Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.230 「グリーン成長戦略」に何が足りないのか

2021年2月4日
京都大学大学院経済学研究科/地球環境学堂教授 諸富 徹

キーワード:脱炭素化、グリーン成長政策、カーボンニュートラル、カーボンプライシング、緑の産業政策

[1]政策論議の大前提となった「脱炭素化」

 菅義偉首相が2020年10月26日、首相就任後の初の所信表明演説で、2050年の日本の温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目標に掲げることを宣言したことは、高く評価されている。いままで「脱炭素」を掲げることに反発していた経団連など、産業界からも表立った反発はみられない。むしろこれ以降、2050年かそれよりも早く自社の事業を脱炭素化することを宣言する企業が相次ぎ、まるで先陣争いの様相を呈するなど、脱炭素化をめぐる雰囲気は一挙に変わった。そのきっかけとなったのが菅首相の宣言であり、中国が2060年の脱炭素化を表明し、アメリカでバイデン政権が成立する直前のタイミングであり、国内で「脱炭素化やむなし」という空気を醸成するには、絶妙のタイミングであった。

 こうなると次は、どのように具体的に脱炭素化に向けて経済社会を変革するのか、その具体的な道筋、そして変革を実現するための政策手段、さらにはその財源が問題となってくる。これまでは「脱炭素化」を受け入れるか否かが論点だったが、議論は次のステージに進み、「どのように脱炭素化するのか」が論点になる。その際に肝に銘じなければならないのは、真に脱炭素化を実現した者のみが、最終的には経済的にも勝者になるということだ。

 表面的には脱炭素化を受け入れたようにみえる産業界やその周辺だが、水面下では、脱炭素化をめぐる国際的な仕組みづくりや議論が欧州主導で進められていることから「欧州の陰謀論」が依然として囁かれたり、化石燃料が悪者にされたことへの恨み節から「炭素回収・貯留(carbon capture & storage: CCS)」技術や「炭素回収・有効利用・貯留carbon capture, utilization & storage: CCUS」技術への過大な期待が生まれたりしている。こうした議論は感情論としては理解できるし、これらの技術が補完的役割を果たすことは否定しない。だが問題なのは、背景に科学をベースにした議論への軽視(あるいは蔑視)が潜んでおり、議論の本質を歪める結果、最終的には日本の国益を害することになりかねないという点だ。

 かつて、京都議定書をめぐって盛んに産業界とその周辺から欧州の陰謀論が喧伝され、日本政府はついに欧州と袂を分かって、議定書の第2約束期間から実質上、離脱した。しかしそれで、日本に何か益があったのだろうか。以後、日本の産業競争力はさらに低下し、温暖化対策は国際的にみて遅れに遅れた。経済成長と温室効果ガスの排出削減の同時達成(デカップリング)を成し遂げた欧州に対し、日本はデカップリングしきれていないのだ。再エネ産業は太陽光でも風力でも灰燼に帰し、電気自動車や蓄電池でも遅れを取り始めている。鉄鋼などCO2の大量排出業種の収益率は化学を除いていずれも製造業平均を下回り、国際競争力でも見劣りする。京都議定書のくびきから解放されて成長するはずが、逆ではないか。

 日本は、21世紀の経済が「脱炭素経済の獲得をめぐる国際競争」となることを、完全に見誤っていたとしか言いようがない。こうした潮流を見誤らず、それを正面から受け止めて戦略的に対処していれば、産業の地盤沈下がここまで進むことはなかっただろう。日本の基礎技術が国際的に誇るべき水準にあるだけに、こうした現状はきわめて残念である。今後、アメリカや中国も含めて各国・各企業とも、真剣に脱炭素化を目指してくる。それは科学に基づく判断であり、人類にとっての生存の途であるから、揺らぐことはない。他律的で、半信半疑で脱炭素を掲げている国・企業は後れを取って「脱炭素経済圏」から脱落し、経済成長で劣後していくだけだろう。我々の日本は、そうなりたくはないものである。

