Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.212 容量市場入札④
容量市場なしで予備力を確保するテキサス州

2020年10月29日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

 電力取引は、古今そして洋の東西を問わず、経済性Economyと信頼性Reliabilityとが両立するように設計される。自由化時代は、電力取引市場が需給調整、送電線利用、予備力確保を決めるシグナルを送る。容量市場は信頼性維持を重視する仕組みであるが、コストがよりかかり卸市場の効率性を歪める懸念がある。テキサス州は卸市場のみで経済性・信頼性の両立を図り、ドイツはシンプルかつ独立した仕組みで予備力確保を図る。シリーズ4回目となる今回は、容量市場以外の予備力確保策としてテキサス州のエネルギ-オンリー・マーケットの最新動向を解説する。

キーワード:容量市場 ERCOT エネルギーオンリー・マーケット 戦略的予備力

1.電力市場の役割りとは何か

再エネ主力化時代の電力価値:柔軟性

 卸市場で決まる価格は、平時は供給オファー価格は限界費用ベースになり、燃料費が高い電源は固定費を回収できる保証はない。一方で、約定価格は落札された全ての電源に適用されるので(シングルプライス・オークション)、約定価格に対応する「限界設備」より低コストの電源は固定費の一部はもとより全てあるいはそれ以上をゲットする可能性がある。固定費回収不足が懸念される電源は、燃料費の高い火力発電となる。固定費を回収できるのは燃料費が少額の設備となるが、再エネに加えて原子力、石炭火力といったいわゆる「ベースロード電源」となる。

 それでは、ガス・石油火力発電といった燃料費は高いが出力調整に適う設備は、回収不能となるのであろうか。風力・太陽光の自然変動電源が普及すると、自然変動に合わせた調整力(柔軟性)のニーズが高まり、当日市場(リアルタイム市場)や需給調整市場(アンシラリーサービス市場)で活躍することになる。「脱炭素・再エネ主力化の世界では柔軟性は価値をもつ」ことになる。換言すると発電可能容量kWの価値よりも柔軟性ΔkWの価値が重要になる。さらに、需給がひっ迫する「緊急時」では、市場は限界費用ルールを超えて需要プルの高価格にて約定することになる。価格スパイクが生じると一気に固定費を回収することもありうる。

コスト低下と新陳代謝が目的 容量市場も同様

 また、脱炭素の時代、CO2を多く排出する電源は環境コストが嵩み競争力が失われていく。柔軟性に乏しく炭素分の多い火力発電は市場から退出し、柔軟性があり排出の少ない「よりクリーン、より高効率」の設備投資が市場で促されることになる。本来、この新陳代謝の機能を有しているのは卸市場であるが、供給力(予備力)確保に不安が残るとして容量市場を導入している場合がある。しかし、電力市場全体として新陳代謝機能を促す、卸市場の機能を歪めない工夫が施されていなければならない。前回米国PJMの容量市場の目的および実績を紹介したが、まさに機能してきたのであり、PJMもそれを強調している(「No.208 容量市場入札③ 米国と本質的に異なる制度」)。

 PJMの容量市場約定価格は新設ガス火力発電が回収に要する固定費の4割程度で推移してきている。容量市場で落札した新規設備は、卸市場やアンシラリーサービス市場で回収できると考えているのである。この考え方が機能するためには、卸市場(PJMではアンシラリーサービス市場と一体化しているので以下では卸市場とする)と容量市場が密接にリンクすることが不可欠でありそのような制度設計になっている。容量市場で落札した設備は必ず卸市場に入札しなければならない。この点において、日本の容量市場は曖昧である。不徹底である。

2.ドイツの戦略的予備力

 さて、発電可能容量(予備力)を確保する手段として、容量市場は必ずしも一般的ではない。容量市場は、予備力を包括的に確保する仕組みであるが、大規模で、複雑で、コストがかかり、失敗する可能性の多い人為的な仕組みである。日本の第1回入札は、残念ながら後日教科書にも載るようは「政府の失敗」ケースとなった。どうして新規投資が要する固定費の1.5倍の価格を、1.7億kWもの償却済みを多く含む全落札設備に、適用しなければならないのか、誰も合理的な説明はできないだろう。素朴に「いざというときに必要となる予備力だけ確保していればいいではないか」という疑問をもつだろう。

