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コラム連載 国際機関が公表する大気汚染死亡数と意義 ・・・ 究極はエネルギー転換を示唆

国際機関が公表する大気汚染死亡数と意義 ・・・ 究極はエネルギー転換を示唆

2018年3月15日 加藤修一 京都大学大学院経済学研究科特任教授

4割の排出の電力部門―大気汚染の“疾病負荷”の増大と死亡数
 3月上旬(2018)、環境省の有識者検討会は「炭素税単独、または排出量取引との組み合わせを検討すべきだ」とカーボンプライシングの導入を促す報告書(案)を了承との報道があった。国内排出の約4割が電力部門との指摘である。気候変動において、排出といえば、CO2などが注目されるが、この4割排出や運輸部門等から排出される中には大気中の滞留時間が短いことで注目されるSLCP 3物質注1)、特にブラックカーボンが含まれている。これらは、強度の地球温暖化効果を生むだけでなく、ジワリと地球大気を汚染し疾病負荷を増大させ深刻な健康被害となる。

 WHOやCCACはこのSLCP対策に具体的な16種(クリーンエネルギーの導入も含む)の実行、即ち新しい大気清浄化の枠組をも踏まえて国連環境計画や世界気象機関の「2011年査定」を更新している。例えば、2030年までに年間平均350万人、2050年までに毎年300~500万人の生命が救われるとしている注2)。これは「救命数」である。衝撃的な規模である。しかし逆に16種の緩和策が無ければ数百万人規模の死亡と解釈できる。政策効果が死亡や救命の数値(=人数)によって意味づけられている。従来、多くの費用便益分析においては、年間 200億$の便益、1000億$の損失などと金額によって意味づけられてきたが、「人数」による表示はインパクトがある。この人数は、どのように導かれるのか、どのような“論拠”を含む数字なのか。従来の基本統計に示される死亡数と同じ意味と考えられるのか、異なるのか。その意味を把握することが大事である。

注1)
CCAC (Climate & Clean Air Coalition) は、SLCP (Short Lived Climate Pollutants、短寿命大気汚染物質) =ブラックカーボン、オゾン、メタンを減らすことによって健康上のリスクを低減し、SLCPを削減する政策が病気と死亡を減らし、食料安全保障に貢献し、食事を改善し、身体活動を増やすことを明らかにしている。

注2)
New report identifies four ways to reduce health risks from climate pollutants, WHO&CCAC, 22 October 2015.


緩い汚染発生源規制と深刻化する大気汚染死亡
 ところで、前回の京大コラム(2018年1月11日)で「(続)エネルギー・発電の“隠された費用(hidden cost)”」を取り上げた際に英国の大気汚染死亡数に言及した。英国政府が複数の大気汚染訴訟に負けた背景にこれらの死亡数などが影響していることにも触れた。実際に多くの所で大気汚染基準を超えていた。筆者の懸念と関心は大気汚染が急速に拡散し地球規模的に深刻化していることにあり、その基本には既に示している様にエネルギーの “真の費用” が公正でないことによる。エネルギー市場や電力市場に歪みを与えている。身近の大気を汚染し地球を汚染する発生源には寛容に見える。寛容なことが人類の健康を損ね大規模な “死亡” をもたらしている。また同時に導入が順調に進むはずの再生可能エネルギーの存在価値が傷つけられてもきた。冒頭で触れたカーボンプライシングの在り方を含めてこのような流れをどのように是正するかである。

 本コラムでは大気汚染に伴う死亡数に着目している。この死亡数は多くの研究機関が参画した調査研究報告に根差している。その中心的存在であるWHOは、屋内を除いた大気汚染死亡数に関して世界で年間約3百数十万人と発表している。WHOの発表に止まらずIEA、WB、OECD、著名な国際的研究機関などが連続して公表した。これらに共通しているのが世界の疾病負荷研究(GBD)注3)である。大気汚染による障害などは疾病のカテゴリーである。この死亡数を算出するまでの流れは非常に込み入っており、多くのモデルやtoolが開発されてきた。そもそものスタートは1990年代初期のハーバード大学のクリストファー・マーレー教授らの「GBD Study」に遡り、最近の調査主体は100ヶ国、千人を超える研究者から構成される一大プロジェクトである。先述したようにそもそもこの大気汚染による死亡数の人数は何を意味しているのか。基本統計の死亡数との関係はどうなっているのか。非常に複雑ではあるが、基本となる単位が示されている。

注3)
GBD Study:世界銀行の要請に基づいて1990年からスタートした世界規模の疾病負荷の定量化による総合的分析である。世界の21地域、67のリスク要因などに基づいて障害調整生命年(DALY)の推計を行い、リスク要因による「曝露–影響の解析」を行っている。大気汚染による死亡数はこの研究の一部。