[2]「グリーン成長戦略」の意義と限界

 以上のような視点で経済産業省が2020年12月に発表した「グリーン成長戦略(以下、「戦略」)」を見ると、どう評価できるのだろうか1。経済産業省はつい最近まで、「2050年80%削減は、現状及び近い将来に導入が見通せる技術をすべて導入したとしても、 農林水産業と2~3の産業しか許容されない水準。これまでの閉じた対策(国内、業種内、既存技術)で地球温暖化問題に立ち向かうには限界」(「長期地球温暖化プラットフォーム報告書」2017年4月)と述べて、国内での脱炭素化に否定的だった2。こうした経緯を踏まえれば今回、「戦略」で経産省が大転換を遂げたことは歓迎すべきであり、しかも首相の脱炭素宣言からわずか2カ月でここまで体系的な戦略を仕上げたその迅速な仕事ぶりに敬意を表するものである。

 「戦略」は、第1節「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」で、カーボンニュートラル化が経済成長をもたらしうること、それを実現するために「戦略」を推進する必要があることを説得的に述べている。第2節「グリーン成長の枠組み」で、カーボンニュートラルを実現するには、①研究開発⇒②実証⇒③導入拡大⇒④自立商用化、という各段階を踏んでいく必要があり、そのために予算、税制、金融、規制改革・標準化、そして国際連携の各局面で政策を実行していく必要があると強調している。第3節「分野横断的な主要な政策ツール」では、これら各局面で既にとられている政策、これから取られるべき政策を説明している。そして最も注目されている第4節「重要分野における『実行計画』」では、14の産業分野において、脱炭素化に向けた具体的な技術とそれを産業化するにあたっての工程表を作成、提示している。これは、わずか数年前に脱炭素化すると「わずか2~3の産業しか残らない」と否定的だった経産省の立場を踏まえると、相当踏み込んだ産業政策上の課題が具体的かつ前向きに提示されており、意義ある一歩が踏み出されたと評価できるだろう。

 他方で、その限界も指摘しておかなければならない。

1)この「戦略」は脱炭素に寄与する技術のウィッシュ・リストに過ぎず、それによって脱炭素化が本当に担保されるのか、定量的な評価がなされていない。さらに言えば、これらの個別技術の費用対効果の分析がなされていない。1トンのCO2削減をより安価に実現する技術から優先的に導入すべきなのに、「戦略」ではすべてが並列的に記されているだけである。

2)「実行計画」が実施された場合の社会経済的インパクト(経済成長率や雇用、所得分配への影響)が示されていない。EUでもアメリカでも、体系的な気候変動政策を打ち出す場合、必ず議会/政府/研究機関・シンクタンク等による政策の社会経済的インパクトに関する定量評価結果が参考資料として添付される。「成長戦略」を名乗るのであれば、一方でそれがもたらすコスト、他方でその経済効果が示され、後者が前者を上回って経済全体を成長に導くことが示される必要がある。

3)そのページ配分にも表れているように、「戦略」はきわめて技術偏重である反面、その制度的・政策的・市場的側面に関する記述内容がきわめて薄い3。イノベーション論の元祖である経済学者のシュンペーターは、イノベーションを技術に限定したわけではない4。イノベーションは、市場、制度、組織においてこそ全面的に推進されるべきである。技術は、それが生み出されたからといって社会的に実装されるわけではない。市場で受け入れられ、制度・組織によって使いこなされてこそ、普及する。再生可能エネルギーにおける固定価格買取制度(FIT)のように、どうやってその道筋をつけるかが、議論の肝でなければならない。ハード偏重の議論は、必ずや掛け声倒れに終わるだろう。

