Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.173 石炭火力・原発のフェーズアウトは日本の経済と環境にどのような影響をもたらすのか。(前編) 世界の石炭火力、原子力発電の現状

No.173 石炭火力・原発のフェーズアウトは日本の経済と環境にどのような影響をもたらすのか。(前編)
世界の石炭火力、原子力発電の現状

2020年2月27日
                    名城大学経済学部教授 李 秀澈

 筆者が所属している研究グループ(東アジア環境政策研究会)は、石炭火力と原発のフェーズアウトが長期的に経済にどのような影響を与えるかという問いに答えるために、イギリスのケンブリッジ・エコノメトリック研究所と共同研究を行っている。同所とケンブリッジ大学とが共同開発したモデル(E3ME)を用いて、日本を対象にシミュレーションを実施した。本論では、その結果をレポートする。今回は、前編として世界の石炭火力、原子力発電の現状について整理・考察する。

世界の石炭火力発電状況

 世界は確かに脱石炭火力発電の流れにある。2017年の気候変動枠組条約第23回締約国会議(COP23)で、イギリス政府とカナダ政府のイニシアチブにより脱石炭同盟(PPCA:Powering Past Coal Alliance)が発足した。脱石炭同盟は、先進国に対しては 2030 年までに石炭火力発電を停止することを求めている。2018年4月の28カ国、8地方政府、24企業・組織から、2020年2月末現の33カ国政府、27地方政府、 37企業・組織へと加盟が拡大してきた(表1)。2019年9月には、先進国の中では石炭火力発電(以下、石炭火力)に最も大きく依存していたドイツ(2018年に総発電に占める石炭火力の割合38%)と、中東欧では初めてとなるスロバキアとが脱石炭同盟に加盟したが、これは世界に大きなインパクトを与えた。2015年に世界銀行グループが石炭火力建設への金融支援を原則行わない方針を表明したが、それ以降石炭・化石燃料関連事業からのダイベストメント(投資撤回)の動きも世界的に広がっている(自然エネルギー財団(2018))。

表1 主要国の脱石炭火力宣言状況
表1 主要国の脱石炭火力宣言状況

 こうした流れの中で 日本は石炭火力に拘ることで、2019年の国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP 25)開催期間中、国際的環境NGO「気候行動ネットワーク」からブラジルと一緒に「化石賞」という皮肉な賞を授与された。実際日本の第5次エネルギー基本計画(2018年発表)上で、総発電量に占める石炭火力の割合は2017年32.7%から2030年には26%へ減るものの、依然と高い割合を占めることになっている。日本が石炭火力を捨てられない理由は、石炭火力の経済性にあるといえる。実際、資源エネルギー庁の発表(2015年)によると、石炭火力の発電コストは12.3円/kWhであり、原子力発電(以下、原発)の10.1円以上/kWhに次ぐ安い電源になっている。ただしこれは、福島第一発電所事故後に行われた「コスト等検証委員会」の試算時(2011年)の9.5円/kWhを大きく上回っており、今後カーボンプライシングや環境規制の強化傾向によりさらに高くなる可能性がある。

 大規模火力発電所については、建設期間と設備稼働期間は長く、現時点での発電コストではなく、少なくとも10~20年先の発電コストを考えなければならない。成熟技術である石炭火力は、再生可能エネルギーとは異なり、技術革新による追加のコストダウンはあまり期待できない。自然エネルギー財団(2019)の推計によると2018年の太陽光発電の平均的ケースの発電コストは15.3円/kWhであり、2030年には5.2円/kWhまで下がることになる。BNEF(2018)によれば、日本における石炭火力と太陽光発電の発電コストは、2025年ごろに一致する。従来電源と再生可能エネルギーの発電コストが一致するいわゆるグリッドパリティは、多数の国ではすでに達成されており(BNEF(2019))、日本でもさほど遠い将来の話ではない。新規の石炭火力発電が、座礁資産になることは時間の問題といえる。

世界の原子力発電と原子力発電コスト状況

 一方、社会主義国である中国やロシアなどを除けば、原発においても、世界は漸減・縮小の流れにある(表2)。ドイツ、イタリア、スイスは脱原発を宣言しており、原発の電源割合が70%を超えているフランスも2035年に50%まで縮小を宣言している。原発推進国のイギリスでは、ウィルフォードやヒンクリポイント原発の建設コスト急増により日立製作所が撤退宣言をするなど、推進力が失われつつある。

 日本は、第5次エネルギー基本計画上に2030年の原発割合を20~22%と策定しているが、新規建設がない限り、2050年ごろには原発ゼロの状態となる。福島第一原発事故以来、世界的な安全規制強化傾向により原発の新規建設コストは過去より倍増しており(1基当り約4000億円から1兆円以上)、東芝、日立製作所、三菱重工業の海外原発建設の失敗の例を挙げなくても、原発はもはや経済的には割に合わない電源となっている。

表2 世界の国別原発保有・建設・計画状況
表2 世界の国別原発保有・建設・計画状況

 表3で示すように、原子力発電の発電コストは、政府関係組織の試算でも持続的に上昇している。新規建設費用を勘案した最近の試算(例えば日本経済センターの2017年試算14.7円/kWhと原子力市民員会の2018年試算17.9円/kWh)では、石炭火力はもとよりLNG火力よりも高くなっている。原子力発電も技術革新によるコスト低下があまり期待できない成熟技術であり、世界的な安全規制強化傾向により今後もコスト上昇が予想される中、少なくとも原子力のエネルギー源としての経済面での優位性はなくなると思われる。

表3 原発発電コスト試算の変遷
表3 原発発電コスト試算の変遷

 今回は、日本の石炭火力・原子力発電フェーズアウト影響に係る試算の前提として、世界の情勢を整理した。次回は、シミュレーション結果を解説する。

キーワード:石炭火力・原発のフェーズアウト、E3MEマグロ計量経済モデル、低炭素技術革新、2050年までの経済・環境影響