Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.151 電力系統の未来像

2019年10月25日
(非営利型一般社団法人)デジタルグリッドコンソーシアム代表理事 阿部力也

1.今、何が起こり始めようとしているのか?

 電力が現在のような形で消費者に供給されるようになって、100年以上経過している。その間、電気という商品は廃れることなく、毎日消費され続けて来た。それはひとえに電気という商品が安価で使い勝手の良いものだからである。しかし逆に、ひとたび電気のない世界に放り出されると人々は途方にくれることになる。長期に渡る停電などめったに起きなかった時代は過去のものとなり、最近長期停電が頻発するようになってきた。東日本大震災、北海道地震などを契機とした津波や振動による発電所損壊を契機とした長期停電は、多くの人々の短期的、長期的生活基盤を奪った。

 このようなことが二度と起きないようにと、原子力発電所では発電所の安全対策を強化する、高台に非常用発電機を移動する、免震センターを2重化する、防波堤を嵩上げするなど安全策の強化を徹底することが行われた。火力発電所でも地震対策が強化された。このように発電側コストは上がったものの対策は進んだ。

 しかし、今度は送配電側に新たな問題が発生しだした。今般の台風15号を契機とした強風による電柱倒壊は送配電網の抜本的対策が必要であることを再認識させた。電柱そのものの強度のみならず、飛来物による連鎖倒壊、樹木による倒壊が起こり、電柱自身や樹木が道路封鎖を招き、電源車も近づけず、応急処置もできなければ、復旧対策も困難となることが明白となった。さらに台風19号による河川氾濫がもたらした水没は、分電盤や電気機器の直接損傷をもたらし、需要家側の直接的な防衛対策も必要であることを認識させた。

 このような自然災害による長期の停電は、産業・経済界のみならず、一般市民の生活に直接の打撃を与えている。異常事態とも言える事象が常態化しはじめ、想定範囲外だったと言い逃れることが通用しなくなり始めている。この様な時代に突入し始め、我々はどの様な対応を取らなければいけなくなってきたのだろうか?

2.課題の明確化とその対応策はいかなるものか?

 電力の供給責任という側面から、電力会社は、壊れた箇所を補修し、再度送電を開始するという従来型対策を繰り返すだけである。この繰り返しを少し工夫してより強化していくことは果たして合理的なのだろうか? もっと抜本的な変革がないと、破壊と復旧の繰り返しになって疲弊していくだけではないだろうか? そもそも電力会社自身がどこまでこの繰り返しに責任を持つべきなのだろうか? 復旧費用は誰が負担するのだろうか? 二次的に発生する停電による損害については、間接損害や逸失利益の負担に分離され、電力会社は責任を免除されている。被害者には選択肢がなく、どうすることもできない。停電がきっかけで倒産に追い込まれる事業者もいる。この様な事態が頻発するようになっていくなかで、電気事業は今のままの制度設計でよいのだろうか?

 筆者らは、『電力の供給を、地域に特定された電力(送配電)会社に依存している』ということに根本的な課題があると考える。発電自由化、電力先物市場、容量市場創設等々、電気事業制度設計をいくらいじっても解決にならないのではないか? 発電側を強化しても、送配電網に事故が起これば、末端に電気が届かなくなる。

 これをなんとかしようと需要家が自ら、自家用発電機を設置・運用しようとすると、送配電会社からかなり厳しい制約が課せられる。法的にも電気主任技術者常駐などの制約がかかってくる。しかし、送配電会社としてもこれを緩めるわけには行かない。もし需要家が自前の電源を運転して停電系統に電気が流れたら、作業員の生死に関わるからである。したがって自家発には厳しい運用制約をかけざるを得ない。そもそも設置の段階で大きな制約を設けざるを得ない。そうしないと保安上の責任を全うできないからだ。このように送配電会社としては、どうしても需要家側の発電には制約をかけざるを得ない。

 一方で需要家側から見ると、上流側からの電気供給が途絶えることが日常茶飯事になるなら、自前で電源を持つか、あるいは下流側から電気を供給してくれる事業者がいればそことも契約したいと考えるのは当然だろう。多重供給を受けられれば、競争が生まれ、安く電気を調達でき、かつ信頼性が高まると考えるのは当然である。

