Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.227 再エネ短観(2021/1) 電力市場整備がダブルネガティブ 存続の危機

No.227 再エネ短観(2021/1)
電力市場整備がダブルネガティブ 存続の危機

2021年1月21日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 山家公雄

キーワード:再エネ短観 再エネ支援策 需要家ニーズ 送電インフラ整備 電力市場整備 新電力存続の危機

 再エネ発電は世界的には、既に主力になっており、風力、太陽光を主にコストが急低下し既存技術と遜色のない水準となっている。日本でも、再エネの最大限導入の方向が打ち出されており、その実現のために支援策や課題解決策が議論されている。筆者は、「再エネ支援策」「需要家ニーズ」「送電インフラ整備」「電力市場整備」の4輪が一体となって進むことが不可欠との考えの下で、定期的にそれぞれのトレンドを評価し、当コラム等で発表している。

 今回は、NO.169(2020年1月)に次ぐ2回目の試みである。結果は、表題の通り「電力市場がダブルネガティブ」となった。容量市場の失敗だけなく直近の価格高止まりで市場自身の信用問題となっている。

1.再エネ短観とは

再エネ最大限導入を実現する4つの要件

 日本でも、再生可能エネルギ-への評価は高まってきている。海外では、再エネ発電はコスト低下が進み、既に火力発電よりも安い地域が多くなっている。パリ協定を受けて120を超える国や地域が2050年実質ゼロカーボンを宣言しているが、背景に風力・太陽光のコスト低下がある。日本も2020年10月に宣言した。2018年7月に公表された第5次エネルギ-基本計画では、「主力電源」という言葉が使用されたが、2020年12月25日に発表された「グリーン成長戦略」では、「最大限導入」とランクアップしている。

 こうしたなかで、日本も再エネ最大限導入を目指して、様々な課題解決を目指す対策が議論されている。筆者は、再エネ主力化が実現するための要件は4つあると考えている。一つは、需要側の再エネ電力に対するニーズである。これは、パリ協定実行や政府ゼロカーボン宣言の影響を大きく受ける。次に、再エネ事業が成り立つことを担保する支援策である。新技術であり、既存技術と遜色ない水準にコストが下がる迄は、政策支援が必要になる。欧州や日本では固定価格買い取り制度(FIT)がその代表となる。

 残りの2つは自由化実現に向けた環境整備であり、新しい技術である再エネにとっては必須条件となる。まずはインフラである送電網の効率運用と整備である。送電事業者の中立化、送電線利用のオープン化が不可欠となる。欧米では、1990年代後半に制度措置されたが、日本では送配電会社の法的分離は2020年度に実施された。先着優先ルールの見直しは2020年7月の梶山大臣発言で漸く具体的な検討が始まったところである。次に、電力卸取引市場の整備である。自由化時代になり、発電事業が競争になると、効率性だけでなく信頼度の判断も市場取引に委ねることになる。卸取引所は発電事業者と小売り事業者とが取引する場であり、透明性、非差別性、流動性、ガバナンス等を備えていることが絶対条件となる。そこで決まる取引は参加者の誰もが納得し、価格は指標性をもつ。この卸取引市場を厚みがあり、信頼できるものに育てることが肝要となる。

 さて、以上の4要件に関して、再エネ主力化を目指して打ち出されている対策や議論について、日銀短観よろしくポジテイブ、ナガティブの方向・ベクトルを評価してみる。なお、これはトレンドであり絶対評価ではない。

2.再エネ短観① 2020年1月時点

 筆者は、「エネルギ-供給強靭化法」の骨子が固まった2020年1月時点で、最初の評価を試みた(「No.169 再エネ主力化対策の「短観」 肝心の支援策がネガティブ」)。以下で、振り返ってみる(図1)。

図1  再エネ短観(2020/1):2020年改革
図1  再エネ短観(2020/1):2020年改革

需要家の再エネ電力ニーズは(⇑⇑)

