコストと不安定性、原子力は社会受容性という課題がある。再エネと原子力は優先的に推進していくが、先行き予断を許さない。従って、比較的安定調達が可能な既存資源(化石燃料)は資源小国の日本において引き続き重要である、地政学的なリスクが厳然として残る中で安定調達は非常に需要である、と整理される。先進国の中では化石燃料の評価が高い国といえる。順番こそ下げているが評価は揺るがないということである。

 脱炭素化を前提に、システムや技術・産業を変えていこうという世界トレンドの中で、異質である。議論すべきは再エネや原子力の課題をいかに解決するかであり、再エネについては先進国では解決策を見つけ、従来の常識を遥かに超えて普及している。このような政府のスタンスに対して、環境派だけでなく産業界、特に世界企業は納得するのだろうか。火力発電は、投入エネルギーの6割をロスする。その温存は、省エネの視点からも国内にとり不利である。最終消費に偏重する省エネ対策となり産業界を苦しめることになる。この議論に関しては、回を改めて解説する。

【システム改革は期待できるのか】
 第3に、システム改革の扱いが小さくかつポイントがずれていることである。100年に1度の大変革期を乗り切るには、既存のシステムを変えていく必要がある。自由化に舵を切り、その環境整備としてシステム改革が取り纏められたところである。インフラ部門の中立化、卸取引市場の整備はその両輪である。ICT革命、ビッグデータ活用がこれを後押しする。

 スポット市場の整備と燃料費ゼロの再エネ普及により、世界的に卸価格は低下してきている。市場取引の結果を送電線利用に反映させることで、インフラ(流通設備)の有効活用が促されている。日本は依然、先着優先ルールである。また、短時間取引や実供給時点直前まで取引を行うことで、再エネ変動性に対する対応は著しく進んできた。政府説明資料では、再エネの課題はインフラ整備を含むコストおよび変動性としているが、システム改革を予定通りに実施すれば、その多くは解決できるのである(本コラム「電力取引市場がもつ3つの効果」参照)。

 このような解説は殆どなく、市場取引により既存(大規模)設備投資効果の不透明性が高まる、それに対応すべく容量市場の整備が必要になる等が強調されている。市場整備の最大の対策は容量市場であるかのような印象を与える。市場の基本はスポット市場であり、電力需要に占めるスポット取引量のシェアは欧州で約50%、日本では3%程度である。ポイントを外した整理は、議論の混乱を招く。既存の設備やシステムに優しい整理と映る。

 他にも疑問点はあるが、基本的に上記3項目より派生するものが多いと考えている。

 今回は、エネルギー政策の根幹をなすエネルギー基本計画の議論を取り上げた。引き続き、政府委員会等での議論を見ながら、適宜論考を整理・発信していきたい。

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