Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.202 洋上風力こそ、日本のブルー・オーシャン

2020年9月17日
京都大学大学院経済学研究科特任教授
世界風力エネルギー学会副会長
荒川忠一

1.洋上風力発電の国内外の現状

 政府は洋上風力発電を推進すべく、昨年度から再エネ海域法に基づき促進区域の指定を始めたことに続き、「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」を発足させた(1)。7月に開催された1回目の協議会に出席した梶山経産大臣は、産業界からの提案を受けて、「導入目標として2030年までは各年100万kW、2040年にかけては3000万kWを超える見通しがあれば大きな投資につながる」とまとめの挨拶を行った。風力発電の2030年およそ1000万kW、1.7%という現在の小さな政府目標に比較すると、この発言は、2030年には従来の陸上風力を加えた設備容量の目標は倍増すること、および電源構成でおよそ4%まで成長することを示唆している。さらに2040年には風力発電でおよそ10%近くへ上昇することになる。これまで、風力発電の導入は世界に比べて、「日本は周回遅れ、いや2周回遅れ」と揶揄されてきた現状を挽回することのできる数値となりそうである。因みに現在の設備容量は400 万kW、およそ0.6%であり、過去にニッチな風力発電とも言われたものが、主要電源のひとつとして、一兆円産業に成長する舞台が整いつつある。

 一方、欧州風力発電協会(WindEurope)は昨年11月に、洋上風力発電を現在のおよそ3000万kWの設備容量を2050年には4億5000万kW、電源構成30%に成長させる目標を掲げた(2)。陸上風力と合わせて電力のおよそ50%を賄う計画となる。さらに感染症による経済の低迷を受けて、欧州政府はグリーンリカバリーを宣言し、再生可能エネルギーに関連する産業を育成して経済の回復を図ること、その中核のひとつに洋上風力発電が据えられた。やはり、日本のシナリオの一足先を進んでいる。

 それらを支える産業として、風車、海洋土木工事、電力系統、保守技術など多岐にわたるが、ここに一つの例として、初期費用の大きな割合を占める風車技術を挙げよう。現在発表されている最大のものは、SiemensGamesa社の発電容量14000kW風車であり、その回転翼の直径は222mである。つまり、タワーの高さを加えるとほぼ300mとなり、回転翼のトップは東京タワーの高さに近づきつつある。また、GE(GeneralElectric)社は12000kW風車、MHI-Vestas社は10000kW風車を洋上風力市場に提供している。これら3社が世界の洋上風力市場を独占し、過去に優れた技術を有した国内の全てのメーカは、国内市場の狭小さからすでに撤退を余儀なくされているのが現状である。今後、日本の洋上風力発電の事業者は、海外から上記3社の製品を輸入することを強いられる。

2.日本の洋上風力発電によるグリーンリカバリー

 言うまでもなく、日本の排他的経済水域は世界6位という広大な面積となり、洋上風力発電を含めた海洋資源は膨大である。IEA Offshore Outlook 2019によると、日本の洋上風力発電の技術的可能な容量は、その需要電力の10倍近く存在すると指摘している(3)。冒頭に述べたように、政府や関連する産業界は、協議会を作り、その導入量を増やそうと足並みを揃えつつある。しかし、これまで、日本が抱えてきた再生可能エネルギーに対するアレルギーや、海洋利用の伝統的な慣習などを踏まえると、決して単純に明るい未来とは言えない。その問題点を指摘しつつ、解決策を模索し、グリーンリカバリーに政策を導きたい。

2.1 エネルギー基本計画の電源構成への反映

 初めに、風力発電の政府のロードマップを明確にすることである。前述のように、梶山大臣は産業界が掲げる目標を利用して、その実現に意欲を示した。しかしながら、エネルギーミックスは、3年ごとに、エネルギー基本計画の中で見直される。既存の大型水力発電を含めた再生可能エネルギーの現在の政府目標は、2030年電源構成でおよそ22%、風力発電は1.7%と、海外に比較して非常に小さな値に固定されている。もし、大臣の発言を積極的に捉えるなら、来年に見直しが予定されるエネルギー基本計画の電源構成の数値目標に反映されることになる。

