Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.183 米国PJMのプライシング改革

2020年4月23日
資源エコノミスト 飯沼 芳樹

 わが国では、第5次「エネルギー基本計画」でようやく再生可能エネルギーが主力電源として位置付けられた。来年以降に予定されている第6次「エネルギー基本計画」では再生可能エネルギー、原子力に係る明確なビジョンを作り、3E+S実現に向けた具体的な計画となることを期待したい。

 主力電源としての再生可能エネルギーと、化石燃料焚き火力や原子力等在来型電源を、市場でどのように最適に運用するかについては、欧米でもまだ模索段階にある。市場に委ねる目的は、価格シグナルによって稀少な資源を無駄なく配分することにある。この意味で、市場が機能するかどうかは偏に価格シグナルにかかっていると言って良い。

 小論では、卸電力市場のモデルとして取り上げられることが多い、米国PJMのプライシング改革の事例を紹介する。市場運営者としてのPJMが、石炭からガスへの燃料転換、再生可能エネルギーの普及、技術革新が進む中で、効率的で信頼度の高い電力供給を確保するために、現行のプライシングの何が問題であると考え、どう解決しようとしているかについて解説する。

PJM市場の現状

 PJMは周知のように、米国で7つあるISO・RTOの中で最大の市場規模を誇る。1927年に設立されたパワープールを前身とした最も古い協調組織である。ISO・RTOとして設立されたのが1997年なので、既に20年以上が経過したことになる。限界費用原理に基づく地点別限界価格制(LMP)、容量市場など世界に先駆けて導入し、わが国でも制度改革に当たって度々参考にしている組織である。

 これまで20年のパーフォーマンスは比較的満足のゆくものであり、競争的な卸電力市場の1モデルとして評価できる。信頼度確保に必要な投資も十分になされ、卸電力価格も比較的安定している。だが、制度的には試行錯誤の連続であり、まさに「走りながら考える」という表現が当てはまり、市場運営、システム運営とも様々な面で改善のための改革が度々実施されてきた。

 特に最近になり、シェール革命による石炭からガスへの転換と再生可能エネルギーの普及により、市場に係る制度改革を迫られている。市場に依拠したシステムに移行しつつあるわが国の電力市場においても、現在PJMが模索しつつあるような課題が将来的にわが国の課題になる可能性は十分にある。筆者は長年欧米の電力改革をウオッチしてきたが、わが国の制度改革にあたってのイシューの殆どは先発国である欧米で経験済のものである。これら先例から教訓を学び、後発のアドバンテージを生かし、世界に誇れる和製電力市場にして欲しいものである。

 図1はPJMがノーダルプライシングを導入した1998年以降の卸電力価格と、同価格を構成するエナジー価格の動きをプロットしたものである。2008年ごろまで上昇トレンドにあったのが、その後は趨勢として低下傾向にある。卸価格の低下をもたらした主たる要因は、ガス価格の下落である。均衡価格を決める限界プラントは、10年前には石炭火力が8割近くを占めていたが、最近ではガス火力の比率が増え、2019年には7割占めるようになった。

図1.卸電力価格の推移(PJM)
図1.卸電力価格の推移(PJM)
出所:PJM, 2019 State of the Market Report for PJM Vol.1, Monitoring Analytics, LLC , Mar.12. 2020より作成
注:Real-time, load-weighted, average LMP

求められる新しい価格決定メカニズム

 原価主義に拠る伝統的な供給システムから、自由化されたシステムに移行しても、卸電力価格変動をもたらす主要な要因が燃料価格の変動であることに変わりがない。価格変動をもたらす要因は複雑であるが、燃料価格の変動が主因であることに異論はないであろう。違いは、燃料価格の変動が迅速に価格に反映するということである。また、PJM市場でも再生可能エネルギーの導入が進捗し、需要も過去10年間の増加率は年率1.5%と緩慢であり、いわゆるメリットオーダー効果が見られる。すなわち、供給曲線のフラットな部分が伸び、逓増部分が右側にシフトする一方で、需要の伸びが緩慢であれば、需給の交点である価格は下落ないしはゼロになる。このような結果として、2019年のエナジー価格は2.7セント/kWhとエナジー市場が1999年に設立以来最低、トータルの卸価格も5セント/kWhにまで低下している。