 しかしながら、現状の電気事業法では、この様な二重供給は許されていない。複数の電気供給ソースや電気機器の選択、あるいは自前の分散電源の設置など様々な点に縛りが設けられていて、事実上配電網は一社独占体制となっている

 電力供給を多重化することには経済合理性がないということが、経済産業省の今までの論点であった。しかし、今までに経験したことのないような長期停電の頻発を経験するようになり、分散電源が安価になり始めた昨今、この論点は崩れ始めたと言えよう。

3.配電網の自由化による配電事業と分散電源供給の活性化

 筆者らは、配電網の自由化による配電事業と分散電源供給の活性化が鍵であると考えている。日本では、明治時代に小さなエリアごとに電力会社が生まれ、そのエリア内で供給を行い始めた。いわゆる分散型電力システムであった。電力の提供という新しいサービスは膨大な需要を掘り起こし、数百社もの地域電力会社がわずか数十年で日本中に電気を供給するようになった。

 今もし、配電網の自由化を実施し、分散電源の接続や需要家への無電化サービスや電気機器のレンタルサービスなどを電気主任技術者の縛りや電力会社の制約なしに実現できたら、電力が地域独占的に供給された時代にはなかった新しいサービスが生み出され、活況を呈することになるだろう(資料1)。すでに電力自由化は2016年より本格化され小売電気事業者及び発電事業者は合わせて1000社を超えるまでになった。

資料1.配電網を自由化し、様々な技術とサービスが提供される分散電力系統イメージ
資料1.配電網を自由化し、様々な技術とサービスが提供される分散電力系統イメージ

(出所)筆者作成「デジタルグリッド構成イメージ」


 しかしそのビジネスはあくまでも従来の電力会社が保有する送電網配電網を利用して電気を供給するというビジネスでしかない。このビジネスは、送配電網を借りて託送料金を支払わなくてはならず、さらに再エネ賦課金や燃料調整費などに加え、現在想定されていない新たな課税などが加わってくる。また、太陽光など再エネ電源が優遇されているわけではなく、無制限な出力抑制なども規定されてしまっている。このような中でビジネスを展開するのは、不確定要素が大きすぎて利幅が少ない小売電気事業ビジネスにとっては、非常に苦しく、成り立ちにくいものとなっている。

 しかし、仮に配電網が開放され多重供給やあるいは配電網運営が自由になされるようになると、新しい発電機が系統連系され、新しいサービスが競争状態になってくる。需要家はプレミアムを払ってでもそのようなサービスの提供を受けることを欲するようになるだろう。現段階ではそのような需要はないと断言する人々も多いことと思う。しかし上述した長期停電の発生はここ1年数ヶ月以内に連続して起こり、末端部での停電は未だに解消されていないところもある。時代は変わったと言っても過言ではないであろう。

 配電網を自由化するにあたっては、その接続点に、筆者らが提唱をする非同期連系装置のような特殊な技術が必要になる。その技術によって電力会社のニーズを満足して基幹系統に影響を与えないようにする必要がある。しかし、そこで分離された配電網の内側では、最終責任を持った上で電力をサービスする事業が自由に展開できるように規制を緩和する必要が出てくる。これにより分散電源の接続拒否問題、出力抑制問題、末端系統の停電問題等を解決することができるようになるだろう。

 この非同期配電網(セルグリッドと呼ぶ)の大きさは数万人規模の地方自治体や数千ユーザーのエリアなど様々な大きさが可能になる。現行法でも特定送配電事業と言う事業分野を設けているが、それをさらに緩和したマイクログリッドライセンスのようなものが必要となるだろう。

4.浦和美園地区における環境省実証事業

 デジタルグリッド社では、環境省のCO2削減対策強化型技術開発実証事業として、埼玉県の浦和美園地区において上述の考え方の一部を実現したモデルの実験を行っている(資料2)。

