Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.149 テキサス電力市場の価格スパイク
- 8年間待った発電事業者に慈雨 -

2019年10月10日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 山家公雄

 テキサス州では、8月13日と15日に電力取引市場の価格が一時kWhあたり9ドル(約1000円)を記録した。気温上昇により需要が増えたことや一部発電設備の故障もあり供給予備力が不足したことに、市場が反応したものである。同州は、容量市場はなく発電電力量のみで需給調整を行うEnergy-Only-Marketであるが、その機能が発揮されたものとする冷静な見方があるが、一方でシステムの脆弱性が露呈したとの批判も出ている。今回はこれを取り上げる。

8月13日にkWh当たり9ドル(約1000円)を記録

 8月上旬、テキサス州の電力市場価格は暴騰(スパイク)した。同州の系統・市場運営機関であるERCOT(Electric Reliability Council of Texas)のリアルタイム(当日)市場価格は、新ピーク需要7450万kWを記録した12日の午後にkWh当り6.5ドルを記録した。供給力が少し落ちた13日の15時15分には上限である9ドルに至ったが、これは1時間程度続いた。資料1は12日~15日の1時間平均需要量および15分毎卸価格の推移を示している。資料2は13日16時10分時点の価格マップであるが、ほぼ全域で高価格を示す赤色に染まっている。

資料1.テキサス州の需要量と卸価格の推移(ERCOTエリア、8/12~15)
資料1.テキサス州の需要量と卸価格の推移(ERCOTエリア、8/12~15)
(出所)ERCOT

資料2.テキサス州8月13日の電力価格(16:10時点)
資料2.テキサス州8月13日の電力価格(16:10時点)
(出所)ERCOT、HPより

廃止が進む石炭火力発電

 テキサス州は電力需給が逼迫する要因が揃っている。人口は年間2%の伸びが見込まれており、この1年でも約40万人増えた。シェール資源開発等もあり全米の成長センターで、電力需要は増えている。一方で、石炭火力発電設備は大きく減少している。

 米国の卸電気価格は、下がってきており近年低水準にある。低コストのシェールガス増産、コストが急低下してきている再エネの普及等による。テキサス州の卸電力価格は、その中でも低く、近年はkWh当り3セント前後で推移してきている。シェール革命の震源地であり電力に占める低コストの天然ガス火力は、2018年は44%を占める(全米では34%)。また風力発電は、全米最大の発電量を誇り、発電電力量の19%を占める(全米では6.8%)。完全自由化の下で、安い卸価格は小売り価格に反映され、消費者は全米平均を下回る低い料金を享受している。

 一方で、低水準の卸価格は、石炭火力発電の競争力を削ぎ、老朽化進展とも相まって廃止が増えている。テキサス州では、2012年以降低価格で推移してきており、新規投資は7年間にわたり採算に乗らない状況が続いている。こうした中で、2018年3月には当時の25%に相当する約400万kW、2019年1月には46万kWの石炭火力が廃止となった。この厳しい状況は、ガス火力発電や再エネの新規開発にとっても同様であり、ガス火力発電の新設は滞っている。再エネは、連邦政府の減税措置や長期相対契約(PPA)普及等により、開発意欲は衰えていないが、石炭火力の減少を補うには至っていない。

低下する供給予備率

 ERCOTは、夏季に向けて3回(12月、3月、5月)需給予想を発表するが、直近の5月では、予備率は8.6%と低い水準となった(適正予備率は13.7%)。昨年は、夏の予想予備率は11%(一時は9.3%)であり、需給逼迫による価格スパイクも予想された。7月19日には猛暑により需要量は7330万kWと最大値を更新したが、事前の注意喚起が奏功し、発電設備の故障・メンテナンス離脱が少なく、需要反応も機能し、一定の価格上昇にとどまった(6~8月で+25%)。発電側にとっては「期待していた価格スパイク」は不発に終わった。

 今年は、昨年よりも予想予備率は低く、価格スパイクはより現実的なものとなった。7月までは前年ほどの猛暑ではなかったが、8月入り後気温が上がり、12日には最大需要量を記録し、卸価格はkWh当り6.5ドルまで上昇した。翌日の13日は、需要量は減少したものの発電設備の一部停止により、予備力は3%を下回りし、卸価格は上限の9ドルに達した。ERCOTは、上限値を順次引き上げてきたが、9ドルに引き上げられた2015年6月以降では、2018年1月、2019年5月に次いで3回目の9ドル到達となった(8月15日も記録)。

発電事業者は2日間で年間収入の1割をゲット

 今年は、後述するが、希少予備力価格を引き上げたこともあり、価格スパイクがより生じやすい状況になっていた。通常はkWh当たり3セント程度の卸価格は、一時的にせよ一気に9ドルまで上がった。発電事業者は価格スパイクした2日間だけで15億ドルもの収入を得た、これは昨年の卸市場取引額の約1割に相当する、とブルームバーグは試算している。

 ERCOTは、昨年同様市場参加者に対して、需給ひっ迫、価格スパイクの可能性を伝えており、余剰設備の稼働指令、契約需要の削減等の緊急対応(EEA:Energy-Emergency-Alert)の発動を予告していたが、実際に13日の午後に行われた。

完全自由化のテキサスは価格機能による調整に委ねる

 テキサス州は、自由なり引き、価格機能を重視するシステムを取っている。電力においても、発電・送電・小売りの分離、発電および小売りの取引は完全自由となっている。独立系統運用機関(ISO)であるERCOTが卸取引市場、需給調整(アンシラリーサービス)市場を運営しているが、発電設備容量についても短期取引である両市場の機能にて調整可能とする。特に発電事業者、小売事業者を主とする市場参加者が取引する場となる卸取引市場、なかでも5分毎の調整となるリアルタイム市場が主役となっている。

