Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.187 再エネ主力電源化に向けた電力市場制度、技術イノベーション

No.187 再エネ主力電源化に向けた電力市場制度、技術イノベーション

2020年5月28日
東京大学大学院工学系研究科准教授 小宮山涼一

再エネ拡大と電力市場への影響

 わが国では太陽光発電の導入量が6,000万kWに近づき、ここ数年は年平均700万kW程度のテンポで増加しており、2030年度の導入目標(6,400万kW)の前倒しでの達成が射程に入りつつある。再生可能エネルギーの主力電源化を目指す方向性が政策面でも明確に示され、わが国での太陽光、風力等再エネ電源の長期的な系統連系量の拡大が見込まれる。

 こうした中、再エネは電力市場の価格形成にも徐々に影響を与えはじめている。九州地域等では太陽光発電の影響により、電力需要が落ち着く土日祝日の昼間に、太陽光発電の出力制御とともに、卸電力価格(日本卸電力取引所(JEPX)で取引される電力スポット価格)がゼロ円近くまで低下しているが、新型コロナ感染症により経済活動および電力需要が低迷する最近では、全国的に卸電力価格が昼間にゼロ円近くまで低下する傾向が見られるようになっている。具体的には、日本の卸電力取引所では電力の最低入札価格が0.01円/kWhと定められており、この最低価格0.01円/kWhの底値水準まで低下することがより顕著になっている。その結果、昼間の卸電力価格が夜間より安くなることもあり、新たな価格トレンドが現れている。新型コロナ感染症が収束し、経済活動が徐々に回復したとしても、長期的には再エネ導入のトレンドは変わらず、卸電力価格の低迷は当面継続すると想定される。

 一方、再エネ導入や電力自由化で先行する欧米では、卸価格がマイナス水準となるネガティブ価格(ネガティブ・プライス)で電力取引が行われており、電力需要と供給のバランス維持のため、ネガティブ価格を許容する市場制度が導入されている。ネガティブ価格の際は、発電事業者は発電することで損失を被ることになるので(費用を支払い発電)、発電出力を抑制する強いインセンティブが作用する一方、需要家(小売事業者)はネガティブ価格の発生の際に、電気を購入することで収入を得るため、電力消費を創出する強いインセンティブが作用する。このため、余剰電力発生時におけるネガティブ価格は、電力システム全体の価格シグナルとして、発電出力の抑制、電力需要の創出に作用し、需給バランスの維持に貢献するといえる。実際、ネガティブ価格が発生する環境では、発電所は発電電力を系統に流通させることで損失を受けるため、損失回避のため柔軟に起動停止できれば、システム全体で需給が均衡してネガティブ価格は発生しないと考えられる。しかし、ベースロード電源である原子力発電や石炭火力発電は、柔軟な起動停止は技術的に難しく、一旦停止すると、起動には多くの時間や起動費が必要になるため、運転継続を選択せざるをえず、このような電源の柔軟性の問題がネガティブ価格の発生要因となっている。

 このように再エネ導入が進めば、卸電力価格(kWhの価格)の水準が低下することが想定され、この状況が中長期的に続けば、事業者が電源を建設するインセンティブが低下し、ひいては電力供給力の確保が困難になる可能性が懸念されている。その中で、再エネ主力電源化と電力安定供給の両立を実現するための電力市場の制度設計や技術開発への関心が高まっている。

容量市場

 制度面では国際的に、容量市場が注目されている。容量市場は、市場で必要な設備容量(kW)を一括して確保して、その際、電源のkW価値に応じて報酬を付与することで、電源投資の予見性を高め、適切な発電設備の維持や投資を促すことを目的とした制度であり、米国や英国等をはじめ導入されている。電力システム改革により、電気の価値は、卸電力市場で取引するkWh価値、需給調整市場で調整力として取引する⊿kW価値、容量市場で取引されるkW価値(必要容量)に類型化される。例えば、主にkWhの電力販売を行う電源の場合(原子力、石炭火力、ガス火力など)、再エネの影響による卸電力価格(kWhの価格)の低迷時に、固定費回収の原資となる卸市場(kWhの取引市場)からの収入が減少しても、容量市場により電源のkW価値に報酬が付与されるのであれば、電源の固定費回収リスクが一定程度、低減されることが期待されている。また、特に再エネ導入で需給変動がより強まる電力システムでは、稼働率は低いが、負荷追従能力の高い周波数調整力として利用される電源(ガス複合火力など)の維持は電力安定供給において不可欠であり、その能力に応じた金銭的価値が市場で適切に評価されるようにするため、需給調整市場とともに、容量市場は重要な役割を果たすと期待される。

 容量市場では、市場管理者(日本では電力広域的運営推進機関)が最大電力供給能力(kW)をあらかじめ確保し、電源の実需給時の性能要件(リクワイアメント)の達成状況により、発電事業者に一定の報酬を支払う(計画外停止等によりリクワイアメント未達の場合は報酬を減額)。容量市場は電力システムでの必要容量をオークションにかけ、電源を競争入札で一括確保するため、予見性、経済性の点から優れた制度と位置付けられている。再エネ導入下にあっても、供給能力確保を確実に行うことで、需給ひっ迫と卸市場価格の高騰を回避して電力安定供給に貢献し、消費者にもメリットがあると考えられている。わが国では、実需給の4年前よりオークションを開催して必要容量を一括確保後、小売事業者(需要家)から需要実績(kW)に応じて必要な費用(容量拠出金)を徴収し、落札した発電事業者へ対価(容量確保契約金額)を支払う見込みとなっている。日本では2024年度の必要容量を調達するための容量市場の(メイン)オークションが、本年度(2020年度)に実施される予定となっている。

