Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.194 ガスのオペレ-ション

2020年7月16日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド:ガスシステム改革、ガスTSO、ガス市場

1.はじめに

 我が国においては、電力システム改革と同時にガスシステム改革も進められている。2022年には、導管業務が分離される予定となっている。一方で、電力システムの場合は、我が国においても、欧米の送電システムとの対比の議論が良く行われているが、ガスシステムについては、そもそも欧米のシステムがどのようになっているのか、ほとんど知られていないのが我が国の現状であろう。ところが、欧米においては、ガスシステム改革は、電力より先行し、または、並行して行われており、この改革の中心となっているのが電力と同じく送ガスシステムの分離中立化と送ガスオペレ-ションの改革である。本稿では、この欧米の送ガスオペレ-ションの概要について米国の送ガスオペレ-ションを中心に解説する。

2.ガスシステムの構成要素

 ガス事業は、ガス灯用のガスの供給から始まったように、当初は、地域性の非常に高い事業であったため、小規模のガス会社や自治体のガス局のようなものが、多数乱立していた。例えば、昔は、横浜も市のガス局がガスの供給を行っていた。現在も、仙台市のガス局にその名残が残っている。そのうちに大都市地域では、現在の東京ガスや大阪ガスのような大規模ガス会社が、これらの小規模事業体を次々に吸収合併して、都市地域全体をカバ-するような大規模事業体に成長して今日に至っている。当初のガス事業は、主としてコ-クス炉ガス(主として水素と一酸化炭素の混合ガス)を供給していたが、電力会社が、LNGを導入するようになって、ガス事業もカロリ-がより高く、同じガス管で大量のカロリ-を輸送できる天然ガスに切り替えることになる。このために、我が国では、現在は、LNG基地を出荷基地とするガス供給の体制が、構築されている。日本のガス会社は、このように地域分立型で成立しているために、基本的には「配ガス会社」(ガスDSO)として定義されるものとなっている。

 欧米も当初は、コ-クス炉からガスを調達し、地域型のガス会社としてガス事業が発達してきたことは日本と同様であるが、米国では国内ガス田のガスが利用されるようになり、欧州もアルジェリアや北海のガス田、さらにロシアの天然ガスが利用されるようになるとガス田と需要地を結ぶパイプライン、さらに各需要地、各ガス田を繋ぐ、パイプラインのネットワ-クが発達してくる。これらのネットワ-クは、1970年代頃から徐々に整備されてきたもので、最初は国内ネットワ-クの整備1980年代に入ると国際ネットワ-クの整備が進み、このネットワ-クの拡張は現在も継続している。これらのパイプラインは、ガス田の井戸元とガスネットワ-クを繋ぐ①井戸元接続ラインと②広域のガスネットワ-クと③需要地における供給用ネットワ-クの三種類のパイプラインで構成されている。

 なお、欧米においては、ガス需要の変動に対応するために需要地の近くにガスの地下貯蔵施設が設けられている。大規模なものは、廃止ガス田や帯水層を活用したもの、小規模なものは塩洞窟型のものがある。これらのガス貯蔵施設は、通常、LNG基地の数十倍の容量を持つのが一般的である。LNG基地も受給変動対応に使われるが、LNGタンクは低温を維持するためにボイルオフガスを常に放出する必要があり、有効な貯蔵期間としては3か月程度が最大であるとされている。このため、ガス取引の世界では一般にLNGタンクは貯槽施設としては認識されていない。ガスの輸送速度は電力のように瞬時とはいかないので、冬季の寒波の襲来でガス需要が一気に増加するような場合には、需要地に近いガス貯蔵施設に夏の間のガス価格の安い低需要期に貯蔵しておいたガスを一気に放出するわけである。ガスの場合は、この他に短期の需給調整のバッファ-としてパイプライン自体にガスを貯蔵するラインパックという考え方がある。

 我が国においては、新潟のガス田と太平洋側を結ぶパイプラインが、鉱山保安法に基づく施設として設置されたが、これはわが国唯一の①井戸元接続ラインということが言えよう。一方で我が国には、②の広域ネットワ-クは存在せず、③の供給用のネットワ-クのみ存在する。

