Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.139 風車メーカーが無い国の戦略

2019年8月1日
エネルギー戦略研究所株式会社シニア・フェロー 永田 哲朗

 日本では、少し前には三菱重工、日本製鋼所、日立製作所の3つのメーカーが風力発電機の国内製造を行っていた。しかし、日本市場の成長が遅れたこともあって順次撤退し、今年春に日立製作所が製造を終了したことにより、日本から風車メーカーは完全に無くなってしまった。

 これについて風力発電業界自体からは、日本の風力発電産業の基盤が失われると危惧する声もある。また、風力発電の拡大に反対する立場からも、たとえ風力発電を拡大したとしても、その経済メリットの多くは海外企業に流出するだけだとの主張もなされている。

 このように、風車メーカーは風力発電産業の中核を成す旗艦的な存在であるかのような見方もあるようだが、果たしてそうなのであろうか?

 ここでは、風車メーカーを持たない国がいかにして、また何を目指して風力発電を推進しようとしているかについて、いくつかの実例に沿って考えてみたい。

1 立地を活かし洋上風力に特化したオランダ

 オランダは、北海油田に近いこともあって火力発電主体の時代が長く続き、EU全体から見れば陸上風力の開発では遅れをとっていた。しかし、2009年に洋上風力を拡大する方向に大きく舵を切った。

 そのためにオランダ政府がとった方策は、(1) 洋上風力建設用の5海域を設定、(2) 各海域70万kWの入札を順次5年間続け生産ラインを平準化、(3) 陸上までのケーブルを政府負担で敷設、(4) 一定価格による15年間の買取保証などであり、これらが功を奏して大幅なコストダウンと計画通りの導入が実現しつつある。

 オランダにはかつてラガウェイという風車メーカーがあって、日本にもかなりの輸出を行っていたが、2003年に倒産してしまった(その後再建し、昨年ドイツのエネルコンと提携)。国内に有力な風車メーカーの存在を欠く中で、オランダが洋上風力拡大に転じた大きな理由は、自国の再エネ比率を上げたいのが第一義であることは言うまでもないが、その立地上の利点を活かして新しい産業基盤を育てたいという狙いもある。すなわち、ロッテルダム周辺を中心とした直径600kmの中に、洋上風力に積極的な北海周辺の5カ国が近接していることから、どのサイトにも2日以内で到達できるという優位性である。また、造船・海運業が盛んであった蓄積を活かして港湾インフラを充実させる一方、ブレード、建設工事用船舶、係留アンカーなど、専門特化した世界レベルの企業群を育てている。さらには、作業員の訓練なども含め洋上風力に関わるいかなるサービスも提供できるという体制も整えている。

 このように、風車製造は他国に譲ったとしても、関連産業と周辺サービスで世界市場でのシェア獲得を目指して行くというのも一つの道であると思われる。

北海周辺5カ国の洋上風力長期導入目標
北海周辺5カ国の洋上風力長期導入目標
出所:野村リサーチ・アンド・アドバイザリー



2 大手電力を中核に国外市場を狙うスペイン

 スペインでは2000年代に陸上風力が急速に導入され、2000年の234万kWが2010年には2,063万kWまでに急成長した。しかし、費用負担など制度上の問題から2012年に再エネへの優遇策が打ち切られ、買取価格が既存設備まで含めて引き下げられた。このため風力関連産業は大打撃を受け、設備量はその後2,300万kW水準で横ばいを続けた。

 国内の大量導入時代には、スペインにもガメサという有力な風車メーカーがあって日本にも輸出を行っており、一時は世界市場で2位を占めることもあったが、2016年にはドイツのシーメンスに事実上吸収されるに至った。

 このような風力発電産業の停滞を打破すべく、ビルバオを拠点とする大手電力会社のイベルドローラは、国内の陸上風力だけでなく北海やバルト海の洋上風力プロジェクトへの参画を目指すこととなった。スペイン自体は遠浅の海域が少ないことから、自国での洋上風力拡大というよりは、国外案件と結びつけた産業振興策、地方再生策の色彩が濃いように思われる。

 ビルバオはスペイン大西洋岸のバスク州にあって鉄鉱石を産出し、長らく造船、鉄鉱、機械加工中心の町として栄えてきたが、20世紀半ば以降次第に衰退してきた。しかしながら、生き残ってきた重工業企業群による洋上風力への関心は高く、100社以上が開発への参加に意欲を示した。これを受け、イベルドローラはバルト海での洋上風力進出に当たって、地元企業を主要なサプライチェーン(基礎・タワー製造、洋上工事、O&Mなど)に組み込むことに努めた。バルト海、北海など遠方での事業を地元企業中心で推進するのは、輸送コストなどの面で不利のようにも思われるが、他国には無い大型設備の導入やロボット化による生産性向上などでカバーしているようである。

