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コラム連載 太陽光発電2019年問題の何が問題なのか?

太陽光発電2019年問題の何が問題なのか?

2018年8月2日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 住宅用(屋根置き)太陽光発電の2019年問題がヒタヒタと迫っています。この問題、「問題だ、問題だ」と言われていますが、そもそも何が問題なのでしょうか?

そもそも2019年問題とは?
 図1は住宅用太陽光発電の設備容量の推移(予測含む)を示したグラフですが、図から固定価格買取制度(FIT)によらない自由取引が2020年頃より発生し、徐々に増えていくことがわかります。FIT適用(正確には2009年11月からスタートした住宅用太陽光発電の余剰電力買取制度から移行した特例)の期限が2019年に切れる太陽光が出始めることから、「2019年問題」と言われています。FIT適用の期限が切れ、あとは市場原理に基づいて自由取引が行われるということは、本来、「FITを卒業して自立する」という点で喜ばしいことです。それなのに何故、「2019年問題」と問題視されるのでしょうか?

図1 太陽光発電のFIT適用および自由取引容量の推移(出典:太陽光発電協会)
図1 太陽光発電のFIT適用および自由取引容量の推移(出典:太陽光発電協会 PV Outlook2050

 その問題は端的に、FITを卒業してすぐに自由取引に移行できるかどうか、という問題です。自由取引、すなわち取引相手(小売電気事業者)を探して契約(図2①)するか、卸電力市場に自分で入札(図2② )しないと、せっかく作った電気が売れなくなってしまいます。企業が経営する発電所であればともかく、今回対象となる住宅用太陽光のオーナーは個人の方が殆どのため、①や② の契約や日常業務を個人で行うのは極めて難しいといえます。せっかく作った電気が売れなくなってしまうとしたら、これは太陽光のオーナーにとっての収入損失であるばかりでなく、FITを卒業した安価で環境価値の高い電気をみすみす捨ててしまうことになり、日本全体にとっても大きな損失です。

図2  FIT卒業後の太陽光の契約上の電気の流れ(筆者作成)
図2 FIT卒業後の太陽光の契約上の電気の流れ(筆者作成)

 経産省の方でもこの問題を重く見て、余剰電力の一時的な買い手不在時の対応についての検討が進んでいます。そこでは、FITを卒業した太陽光は「小売電気事業者やアグリゲーターによる再生可能エネルギーを活用したビジネスを促進するような設計であることが重要」とされ、図2の③の形に誘導することが検討されています。株や証券を個人で取引・売買するのはなかなかリスクを伴うので、証券会社などが顧客の資金を預かってその業務を代行するのと似ています。

 しかしさらなる問題は、2019年以降にFIT適用が切れることに気がつかず、③の形態にすら移行できない太陽光が現時点で多数予想されていることです。2019年以降FITを卒業する住宅用太陽光の数は初年度だけで約40万件、最終的には200万件にも上ることが予想されています。通常の会社間の取引 (B to B) であれば、契約や運用ができない事業者はそもそも電力取引の資格はないと自己責任論で片付けることもできますが、個人オーナーにこの自己責任論を適用することは果たして妥当でしょうか? これは消費者救済と同じ次元の話になります。

プロシューマーと情報の非対称性という視座(の不在)
 前節で「消費者救済と同じ次元」と書きましたが、そう書くと、発電所を所有して電気を売って収入を得ているのだからそのオーナーは消費者ではない!という意見も出てきそうです。しかし、中央集権型ではなく分散型電源の時代には、生産 (produce) も消費 (consume) も同時に行う「プロシューマー (prosumer) 」が主役になってきます。電力の自由化はエネルギーの民主化でもあります。我々消費者は、国や大企業から一方通行で供給される商品(エネルギーや電気もこれに含まれます)を消費するのではなく、例えば「メルカリ」のように自ら供給する側にもまわり、商品の流通も双方向になるというビジネスモデルに変化しつつあるのが21世紀の社会です。

 この電力の民主化を担うプロシューマーは従来の消費者と同じ人たちが担うため、情報の非対称性が強く一般に不利な立場に置かれています。情報の非対称性とは、国や大企業が入手できる情報にアクセスできなかったり困難が伴ったりと、市場プレーヤー間で情報アクセスに対する不公平性を意味します。したがって、このような情報の非対称性がある中で、情報アクセスに不利なプレーヤーに自己責任論を適用するのは経済学的に公平性があるとはいえません。

