Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.174 石炭火力・原発のフェーズアウトは日本の経済と環境にどのような影響をもたらすのか。(後編)
―経済面への影響は小さいが環境面では対策が不可欠―

2020年3月5日
名城大学経済学部教授  李 秀澈

 筆者が所属している研究グループ(東アジア環境政策研究会)は、石炭火力と原発のフェーズアウトが長期的に経済にどのような影響を与えるかという問いに答えるために、イギリスのケンブリッジ・エコノメトリック研究所と共同研究を行っている。同所とケンブリッジ大学とが共同開発したモデル(E3ME)を用いて、日本を対象にシミュレーションを実施した。本論では、その結果をレポートする。今回は、後編としてシミュレーション結果と今後の課題を解説する。

E3MEマクロ計量経済モデルの概要

 筆者が所属している研究グループ(東アジア環境政策研究会,http://www.reeps.org/)は、石炭火力と原発のフェーズアウトが長期的に経済にどのような影響を与えるかという問いに答えるために、イギリスのケンブリッジ・エコノメトリック研究所(以下、CE)と共同研究を行った(詳しくは、 Azuma,A.et al.(2019), Lee,S.et al.(2019), Lee,T.et al.(2019)を参照)。CEは、ケンブリッジ大学と共同開発したE3MEモデル(Energy-Economy-Environment Macro Econometrics Model)という、大規模グローバルマクロ計量経済モデルを運用している。同モデルは、エネルギー環境政策の経済・環境影響分析に優れた機能を有しており、European Commissionとイギリス政府のエネルギー・気候変動政策・制度設計に重用されている。 従来、同モデルの主な分析対象国はEU諸国であったが、東アジア環境政策研究会とCEとの共同モデル改訂作業により、日本・中国・韓国・台湾など主要アジア諸国に対してもEU諸国と同様な分析が可能となった。

 E3MEモデルは、日本を含む59カ国・地域のマクロ経済部門(投資、消費、貿易、雇用、物価、政府部門)と42産業(産業連関表がE3MEモデルに接続されている)、12種の燃料(石炭、石油、電力、ガス、熱など)、24の電源(原発、石炭、ガス、石油など7つの従来型電源、太陽光、風力など12の再エネ電源を含む)で構成された大規模連立方程式体系となっている。各種のエネルギー環境政策変化をモデルが内生的に解くことで、2050年までに経済と産業に与える影響に関する定量分析が可能となる。さらにこのモデルは、電源、産業、交通などの部門で起きる様々な低炭素技術革新効果(それによる低炭素技術のコストの変化)がボトムアップで内生的に決定される最先端のFTT(Future Technology Transformation)サブモデルを装着している。

 エネルギー環境政策の効果分析には、一般均衡(CGE)モデルが広く使われている。CGEモデルは低炭素化政策のコスト側面が強調され経済へのネガティブな影響が出やすいが、一方E3MEモデルは、低炭素政策の技術革新効果(それによるコストダウン)と新規投資(有効需要)がより有効に経済を刺激するメカニズムを持っている。E3MEモデルのこうしたメカニズムは、CGEモデルではあまり見られない特色といえる。(E3MEモデルとFTTサブモデルを用いた分析について詳しくは、Lee,S. et.al(eds)(2019)を参照)。

石炭火力・原発フェーズアウトの政策シナリオ設定

 日本における石炭火力と原発フェーズアウトの政策シナリオは、前編で述べたように現実性が乏しいとは言えない。そこで石炭火力フェーズアウトの政策シナリオの場合、石炭火力は2020年~2030年に新規の建設は行わずに、2030年の発電量から段階的に縮小し、2050年には石炭火力発電がゼロになるように設定した(図1)。そして原発フェーズアウトの政策シナリオは、新規建設はせずに、既存原発の40年稼働ルールを厳格に守り、2050年には原発ゼロになるようなシナリオを設定した(図1、これらの政策設定シナリオに関して詳しくは、Azuma,A. et al.(2019)を参照)。

 本研究では、この2050年までの石炭火力と原発同時フェーズアウトのシナリオをモデルの中で外生的に投入し、シミュレーションを行った。その結果、2050年の電源構成は、再生可能エネルギー発電が37.6%、大型水力発電が7%、石油火力発電が9.4%、複合ガス発電が37%、そして石炭ガス発電が9.0%となり、石炭火力と原発の大半が再生可能エネルギーとガス発電に代替することとなった。