 まず、需要サイドの再エネ調達への意欲であるが、これは(⇑⇑)である。2016年に発効し、2020年より実施に移ったパリ協定の影響は大きく、グローバル企業を主にゼロエミッションへの意欲が強まり、国際的なイニシャチブであるRE100やSBTiに参加する法人企業が増加した。

送電インフラの整備は (⇑)

 次に、送電インフラの整備であるが、先着優先ルールは存続し、送電線容量に制約がある。この保守的ルールを緩める措置「日本版コネクト&マネージ」を実施し、空き容量を少しずつ捻出する。東電パワーグリッド株式会社(東電PG)は、画期的な「ノンファーム型接続」を開始した。時々刻々の需給シミュレーションを行い、送電容量をオーバーする(混雑する)ときの出力抑制を条件に、直ちに接続手続きに入る方式である。分り易く透明性があり、欧米型の運用に近く、周回遅れを一気に解消しうる方式として、早期の全国普及が期待された。

 電力インフラの新設・増強についても進展があった。再エネ電力を常時利用するためにエリア間を繋ぐ連系線や地内基幹送電線を整備する場合は、所要コストを全国で負担する仕組みの導入が決まった。インフラサービス供用側(送電会社、広域機関)が長期的なニーズを把握したうえで予め計画を策定する方式(マスタープラン)への移行が決まった。送電サービスを滞りなく提供しつつ効率化を進めるために、ネットワーク利用(託送)料金制度の見直しも行われる。このような状況を勘案すると、インフラサイドの改革は着実に進められており、短観はポジティブ(⇑)と評価した。

電力市場整備は (⇒)

 電力取引市場整備であるが、中核となる卸取引市場の割合が、全面自由化前の数%から3割程度まで上がってきた。ただし、既存電力会社内部取引の一部を取引所経由に移すグロスビディングは、実質相対取引であるとの評価もあり、額面通りには受け取り難い。

 また原子力・石炭を扱うベースロード市場、長期供給力を確保する容量市場、送電会社が卸市場クローズ後に使用する調整力を確保する需給調整市場、再エネ電力等の非化石価値を取引する非化石取引市場の開設が、2020年前後で相次いで実施あるいは計画されている。これらは、日本独特であったり、参加者や価格設定に制約があったりする。また、その必要性や参加できる電源・リソース等の制度設計について十分に議論されたのか疑問なところもあり、評価は難しい。

 また、和製・官製の市場が多く創設されることにより政府の裁量が残り、自由化の最重要ソフトインフラである卸取引所取引に縮小圧力が働くことが懸念された。市場設計の際に、随所に火力発電等の既存設備への配慮が窺われ、新旧電源の新陳代謝が滞ることも懸念された。以上より、電力取引市場の短観は横ばい(⇒)と評価した。

再エネ支援策「FIT見直し」は (⇓⇓)

 最後に、「再エネ支援策」であるが、ダブル下げ(⇓⇓)と評価した。2019年前後よりFIT見直しの議論が行われ、2019年12月12日に政府案が公表された。太陽光、風力等価格競争力が見込まれるとされる「競争電源」は、小規模事業を除いてFITからFIPへ移行するとされたが、太陽光以外は普及・成熟しているとは言えず、時期尚早と考えた。

 競争電源以外の再エネは地域活用電源として括られFIT継続となるが、自家消費、地域消費、防災への対応が認定条件とされた。条件次第だが、コスト増となるために投資が起こらない懸念があった。競争と地域活用の定義が曖昧で、どちらにも分類されない懸念もあった。詳細設計次第ではあるが、ここまで開発事業者、投資家を不安にさせる制度案も珍しく、再エネ主力化の大義に疑問符が付く。

