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No.203 結果論と方法論

2020年9月17日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授
安田 陽

 新型コロナウィルス (COVID-19) のリスクに対する考え方は前回の6月25日付拙稿でも述べましたが、その後「第2波」を迎え、現時点でやや収束の傾向を見せるものの来るべき冬に向かってこれまで以上の感染拡大の懸念も示唆されるなど、一進一退の予断を許さない状況が続いています。本稿では、再び、リスクに対して(コロナだけでなくリスク一般に対して)論じることとします。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

 いわゆる「第1波」は欧米の主要国よりも感染者数や死亡者数が1〜2桁少なかったということもあり(東アジア・オセアニアの国と比べると多いという指摘は無視されがちですが)、また「第2波」では「第1波」より感染者数は多かったものの重傷者数や死亡者数が少なかったということもあり、日本ではコロナウィルスのリスクが市井からマスメディアに至るまで薄れてきてしまっているようです。結果論としてこれは「幸い」というべきでしょうが、この「幸い」の原因が明らかになっていない以上、次にやってくるリスクに対してもこの「幸い」が通用するかどうかは全くの未知数です。

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とは故・野村克也監督の座右の銘として野球ファンの間で有名ですが(原典は江戸時代の平戸藩主・松浦清と言われます)、目先の勝ち負けの結果論に拘ったまま方法論を疎かにすると、次のリスクに対応できません。日本は今まさに、この「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」の状態であると言えるでしょう。

 この「結果論」でなく「方法論」を重視する箴言は、野球だけでなく科学の世界にもあてはまります。むしろ、科学の世界こそ本来は「結果論でなく方法論」が厳しく求められると言ってよいでしょう。筆者も20年近く電力系統の数値解析に関わる研究をしていたため、以前の職場では学生さんに「自分が期待する通りの結果が出たら、まず一旦その結果を疑いなさい」と指導していました(正直言うと、初心者ほど「先生が気にいる」結果を持って来たがります)。特に数値解析は、昨今はソフトウェアやツールが優れているということもあり、テキトーな入力を入れても(エラーが出ずに)テキトーな答が出てしまう場合もあります。何故そのシナリオやパラメータを選び、どのような制約条件や近似を用いたのかなど、そのプロセス逐一にエビデンスを提示できなかったり合理的に説明できない場合、徹底的に追及されます。結果論でなく、方法論が大事です。

 このような不透明なプロセスを残したまま論文が公表されてしまい、マスメディアに過度に注目され後から疑義が発覚するケースも近年相次いでいます。それに対して十分科学的な回答ができなかった場合、論文の修正や撤回に追い込まれることもあり、過去には自殺者が出るほどの事件もありました。論文不正は例え本人が意図的でなかったとしても外部からの強い圧力や過度な熱意によって発生する場合もあります。論文不正はあってはならないことですが、撤回されるケースがあるということは、科学に対する「方法論」のチェックが正常に働いている証拠であるとも言えます。

 多くの場合、このような論文不正事件はマスメディアやネットで「結果論」だけが面白おかしく取り上げられがちで、「〜は間違っていた」「〜はウソだった」「我々は騙されていた」などという反応が起こりがちですが、そもそも科学に対して「正しい/間違い」「真実/ウソ」を求めること自体が科学的な考え方ではありません。「科学」とは、辞書によれば「自然や社会など世界の特定領域に関する法則的認識を目指す合理的知識の体系または探求の営み」(スーパー大辞林)であり、単なる結果論としての知識ではなく、そこに法則的認識や探求の営みがある点で重要です。すなわち、結果論よりも方法論です。

 この「正しい/間違い」「真実/ウソ」という白黒極端な二元論は、特に新型コロナウィルスのような人類にとって未知の対象の際に発生しやすく、例えば日本ではPCR検査の拡充の是非をめぐって、米国ではマスク装着をめぐって国民を二分化する議論となっています。同じ「専門家」と呼ばれる人たちから異なる意見が出ると、マスメディアやSNSではどっちが「正しい/間違い」の議論で二分されがちですが、本来、科学とは未知のものに対する不確実性を内包しており(「シノドス」2020年4月8日付拙稿を参照)、不確実性があるなかで「確からしさ」を追及する「探求の営み」です。しかし残念ながら現実には、極端な結果論だけが注目され、方法論が忘れされてしまいがちです。