図1 石炭火力のフェーズアウトシナリオ(単位:GW)
図1 石炭火力のフェーズアウトシナリオ(単位:GW)
注:2050年までの基準シナリオは、日本エネルギー経済研究所の「Asia Energy Outlook」2017年版のレファレンスシナリオに基づいて作成。
出所:Azuma,A. et al.(2019)に基づいて作成。

 本研究では、1)石炭火力フェーズアウトのみ、2)原発フェーズアウトのみ、そして3)石炭火力と原発同時フェーズアウトの3つの政策シナリオを設定し、それぞれのシナリオの2050年までに経済(GDP)と環境(二酸化炭素排出)に及ぼす影響について、前述のようなE3MEモデルによるミュレーションを行った。このシミュレーションにおいて、政策シナリオによる経済影響の比較対象となる基準シナリオは、日本エネルギー経済研究所(IEEJ)の2017年版のレファレンスケース(現在の政策基調などが維持された場合のケース)を採用した。同研究所は、日本のGDPは、レファレンスケースで2017年6兆1680憶ドル(2010年不変価格)から2050年までに年平均0.8%成長し、2050年には7兆7870億ドルになることを予測している。

図2 原子力発電のフェーズアウトシナリオ(単位:GW)
図2 原子力発電のフェーズアウトシナリオ(単位:GW)
注:2050年までの基準シナリオは、日本エネルギー経済研究所の「Asia Energy Outlook」2017年版のレファレンスシナリオに基づいて作成。
出所:Azuma,A. et al.(2019)に基づいて作成。

石炭火力・原発フェーズアウトの長期経済・環境影響

 政策シミュレーションの結果は、図3と表4にまとめられている。上記3つの政策シナリオともに、2030年までにはIEEJの基準シナリオに比べて、GDPには微減ではあるがマイナス影響が表れた。特に石炭火力フェーズアウトと、石炭火力及び原発の同時フェーズアウトのGDPへのマイナス影響が大きかった。これは、同期間中では相対的に低廉な石炭火力と原発による発電量の一部が再エネやガス火力などへ代替されることによる電源コストの上昇に起因している、と判断される。すなわちエネルギーコストの上昇による民間消費減少がGDPを引き下げる主な要因となっている。

図3 石炭火力・原発フェーズアウトの2050年までのGDP影響
 (単位:%、基準シナリオからの乖離)

図3 石炭火力・原発フェーズアウトの2050年までのGDP影響<br> (単位:%、基準シナリオからの乖離)
出所:Lee,S. et al.(2019)に基づいて作成



 ただし、経済への悪影響も傾向的には2025年にGDPの0.4%減少が転換点となり、その後GDPは回復に向かい、2030年からはプラスの方向へ転じることになる。そして2050年までには、いずれのシナリオでもGDPや雇用など経済に悪影響は殆どないことが判明された。その要因として2050年までの長いタイムスパンでは、再生可能エネルギー発電のコストが持続的に下落し、既存の石炭火力と原発へ代替されても、経済への負担にはならないことである。そして、石炭火力と原発を代替するための再生可能エネルギー関連の投資需要増加(有効需要として)も経済に良い刺激を与えるものと判断される(表4)。

図4  発電部門における石炭火力・原発フェーズアウトケース別2050年までの二酸化炭素排出量予測(単位:百万トン)
図4  発電部門における石炭火力・原発フェーズアウトケース別2050年までの二酸化炭素排出量予測(単位:百万トン)
注:2050年までの基準シナリオは、日本エネルギー経済研究所の「Asia Energy Outlook」2017年版のレファレンスシナリオに基づいて作成。
出所: Azuma, A. et al.(2019)に基づいて作成。

 そして 発電部門における2050年の二酸化炭素排出量は、石炭火力フェーズアウトのみのケース、石炭火力と原発同時フェーズアウトケースともに、2017年の二酸化炭素排出量約4.9億トンより40%ほど削減された約3億トンとなった(図4)。ただし原発フェーズアウトのみのシナリオの場合、原発の縮小分が、再生可能エネルギーへ流れる分より、ガスや石炭火力へ代替される分が大きくなり、基準シナリオケースより二酸化炭素排出量は上回ることが予想された(図4)。