資料2.環境省実証試験「浦和美園地区デジタルグリッド実証」イメージ図
資料2.環境省実証試験「浦和美園地区デジタルグリッド実証」イメージ図

(出所)筆者作成


 これは、実際に居住されている住居5軒とコンビニエンスストア4軒及びイオンショッピングモール内に設置された60 kW の太陽光発電設備などとの間で電力取引を行うモデル事業であるが、その中で小型の非同期連系装置(DGR:デジタルグリッドルーター)を設置している。(資料3、左写真一番奥からDGR、蓄電器、分電盤。一番手前はガス用温水器)

資料3.美園の住宅への設置状況とDGR内部の写真
資料3.美園の住宅への設置状況とDGR内部の写真

(撮影)筆者


 各家庭は太陽光発電および蓄電池を保有し、その5軒に電力を供給する配電線はデジタルグリッド社が特定送配電事業者として保有するものとなっている。

 東電パワーグリッド社とは上流の地中化用トランスを、取り合い点として、200Vの低圧配電網を分離している。本来はこの取り合い点に非同期連系装置をおくべきであるが今回の実証試験では各家庭の入り口に設置している。たった5軒ではあるが、自立運転も可能なセルグリッド配電網は上述の配電網自由化における試金石とも言えよう。

 この配電網は、その内部に燃料電池発電やガスエンジン発電など様々な自立可能な自家発電源が設置される可能性を秘めている。このような配電網が大きくなれば地域に根ざした小水力発電、風力発電、バイオ発電、地熱発電など特徴のある電源が競い合うことになるであろう。この様な配電網を運営する事業者は台風や雷などの自然災害に対してもそれぞれが工夫を凝らし、需要家に迷惑をかけないプレミアサービスを提供するようになるだろう 。

5.電力系統の未来像が実現した後の世界

 現状ではこのような電力系統の整備は非常にお金がかかり、全く経済合理性がないというふうに考えられている。しかし電力系統を取り巻く環境は急変している。地球規模の気候変動問題が契機になり、再生可能エネルギーが世界中で急速に導入されつつある。これは電力系統において慣性力を持たない電源が急増していることを示唆している。このことは、電力系統の慣性定数を低下させていき、周波数変動が大きくなりやすくなるため、従来型の周波数制御による需給バランスと言った制御システムが機能しなくなる可能性を暗示している。

 イギリスでは今年の8月に、落雷により、周波数が突変し、数百キロメートル離れているにも関わらず、それを検知したホーンシー洋上風力発電所が停止した。同時にガス火力発電所も停止し、これをきっかけにロンドン市内の地下鉄やエレベーターが一斉に停止して100万人規模の市民に数日間にわたる影響を与えた(資料4)。

資料4.英国大停電発生時の系統図
資料4.英国大停電発生時の系統図

(出所)NationalGrid_FaultReportに筆者加筆


 日本でも北海道や九州では再生可能エネルギーの割合が時間帯によっては半分を超えることがあり、雷や地絡事故など何らかの電気的変動が、一斉に再エネ電源を失うきっかけになる可能性が高まっている。電力供給の多重化は決して経済合理性がないとは言えなくなっている。

 通信の世界では固定電話供給網は一社独占体制であった。これが自由化されても事実上電話線の開放でしかなく、電話会社は電話回線を貸出して追加的な収入を得るという形で収益を上げていて、真の意味の自由化には程遠かった。

 しかしこれが電話網の多重化を許した後、経済合理性のなさそうな、電話回線利用ADSLや光ファイバー回線、無線回線、ケーブル回線と言った様々な形態で、需要家にサービスを提供するようになった。これが現在の情報通信革命を引き起こしている。

 電力においても現在の自由化はあくまで電力線の開放でしかない。電力会社は電力線を貸し出して追加的な収入を得るという形になっている。これが通信の場合と同じように配電網の多重化を許すようになれば、現時点では、経済合理性がないように見えるサービスも、必要としている人々がたくさんいることがわかるだろう。めざとい事業家は、さまざまなサービスをさまざまな価格で需要家に提供するようになり、競争が激化し、マーケットが拡大して、その結果、日本経済に大いに資することになると考えられる。

 もちろん様々な技術的課題は乗り越えていかなければならないが、それこそが巨大なビジネスチャンスの宝庫となっているということが言えるだろう。このチャンスを先取りし、規制を緩和し、課題を解決しつつ巨大な市場を作り出すことで日本は世界の範たるべきであると考える。