Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.152 ドイツ政府の気候保護法案とプログラム2030の内容

No.152 ドイツ政府の気候保護法案とプログラム2030の内容

2019年10月31日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

 ドイツの内閣は2019年10月9日に連邦気候保護法を承認した。すでに日本語でも多くの情報が出ているが、このコラムでも改めて内容について振り返っておきたい。日本語紹介記事はプログラムの内容について触れたものが多いので、今回は法案に重点を当てる。プログラムについては簡単に紹介するが、詳細は検索していただけるとありがたい。

紆余曲折の連邦気候保護法

 まず、これまでドイツには『気候保護計画』は存在したが、連邦レベルの『気候保護法』はこれまで存在しなかった。

 連邦議会の議事録を検索してみると、国レベルで最初に『気候保護法』について言及したのは緑の党で1994年のことである※1 。その後も緑の党は気候保護法を訴え続け、法案が国会で議論されたのは2014年が最初であった。今回与党であるドイツキリスト教民主同盟(CDU)とドイツ社会民主党(SPD)によって閣議決定された連邦気候保護法はこのような紆余曲折を経た結果である(ただしいくつかの州政府は気候保護法を以前から制定している)。また、この法案にともない、気候保護対策の具体案である気候保護プログラム2030※2も公表されている。この法案は長年気候保護に取り組んできた科学者や団体からは不十分だと批判を浴びているが、政権側は内容に満足しているようである。

 新しい連邦気候保護法は5章15条からなる。

気候保護法の構成

第1章 総則
 第1条 法の目的
 第2条 用語の定義

第2章 気候目標と年間排出量
 第3条 国家気候保護目標
 第4条 許可される年間排出量、命令権限
 第5条 排出データ、命令権限
 第6条 罰則規定
 第7条 欧州気候保護指令に対する実施規則
 第8条 年間排出量を超過した場合の即時プログラム

第3章 気候保護計画
 第9条 気候保護プログラム
 第10条 報告書作成

第4章 気候問題に対する専門家委員会
 第11条 気候問題に関する独立専門家委員会、命令権限
 第12条 気候問題に関する専門家委員会の業務

第5章 公共機関の先導的役割
 第13条 配慮規則
 第14条 連邦と州の協力 
 第15条 気候中立な連邦行政

 気候保護法の目的(第1条)は、国際的な気候変動の影響から守るために国の気候目標とヨーロッパの目標の達成を確実にすることである。パリ目標である平均気温上昇を産業革命前に比べて2℃以内、できれば1.5℃に抑えることが重視されており、2050年の温室効果ガス排出の長期目標を達成することが最重要課題である。

 目標達成のための中間目標として2030年に90年比で温室効果ガス排出55%削減を改めて法案に盛り込んだが40年目標は削除された。また、国際的な情勢に応じて目標を強化することはありうるが、緩和はありえないとした。

 さらにエネルギー、産業、交通、建物、農業、廃棄物その他、の6セクターに排出量規制を定めた。これらは排出権取引対象外のセクターとしてEUから各国に対応義務を課されたものであり、ドイツは2030年までに2005年比38%削減を目標としている。これに従い、本法案では、2020年から30年まで毎年の排出量をセクターごとに定めた。また、30年以降は2025年に定めるとしている。この気候保護法で重視される建物と交通セクターの目標は必要だが従来に比べて相当に高い水準だと言える。

図:セクター別CO2排出量目標
図:セクター別CO2排出量目標

出典:連邦環境省ウェブサイト※3

Sektorziele und Jahresemissionsmengen セクター別の目標年間排出量
Energiewirtschaft エネルギー部門
Industrie 産業部門
Verkehr 交通
Gebäude 建物
Landwirtschaft 農業
Mio. t CO2 100万トン(CO2換算)

 また、行政には先導的な役割を果たすことが求められる。地方自治体によっては既に公共建築は新築の場合はパッシブハウス等の省エネ性能の高い建物しか認めないという自治体もあり、こうした動きが一層強化される。

 また、連邦の行政活動は2030年までに気候中立的に行うことが目標として定められ、2023年以降は5年毎に手法を検証する。気候中立の対象には熱と交通が含まれており、政府は先導的な役割を果たすことを明確にしているのである。

気候プログラムの中身

 気候保護法案とともに公表された気候プログラム2030には、セクターごとに合計で66個の対策が示された。これらの手法を通して各セクターが温室効果ガス排出を削減しているかについては毎年モニタリングを行い、排出量が超過した場合は専門家が3ヶ月以内に即時対応プログラムを提案することになっている。

 連邦政府がプログラムの概要を説明したウェブページに従ってこれらの対策を整理すると※4、気候に適切な行動を取ることが報われることになる一方で、市民生活には極力影響が出ないことに配慮するものとなっている。

