Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.142 日本は価値の数だけ電力市場を作るのか

2019年8月29日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 山家公雄

 電力自由化を進めている日本では、システム改革のスケジュールに沿って、様々な「電力市場」が創設される。前日・当日取引の「卸取引市場」に加えて、CO2非排出価値を取引する「非化石証書取引」(2018年5月)、原子力・石炭等を取引する「ベースロード市場」(2019年7月)、電源等の供給力を取引する「容量市場」(2020年)、送電会社が調整力を購入する「需給調整市場」(2021年)である。各市場は電力のもつ複数の価値に対応するものと説明されている。ここ1~2年での創設が目白押しであり注目も集まるが「理解できない」という言葉を耳にする。今回はこれについて解説する。

1.様々な「電力市場」が創設される日本

複雑でメリハリに欠ける市場設計

 資料1は、日本で創設されたあるいは予定されている電力に関する市場について、資源エネルギ-庁が整理した表である。

資料1.電力関連市場の概念整理
資料1.電力関連市場の概念整理
(出所)資源エネルギ-庁

 電力には複数の価値があるとして、それぞれの価値に対応する市場を創設する。この整理は、間違いではないが誤解を招きやすい。横一列に並べてあるが、市場規模や価値の普遍性から電力量kWhがドミナントであり、容量kW、調整力ΔkWは、kWを補完する役割である。ΔkWは従来より電力会社がアンシラリーサービスとして提供しているが「補助的」という意味である。kWhが取引される市場としてスポット、ベースロード等の卸電力市場としているが、卸市場とは一般にスポット(前日)と当日のことであり、ベースロードは聞いたことがない。kWの容量市場は一般的に存在するものではない。また、どちらも予備力という点でΔkWとの区別は曖昧である。

2.電力市場と価値を実際のタイムラインに沿って考える

拡大する市場参加者主役の卸取引

 これを、取引が生じるタイムラインに沿って、整理したのが資料2である。

資料2.時系列でみる電力市場と電力の価値
資料2.時系列でみる電力市場と電力の価値
(出所)筆者作成

 電力量kWhを取引する場が卸取引市場であり、発電事業者・小売り事業者等の「市場参加者」が、前日市場で翌日の計画値を確定し当日市場でその後に生じる誤差を修正する場である。日本の場合、卸取引(当日市場)の市場閉鎖(ゲートクローズ)時は実自給時の1時間前である。

 その後の1時間は系統運用者(送電事業者)が安定供給の最終責任者として誤差の修正(調整)を行う。具体的には、短時間で出力調整できる電源等と予め契約しておき、実際に必要となるときに発動を指示することになる。短時間で出力の上げ下げや起動停止が可能となる設備が候補となり事前に確保されることになる。これが需給調整市場である。これらの設備は1年前から確保される予備力でありkWの価値であるが、短時間の役割を担うことに着目し「調整力ΔkW」としている。

 当日市場と需給調整市場の境界は海外では急速にクリアーでなくなってきている。日本の当日市場は30分毎で終了時は1時間前であるが、欧米の当日市場は次第に短くなり5分毎で5分前となっている。これは市場参加者が利潤拡大行動をとることで、設備を予約することなく、自然と調整力が確保できることを意味する。天候や需要の予測はまず外れないことになる。これは「卸市場の革新」と称され、需給調整市場の役割を肩代わりする効果がある。予め確保しておく予備力の削減に繋がる。当日市場はkWやΔkWの価値があると言えるのである。ドイツでは、風力・太陽光が増加したにも拘わらず需給調整市場の取扱量が減ってきたが、これは当日市場が活躍したためで「ジャーマンパラドックス」と称される。市場参加者が自ら効率的で透明性のある環境のなかで調整を行うことが推進されている。

予備力を扱う点で差異がない「容量」と「需給調整」

 さて、「容量市場」であるが、日本では4年後に必要となる供給力(容量)を想定し、これを充たすに足る設備容量kWを入札にて確保するものであり、落札者は容量維持に見合う費用を受け取ることができる(支払うのは小売り事業者)。容量の中には予測誤差や希少事象に対応した予備力も含まれる。この容量と需給調整市場で確保される予備力はどちらもいつでも発電できる価値kWである。4年前に確保されるか1年前までに確保されるかの違いである。因みにNY-ISOの容量市場の期間は最長1年半である。テキサス州では容量市場は存在しない。当日市場(リアルタイム市場)と需給調整市場(アンシラリサービス市場)のkW、ΔkW、kWh価値を組み合わせることで、容量市場が有する効果を発揮できると考えるからである。

3.複雑な日本の電力市場設計

 このように電力には複数の価値があると考えることは間違いではなく、 その価値に見合う対価を得ることは供給設備の維持・確保に必要なことである。しかし、複数の価値をもつにしても公平性や国民負担の観点から、ダブルカウントは当然避けなければならない。電源側がいつどの市場を利用するかは、設備や取引に係る迅速できめ細かい情報把握が不可欠となる。

 また、「市場」とはいうものの関係者に送配電会社(需給調整市場)、電力広域的運営推進機関(容量市場)が主役級で入っており、効率性の源である「市場参加者」の位置づけは低くなる。制度設計が複雑になり、情報処理速度が遅くなり、そのため商品期間および実需給まで運営時間の短縮化といった「市場の革新」が困難になり、再エネ普及にもブレーキがかかる。何よりも、電力の価値が硬直的に仕切られれば既存技術の温存、新技術の停滞ひいては国民負担の増加を招くことになりかねない。

 以下は日本、ドイツ、テキサス州の電力に係る市場を比較したものである。

資料3.日本、ドイツ、テキサスの電力市場比較
資料3.日本、ドイツ、テキサスの電力市場比較
(出所)筆者作成

 一見して日本は複雑であることが分かる。容量市場の存在しないテキサス州は低い電気料金と信頼性維持を実現している。電力の価値と市場を考える際に、競争環境を醸成する基礎である卸取引市場の整備・発展に軸足を置き、他の市場も卸市場の機能を損なうことのない設計に十分留意すべきである。今回はベースロード市場、先物市場については触れなかったが、機会を見て取り上げたい。

キーワード:電力の価値、電力卸市場、容量市場、需給調整市場