 幸い経産省でも、FIT卒業後①〜③の形態に直ちに移行できない場合に一時的措置として「一般送配電事業者に引受を要請する」ことが提案されています。この措置があるとFIT適用が切れても強制的に売電をストップさせられることはなくなります。いわばセーフティネットが敷かれた形で、この方向性は大いに歓迎すべきです。

 しかし、同時に「無償で引き受け」という提案も盛り込まれており、これが物議を醸している(少なくとも賛否両論ある)状態です。本来価値がある電力(さらにCO2も排出しない環境価値が高い電力)を無償で引き受けとは、あたかも「無償で引き受けるのはせめての温情」といっているかのようで、前述の自己責任論の延長に位置するとも解釈できます。ここにはプロシューマーや情報の非対称性の観点が希薄です。

「送配電事業者による買取」の誤解
 なおここで、上記の「送配電事業者による無償買い取り」について、多くの人が誤解しているかもしれませんが、現行(2017年改正FIT法以降)のFIT制度でも、図3のように一般送配電事業者は一旦全てのFIT電気を買い取ったのち卸電力市場にそのままパススルーすることが義務付けられています(一部例外あり)。

図3 現在のFITの契約上の電気の流れ(出典:資源エネルギー庁HP資料)
図3 現在のFITの契約上の電気の流れ(出典:資源エネルギー庁HP資料

 したがって、FITを卒業した太陽光オーナーが万一売り先を見つけられなかったとしても、一般送配電事業者はそのままパススルーの形態を継続するだけで、あまり大掛かりな追加業務は本来発生しません。むしろ、もし送配電事業者が「無償引き受け」するとしたら、卸市場に売って得た収入をFIT卒業電源のオーナーに還元しないことになり、送配電事業者が不当収入を得てしまうことになり兼ねません。

 より公平な措置としては、送配電事業者は必要な手数料を差し引いた上で、卸市場に売って得た収入をFIT卒業電源のオーナーに還元することです。その際、送配電事業者の代行はあくまで一時的な措置であるため、手数料を敢えて高めに設定し、速やかに図2③の本来あるべき姿に移行するインセンティブを促してもよいかもしれません。いずれにせよ「無償で引き受け」は、本来存在する市場価値を無視してしまうことになり、透明性や公平性の観点から適切な方法とはいえないでしょう。

本来は問題ではなくチャンス
 以上紹介した通り、「2019年問題」も経産省でセーフティネットが検討されつつあり、問題はやや緩和されつつありますが、依然として議論を注視する必要がありそうです。冒頭で書いた通り、本来、FITを卒業した電源が登場し、市場に安価な電源が増えてくるのは日本全体にとって喜ばしいことです。FITという優遇措置が終わったからといって直ちに発電をやめてしまうのではなく、FIT後もメンテナンスをしながらできるだけ長く発電を続け安価な電気を提供し、最終的に国民に便益を提供することが、そもそもFIT制度の本来の理念です。

 太陽光のオーナーにとっても、FIT適用がなくなることはこれまで高い固定価格による売電収入が得られなくなったというデメリットだけではありません。最近流行りのRE100を謳う企業などに証書などで環境価値を売買できるようになります。さらには将来需給調整市場が開設されればそこで調整力としてさらに高値で売買することも可能となり、ビジネスとしての選択肢の幅が広がります。当講座山家特任教授の6月14日付コラムでも述べられた通り、太陽光による電気の価値は単にkWhの価値だけではありません。

 また、その価値を市場で適切に取引するためには、アグリゲーターやBRP(需給調整責任会社)といった新しい電力の担い手の活躍が必要です(BRPに関しては昨年度再エネ講座シンポジウムの拙稿を参照のこと)。日本では電力システム改革が他国に比べ遅れたため、現時点でBRPビジネスがまだまだ盛んではありませんが、再生可能エネルギーがもたらすさまざまな価値を適切に取引する市場環境を整備することが今後の重要な課題となります。この「2019年問題」、単に問題だ!と右往左往するのではなく、チャンスと捉え、新しい形態のビジネスが活性化されることが期待されます。

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