イベルドローラの開発によるドイツのヴィキンガー洋上風力
イベルドローラの開発によるドイツのヴィキンガー洋上風力
・5MW機 70基 = 35万kW
・陸地から75km
・総工費 4億ユーロ
・2017年運転開始
出所:イベルドローラ・ホームページ

3 裾野の広い周辺産業育成を目指す台湾

 台湾は、化石燃料比率、エネルギー対外依存率が高いことが長く課題となってきた。また、国連に加盟していないため「気候変動枠組み条約」は批准していないものの、再エネの導入など温室効果ガスの削減には従来から自主的に取り組んできた。その一方で、2018〜2025年に原子力発電所が次々と運転寿命を迎えることから、原子力に代替する電源としての風力発電、中でも洋上風力の拡大に向け2017年に大きな政策転換を行っており、2025年までに陸上風力を120万kW、洋上風力を550万kWに拡大するという明確な数値目標を定めている(発電電力量に占める再エネ比率は20%以上)。

 台湾の西海岸は風況に恵まれ、また遠浅の海域が広がることから、洋上風力のポテンシャルは高いとされていたが、台湾政府による野心的な導入目標の設定により、欧州や日本の事業会社、風車メーカーなどを中心に多くの企業を引きつけている(日立製作所も昨年春に5.2MW機を21基受注)。

西海岸に集中する台湾の洋上風力案件
西海岸に集中する台湾の洋上風力案件
出所:台湾経済部能源局

 このように台湾政府が洋上風力を積極的に拡大しようとする背景には、エネルギー問題、環境問題があることは前述の通りであるが、同時に、電子機器、機械、各種部品などを始めとして、台湾にもともと集積する世界レベルの周辺産業をさらに発展させ、新たな輸出産業にまで育て上げたいという思惑も読み取れる。事実、今後の洋上風力開発に向けては、台湾企業製品の採用義務比率を高めに設定しつつあり、ローカルコンテンツ志向はかなり強まりそうである。

 風車は2万点の部品が必要とされる裾野の広い製品であり、それぞれの部品に高い品質と信頼性が求められている。これらについて製造技術の移転やノウハウの蓄積が進めば、台湾と似たような自然条件にあるアジア市場、さらには世界市場を見据えた上で、大きな武器になるものと思われる。

4 黒い目の猫も青い目の猫も

 将来に向け洋上風力シフトを進める3カ国の事例を見てきたが、いずれも国内には有力な風車メーカーが存在しないことを前提の上で、国内の関連産業育成、地域経済振興、世界市場進出を念頭に置いたビジネスモデル、あるいは長期戦略を描いている。こうした方向に向けての取り組みは、風車メーカーが無くなってしまった日本にとっては大いに参考になるものと思われるし、今のところ他の選択肢は考えにくいのである。

 以前ある欧州の風車メーカーの社長に「外国製風車を使うと利益が海外に流失してしまうという言い方もされるので、日本製品が内部でどのくらい使われているというデータはないのか?」と聞いたことがあるが、興味深い数字だとは言いながらそのままになっている。また、日本製の高品質のベアリングは、世界の多くの風車で使われているという話も聞くが、風車の全体像とは言えない。

 もちろん、国内に風車メーカーがあるのに越したことはない。しかしもし無ければ、最も安く最も品質に優れた製品を輸入すれば良いのであって、それが経済メリットの海外流失と考えるよりは、むしろ良いものを選別できるメリットとして評価すべきである。そして、そこに高品質の日本製品が採用されているのであれば、なおさら歓迎である。

 実はこれは風車本体に限った話ではなく、開発主体についても全く同様なのである。かつてユーラスエナジーの経営に携わっていた時には、ノルウェー政府からウィンドファーム建設費の半分以上の補助金を支給してもらった。また、米国、英国、イタリアなどでも税制・優遇策や各種規制も含め、基本的に国内外の企業は無差別であった。これに対し日本は往々にして自前主義が強く、対外的な拒否感もあって、海外企業に対して何らかの経済的、技術的な便宜を供与すること、とりわけ国からの資金や支援が提供されることについては、国民財産の流失と考えるためか抵抗感が強いようである。しかし、それでは某国大統領と同じ穴に陥ってしまうことになる。

 鄧小平流に言えば、黒い目の猫も青い目の猫も、安くて優れた風車を作るのは良い猫なのである。

キーワード:風車メーカー、オランダ、スペイン、台湾