 その中で目玉としているのが、建物と交通セクターに対して排出権を設定することである。排出権証書は2021年より導入され、CO2排出1トンあたり10ユーロから始まり、25年に35ユーロまで引き上げるとしている。25年までは超過分は他国から排出権を調達することが認められる。26年以降は35から60ユーロの間で排出権を入札にかけてゆく。実質的に排出上限が厳格化されるのは26年以降と見てよいだろう。ちなみにこの価格水準は気候対策の強化を求める緑の党などからは全く不十分であると強い批判がされている。

 鞭が炭素税であれば(鞭が弱いという批判はさておき)、飴は税金控除と補助金である。省エネ改修は税控除対象となり、石油・ガスボイラーを新しい、気候に優しい暖房器具に取り替える場合には40%を補助する。また、2026年以降は石油ボイラーの新設は禁止される。この法案では新築に対してはほとんど追加の対策がない。これはすでに新築に関しては厳しい省エネ基準が設定されているためであり、これは日本も見習うべきところと考える。また、電気自動車にも環境プレミアムが支給される。

 市民負担の軽減においては住宅補助を受けている世帯に対しては支給額を10%上乗せし、通勤にかかる税控除の幅も拡大する。また再エネ賦課金も2021年からkWhあたり0.25セント引き下げ、2023年にはkWhあたり0.625セントを引き下げる。現状の試算では23年以降賦課金は自然と減少してゆくので、それまで賦課が7セントを超えないようにするのが狙いと思われる。ただし賦課金軽減はなぜか気候プログラム2030の概要を説明するウェブページには電気代負担の軽減としか書かれていない。主要策とはみなしていないのかもしれない。

 このプログラムのもう1つの目玉がドイツ鉄道の交通チケットにかかる付加価値税を19%から軽減税率を適用して7%にすることである。これにより、長距離移動の際に鉄道を選択する人を増やす狙いだ。電気自動車については長らく政府目標未達が続いており、特に新規性はないが改めて公共充電ポストの数を増やし、2030年までには電気自動車を700万から1000万台まで増やす見込みだ。

 近距離交通については従来軽減税率が適用されていることもあり、国としてこの分野への予算を2021年以降は年間10億ユーロに、25年以降は20億ユーロに引き上げる。これによって例えば市内交通用バスを電気、燃料電池、バイオガスに切り替えてゆく。ただし、電気バスも電気自動車も製造側のボトルネックもあるので、予算を増やすだけで対応できるかは未知数である。

 長距離鉄道については軽減税率以外に政府とドイツ鉄道合わせて2030年までに860億ユーロを投資する。貨物分野も投資対象であり、貨物輸送もより多くをトラックや飛行機から鉄道に振り分けること目指す。ドイツ鉄道も2020年から年間10億ユーロを鉄道部門の近代化、電化に費やす。貨物列車の自動運転はプレゼンを聞いたことがあるが非常に興味深い取り組みだった。

 農業分野は化学肥料の削減、オーガニック農法の普及、畜産からの排出削減、林業と木材利用の維持と持続可能性の強化、生ゴミの削減の組み合わせで排出量を年間削減してゆくとされているが具体性は乏しいと言える。

 産業分野では省エネとプロセス熱での再エネの活用が重要となるがこちらも具体的なことはプログラムには書かれていない。

 エネルギーセクターでは脱炭素、つまり褐炭炭鉱と発電所の閉鎖という施策の維持とそのための即時プログラムの適用、さらに2030年の電力消費における再エネ比率65%の目標の堅持を掲げる。
 再エネの普及のために風車と最も近い民家の距離の規制を従来の700mから1000mへ変更し、自治体も発電施設への投資参加を促す等のアクセプタンスの向上を掲げている。洋上風力の目標(と同時に入札の量)が20GWに引き上げられ、太陽光設備への支援上限52GWが撤廃される。太陽光はすでに自家消費向けに買取支援なしの電源も普及し始めており、支援の内容が意味するところは興味深い。

 その他には水素技術の推進、バッテリーセルのドイツ国内での生産、CO2改修と利用を掲げる。

 色々な施策の中でもわかりやすいものを紹介してきたが、専門家の見るところ、これらの施策は2030年目標達成に全く不十分である。政府の答弁も、今回の決定を素晴らしいとしつつ、肝心なところは口を濁している感じを受ける。
 結局の所、ドイツが目標を達成できるかは、今後専門家が検討する即時対応プログラムの成否が決めることになるのではないかと思われ、その中身が注目されることになるだろう。

キーワード:ドイツ、気候保護法、炭素税