3.再エネ短観② 2021年1月時点

 次に、現時点での評価である(図2)。この1年弱の間に梶山大臣発言、菅総理2050年実質ゼロカーボン宣言、容量市場の第一回入札等、大きな変化があった。

図2 再エネ短観(2021/1):2050年ゼロカーボン宣言
図2 再エネ短観(2021/1):2050年ゼロカーボン宣言

(注)2020/2時点から追記で、は+評価、は-評価
(出所)山家公雄

需要家の再エネ電力ニーズは(⇑⇑)

 需要家ニーズは引き続き(⇑⇑)である。日系グローバル企業の活動はますます活発化した。TCFDへの参加314社(1位)、SBTiへの参加75社(2位)、RE100への参加41社(2位)と急増している。経団連はチャレンジゼロ企画を打ち出し、経済同友会は2030年再エネ発電比率40%を提言した。日経新聞の社長100人規制緩和要望調査では、再エネ関連が第2位となった。

インフラの整備は (⇑+)

 次に、インフラ運用・整備であるが、最大のポイントは2020年7月3日の梶山大臣発言の「先着優先ルール見直し」である。米国の1996年オープンアクセス実施に遅れること25年ではあるが、画期的である。混雑管理にメリットオーダー方式が採用され、事実上再エネ優先の方向となる。また、東電PGが先陣を切った実潮流シミュレーションで空き容量を判断する「ノンファーム型接続」は、2021年度から全国で展開されることとなった。

 ここまでは、ダブルポジティブ(⇑⇑)となるのだが、混雑管理の準備期間として、送電事業者主導の再給電方式から始めるとの議論がなされている。また、2021年度から全国展開されるノンファーム型は、実際に実潮流方式となるのか、不透明である。政府の方針と送電事業者の対応に温度差が感じられる。実潮流シミュレーション等ソフト面でのキャッチアップに時間がかかりそうである。

電力市場整備は (⇓⇓)

 電力取引市場整備であるが、中核となる卸取引市場の割合は4割程度まで上がっており、数字上は欧米との差は解消しつつある。ただし、2割を占めるグロスビディングは実質相対取引であるとの評価もある。ダブルネガティブとなるのは、容量市場の失敗による。本来卸取引市場を補完する役割であるが、約定価格があり得ないような高額に決まり、電力料金や新電力経営への影響が懸念される。CO2排出量が多く柔軟性に乏しい「廃止するはずの非効率石炭火力」への補助金となり、そして卸市場を介するFIT電源の魅力低下等を招く。何よりも、価格機能の要である卸市場を歪める懸念が高まった。河野行政改革担当大臣の下で開催された再エネ規制タスクフォースでも「抜本的な見直し」を勧告された。

 また、インフラ中立のところでも出てきたが、混雑管理について、当面卸市場を利用せずに送電会社判断の「再給電方式」に整理されつつある。最後に、昨年末から現在に至る需給ひっ迫による市場大混乱の影響は非常に深刻である。これは後述する。

再エネ支援策は (⇑)

 最後に、「再エネ支援策」であるが、前回のダブルネガティブ(⇓⇓)からシングルポジティブ(⇑)へと大きく改善した。前回低評価の要因であった、FIT制度見直しであるが、詳細設計の議論の中で、投資主体に少し配慮する動きとなった。風力は、洋上風力入札上限価格は29円/kWhと36円から2割減とされたが、3年程度はFIT制度が続く。また、小水力・バイオマス等の地域活用電源のFIT認定要件はかなり緩和される。一方、太陽光は基本FIP・入札で足元のFIT価格も低くなり、「暫くは自力での普及」を宣告され、数年後の再浮上が期待される。

 再エネ支援の範疇に留まらないが、2050年実質ゼロカーボン宣言、グリーン成長戦略にて洋上風力が最重要施策として具体的に位置づけられたことは、特筆に値する。2050年の参考値として再エネ電力割合が5~6割となったことは、微妙ではあるが(筆者は小さいとの立場)、現時点では一歩前進とも考えられる。