技術イノベーションへの期待

 また、再エネにより卸電力価格が大きく変動する状況では、制度とともに、技術開発による安定供給確保も重要な役割を担う。そして、昨今見られる卸電力市場におけるゼロ価格やマイナス価格の顕在化は、電力の供給側や需要側の柔軟性を高めるインセンティブとして作用し、技術イノベーションのよい契機にもなりうると考えられる。電力供給側では、電源の出力の柔軟性向上、例えば、出力調整能力が相対的に低い原子力や石炭火力等の負荷追従性能向上にむけた技術的インセンティブになると考えられる。欧州では再エネ発電下において、石炭や原子力の出力調整が実際に行われている。フランスでは、特殊な制御棒(グレイロッド)を搭載した軽水炉では、定格出力の3割程度の最低出力まで抑制する出力調整運転が行われている。また炉心溶融を起こさず安全性の高い新型炉として位置づけられる高温ガス炉は、短周期や長周期での出力調整運転を可能とするシステム設計がなされ、ゼロエミッションで再エネ出力変動に追従できる機能を有しており、再エネ普及との調和性の高い将来技術であると考えられる。

 また、電力の需要側においても、再エネ導入が将来さらに進めば、より多くの時間帯で安価な電力が利用可能になると期待されるため(ネガティブ価格では電力消費により収入が得られる)、より進んだ料金制度(時間帯別料金)の採用や、電力を新たな分野で利用する、もしくは、創出するインセンティブにもなりうる。例えば、デマンドレスポンス導入や、バッテリーによる充電インセンティブが高まるとともに、再エネによる安価な電力を水素や合成燃料製造等に利用するインセンティブも高まることが考えられる。欧米では”Power to Gas (P2G)”と呼ばれ、安価な再エネ由来のクリーンな電力で水素や合成メタン等を製造し、ガス部門や運輸部門に供給することで、電力部門に比べ低炭素化が遅れているこれらの非電力部門の低炭素化に貢献するため、P2G技術への関心が高まっている。ただし、再エネで水素を製造しても、水素は送配コストが高いことがネックとなりうるが、メタネーション技術により合成メタンを製造できれば、既存の都市ガスインフラをほぼ活用できるため、送配コストを抑制できると考えられる。また、電力を熱として貯蔵する技術、例えば、ヒートポンプ給湯器や蓄熱発電技術等にも関心が集まっている(“Power to Heat (P2H)”とも呼ばれる)。ヒートポンプ給湯器は再エネ由来の電気でお湯を作り貯湯槽に貯めて給湯に使われ、蓄熱発電は蓄電池に比べて充放電効率は劣るが、再エネ電気で作った数百℃の熱を岩石で貯蔵し、電力の大容量貯蔵や工場等への熱供給オプションとして注目されている。再エネ大量導入時において、太陽光や風力出力の季節間変動など長周期変動への対応が問題となるが、エネルギーの大容量貯蔵が可能な蓄熱発電はこのような問題解決にも貢献しうる。

 そして、再エネ由来のゼロエミッション・エネルギーをCO2回収・利用技術(CCU: Carbon Capture and Utilization)と組み合わせて、地球環境問題の解決を目指すことも考えられる。例えば、再エネ由来のエネルギーにより、ジオエンジニアリングとして位置付けられる大気中CO2直接回収技術(DAC: Direct Air Capture)を駆動して、温暖化の原因であるCO2を大気中より回収(除去)して貯留、もしくは、それを炭素源として合成燃料製造(メタノール製造等)に活用することも考えられる。DACにより炭素を回収し、それに再エネ電力と水電気分解により生産された水素を合成して合成燃料を製造できれば、原理的には、その合成燃料は正味でCO2排出ゼロの燃料源となりうる。まだ経済性や実現可能性など技術的課題が存在すると考えられるが、カーボンリサイクル実現にも貢献し、持続可能なエネルギーシステムを構築する上で重要な将来技術と考えられる。このように再エネ導入は新たな技術イノベーションをもたらす可能性が存在するといえる。

電力市場制度と技術イノベーション

 上述のように、制度と技術イノベーションによる再エネ大量導入実現が期待されるところであるが、制度とイノベーションは時に干渉する関係にある点にも配慮が必要である。再エネ導入下にあって、電力の価格シグナルを歪めるような制度、例えば、電力価格の過度な硬直化をもたらす制度設計は(入札価格の上下限規制など)、需給に応じた電力価格の変動を抑制し、発電サイド、需要サイドの柔軟性を高める技術開発インセンティブを失わせる可能性がある。すなわち、再エネ大量導入という新たな需給状況に適応した電力システムへの転換の機会を逸することになりかねない。日本の電力分野の技術は依然として国際的にも優位性があると考えられ、再エネ普及時の電力市場の制度設計に際しては、消費者負担抑制など公益的視点も重要である一方、技術イノベーションを促し、新たな電力システムへの転換に向けた技術的知見やノウハウを蓄積するための機会を創出する視点も大事であり、バランスのある制度設計が進むことを期待したい。

キーワード:再生可能エネルギー、電力市場、電力系統の柔軟性、規制とイノベーション