[3]「グリーン成長戦略」を支える政策手段は何か

 根本的な疑問は、報告書の大半を占める第4節における14の「重要分野」がなぜ選ばれたのか、という点にある。逆になぜ、石炭火力発電にまったく言及がないのか。なぜ、鉄鋼をはじめとする素材産業(=CO2大量排出業種)がまったく取り上げられていないのか。カーボンニュートラルに向かうのであれば、CO2を大量に出している発電、産業、そして運輸部門にどう手当てしていくべきかを最優先に議論すべきであろう。これは電力産業、鉄鋼をはじめとする素材産業、そして自動車産業(もちろん航空、船舶も)の話になる。これら大量排出部門のCO2排出をどのようにして抑制し、なおかつこれらの部門の経済成長を促すのか、そのジレンマを解決する道筋を示すのが「戦略」というものであろう。その点では、「戦略」は落第点だ。

 電力が主要なエネルギー源である家庭、業務、そして大半の産業部門にとって、自らができる努力は省エネのみである。電源構成は、発電事業者が決定するからである。つまり、電力部門の脱炭素化なしには、これらの他のセクターの脱炭素化も困難である。では、電力部門の脱炭素化をどう推し進めるのか。再エネを大量導入する一方、石炭火力(石油火力)発電を全廃に持っていくほかない。それをどのようなスケジュールで、どのような手段で実現するのかを書くのが「戦略」ではないのか。

 この点でEUのグリーンディールは何をやろうとしているのか、参考として見ておこう5。EUの議論で注目すべきは、脱炭素化された時代の産業の姿を具体的に描き、そこに至る道筋と、移行を円滑に促す政策手段の議論を始めている点である。欧州の産業部門は、2017年時点でEU総排出量の約20%を排出している。EUは脱炭素化を図るうえでCO2大量排出業種の鉄鋼、化学、セメントなどの素材産業の脱炭素化が決定的に重要だと認識している。

 彼らは、これまできわめて困難とされてきたこれらの業種の脱炭素化に踏み込むことを目標に掲げている。例えばスウェーデンの鉄鋼産業では、水素還元法の採用をはじめとする製鉄プロセスの根本的な変革を進め、2030年代半ばには実証炉、2045年には商用炉を実現し、2050年までに「脱炭素化された製鉄」の実現を掲げる。ただし、そのためには莫大な投資コストがかかり、それを最終製品に上乗せすれば、その価格が大きく上昇することになってしまう。このことは、欧州の素材作業の競争力低下を招く。

 もちろん、炭素税やEU ETSなどカーボンプライシングを彼らは政策手段として持っているが、その価格水準をはるかに超えるコストが、素材産業の脱炭素化ではかかってしまう。そこで彼らは、生産プロセスを完全に脱炭素化することと引き換えに、素材産業に対して下記1)~3)の政策手段を用いて様々な支援措置が議論されている。

1)産業の脱炭素化を実現する生産設備の建設に対する投資補助金
2)新しいインフラ建設や既存設備の現代化に対するグリーン公共調達
3)炭素差額決済(Carbon Contracts for Difference: CCfDs)

 1)は説明を要しないだろう。2)は、インフラ建設にあたって必要となる鉄鋼、セメント、化学製品などを公共調達する際は、入札にあたってその製造過程が気候中立的となっているものを競争入札において優先させる措置である。3)は鉄鋼、セメント、ポリマーなど基礎素材のうち、低炭素もしくは気候中立的なものは、汎用品よりも著しく高価なため、その費用差を何らかの形で穴埋めする「炭素差額決済:Contracts for Difference: CCfDs」のことである。

 これらの手立てをとっても欧州の素材産業の国際競争力が揺らぐ恐れのある場合、「炭素国境調整メカニズム」の導入が検討される。これは、欧州と同等の温暖化対策を実行していない国々からの製品輸入に対して、EUの国境で関税と同様の形で炭素税を課すというアイディアである。日本では、この炭素国境調整メカニズムに対する関心が高まっているが、注意が必要である。これは、あくまでも「素材産業の脱炭素化」と引き換えに、彼らの国際競争力を守るために導入される措置であり、しかも最後の手段である。WTOルールとの整合性、実施の場合の詳細設計に伴う様々な困難性を考慮すれば、実際には採用するのがきわめて困難な政策手段とみられる。日本では、素材産業の脱炭素化の議論の姿かたちが見えていない段階から、過剰反応して炭素国境調整メカニズムに注目が集まっているのは、異常といえよう。

