Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.216 驚きの「2050年実質ゼロ」/日本の政策は周回遅れ、どうする?

2020年11月12日
エネルギー戦略研究所株式会社シニアフェロー 竹内敬二

キーワード; 実質ゼロ、原発、エネルギー基本計画、再生可能エネルギー

1 はじめに

 菅首相が表明した「温室効果ガスの2050年実質ゼロ」には驚いた。従来の公約「2050年に80%削減」を少し進めただけだとか、欧州諸国の後追いでしかない、という人もいるが、そうではない。「実質ゼロ」(カーボンニュートラル)を本気で追求すれば、日本のエネルギー構造をがらりと変える新政策だ。

 しかし、冷静に考えると、「本気なのか?どうやって達成するのか?」と思ってしまう。日本は再生可能エネルギーの推進、石炭火力の廃止、環境税や排出量取引の導入といった「大きな温暖化政策」で後れている。先進各国と比べれば周回遅れからのスタートになる

2 横ばいから真っ逆さま…

 「実質ゼロ」は、あらゆる社会活動から出るCO2など温室効果ガスの排出について、森林が吸収する分などを引いて計算上ゼロにすることだ。

 温室効果ガスの削減は難しい。図は、環境保護団体がつくった日本の排出の推移だ。



(図;「温室効果ガス排出量の推移」、気候ネット)

 2008~12年は京都議定書の約束期間だったので日本も懸命の削減努力をしたが、リーマンショック翌年の09年の落ち込みが目立つ程度で、大きな変化はない。グラフを全体として眺めれば「ほぼ横ばいで推移」といえる。「50年実質ゼロ」となると、これまでの横ばいの状態から真っ逆さまに落ちるようなグラフに変えなければならない。

 かつては、温室効果ガス1%を減らすのも経済にとって死活問題とされた。削減の可能性を劇的に大きくしたのは再生可能エネルギーの急増だ。化石燃料を使う火力発電を再エネ発電に代えるだけでなく、将来は再エネによる電気で水素をつくって熱需要に対応する展望も広がっている。このほか多くの国が導入した環境税や排出量取引など社会の仕組みを変える政策も削減に貢献した。

 一方、日本は、再エネ推進は中途半端であり、排出量取引や本格的な環境税は導入していない。原子力に頼ってきた温室効果ガス削減も2011年の福島第一原発の事故で頓挫した。およそ「50年実質ゼロ」への準備はできていない。それでも世界の潮流から遅れていることもあって、「まずは宣言しよう」になったといえる。

3 当面の目標「再エネ+原発=44%」も高いハードル

 梶山弘志経産業は「年末までに実行計画をまとめる」と表明した。日本国内のCO2排出の約4割は発電からでている。まずは発電の脱炭素化になる。ちょうど第6次エネルギー基本計画の改定議論が始まったところだ。



(図;「温室効果ガス排出量の推移」、気候ネット)

 第5次エネルギー基本計画で決められた30年の電源構成(発電割合)は原子力20~22%、再生可能エネルギー22~24%。しかし、今はこの数字とは離れている。2018年度の実績は、原子力6.2%、再生可能エネルギー16.8%。原発が大きく落ち込み、石炭火力、天然ガスが多い。再エネは増えている。



(表「2030年の電源構成の目標」、筆者作成)

 電源構成を考える上で経産省が当面重視するのは「エネルギー供給構造高度化法」(高度化法)になる。「小売り事業者は44%の非化石電源(再エネ+原発)を調達しなければならない」とある。今は二つを足しても約23%と遠く及ばない。

 ただ、再エネは16.8%で30年目標を狙える位置にあるが、原発が20%ほどを確保するためには、35基程度(3000万~3500万キロワット)の原発が必要だ。しかし、これまでの再稼働は9基。全く届きそうにない。

 合理的な目標に変える必要があるが、橘川武郎・国際大院教授はエネルギー基本計画の審議会で「30年に再エネを30%、原発を15%へと見直してはどうか」と発言している。経済同友会は再エネを40%と提言している。

 再エネには30年目標で大きな数字が期待されそうだが、それでも「50年実質ゼロ」となるとさらに大変だ。都留文科大の高橋洋教授は「再エネを30年に45%、50年に80%」を提言している。

4 再エネ、実は足元が不安定

 日本の場合「50年実質ゼロ」は2つの大きな前提に基づいて議論されることが多い。「再エネの大きな伸び」と「原発の復活」だ。しかし、足元を見ると、二つとも問題を抱えている。

 再エネの発電量は確かに16.8%まで来た。しかし、中身をみると大幅増加が見込めない水力発電が7.7%と半分を占め、残りのほとんどが太陽光発電(6%)、風力は少ない(0.7%)。さらに太陽光の大型発電所計画は全国的に止まっている。固定価格買取制度(FIT)の変更で急速に買い取り価格が落ちたこと、また立地への反対運動などの広がりによる。

 日本の風力発電の導入量(約400万キロワット)は、太陽光発電(5500万キロワット)の10分の1以下しかない。世界では太陽光より風力の方が多いので、日本は異例だ。FIT(固定価格買取制度)のスタート時に、風力の建設条件を太陽光に比べて難しくした政策の失敗によるところが大きい。

 最近、日本では「次は洋上風力だ」との声が高まっている。ただ制度作りの段階だ。うまく行って2030年に1000万キロワットが期待できる程度だ。陸上風力の導入が低調である問題は放置されている。

5 原発の新規建設は現実的ではない

 原発はどうか。菅首相は「安全を最優先にして原発を進める」と原発重視の方針を表明した。

 図(「既設炉の出力の変化」2019年10月2日段階、日本原子力文化財団)は、今ある原発が寿命40年で運転した場合、寿命60年で運転した場合の原発の総出力の変化を計算したものだ。廃炉されていないすべての原発が再稼働するとしての計算だ。60年運転をしたとしても2050年ごろからは急減する。



 つまり、原発を新規に建設しない限り、2050年以降、原発が安定的に温暖化防止に寄与することはできない。日本で新規建設を許容する雰囲気はない。また最近では世界的に新規の原発建設費が高騰し、発電コストで再エネなどに負ける時代になっている。

 原発頼り、とくに「原発新設」を頼りに「50年実質ゼロ」の計画をつくれば失敗するだろう。かつての日本のエネルギー計画は、原発建設に「願望の数字」を書くようになって信頼性を失った。その轍を踏んではならない。

6 まとめ、政権の本気度が問われる

 準備なき突然の宣言であっても、世界の潮流に沿う「50年実質ゼロ」は国民に支持されるだろう。日本のエネルギー構造を抜本的に脱炭素型に変えるきっかけになる。ただ政策的には先進各国から周回遅れとなるので、一にも二にも政権の本気度が試される。まずは足元にある日本の中途半端な再エネ推進政策、温暖化政策を検証し、合理的なものに変えなければならない。とくに4点が重要だ。

1;再エネを大きく増やす政策。洋上風力の大規模建設を始める。とくに陸上風力へのテコ入れをする。
2;電力改革を進める。送電線の運用改善を進めて再エネの導入を増やす。
3;石炭火力の廃止スケジュールをつくる。
4;原子力建設を前提としない政策にする。