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コラム連載 送電線空容量に潜む本質的な問題

送電線空容量に潜む本質的な問題

2017年10月26日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 10月2日および5日付の当講座コラム『送電線に「空容量」は本当にないのか』は、その後いくつかのメディアでも紹介され、インターネットやSNSでも多くの反響を頂いています。そこで本稿では、これまで頂いた素朴な疑問やご意見に答える形で、そもそも送電線空容量の議論において何が根本問題なのか?を再考していきたいと思います。

停電になったらどうするんだ!
 まず、ネットやSNSでは、「停電になったらどうするんだ!」という声が多く見かけられました。この背景には、おそらく「再エネがたくさん導入されたら停電になるかもしれない」という漠然とした不安があるのだと推測されます。しかし、逆に考えてみると、「再エネさえ入らなければ停電にはならない」のでしょうか? 

 停電を表す指標としては、日本では需要家あたりの年間停電時間があり(1)、需要家あたりの停電時間は2014年度で20分、2015年度で21分と公表されています。この値は国際的にみても世界に誇る数値と言えますが、「ゼロ」ではありません。停電はない方がもちろん良いですが、「ゼロ」にしようとしたら莫大なコストがかかってしまいます。「ゼロリスク」の考え方は決して科学的ではなく、万一の停電に備えたり停電の発生確率を合理的に減らす方策をむしろ阻害する可能性があります。

 やや専門的に言えば、国際的に電力の安定供給(供給信頼度)を表す指標として、電力不足確率 (LOLP: Loss of Load Probability) などの指標が存在します。日本でも長らくLOLPは0.3日/月と定められていました(近年これを見直す議論も進められています(2))。再エネが入る入らないに関係なく、もともと電力システムは「停電は絶対に起こしてはいけない!」という考え方で設計されているわけではないということは、意外と知られていないのかもしれません。

再エネがたくさん入ると停電が増える?
 さらに、需要家あたりの年間停電時間の指標は、海外でも同様にSAIDI (System Average Interruption Duration Index) という名前で公表されており、例えばデンマークは16.04分、ドイツは21.06分(いずれも2014年)と報告されています(3)。この2国は再エネが文字通り大量導入されていますが、日本と同等あるいはより低い値を誇っています。図1はデンマークとドイツ(参考として日本も)の太陽光・風力発電導入率と年間停電時間の相関を示したものですが、これらの国では再エネが増えたからといって停電時間が増えるという傾向は、統計データからは全く見られません。再エネを増やしている国は、電力の安定供給を犠牲にしてまで導入を進めているわけではありません。再エネが増えても電力の安定供給を維持する手法は過去10〜20年に亘り世界中で研究・実証されてきており、今まさに日本の技術力が試されている時なのです。

図1 風力・太陽光導入率と年間停電時間の関係
図1 風力・太陽光導入率と年間停電時間の関係
(文献(1), (3), (4)から筆者作成)

送電線は誰のものか?
 ところで、筆者らの一連の分析から、北海道および北東北4県の主要送電線の年平均利用率がいずれも20%以下であることが明らかになりましたが、単純にこの数値が低ければダメで高ければよいというわけではありません。ネットやSNSではこの数値の過多に一喜一憂したり、そもそも年間平均値は意味がないという意見も多く見られました。送電線はそれ単体ではなく、電力の安定供給の観点からは電力システム全体の電気的構成のバランスを考えなければならないのは当然で、一律の数値で良し悪しが決まるものではありません。筆者らが問題提起したかったことは、現在の利用率が透明性・非差別性の観点から妥当であるか?という点です。透明性や非差別性については、2016年11月17日付の拙著コラムをご覧ください。

 例えば、会社関連系線の利用に関しては、電力広域的推進機関(広域機関)が「運用容量」だけでなく安定供給の裕度を見込んだ「マージン」も公表しています(5)。運用容量からマージンを引いたものが実際に連系線を利用可能な量となり、これは新規・既存の電源の差別なく、電力市場で自由に取引されるのが原則です。また米国でも同様に、運用容量からマージンなどを差し引いた利用可能送電容量 (ATC: Available Transfer Capacity) という指標が公表されています(6)。しかしながら、日本の電力会社管内の送電線にはマージンやATCのような透明性のある指標は公開されていません。合理的な説明が不足したまま、新規電源である再エネに対して事実上の接続制限や増強費用の負担が求められている状態です。

 ではなぜ日本で、このような透明性や非差別性の欠如が容易に発生してしまうのでしょうか? その原因を単に特定の電力会社のせいにしても、実はあまり問題は解決しません。なぜならば、日本では発送電分離が2020年4月に予定されているものの、公平性や独立性が求められる送電会社(一般送配電事業者)がまだほとんど誕生しておらず、現在は法的にも「過渡期」の状態であるからです(図2参照)。しかし、あと2年半、座して待つわけにはいきません。過渡期であるからこそ、過去の方を向いた「古い考え」を続けるのではなく、未来の方向を向いた「新しい考え」での議論が必要です。

図2 電力システム改革の一連の流れと発送電分離
図2 電力システム改革の一連の流れと発送電分離
(文献(7)に筆者一部加筆)

 現在、経済産業省や広域機関では、送電線の利用ルールに関する議論が少しずつ進んでいますが、小手先の修正で「古い考え」に屋上屋を架すのではなく、「新しい考え」を指向し、公平性や透明性、非差別性の観点から抜本的な改革が求められます。そのような新しい時代のルールメイキングは、「古い考え」の人々の声ばかりを聞いて決めるべきものではなく、多くの人が議論に加わり、合意形成や意思決定自体も透明性の高いプロセスを踏まなければなりません。

 今回の一連の「送電線空容量問題」は、単に停電になるかならないかの問題でもなく、単なる数値の多い少ないでもありません。その問題の根底には、市民の停電に対するゼロリスクの考え方や、新規技術の市場参入障壁となる透明性や非差別性の欠如など、科学的思考や市場ルールに関わる我が国の根本的な問題が潜んでいます。筆者らの分析結果が契機となって多くの人がこの問題に関心を持ち、透明性の高い議論が広まることを望みます。

参考文献
(1)
電気事業連合会:「Infobase2016」(2016)
http://www.fepc.or.jp/library/data/infobase/pdf/infobase2016.pdf
(2)
電力広域的運営推進機関:「確率論的手法による必要供給予備力の検討について」, 調整力及び需給バランス評価等に関する委員会第6回資料3, 平成28年9月1日 (2016)
https://www.occto.or.jp/iinkai/chouseiryoku/2016/files/chousei_jukyu_06_03.pdf
(3)
Council of European Energy Regulators (CEER): Annex A for “6th CEER Benchmarking Report on the Quality of Electricity and Gas Supply 2016” (2017)
https://www.nve.no/Media/4865/4-c16-eqs-72-03_ceer-6thbr_annexes-lists.pdf
(4)
International Energy Agency (IEA): “Electricity Information 2017” (web version)
(5)
電力広域的運営推進機関 マージン検討会 https://www.occto.or.jp/iinkai/margin/
(6)
North American Electric Reliability Corporation (NERC): “Standard MOD-001-1a — Available Transmission System Capability”, (2011)
(7)
経済産業省 電力システム改革専門委員会: 「電力システム改革専門委員会報告書」 (2013)


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