 しかし、筆者の政府委員などの過去の経験からすると、その変更は容易なものではない。つまり、洋上風力発電2030年2000万kW(陸上風力を含む電源構成10%に相当)を、海洋産業の政府委員会において筆者らが提案、報告書に記載されたものの(4)、エネルギー基本計画では採用されなかった。今回の大臣発言により、これまでの保守的なエネルギー政策の数値目標を見直し、来年度にむけて、風力発電10%(現在の数値目標1.7%)および再生可能エネルギー40%(同22%)の記載を可能にする議論を深めることが重要である。現在の石炭火力26%、原子力22%などの未達となりそうな目標値に比べて、風力発電10%は決して相対的に大き過ぎる数字ではない。因みに欧州では現在15%を超えている。エネルギーは国家の安全保障問題と考え、原子力発電などをエネルギー政策の中核に据えた歴史を考慮するなら、来年のエネルギー基本計画に風力発電の確固たる目標を書き込み、国民の理解とともに、資本を投資しやすい環境を整えることを求めたい。

2.2 促進区域の策定における地域との連携を強固に

 次に、洋上風力発電の促進区域の策定の進め方と地域の連携に要望を述べたい。政府の再エネ海域利用法の制定と、それらの初期活動には敬意を表するところではあるが、世界に周回遅れをとっている我が国では、広い地域で迅速に、かつ地域の視点に立った運用を図ってほしい。

 この法律を解説するとき、「セントラル方式」で促進区域を定めるといった表現が流布している。本来の意味は、「政府が長期的・挑戦的な導入目標を掲げたうえで、洋上の開発区を定め、系統接続や各種許認可など必要な手続きを国が済ませたうえで、そのエリアでの発電事業者を入札で決める(5)という欧州の仕組みを説明したものである。しかし、「セントラル」は東京を意味し、地域の住民にとっては、中央集権的な色合いを感じ、強い不安・不満を持つことになる。「セントラル方式」という用語を使いたい時は、一息おいて、「地域と政府の共同作業方式」と言い換えてほしいものであり、地域とともに歩み、共発展することを丁寧に述べていただきたい。

 また、地域への導入促進を働きかける意味でも、候補区域を増やすことが重要である。現在、候補区域として各年4区域が対象となり、協議会で議論、事業者の公募へと進んでいる。現在2年目となるが、地方公共団体で数えるとわずか4県である。しかし、興味を示す地域は数多くあり、早い段階から候補区域として議論を深めることが必要である。その過程で問題点を洗い出し、それらを共有しながら事業を進めてほしい。グリーンリカバリーとしての洋上風力発電を普及させるためには、1年でも早く、多くの都道府県が候補区域を持つことが重要である。

 地域によっては、洋上風力発電に対して理解が進まず、一部の利害関係者と議論が噛み合わない例が多数生まれてきている。当初から漁業関係者との調整があげられているが、必ずしも問題はこの一つに限らない。例えば、防衛に利用されるレーダや訓練海域の存在、世界遺産や自然公園に近い海域の取り扱い、さらに、地域の文化や観光などと齟齬が生じている。現在計画が進んでいる促進区域では、事業者の提供による基金の創設などが検討されているが、それらと並行して、従来の地域の産業と風力発電が共存できる新しい技術の開発を進めることも重要である。

 例えば漁業では、従来の漁法から新しい漁法への移行、さらに養殖漁業への発展などが考えられる。これらの具体的なアイデアは東京にある政府や企業が必ずしも提案できるものではなく、地域の人々が主導権をもって議論、研究開発を進めて行くことにより、初めて受け入れられるものである。このように、地域の特殊性を考慮しつつ、促進区域の指定を目指す地方公共団体などを支援する政策を取ってほしい。地域からの主体的な提案を生み出す土壌を生成することによって、多くの地方自治体の参加によるグリーン・ニューディールが進むものと期待する。

2.3 領海から排他的経済水域への拡張

 続いて、現在の再エネ海域利用法の適用範囲を、一日も早く、領海から排他的経済水域(EEZ)に広げることが重要である。さまざまな制約が存在するため、現在は12海里(約22km)の領海内に同法の適用が限られる。しかし、領海の最外部から200海里(約370km)までの水域、つまり、世界6位の圧倒的な面積を有するEEZを活用し、深い海における浮体式洋上風力の大規模発電所をスタートさせることを提案する。