市場取引から隔離した予備力専用電源

 「全ての発電可能容量」ではなくピーク時需要を上回る分に焦点を当てて、その「予備力」を確保するという考え方も、当然ある。いざという時の備えとしてキープしておく「戦略的予備力」である。卸市場を歪めないように常時は市場から隔離され、緊急時に稼働するものであるが、予め入札等で決めておく。稼働したときに待機料金、利用料金の清算を行う。包括的な容量市場に比べて、小規模、低コスト、より市場中立的という特徴がある。ドイツが採用している。

3.テキサス州のエネルギ-オンリー・マーケット

(3-1)容量市場のない州

 また、市場価格シグナルのみにて、予備力を確保するシステムを講じている米国ISOもある。テキサス州のERCOT(アーコット)である。ERCOTは、卸市場、アンシラリーサービス市場の短期市場だけで、容量市場は存在しない。ここの卸市場の主役は5分間隔で約定が決まるリアルタイム市場であり、その約定価格が市場参加者の指標となり資源配分、需給調整、系統の混雑管理等が適正化される。短期の運用予備力ΔkWを取引するアンシラリーサービス市場と卸市場kWhは一体化して取引される。ERCOTは自らのシステムをEnergy-Only-Marketと称している。

 運用予備力が少なくなるとリアルタイム価格が急騰するカーブ(ORDC:Operating Reserve Demand Curve)を予め決めておき、予備力水準を予想することで、kWhの価格が分るようにしておく。もちろん、このカーブは綿密なシミュレーションによりERCOTが算定し、公表している。ERCOTは1年前、半年前、3カ月前にピーク時予備力(率)予想値を示し、市場参加者の適切な行動を促す。

8年振りに価格スパイクが生じたテキサス市場

 ERCOT市場は、2000年初頭の天然ガス火力発電建設ラッシュ、シェールガス革命の震源地としてガス価格の持続的低下、風力の急速な普及等を背景に、人口増や堅調な電力需要増にも拘らず、卸電力価格は下がってきた。その影響で、火力発電は2012年から2018年の7年間、回収不足が続いてきた。近年は、競争力を喪失した石炭火力の廃止が顕在化し、供給予備率の低下が無視できない水準まで下がってきていた。

 2018年は夏季ピーク時の予想予備率が8%程度となり、価格高騰が予想された。しかし、市場参加者が予想以上に反応して、結局は予備力を確保できた。発電所有者はメンテナンスに怠りなく可能な限り多くの設備を稼働できる状況にした。需要者は、ピーク時需要削減の準備をしていた(デマンドレスポンス)。小売り事業者は、自動サーモスタットを顧客に設置し、価格変動に対応できるようにする。系統運用者(ERCOT)は、ピーク需要量(デマンド)が下がると託送料金が大きく下がる料金体系としている。こうして、2018年は予想を外れてある程度の価格高騰で収まった(図1)。

図1 .all-in平均リアルタイム価格の推移(ERCOT、17/1~19/12)
図1 .all-in平均リアルタイム価格の推移(ERCOT、17/1~19/12)
(出所)2019 State of the Market Report for the ERCOT Electricity Markets(5/2020)

 2019年は、さらに逼迫した状況になり、また、ORDCの角度を急勾配する改訂を行ったこともあり、8年ぶりに価格スパイクが生じた。図の青色はエネルギ-価格、緑は予備力減少時に発動する価格上昇、赤は運用者指令に伴う予備力発動に伴う費用である。スパイクは夏季の一時期であるが、火力を含めてあらゆる電源が年間に要する固定費を回収でき、発電所経営は一息つくことになった。