国際疾病負荷(GBD)のダリ(DALY)という新しい単位
 一般の基本統計の死亡数は、例えばある1年間の10人の死亡は、10人が死んだことを表すが、必ずしも健康影響をみる指標として適切でない。死亡数が1であっても死亡年齢が15歳の1と、82歳の1と同じと考えてよいのか。死亡数は1でなく、ゼロであるが死なないで生き続けるとしてもどのような体調なのか、また不健康だが生きている状態をどのようにとらえるか。効果的な政策を形成するためには、集団の健康状態がわかることが大事である。そこで1990年代初期にハーバード大学が開発した方式がDALYに基づくものである。今まで長期にわたって、健康の損失は、単一の指標である「損失生存年数 (Years of Life Lost: YLL) の平均値」だけで表現されてきた。先に述べたようにこの計算方法のみでは不完全である。そこで「障害生存年数 (Years Lived with Disability: YLD) 」という障害による影響を考慮した数値を考え、以上を合計した数値を障害調整生命年;DALY (Disability-Adjusted Life-Years)とした。その単位がダリである。

 この定義に基づくと、図-1の子供はYLD = 4.2, YLL = ( 84 – 11) = 73となる。従って、4.2 + 73 = 77.2が、子供のDALYsである。勿論YLD = 4.2は複雑な定量化を経ている。結果としてこの子供は77.2 DALYsとなる。大きな数値である。84歳まで疾病も皆無で壮健で生きたならば、ゼロDALYとなるが、一般的に多少の疾病が伴うのでゼロにはならない。この障害生存年数の定量化が非常に複雑であり、定量化の要である。科学的合理性を求めて保有するデータ群やリスク要因数などから多くのモデルなどが開発されているが、割愛する。別の機会に報告したい。データが貧弱な国に関しては別のデータから求める数値を推計するなど二重、三重に手数がかかり、不確実性も増すと考えられる。いずれにしても基本はDALYが単位であり、その精緻な推定が重要である。

図-1 試算:ある子供が大気疾患を4才で発症し11歳で死亡のケース
図-1 試算:ある子供が大気疾患を4才で発症し11歳で死亡のケース
資料:Net情報、Murray CJL (1996). Rethinking DALYs. In: Murray CJL. and Lopez A. eds.
The Global Burden of Disease. Cambridge, Harvard University Press, 1996, chapter 1.等より、加筆(2018.3)

DALYの概念が求めるエネルギー転換
 図-1の子供の事例と全く同様に不健康で早世(=若死に)の事例が、18例あったとする。その集団のDALYは、77.2 DALYs × 18例=1389.6 DALYsとなる。この値が大きければこの集団の不健康度合(= 疾病負荷)が大きいと考えられる。残された平均余命が大きい時に死亡する人、若くして死ぬ人が多いことを意味するからである。そして仮にこの集団全体の誕生時の平均余命(=寿命)が84才とした場合(図-1)、誕生直後の死亡は余命年数が84年あったにも関わらず84年を生き切れなかったとなると、DALYs = 0 + 84 = 84 DALYsとなる。この様な考え方を基本にして、この集団が持っている1389.6 DALYsを84DALYsで除することによって、16.5 = 約17人を得る。即ち最大84年間生きた人の17人分に相当する量を失った計算値である。単純に言うとこの数値が「死亡数」という定義である。

 ここで重要なことは、DALYsの数値が、疾病負荷を表現しているが、大気汚染量、曝露量、リスク要因、個別の疾病負荷などと関係づけられていることである。その分析フローは複雑であるが、一定のエビデンスに基づいて政策とのつながりに注目すべきである。それは健康転換 (health transition)いう具体的な新しい政策的な実効性にリンクしていることである。この健康転換は、発生源に遡れば、大気汚染であり、エネルギー転換 (energy transition)である。具体的にDALYを減らすには汚染リスクの曝露を減らすことである。曝露を減らす直接的な対策は汚染物質の削減であり、エネルギー・燃料転換となる。また健康転換の展開は、より良く生きることを増幅させる価値転換に関わっている。以上の事から考え合わせると世界の疾病負荷の定量化の道を拓いたことの意義は大きい。一つはエビデンスを明確にしたこと、更に政策形成につなげたことにある。その中で可視化に努めたことは大きな成果である。大気汚染の死亡数に秘められている骨格はEBPM (Evidence Based Policy Making)という実効的なインパクトをもつものである。多少の飛躍を覚悟して言及すると、以上のような方法論の展開はエネルギー転換を含むSDGsを大きく補強する可能性さえ持っている。

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