 米国では、将来の供給力、計画予備力(kW)を決めてこれを取引する「容量市場」を創設し、kWに対価を支払う仕組みを整えているISO/RTOも存在するが、ERCOTは、この容量も卸市場(の価格機能)に委ねている。供給力が不足すれば価格が高騰し、そのシグナルで所要設備が確保されるとする。

ORDC:予備力の価値を市場取引に反映させる仕組み

 ERCOTは、このシステムが確実に作動するために工夫を凝らしている。時々刻々の運用予備力(最大需要値を上回る稼働可能容量)を把握し、予備力が一定量以下になってからは確実に価格が上昇するように、予備力に対応する市場価格を決めておく。これは運用予備力需要曲線(DRCD:Operating Reserve Demand Curve)と称される。資料3は、ORDCの概念図である。運用予備力(kW)が600万kWを下回ると発動し、200万KWに達する時点で最大値9000ドル/MWh(9ドル/kWh)になる。8月13日の15時過ぎには予備力は213万kWまで減っていた。

資料3.ORDCの概念図
資料3.ORDCの概念図
(注)VOLL:Value of Lost Load、予備力が消滅した場合に生じる影響の経済的な価値
(出所)ERCOT

 ERCOTは、予め翌年のカーブを季節と時間帯により24通り試算し公表する。市場参加者は、事前にORDCを把握できることから、予備力を予測することで価格水準を把握することができる。また、ERCOTは年間3回需給見通しを公表する。

引き上げられたORDC

 夏場ピークとなる同州では、5月公表値が直近の予測となるが、政策的には12月公表値を基に議論される。12月時点では予備率は7.6%と低く、エネルギ-政策、消費者保護を担当しERCOTを監督する立場にある公益事業委員会(PUCT:Public Utility Commission of Texas)は、ORDCの見直しを指示した。発動してから価格が最大になるまでのカーブを少し急な勾配にすることで、発電収入が増えるように、2年かけて修正することを求めた。ERCOTは、2年間で8億ドルの効果があると試算した。オースチン市在のテキサス政策財団は電力コスト13%増と試算した。

テキサスのEnergy-Only-Marketは適切に機能したのか

 短時間とはいえkWh当り9ドル(約1000円)という数字は、日本では信じられない水準であろう。日本では、2018年7月に100円前後まで卸価格が上昇したが、「前代未聞の高水準」と言われ、主に卸市場から調達している新電力の経営が大きく揺らいだことは記憶に新しい。変動する市場取引に過度に依存するリスクを改めて認識する事態となった。テキサス州についても、その短期市場取引を基礎とするシステムの脆弱性を指摘する向きはある。

発電事業者は8年間スパイクを待った

 一方で、価格機能に委ねる「テキサスモデルが機能した証」と冷静な声も多い。7年間にわたり低い市場価格を消費者は享受したが、逆に発電事業者は回収不足に苦しんできた。昨年スパイクが予想(期待)されていたが、予想を超えて需給が反応したことから一定の予備力が維持できた。予想予備率がより小さくなった今年は、価格上昇が起こりやすいORDC改訂とも相まって、2011年以来8年越しにスパイクが生じた、発電事業者は一息ついたのである。

 しかし、このようなシステムだとは分ってはいても、一旦スパイクが現実に生じると、不安も生じる。この価格高騰により発電投資が戻ってくるのだろうか、開発から稼働まで一定の時間を要するが間に合うのだろうか、いつでも発電できるという価値を評価する市場(容量市場)を整備すべきではないか、という議論である。全米では、先進国の例にもれず、電力需要はフラットないし減少傾向で推移するようになっている。テキサス州は、需要は堅調に増えており、そうした中で低価格を享受してきている。同州がテキサスモデルに自信と誇りを持っている背景にはこうした実績がある。

脚光を浴びる太陽光とデマンドレスポンス

 テキサス州の場合、晴れる日が多く、太陽光発電の利用率はかなり高く、夏季ピーク時の高価格時間帯に稼働する。火力発電に比べて投資のリードタイムが短い。風力が2割を占めるのに対して、太陽光はまだ1%に留まっている。2年続いた逼迫と今年の価格スパイクで、太陽光への投資誘因は高まっている。計画が多く、太陽光間での投資競争が激しくなっているとの評判も聞く。ハリケーンの襲来を受けるテキサスは、自家発設備が多く、この投資も喚起されるだろう。また、理論的には供給力と同じ効果があるデマンドレスポンスへの注目が高まっている。小売り完全自由化でスマートメーター、スマ-トサーモスタットの普及率は高く、自動的に空調の温度を上げられるシステムは整っている。

 価格機能で設備を効率的に利用し普段は低コストを享受するが時折りスパイクするテキサスモデルと、容量市場等の導入で高い予備力をもつが全般的に価格が高くなる市場との比較ということができよう。「期待していた」スパイクが実現したテキサスが今後どのように対応していくのか、引き続き注視していきたい。

(参考文献)

「テキサスに学ぶ驚異の電力システム 日本に容量市場・ベースロード市場は必要か?」
 山家公雄 2019年6月 インプレスR&D社

容量市場は必要か、テキサス州電力システムに学ぶ
 山家公雄 京大コラムNO.130(2019年6月6日)

キーワード:テキサス、ERCOT、Energy Only Market、価格スパイク、容量市場