今後の課題

 本研究は、「発電部門の石炭火力・原発のフェーズアウトは経済と両立が可能か」という学術的「問い」に対して、E3MEマクロ計量経済モデルを用いて定量的な回答を求めた。そのため、 同モデルに投入する政策シナリオとして石炭火力フェーズアウト、原発フェーズアウト、そして石炭火力と原発同時フェーズアウトシナリオを選択し、それぞれのシナリオの2050年までの経済と二酸化炭素排出への影響を予測した。その結果、2050年までの長期を想定する場合、いずれのシナリオでも経済に悪い影響は殆ど与えないことが確認された。

 ただし、日本の2050年の温室効果ガス(二酸化炭素)削減目標には大きく及ばないことが示された。日本の2050年までに80%削減という温室効果ガス削減目標達成のためには、民生、産業など他部門へエネルギー供給源となる発電部門の脱炭素は欠かせない。すなわち発電部門の再生可能エネルギーほぼ100%化が絶対条件ともいえる。たとえば、環境省発表(2019年)によれば、2018年に日本の業務部門の二酸化炭素排出シェアは約17%であるが、このうち電力由来が12%である。また、家庭部門のシェアは15%であるが、電力由来が10%である。従って、発電部門が完全に脱炭素化すれば、この両部門の二酸化炭素排出シェアは、単純計算では32%から10%へ縮小することになる。

 ただし再生可能エネルギー100%化は、石炭火力や原発のフェーズアウトなど規制的な政策シナリオでは現実性に乏しく、カーボンプライシングやFITなど経済的誘因策を中心とする政策シナリオの設定が必要となる。またその際の経済や産業に与える影響の考察も重要であり、これらに関する研究は今後の課題としたい。

参考文献

■Aiko Azuma, Unnada Chewpreecha, Sung-In Na, Li-Chun Chen, Yanmin He, Ken’ichi Matsumoto and Soocheol Lee (2019), Soocheol Lee, Hector Pollitt and Fujikawa Kiyoshi(eds) “Energy, Environmental and Economic Sustainability in East Asia: Policies and Institutional Reforms” Routledge, Regulatory Policies to Reduce the Amount of Nuclear and Coal-fired Power Generation in East Asia, pp.19~49.
■Soocheol Lee, Unnada Chewpreecha, Aileen Lam, Bin Xu, Hector Pollitt, Akihiro Chiashi, Pim Vercoulen and Florian Knobloch(2019) Soocheol Lee, Hector Pollitt and Fujikawa Kiyoshi(eds) “Energy, Environmental and Economic Sustainability in East Asia: Policies and Institutional Reforms” Routledge, The Economic Impacts of Reduced Reliance on Coal and Nuclear Power Generation in East Asia,pp.50~68
■Tae-Yeoun Lee, Unnada Chewpreecha, Sung-In Na, Yanmin He, Li-Chun Chen, Ken’ichi Matsumoto and Soocheol Lee(2019) Soocheol Lee, Hector Pollitt and Fujikawa Kiyoshi(eds) “Energy, Environmental and Economic Sustainability in East Asia: Policies and Institutional Reforms” Routledge, The Impacts of Combined Policies to Promote Sustainable Low Carbon Power Generation in East Asia,pp.69~96
■Soocheol Lee, Hector Pollitt and Kiyoshi Fujikawa(eds) (2019) Energy, Environmental and Economic Sustainability in East Asia: Policies and Institutional Reforms, 1st Edition, Routledge Published
■Bloomberg New Energy Finance(BNEF)(2018) Levelized Cost of Electricity
■Bloomberg New Energy Finance (BNEF)(2019) “Country Profiles”
https://www.bnef.com/core/country-profiles/
■自然エネルギー財団(2018)石炭火力発電から撤退する世界の動きと日本
■自然エネルギー財団(2019)日本の太陽光発電の発電コスト:現状と将来推計
■日本エネルギー経済研究所(IEEJ)(2017)「 Asia Energy Outlook」

(キーワード)石炭火力・原発のフェーズアウト、E3MEマグロ計量経済モデル、低炭素技術革新、2050年までの経済・環境影響