Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.147 最近の異常気象とその深層 - 巨視的なタイムラインが・・・?

2019年9月26日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 加藤修一

“夜には一気に世界が変わり・・・・”

 これは台風15号に対する最大限の警告である。「夜には一気に世界が変わり、猛烈な風・雨になるおそれ」、気象庁の全文である。思いだすのは、昨年の「西日本豪雨」、「重大な災害の発生するおそれが著しく高くなり、・・・厳重な警戒が必要・・・早め早めの避難を」、また数年前には「自分の命は自分で守ってください」との呼びかけざるを得ない状況にさえあった。それほどに深刻化している。アメリカ気象学会(AMS)は、全世界の異常気象を精緻な全球モデルを駆使して複雑なシミュレーション分析の結果、異常気象の約70%が気候変動と緊密な関係にあると公表した。極めて大きい数字である。異常気象は昔もあったが、この数字は、今日の異常気象の大方は気候変動とリンクしているとみるべきである。西日本豪雨については、“気候変動に伴う異常気象である”と気象庁が初めて正式に認定した。思いだすことは、西日本豪雨時の民放の報道映像である。あるご婦人が無残に荒れ果てた被災現場を苦渋に満ちた顔をしながら「天災には勝てない。マー、仕方がない」と呟いた。これは驚きの呟き。また千葉の台風15号を報じたある記事には、「20年間ここで栽培していて経験したことがない被害。自然災害なのでどうしょうもないが、負担は大きい」とある。これらを報道・記事にした思考である。このようなことは自らが原因者でもある感覚が摩滅していることではないか。ところで、放送法の第108条には「放送事業者は、・・・放送等を行うに当たり、暴風、豪雨、洪水、地震、大規模な火事その他による災害が発生し、又は発生するおそれがある場合には、その発生を予防し、又はその被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない」とある。情報を伝える者の見識が問われかねない。その深層はいかなるものか。

安全の保障の時代

 言うまでもなく、気候変動対策の二大政策は、緩和政策と適応政策である。増々適応政策への対応が急務である。日本の可住地面積は海岸線にあり、しかも産業基盤などほとんどの資産が集中している。緩和対策など水をも漏らさぬ対応(安全の保障)が求められるが、2000年初期のペンタゴンレポートを彷彿させる。本年もアメリカの国防総省は「気候変動の影響は国家安全保障問題である」と堅固を誇る軍事施設でさえ気候変動に伴う洪水、旱魃、山火事のリスクが高まって脆弱であると悲惨な調査を公表した。軍事施設と比較すれば民間施設はより脆弱が深刻といえる。つい先日、世界気象機関(WMO)は、2015年から今年までの平均は、15年までの5年間と比較して大気中の“CO2濃度の上昇率”が約20%増え、気温が0.2℃上がるなど温暖化が加速化していることからCO2削減などの取り組みを大幅に強化する必要性を強調した。また被害と言えば、自然災害のコストである。IAIS(保険監督者国際機構)と持続可能な保険フォーラムが取りまとめた「保険セクターに対する気候変動リスクに関する論点書」によると、2005年~2015年の自然災害に起因する総世界経済損失は1兆3千億米ドル超、2017年は被保険損失が史上最高の1,380億米ドル。2017年の総経済的損失は3,400億米ドル。2017年のハリケーンによる総経済的損失は過去16年間の平均の5倍近くと悲惨である。

停電リスクの予測

 以上の現状は今に始まったことではないが、今回の台風15号の初動対応に議論がある。ウェザーニュースは、2018年台風24号通過後の最大瞬間風速25m/s以上において発生した停電データ(WNアプリ会員通報)と風速予測、台風15号通過時の予想最大瞬間風速など(図-1)を精査している。

図-1 千葉県の1500m上空は最強風速(紫)
図-1 千葉県の1500m上空は最強風速(紫)
資料:ウェザーニュースより

図-2 事前予測―台風15号の暴風と停電リスク
図-2 事前予測―台風15号の暴風と停電リスク
資料:ウェザーニュースより

 「警戒―赤色」地域は、最大瞬間風速が30m/s超で停電リスクが高く警戒を指摘し、「要注意―黄色」地域は、最大瞬間風速が25m/s超で沿岸ほどの暴風にはならないが、一部の停電発生の予測を行い、停電発生の予測時間帯も表示した(図-2)。図-2のような情報図は、政府や千葉県の災害対策本部・会議場にこそ(本部自らの作成を含めて)真っ先に図化・表示されるべきものである。

図-3 事後の停電の実態報告
図-3 事後の停電の実態報告
資料:ウェザーニュースより

 図-3は事後分析である。停電発生は最大瞬間風速25m/s以上、特に停電の集中発生は最大瞬間風速40m/s以上の地域にあり、千葉県内の最大瞬間風速57.5m/sや広範囲の記録的な暴風が送電網・電柱等に影響を与えている。東京電力は、9日(月、朝)に約93万戸の大規模停電を公表したが、ウェザーニュースは、天気アプリと「Twitter」を通じて「9日~10日昼前の緊急停電調査」(1.3万超の回答)とアメダスの風速データを駆使して、いち早く停電と風速の関係を速報した(図-3)が、この様な手順は、今後の初動対応に生かされるものである。