(3-2).2019年価格スパイク効果

市場参加者は自主的に予備力を確保

 図2は、夏季期間における設備休止率の推移である。Deratingsは何らかの理由で発電設備容量を短期的に縮減することである。短期計画休止(Planned-Outages)は計画点検に伴う休止、短期強制休止(Forced-Outages)は事故等による休止である。これら3つの行為を総称してOutagesとしている。

 夏季は需要が旺盛であり、市場価格も高くなる傾向にあることから、メンテナンス等は他の季節に実施し、夏季は稼働できる状況にしておくことが多い。図2は2016年以降のOutages比率の推移を示していが、6%→6.6%→4.5%→4%と低下している。特にスパイクが予想された2018年に大きく下がり、実際にスパイクが生じた2019年はさらに下がっている。これは、需給ひっ迫・予備力縮小、価格高騰の予想に対応して設備所有側が事前にしっかりと準備し対応したことを意味する。

 2018年はDeratings(定格容量引き下げ)が大きく減った。すなわち定格容量目一杯までの運転を行う設備が増えたのである。2019年は計画休止が大きく減った。自身の判断でできることはしっかりとやったのだ。明らかにこれは市場機能が発揮されたとみることができる。

図2.夏季期間の設備休止等容量および率(ERCOT)
図2.夏季期間の設備休止等容量および率(ERCOT)
(出所)2019 State of the Market Report for the ERCOT Electricity Markets(5/2020)

8年ぶりに新設固定費を上回る収入を確保

 図3は、ERCOTにおける燃焼タービン(CT:Combustion Turbine)発電のネットレベニューの推移およびコーン(CONE)の水準を示したものである。CTは化石燃料ガスを単機タービンにて発電するもので中・小規模、柔軟性や起動性に富み、主にピーク用・調整用として利用される。柔軟性に富み迅速な起動停止が可能であることから予備力としての活用が見込まれる。

 ネットレベニューとは、各市場での販売収入から限界費用(燃料費)を引いたもの、すなわち資本費・固定費に対応する収入である。資本費・固定費をカバーするかもしれないし、不足するかもしれない。販売収入はエネルギ-(kWh)、予備力(kW)、柔軟性(ΔkW)が見込める。

図3. 燃焼タービン発電ネットレベニューの推移(ERCOT)
図3. 燃焼タービン発電ネットレベニューの推移(ERCOT)
(出所)2019 State of the Market Report for the ERCOT Electricity Markets(5/2020)

 一方、図の薄いブルーの「新規参入電源のコスト」はコーン(CONE:Cost of New Entry)と称される。コーンはLCOE(Levelized Cost of Electricity、耐用年数当り平均費用)ベースの資本費・固定費であり、90~110ドル/kW と試算されている。CCGT(Combined Cycle Gas Turbine)に比べて設備が複雑でないことから低い数値となっている(CCGTの場合は120~140ドル/kW)。一方で、稼働時間はCCGTよりも短いと考えられ、ピーク時間帯での機動的な稼働となる。テキサス州はシェールガスの一大産地であり、ガス価格が低いことからガス火力発電の競争力は高い。

 コーンをネットレベニューが上回れば回収可能ということになる。新規参入費用をネットレベニューが上回るのは2011年以降では、2011年と2019年である。2011年は、冬季厳寒、夏季猛暑にくわえて大型ハリケーンの影響があった。このときの市場価格上限値(キャップ)は3000ドル/MWhであった、2019年は夏季の需給ひっ迫にORDC改訂効果が加わったものである。市場価格上限値は9000ドルである。

 なお、CONEから市場販売収入を差し引いた水準はネットコーン(Net-CONE)と称され、容量市場において、指標価格とされる。CTはPJM容量市場のネットコーン試算対象設備となっており、柔軟性のある予備力の参入を前提としていることが分る(日本はCCGT)。

(3-3).容量市場なしでも予備力は確保できる

太陽光の潜在力発揮に火をつけた価格スパイク

 ERCOTでは、2018年以降夏季ピーク時需給ひっ迫が続き、2018年は価格高騰、2019年は価格スパイクが生じた。エネルギ-オンリー・マーケットのセオリーでは、このシグナルを受けて設備投資が増えることになる。既に、ピーク時における設備停止・出力縮減が大幅に減ったことが実績として判明している。太陽光、風力を主にそして蓄電池をも含めて大規模投資が計画されていERCOTは、計画予備力も十分確保できるとの予想している。