 消費者にとって、卸電力価格が低減することは好ましいことであるが、PJMの現行のLMP決定アルゴリズムでは、出力調整能力に欠ける電源(原子力、石炭火力など)が限界プラントになれないため、これら電源のコストが市場価格に反映されないという問題がある。この問題を単純化したのが図2である。ここで、Sは限界費用であるメリットオーダーと呼ばれる供給曲線、Dは需要を示す。需要がD1であれば均衡価格は限界プラントであるガスタービンの限界価格(P1)になるが、需要がD2に減ると石炭火力の限界価格と交差し価格はP2になるはずである。しかし、ルールでは出力調整能力に欠ける石炭火力が限界プラントにはなれず、価格はゼロとなる一方、このような電源に対しては、事後的にアップリフトと呼ばれる補填金が支払われている。アップリフトはPJMに限らず他のISO・RTOでも存在し、市場外の支払いとして問題となっている。

 また、需要を賄うために必要な電源が価格設定から除外されてしまうことは、LMPが限界費用を反映していないことになり、結果としてエナジー価格が抑制され、容量市場への依存度を高めている。PJMとしては、本来の卸電力市場の中心はエナジー市場であって、容量市場への依存度が高まることは好ましいことではないと考えている。

図2.現行のLMP決定方式
図2.現行のLMP決定方式

 図3が示すように、2007年に導入されたRPM(Reliability Pricing Model)と呼ばれる容量市場で決められる容量価格は、当初卸電力価格の5%しか占めていなかったが、2019年では22%まで高まっている。教科書に描かれるような完全市場であれば、理論的にエナジーオンリーの市場価格とエナジーと容量を分けた市場価格は同等のものになるとの指摘がある。だが、実際の「組織された市場」では様々な人為的な仕組みが需給両曲線に包摂されており、効率、信頼度面でどちらが優れているのか、アプリオリには結論付けすることはできない。

図3.卸電力価格の構成(1999~2019)
図3.卸電力価格の構成(1999~2019)
出所: Ditto
注: PJM市場からの卸電力買電価格

 さらに、現行の価格決定メカニズムでは、電源の柔軟性が価値として考慮されていないという問題がある。PJM市場では再生可能エネルギーの比率がまだ低いが、関係州のRPS制度により今後大量導入が進む。2019年のデータでは、再生可能エネルギーの比率は発電電力量で5%、発電設備で6.3%を占めているに過ぎない。しかしながら、今後大量導入がすすむにつれ比率は格段に高まることになる。変動電源が増えるにしたがい、在来型電源も柔軟性を求められ、さらに柔軟な資源となるバッテリーのような貯蔵技術開発のインセンティブとなるようなシグナルを発する市場が必要になるというのがPJMの認識である。

おわりに

 小論では、PJM市場のエナジー価格決定に係る諸問題について述べた。専門的には、ミクロ経済学の限界費用原理の前提となる凸性に係る。問題の解決方法として、PJMはこれまでのアルゴリズムを給電計算と価格計算の二つに分け、出力調整能力に欠ける電源も限界プラントになれるような価格計算方式を提案している。規制当局からの認可を得て本年6月から新しい方式に移行したいとの意向であったが、ステークホルダー間での問題等があり先行きは不透明な状況にある。

 最後に、PJMのプライシング改革については、エナジー市場・予備力市場のshortage pricingや原子力、再生可能エネルギーような補助を受けた電源が容量市場に参加する際の最低入札価格(MOPR)引き上げ等についても議論となっている。これらの問題も、将来的には、わが国の電力市場の深化に参考となると思われるので別の機会に紹介したい。

キーワード:制度改革、電力市場、米国PJM、価格