初動対応“前”の対策を促すタイムラインの思想

 民間の天気予報社が、いち早く停電リスク予測を提示したことは称賛に値する。この様な事前の即時対応で思いだすのは、タイムラインである。タイムラインとは、「事前防災行動計画」である。気候変動政策の適応政策に咲いたあだ花と言えなくもない。タイムラインを構成する三要素は、「何時(行動時刻)」 「何を(防災行動)」を 「誰が(組織・主体)」を緻密にシステム化したものである。2012年ハリケーンのニュージャージー州などの直撃事例がある。800万世帯の停電、地下鉄もストップの大打撃を受け、被害額は計8兆円規模、全米やカナダ両国合計死亡者130人を超えた。その中でニュージャージー州のバリアアイランドは4千戸の家屋が浸水したが、犠牲者がゼロだった。その時、既にハリケーン上陸を想定しタイムライン対応を行っていた。上陸96時間前に避難所の計画・準備、72時間前に知事の緊急事態宣言、36時間前に避難勧告発表、24時間前に公共交通機関の運休計画などの決定である。これが被害最小化になった。日本の国土交通省は、この事例を研究し「日本型事前防災行動計画(タイムライン)」を策定している(注)。要は、数日前から先を見越した防災対応、手ぐすね引いて待っている計画であったはずである。2018年度の自然災害(風水害)の保険金支払額は、過去最高の1.6兆円である。今回の台風15号は、軽く3千億円超と言われている。タイムラインを駆使しても対応できない災害もあったかもしれないが、被害を削減できた可能性が大きい。残念ながら現在のところ効を奏した様子はみられない。政府・県などに「日本型タイムライン」が導入されたが、どの程度機能したのか。果たして、その深層はいかなるものか。

注)「タイムライン(防災行動計画)策定・活用指針(初版)」、平成28年8月。

国際社会の巨視的なタイムラインの成否?

 今日、異常気象によっておこる災害は、前述したように気候変動とリンクしている。気候変動対策の二大政策も相互に緊密な関係が欠かせない。Xデイが2℃とするならば、あたかも未来から迎え撃つ様な体制が必要であり、避けることが求められている。既に国際間に“巨視的タイムライン”が存在するものと考えられる。例えば、再生可能エネルギー、省エネルギー政策などの実効的な計画の総体である。ところが、本コラムで触れてきたバイオマスについては、精査の必要を述べてきた。その基本はバオマスのカーボンニュートラルという定義にある。

図-4 シナリオ24種別のLUC排出量 - (モデリングによる数量化の結果)
図-4 シナリオ24種別のLUC排出量 - (モデリングによる数量化の結果)
資料:IIASA, Ecofys, E4tech,”The land use change impact of biofuels consumed in the EU-Quantification of area
and greenhouse gas impacts” , EC,2015. より、仮訳筆者

バオマスの生産には、土地利用変化(LUC)の精査が必要である。特に、「ILUC(間接的土地利用変化)」の影響は、10~20年先の行動を予測する経済モデルに基づいて計算しなければならないため複雑である。また、数値は作物の種類によって変わる。全体としては、ILUC の影響を考慮に入れると、ほとんどのバイオディーゼルの二酸化炭素排出量はバイオエタノールより多く(図-4)、化石燃料よりも多くなることが分かって来ている。そこで、EUは、「RED及びFQDの改正指令(2015/1513)」が、確定するまでの約5年間、バイオ燃料の影響、土地利用の変更、食物価格、食糧対燃料に関する倫理問題、間接的炭素排出、生物多様性と水の利用への影響、既存の投資、雇用の創造等に関する激論が交わされてきた。その中心的な研究者(国際食糧政策研究所:IFPRI)が、David Labordeである。彼は欧州委員会に大きな影響を及ぼす報告書を作成し、ILUC の影響が、欧州の再生可能エネルギー政策を通じて2020 年までに削減できるはずの二酸化炭素排出量の3 分の2 以上を相殺(注)することになると驚くべき指摘を行った。この論拠の詳細は後日にするが、一部を、図-4に示す。

注)Richard Van Noorden, EU debates U-turn on biofuels policy, Nature Vol.499(13-14),2013.

ILUCを科学する - モデリング化による数量化

 種々の課題を議論するには、事物の類型がどのようになるかの議論を通じて、モデル化することは、重要なアプローチである。議論の素材を提供するばかりでなく、事前に問題を整理・精緻化し、また情報の共有化を進め、議論を前に進めやすくする。このILUCについても同様である。EUで消費されるバイオ燃料の土地利用変化による影響を知る必要が生じたことから正に土地利用変化に基づく、排出量への影響を数量化することである。ここで重要なことは、第一に追加のバイオ燃料需要によって引き起こされる土地転換量の数量化であり、第二には、この土地転換に基づいて、モデル化された各シナリオの温室効果ガス排出への影響量を計測することである。先ず、シナリオである。図-4には、原材料固有のシナリオとして、主要な伝統的、かつ先進的なバイオ穀物として14種+3種のシナリオを、EU 2020バイオ燃料ミックスシナリオとして2種を選び、探索的シナリオは5種である。計24種のシナリオ(ワラ4種を含め28種)である。これらのシナリオに基づいて、IIASAのGLOBIOM(Global Biosphere Management Model)を援用して解析を行っている。排出量の尺度の単位は、gCO2-eq/ MJであり、Y軸の0から上はプラスの排出量、下はマイナスの排出量(=吸収量)を表示する。棒の▲は差の数値、その数値が棒上端の数値である。パーム油は、マイナス排出も大きいが、プラス排出量が非常に大きく、MJ当たりネットで231gCO2が排出になる。もともとのEUの定義では、ゼロ排出量となる。この様な結果に対して、前述のDavid Labordeの指摘につながる。再エネによって「立派なCO2削減の城」ができたと、感心していると、緩和政策の中心的存在であった再生可能エネルギー計画に“見えない空洞”があったことになり、「張り子の虎」になりかねない現実が見え隠れし始めている。EUの深刻さというよりも人類が直面し始めた深刻さかも知れない。ILUCの科学について、次回以降に図-4やEUのREDⅡなどを含めて詳細に触れたい。

キーワード: 再生可能エネルギー iLUC バイオマス