 井戸元接続ラインは、電力の世界で言えば、発電所接続線にあたり、パイプラインの利用料金も距離比例となるケ-スが多いが、②の広域ネットワ-クは、電力で言うとISO、TSOの送電ネットワ-クに相当し、広域の流通機能や市場機能を持つものである。ネットワ-ク使用料金も「郵便はがき型定額方式」と称して距離によらず定額となっていることが多い。③の供給用ネットワ-クは、電力で言うとDSOの配電網にあたるものである。③①と②のネットワ-クの接点にあるものが、ガスハブで、ここで卸売価格が決定される。これも電力で言うとTSO・ISOとの接点となる変電所をNodeとして卸売価格が決定されるのと同様である。有名なガスハブとしては、米国のヘンリ-ハブの名は誰でも聞いたことがあるであろう。欧州においては、②の管理者をガスTSOと称し、電力と同様にガスTSO同士の連携を深めるための組織「Entso-g」が設けられている。これは電力の「Entso-e」に相当するものである。TSOのパイプラインに流れるガスは、一般にカロリ-調整や匂い付けの前の生ガスで、不純物等に対する一定のパイプライン受け入れ基準を満たしていれば、天然ガス、バイオガス、水素を問わず、カロリ-ベ-スで計量してTSOパイプラインに受け入れられる。TSOからDSOに受け渡した後で供給上必要があればDSOにおいてカロリ-調整等を行い需要家に販売することになる。

 我が国の場合、東京ガスや大阪ガス等のパイプラインは、③のDSOのパイプラインであり、肝心な②の広域ネットワ-クが欠如している。したがって、ガスTSOの業務を行っている事業体も存在しない。欧米でガスシステム改革により中立・公正性を担保するように改革されたのはこのガスTSOの部分であるが、我が国で実効あるガスシステム改革を行うためには、高圧パイプラインの管理をTSO的な管理とすることが望まれるところである。

3.ガス市場の運営

 パイプラインの利用は、市場取引の結果に応じて決まるのは、電力取引と同様である。むしろ、米国においては電力に先駆けて行われたガスシステム改革で確立された、市場運営や送ガスキャパシティの配分と類似の方法が電力にも適用されたという歴史を持つ。市場は、前日市場と当日市場があり、まず前日市場で需要予測に基づきガスの供給側と需要側のマッチングを行い、送ガス制約との調整を行った上で、翌日一日分の需給計画(スケジュ-ル)の約定を行う。当日市場では、当日の実需要等に応じて前日市場の結果のスケジュ-ルに修正を加えることになる。

 典型的なパイプライン・スケジュールの例として図に示すBentek Energy LLCの場合は、前日の11:30に市場は一端締め切られ、前日の18:00に二回目の前日市場の締切があり、これらの結果は翌日の9:00から反映される。当日市場は、当日の10:00の締切分は、当日の17:00に反映され、当日の17:00締切分は当日の21:00に反映される。

 このように、パイプライン運営においては、ガスの荷主(シッパ-)は送ガス事業者の定めたスケジュールに厳格に対応する必要がある。一般的に、シッパ-は前日市場でガスをノミネイトし、天然ガスの潮流を見ながら当日市場でノミネイトの修正を行っている。電力と同様にガスも需給バランスをとる必要があり、過不足にはペナルティ-が課されるが、ガスの場合はラインパックを利用して過不足を調整するという契約もある。



図1 日々の市場運営
(FERC資料)

 米国においては、天然ガスの取引は、全米に張り巡らされた送ガスパイプラインに支えられて行われる。この送ガスパイプラインには、全米のガス田、LNG受入基地、LNG出荷基地等の生産側の施設、全国のガス貯蔵施設と全国の配ガス事業者、発電所、工場等の大規模需要家といった需要側の施設が接続され、この間の取引が行われることになる。ガスの価格は、産地と需要地の位置関係や送ガスパイプラインのキャパシティにより、全米どこでも同じ競争環境にはならず、例えば、地域によって調達可能なガスポ-トフォリオは異なるものとなる。このため、地域により異なる市場価格が形成されることになるが、この全米の価格分布の大宗は、送ガスパイプラインの主要な結節点(複数幹線パイプの交差・分岐・接続点、大規模需要との接続点等)におけるガス価格で決まり、この価格に基づき周辺の地域価格が形成されると考えても大きな間違いはないであろう。これは、電力のノ-ダルプライシングと類似の考え方となる。この送ガスパイプラインの主要な結節点がマ-ケットハブとなる。