 では、これらの政策措置のための財源はどこから出てくるのか。それが、「欧州復興基金」の役割である。彼らは当面、債券を発行して基金の資金を調達するが、その償還についてはEU独自財源の導入によって賄っていく。その第1弾として、リサイクルできないプラスチック廃棄物1キロ当たり0.80ユーロの拠出金を加盟国に求める制度が、2021年1月1日から開始される予定になっている。さらに、炭素国境調整メカニズムやデジタル課税に関する法案を欧州委員会が2021年上半期に提出し、遅くとも2023年1月までに施行する。またEU ETSを船舶・航空部門に適用拡大する改正案を欧州委員会が提案することなども盛り込まれた。

[4]「緑の産業政策」を構想する必要性

 欧州も、10年前までならば、EU ETSや炭素税を導入し、そのインセンティブ効果で排出削減が進むことを想定していた。だが、パリ協定を経て気候変動に対する危機意識が深まり、産業の脱炭素化を実現しなければならないという認識に至るや、彼らは今までないレベルでの排出削減を産業に求める一方、それにかかる投資コストや競争力低下問題に対して、EUとして支援を明確に行うという立場に切り替わった。

 環境のためとはいえ、以上のような形で政府が様々な形で産業や市場に介入することの是非をめぐっては、様々な議論があるだろう。だが、欧州では脱炭素化に向けてもっともCO2を排出するセクターの脱炭素化をめぐって真剣な議論が産業界と政府の間で行われ、必要な支援策とそのための財源の具体化が図られている点は、日本にとって大いに参考になるだろう。

 こうした視点から経産省の「戦略」をみれば、排出削減を進めるうえでもっとも重要な産業部門をどうするのか、という肝心な点が欠落していることが分かる。2050年の日本の脱炭素化された産業の姿をどう描くのか、そこへ向けて2030年、2040年にはどのような経路を辿っていくのか、脱炭素化を軌道に乗せるための政策手段、支援策、そして財源はどうするのか、これらのテーマについて、政府と産業界の間で胸襟を開いた話し合いが行われ、その結果として「緑の産業政策」が策定されるべきであろう。また、その実行のための政策手段かつ財源調達手段として、本格的な炭素税(可能なら排出量取引制度も)の導入をしっかり位置づけるべきだろう。


1 経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」令和2年12月25日(https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012-2.pdf)
2 経済産業省長期地球温暖化対策プラットフォーム「長期地球温暖化対策プラットフォーム報告書-我が国の地球温暖化対策の進むべき方向-」平成29年4月7日(報告書:https://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170414006/20170414006-1.pdf;報告書概要:https://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170414006/20170414006-2.pdf)
3 14の重要分野において、脱炭素化に寄与する様々な技術が延々と挙げられている「実行計画」に割かれたページ数が全60頁のうち45頁(75%)であるのに対し、政策ツールに割かれているページ数は全体のうちわずか9頁(15%)に過ぎない。
4 シュムペーター, A.E.『経済発展の理論』全二冊(塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳,岩波文庫,1977年).本書を読めば、彼が技術だけでなく市場、制度、組織のあり方まで含めて、その非連続的な発展をイノベーションと呼んだことは明らかである。その意味で、「イノベーション」を「技術革新」と訳すのは誤りである。
5 EUグリーンディールと「緑の産業政策」については、諸富徹「『グリーンディール』から『緑の産業政策』へ-気候中立を目指す欧州の気候変動政策-」『RESEACH BUREAU 論究』第17号(2020年12月),pp.10-24 (http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Shiryo/2020ron17.pdf/$File/2020ron17.pdf)を参照されたい。