 洋上風力発電は、海底に設置する着底式(着床式)と、船のような浮体に風車を設置する浮体式の2種類がある。現在は浅い海に設置される着底式を中心として開発されているが、およそ50m以上の水深に利用される浮体式の発展が、近い将来に向けて有望視されている。特に、日本では深い海域が多いため、世界に先駆けて浮体式の大規模商業化が期待される。もちろん、現在、促進区域のひとつとして、長崎県において浮体式の事業の公募が始まったが、領海内の海域が指定され、およそ10機程度の小さな洋上風力発電所になると予想される。着底式の例ではあるが、国際的には一つの発電所として発電容量100万kW、風車100機程度の大規模な設備となっている。将来、このような規模で浮体式の商業化が可能になると、日本においては、冒頭のIEAのレポートを待つまでもなく、国内総電力の10倍にも匹敵するエネルギーを洋上風力から得ることができる。「Power to X」として話題となりつつある技術だが(6)、発電電力を水素に変換し利用することになれば、輸送や暖房などに利用されるエネルギーを、EEZ内の豊富な風資源で賄うことも現実味を帯びてくる。もちろん、その普及は発電価格に依存することになるが、欧州では着底式でおよそ6円/kWhの低価格で落札される現状を考慮すると、水素製造の損失を入れても、技術の進歩と大型化によって十分に商業化できる。エネルギー基本計画の2030年以降の議論については、この浮体式洋上風力の大規模導入を視野に入れたエネルギー政策を謳ってほしいと願っている。まさしく、日本の洋上風力発電は、長期的な視野で俯瞰すると、いわゆる「ブルー・オーシャン」である。

 以上、具体的な政策として3項目を挙げてきたが、その他に、風車メーカが存在しない日本の現状を認識し、例えば英国と同様に、国内部品調達の60%を事業者に求めるルール作りも重要である。もちろん、近い将来、国産風車メーカの再構築も必要になるであろう。さらに、京都大学などの提案や政府の検討により進んできている電力系統問題も引き続き議論を深め、再生可能エネルギーの受入量を引上げる政策を進めることは言を俟たない。

3.結語

 「洋上風力発電は『ブルー・オーシャン』である」と、本年4月1日に筆者が出演したNHKの番組「国際報道2020」において、MCの池畑修平氏が番組の最後で締めくくった(7)。「ブルー・オーシャン」は、一般的には、競争のない未開拓分野を意味し、反対語の「レッド・オーシャン」は、血で血を洗う競争の激しい領域を指す。池畑氏は、洋上風力発電は、将来、日本でも大きな産業に発展する可能性を秘め、これから競争が始まる巨大な市場であり、新しい経営戦略が必要な未開発な市場と語り、大きな期待を寄せた。

 もちろん、国際的に進んでいる洋上風力発電の市場は、日本を含めてすでに競争の激しい分野となりつつあり、当事者にとっては「レッド・オーシャン」がふさわしい呼称かもしれない。しかしながら、地球の7割を占める海洋がもたらす風力、波力、潮流、海流、温度差などの再生可能エネルギーのほとんどは手付かずである。日本が先頭に立って、まだ開発が進んでいない沖合海域の洋上風力発電を、経済性を考慮しつつ、地域との共発展を図りながら、「ブルー・オーシャン」として開発を進めたい。また、将来の1兆円産業として計画が進む洋上風力発電事業の拡大と加速により、感染症での経済疲弊を救うべく、地域とともに、グリーンリカバリーを成し遂げていきたいものである。

キーワード:洋上風力発電、再エネ海域利用法、地域との共発展、領海と排他的経済水域

文献

(1)洋上風力の産業競争力強化に向けて,経済産業省&国土交通省,2020年7月17日

(2)Our energy, our future, How offshore wind will help Europe go carbon-neutral, November 2019, WindEurope,

(3)Offshore Wind Outlook 2019, INTERNATIONAL ENERGY AGENCY(IEA), November 2019

(4)総合海洋政策本部参与会議意見書、別添資料、各PTの報告書、2014年5月

(5)金子憲治、「『セントラル方式』を討議、経産省・再エネ大量導入検討会」、日経クロステック、メガソーラー、ニュース、2017.06.16

(6)GLOBAL OFHSHORE WIND REPORT 2020, GWEC, 5 August 2020.

(7)JCC、テレビ、2020/04/01 BS1 【国際報道2020】、<SPOT LIGHT>洋上風力発電・日本で普及するか・今後は?