前回のコラムでは、本講座山家公雄特任教授の執筆により欧州の洋上風車の最新情報が提供されました。本稿では、同じ洋上風車がらみの情報でも、少し異なった角度から光を当てたいと思います。筆者は現在でこそ経済学研究科に所属しておりますが、過去20年間ずっと電力工学の研究者でしたので(今でもそのつもりです)、いつも「電気屋」として洋上風車を眺める癖があります。洋上風車に関する国内の議論や海外情報の紹介は、海洋土木や機械工学の工学系分野では盛んですが、電気工学・電力工学の分野では学会レベルでも産業界レベルでもまだまだ活発になっていないようです。
さて、「電気屋」から見た洋上風車の魅力とはなんでしょうか。例えば
図1のように、とある洋上風車の写真があります(北海のドイツ領海内にあるAlpha Ventusという洋上風力発電所です)。大抵の方は洋上風車の方に目が吸い寄せられるが、「電気屋」は違います。風車の手前にある「洋上変電所」に視線が集中し、興味を持ちます。そうです、大規模洋上風力発電所では、単に洋上風車を並べるだけでなく、そこから発電した電気を地上に送るためのさまざまな電力設備が必要です。風車も重要で魅力的ですが、それを支える縁の下の力持ちこそ、電力設備の醍醐味なのです。
図1 ドイツのAlpha Ventus洋上風力発電所の写真
(出典)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Alpha_Ventus_Windmills.JPG (CC BY-SA 3.0)
洋上変電所は、地上にあるような変電所をそのまま海の上にポンと置けばよい、というわけではありません。地上の変電所は新幹線や高速道路を利用した際に沿線に見かけますが、比較的広い面積を必要とします。なぜならば、変電所は単に「変電」(電圧を昇圧・降圧)するだけでなく、遮断器や断路器、避雷器など、電力システムの健全性を維持するためのさまざまな保護機器が必要で、スペース的にはむしろそのような付随的な機器の方が圧倒的に多いのです。
このような観点から
図1の写真をもう一度眺めると、洋上変電所の設計や建設、運用が如何に大変で、かつエンジニアとしてはチャレンジングで魅力的に映るかおわかり頂けると思います。洋上変電所に要求される性能要件をざっと挙げると、以下のようになります。
- 省スペース性:ガス絶縁遮断器(GIS)
- 難燃性:ガス絶縁変圧器(ただし高コストなため、現在でも油入変圧器を用いる洋上変電所が一般的)
- 耐汚損性:全閉形冷却装置、耐汚損がいし等
- 冗長性・保守性:絶縁協調、センシング、メンテナンス
実は、上記のような性能は、元々日本の重電メーカーの最も得意とする分野です。日本メーカーこそ、高性能・高品質の電力機器を売り物としているはずなのですが、欧州で活況な洋上風車の建設に、日本の重電メーカーが参加している例はほとんど聞きません。ABBやSiemensなどといった欧州メーカーの独壇場です。
さて、
図1の写真のような洋上変電所が世界でどれだけ建設されているかご存知でしょうか? 日本でも洋上変電所は1基建設されています。世界初の浮体式洋上変電所が福島沖復興プロジェクトの一部として2013年に運開したというニュースは多くの方も聞いたことがあるかも知れません。確かに「浮体式」としては世界初で誇るべきかもしれませんが、洋上変電所としては現在日本にはこれ1基しかありません。対して欧州では、
表1に示す通り、実に60基もの洋上変電所が建設されています(さらにそれを上回る数が現在建設中・計画中です)。
表1 欧州の洋上変電所を持つ洋上風力発電所一覧(筆者調べ)
*印: 洋上変換所へのケーブル長
さらに、
図1の写真では映らない海底ケーブルに着目してみると、例えば現時点で世界最大の洋上風力発電所である英国のLondon Array(定格630 MW)では、175基の洋上風車と2基の洋上変電所を結ぶための構内ケーブルの総延長が200 km、さらに洋上変電所から陸上の変電所まで結ぶ4条のケーブルの総延長が220 kmにもおよび、一度の洋上風力発電所の建設で大量のケーブルが必要となることがわかります。欧州の電力ケーブル市場は2000年の時点で「2015年以降にケーブルの生産が追いつかなくなる」と予測されていましたが、現在、まさにその通りの結果となっており、欧州のケーブルメーカーの工場は軒並みフル回転で業績も好調です。
欧州では、「再エネのおかげで投資ができる」という状況だというのは、
1月26日付拙著コラムでも既に紹介致しました。欧州の電力産業はまさに洋上風車を基幹ビジネスとして位置づけ、全力投球しています。一方、日本では「再エネのせいで系統コストがかかる」とのネガティブな考え方が蔓延し、投資を手控えることの言い訳探しに産業界全体が全力投球しているような状況です。同じ全力投球するとしたら、どちらの方が経済を活性化させ、イノベーションを促進し、雇用を生み出し、地球環境に貢献するでしょうか。電力のエンジニアからの視点で洋上風車を眺めると、そのような素朴な疑問がふと湧いてきます。