4.終わりに 抜本的整備が不可欠なエネルギ-取引市場

2050年ゼロカーボン宣言効果は絶大

 以上、再エネ短観について、2020/1時点と2021/1時点とを見てきた。この1年弱の間に、我が国における再エネ普及を巡る環境は大きく好転した。2020年10月26日の菅総理大臣の「2050年実質カーボンニュートラル宣言」は、予想以上に肯定的な評価を受け、雰囲気はガラリと変わった。僅か2か月後の12月25日に発表された「2050年グリーン成長戦略」では、再エネ電力比率5~6割が参考値ながら提示された。12月15日に経産省・国交省・風力発電協会等民間団体による洋上風力官民協議会で発表された「洋上風力ビジョン1」は、野心的で世界に通用すると高く評価されたが、「グリーン成長戦略」にてエンドースされ、明らかに成長戦略最大の目玉となった。

 ゼロカーボン宣言の影響は「再エネ短観2021/1」の各領域に大きな影響を及ぼす。「需要家ニーズ」はパリ協定の影響が大きいが、グローバル企業を超えて自治体や国内企業に波及する。前回「再エネ支援策」(⇓⇓)の主要因となったFIT改訂も、太陽光を除いてかなりマイルドになった。先着優先ルール見直しは、長年再エネ開発の障害となった系統問題の解決に向けて大きく舵を切るものであり、「送電インフラ運用・整備」がよりポジティブになる。

「脱輪」が懸念される電力市場

 しかし、「電力市場整備」は横ばいからダブルネガティブに大きく後退する。原因は容量市場の失敗である。これは、日本卸電力取引所(JEPX)は関わっておらず、広域機関が制度設計した官製市場である。柔軟性(ΔkW)や環境性とは無関係に容量(kW)の価値だけ評価する包括的な市場で、あり得ない高額での約定となり、総額1兆6千億円の大きな存在感を示してしまった。市場メカニズムの核心である卸取引市場を歪める懸念が高まった。「電力市場は複雑骨折を負ってしまった」との声も上がる。これに関しては、本コラムでシリーズにて解説した(No.204、205、208、212、217、219)。

 送電事業者、その連合会ともいえる広域機関は、規制時代の中央給電指令による調整の意識が強すぎるように見える。容量市場だけでなく、FIT電源の誤差調整や混雑管理に関して、卸取引市場を利用しようとはせず、自ら予備力を調達し給電指令することを考える。日本独特の先渡市場である「ベースロード市場」も順調とは言えない。需給調整市場はまだ運用前である。

新電力、卸取引市場存続の危機

 加えて、昨年末から現在まで続く、かつてない冬場の需給ひっ迫と卸市場価格のスパイク・高止まりが懸念材料である。電力料金への波及は避けられず、特に市場調達の多い新電力は経営危機に直面している。予測を超えた気温低下と需要増、太陽光低稼働(補完関係にある風力の導入不足)、事故・故障による停止、LNG等の燃料制約の発生等複数の要因が重なったようである。卸取引で残る過不足を送電事業者が調整するのだが、両者の連携にかかる独特のルール(行政指導)が振れ幅を大きくした。複雑な要因が重なっているが「燃料調達の判断ミスに行政指導の存在が破滅的な事態を招いた」と推測できる。発電設備は必ずしも不足していないのである。電力だけなく石油・ガス市場、パイプライン等インフラが整備された海外では考えられない事態というコメントもある。いずれにしても、情報が少なく今後の検証が不可欠である。

 再エネ最大現利用、2050年カーボンニュートラルに向けて、最大のアキレス腱は取引市場の整備とそれを支えるインフラ整備であることが明確になった。再エネ最大限導入の実現には、4輪がそろって初めて前に進む。容量市場失敗、冬季の長期間にわたる価格スパイクについて、一過性の事故とせずに、徹底的に検証・総括し、早急に対策を講じる必要がある。