 米国の天然ガスは、全米のマ-ケットハブにより地域毎に値段が付けられ取引される。天然ガスの取引価格は、主要ハブ間で異なり、各ハブにおいて調達できる天然ガスの産地毎の量とハブに集まる天然ガスの需要とのバランスで決定される。米国では、Henry Hubの価格を基準として他のハブとHenry Hubの価格の差を「地域価格差」または「地域基準」と称している。マーケットハブに加えて、他の主要な価格設定地点としてシティゲートがある。シティゲートは、配ガス会社(DSO)がパイプラインからガスを受け取る場所である。 大都市の中心に位置するシティゲートは、天然ガスの値段付けのもう一つのポイントとなる。シティ-ゲ-トのガスの価格は、シティゲ-トへの供給に関連するハブの価格をベ-スにして、ガス貯蔵との関係も考慮してガスの潮流計算等により決定される。米国のベンチマーク拠点であることに加えて、Henry HubはNymex天然ガス先物契約の払出ポイントでもある。 Henry Hubでの価格の変動は、米国のガス価格がどのように変動しているかを示す良い指標となっている。地域基準は通常、Henry Hubと別のハブの間でのガス輸送に伴う変動も反映することになる。Henry Hubと別のハブの間にガスパイプラインの送ガスネックが存在していれば、送ガス潮流計算により、地域基準にはこれが反映されることになる。地域基準は現地の市場状況によっては劇的に変化し、両地点間のパイプラインが混雑していると、大幅に価格差が開くことがある。たとえば、フロリダのハブのガス価格は、Henry Hubの価格にフロリダの地域基準を加えたものとなる。



図2 ヘンリ-ハブへの多数のパイプラインの接続(FERC資料)

4.金融市場

 ガスの市場価格が激しく変動すると井戸元も需要側も安定した経営がしにくくなる。そこで自由化の初期の段階でエンロンが、この価格変動リスクのヘッジの手段を提供するビジネスを始めた。当初は、井戸元から平均的市場価格より少し安いが数年の長期契約の固定価格でエンロンがガスを買い取り、需要側には平均的市場価格より少し高いプレミアム価格であるが固定価格で長期契約し、エンロン自体は、ガス市場でこれらのガスの売買を市場価格で行うというものである。井戸元も需要側も市場価格の変動に関わらず安定した経営ができることになる。しかし、このような仲介ビジネスを行うには、大きな資金調達力が必要であり、エンロンは資金調達の面で躓き倒産することとなった。しかし、このようなリスクヘッジの手段は、その後もエンロンの後を引き継いだ企業により改善を重ねられ、リスクヘッジの金融市場として確立されている。

 金融市場では、市場参加者は、天然ガスの物理的な払出、注入ではなく、天然ガスの価格の変動から利益を守ることに関心がある。これらの金融商品の価格設定と決済は、物理的な天然ガス取引に関連して行われる。例えば、市場の価格変動に拘わらず将来のある時点で一定の金額で取引の決済を行いたい事業者は、このような目的に合ったデリバティブを購入して、価格変動のリスクヘッジをするわけである。

5.おわりに

 欧米の改革後のガスシステムの概要は、以上の通りである。我が国のDSOだけのガスシステムとは、大きく異なり、特にガスTSOが取引機能の中心となっていることが理解できる。電力の場合と同じように、テキサスでTSOパイプラインに注入されたガス自体が、そのままニュ-ヨ-クでTSOパイプラインから引き出されて利用されているわけではない。取引上、テキサスとニュ-ヨ-クの取引であっても、ニュ-ヨ-クで引き出されるガスは、もっと手近なガス田のガスである可能性が高い。しかし、ガスTSOパイプラインを介して、このような広域市場が形成されているわけである。バイオガスの取引もTSOパイプラインを介して、広域の取引が可能となっている。このようなシステムは、単にTSOパイプラインを整備すれば良いというものでもなく、パイプラインの市場と連結した運営管理のソフトも重要である。

 我が国のガスシステム改革で、いきなりこの水準に達するのは、ハ-ド、ソフトともに中々困難であろうが、欧米も我が国が何もせずに停滞していたこの20-30年の間にパイプラインのハ-ド、ソフトを徐々に着々と整えてきたわけである。我が国のガスシステム改革を実効あるものにするには、欧米のシステムを良く理解したうえで、可能なところから計画的かつ長期継続的に改革を積み重ねていくことが必要であろう。