 図4は、2020年5月時点のERCOTが発表した系統接続状況である。青は了解済み、黄は審査中、赤は検討中である。太陽光と風力はERCOT了解済みがそれぞれ10GWを超えている。特に注目されるのは太陽光で、審査中・検討中を含めると約75GWの事業計画が存在する。太陽光は、稼働している時間と市場価格が高い時間が一致する。コスト低下が著しく、大きいポテンシャルがありながらまだ普及していないテキサスでは、開発余地が大きい(発電電力量に占める割合は約2%)。火力発電の接続計画は少ない。全計画を合わせてもガスは5GW程度である。石炭と原子力は計画がない。

図4.ERCOTの系統接続状況(2020年5月)
図4.ERCOTの系統接続状況(2020年5月)
(出所)ERCOT

ストレージも価格機能で投資喚起

 ストレージが10GWを超える計画があるが、これは驚ろきである。まだコストは高いが、予備力減少、混雑増加のなかで、ノード(市場区域)によっては採算に乗るところが出てきている。孤立系統の中にVREが多く入っていくと、調整力の価値が高まることも背景として考えられる。2019年には、全米初となるストレージのマーケットプラントが稼動している。

2022年には予備力20%に

 図5 は、2020年5月にERCOTが作成した計画予備率(リザーブマージン)の予想である。2019年の予想は8.6%(2018/5)→8.1%(18/12)と推移した。2020/5の予想では、2020年は12.6%と回復し、 今後は増えていくとしている。増加する要因の多くは太陽光と風力であり、新しい技術が予備力確保を支える形となっている。なお、近年導入が進んできている蓄電池は、まだ計画には含まれていない。ERCOTの見通しや実際の開発の動きとが相互の作用し、投資および運用者や規制当局は確かな予見性を与えているのである。

図5. 計画予備率(リザーブマージン)の予想(2020年)
図5. 計画予備率(リザーブマージン)の予想(2020年)
(出所)2019 State of the Market Report for the ERCOT Electricity Markets(5/2020)

適性予備率はより少なくとも問題ない

 ERCOTの2018~2020年の予備力は歴史的に低い水準となったが、Energy Only Marketと整合性は取れていると理解されている。EOMにおいて、計画予備率はどの程度が適正水準なのか、という議論が起きてきている。2019年2月にERCOTは、PUCTに市場均衡予備率(MERM:the Market Equilibrium Reserve Margin)は10.25%、経済的最適予備率(EORM:Economically Optimal Reserve Margin)は9%と報告している。また、社会コストとしては7%~11%の違いは小さいとの認識を示している。要するに、EOMが進化していくと、従来適正だと考えられた予備率よりも小さくても問題は少ない、ということである。

終わりに

 日本版容量市場は、4年先の発電可能容量(計画予備力)を調達する「人為的な市場」である。4年後のピーク電力需要量、停止を含む発電可能な容量、卸市場・需給調整市場の状況等を予想して、予備力の調達量と価格を「入札」で決める。しかし、旧電気事業者が電源の約8割を有し、社内相対取引が残り、市場支配力を有している中で、4年後の適切な市場予想が出来るのだろうか。卸市場は整備途上で需給調整市場はまだ始まっていない。

 テキサスは、卸市場が発する価格指標のもとで、新設を含む予備力確保は可能だとする。シンプルで「政府の失敗」の懸念はなく、低コストである。ここ数年の同市場を動きを見ると、まさしくスポット価格のみで、高効率・環境にいい設備投資を促し、将来の予備力を確保できることを示している。ドイツは、卸市場と切り離して、所要予備力として特定の電源だけを確保する「戦略予備力」制度を採用している。どちらも、卸市場の機能を歪めることなく予備力を確保することを第1に考えている。「政府の失敗」となった日本版容量市場について、その目的から再考すべきである。