 科学は本来、ボタンを押せば安易に「正しい/間違い」の答えを出してくれる自動販売機ではありません。短い尺で印象的な言葉を語らなければならないテレビやSNSでは、科学それ自体に「不確実性」を内包することを無視し、科学者/研究者に「自動販売機」の機能を要求するような姿勢も多く、科学を語る文脈でますます科学的方法論が忘れさられがちです。政策決定も本来であれば科学的手法に基づくのが理想ですが(例えばEBPM: 根拠に基づく政策決定)、方法論に不透明性のある「結果論」だけが都合よく利用されるケースも目立っています。

スポーツの世界に例えると…(野球と邪球)

 この状況を、スポーツに例えてみましょう。例えば野球の世界でプロになるには大変な修行やトレーニングが必要で、それを観戦する人も「大変な修行」に敬意を評して声援を送り、趣味で自分でプレーする人もスポーツマンシップに則ってルールやマナーを遵守しています。

 一方で、野球とそっくりだけど微妙に違うスポーツが人々の間で流行ってきたとしましょう。それをここでは仮に「邪球」と呼ぶことにします。邪球は見かけは野球にそっくりだけど、審判もいないし殴る蹴るもOKなようです。殴る蹴るだけを楽しむだけかというとそうでもなく、あくまでバットやボールを使い、巧妙に野球のスタイルを真似するというアリバイ作りが邪球の特徴です。しかし、本来の野球とは異なり、基礎トレーニングやルール遵守は全く軽視され、最終的に勝った負けたか声の大きさで決まってしまいます。

 野球のプロ選手が邪球に勝負を挑んでも、殴る蹴るや反則技では相手に敵わないこともあるので、「俺はプロの選手に勝った」と豪語する邪球ファンも出てくる始末です。野球のプロや野球をこよなく愛する人たちは邪球を非難しますが、今や邪球の方が大人気で観客動員数も圧倒的に多く、メディアも持て囃す状況です。野球のルールは覚えるのが面倒でトレーニングも地道で、何年も地道に修行するのはバカを見るという風潮さえ出てきました。邪球は人気の動画を数本見れば誰でも気軽に参戦可能です。マスコミも野球のルールが分かる人は減り野球と邪球の区別がつかない人が多く、邪球で人気取りする政治家も出てきました。…これが今、科学が陥っている状況ではないでしょうか。

 繰り返しますが、科学は「正しい/間違い」といった結果論を出す自動販売機ではありません。人類のこれまでの叡智をもってしても不確実性(わからないこと)がある、ということを正直に認めながら「確からしさ」を追い求める営みです。ある程度トレーニングを積まないとこの不確実性に絶望的な不安を感じてしまうかもしれませんが、そのトレーニングは誰でもちょっと教わればある程度はできるものです。「野球を観戦するにはプロ野球並みのトレーニングを積まないとその資格はない!」という人がいたとしたら、おそらくその人は世間から白い目で見られてしまうように、科学を語る際にも「博士号を取得するくらい修行しないと科学を語る資格はない」…わけでは決してありません。ちょっとしたルールを覚え、スポーツマンシップを遵守し、反則技や八百長といったルール違反を行わない、という心得だけで十分です。そして、結果論でなく方法論を重視することが重要です。

 コロナのような人の生死に関わることに対しては結果論しかないじゃないか!という意見も出てきそうですが、科学的方法論を無視した結果論は、次に迫り来るリスクに対してうまく対応できる保証は全くなく、常にリスクに怯えて暮らさなければならない羽目になります。もしくは、認知を歪ませひたすらリスクを軽視し、あとで大後悔したり他人のせいにする人も出てくるでしょう。「経済を回すために」というスローガンの元、コロナに対するリスクが軽視されるような言論・行動が日本だけでなく世界中で散見しますが、そもそも「経済」とは「経世済民」であり、「回す」ものではありません。あるいは、”Circular Economy” のように「循環型」を意識するのであれば、GDPや株価の上がった下がったで目先の指標に一喜一憂するよりも地球環境や格差・貧困といった問題にこそ目を向けるべきでしょう。

 新型コロナウィルスだけでなく、気候変動(地球温暖化)も、我々人類に忍び寄るリスクとして重大かつ喫緊の問題です。我々はズルしても勝ったことにさえすればなんでもよいという「邪球」を楽しんでいる場合ではありません。地道なトレーニングが必要でルールを守る「野球」を取り戻さなければなりません。リスクに対する戦いには、誰かにとって都合のよい「科学」の結果論ではなく、方法論としての「科学」を取り戻さなければなりません。リスクに対する科学的方法論は、リスクマネジメントと呼ばれます。

キーワード:新型コロナウィルス (COVID-19)、科学的方法論、リスクマネジメント