Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.234 ガスTSOの必要性と水素への展開

2021年2月25日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド:LNG、ガスTSO、電力市場高騰、LNGハブ、水素

1.概要

 年始の電力市場の高騰の原因の一つにガス火力発電所の天然ガスの供給のひっ迫があると指摘されている。我が国の天然ガスは、長期契約に基づき入手されたLNGにより賄われているが、各輸入者がバラバラに個々のLNGタンクで管理しているだけで、相互の取引はほとんどないと言っても良いであろう。一方で、日本以外の先進国では、国内にTSOガスラインネットワ-クがあり、相互のガスの融通が可能となっている。2022年のガス導管事業の分離を直前に控え、我が国にもガスTSOを設立し、ガス国内市場を作り、ガスの供給のひっ迫している事業者に融通できる体制を作るべきではなかろうか。また、将来、再エネ由来の水素を流通させようと思えば、TSOガスラインは、必須のものとなろう。

2.ガスTSO

 既に京大コラムの別便でご説明しているように、日本以外の先進国では、電力と同様にガスの導管事業にもTSOとDSOの両社が存在している。DSOは、日本の東ガスや大ガスといったガス会社の導管と同じで、エンドユ-ザ-への配ガス用のカロリ-調整・臭い付けのされたガスを送るガス管を運営している。一方で、TSOのガス管には生の天然ガスやバイオメタンが流され、取引はカロリ-ベ-スで行われている。TSOのガスラインは、大口径高圧のガス管から構成されており、広域の流通を担当している。これは、電力のTSOが超高圧送電線を運営して広域送電を行っているのと同じである。ガスのTSOとDSOの接点がガス・ノ-ドとなり、ノ-ドはLNG基地からの接続線やガス井からの井戸本接続ライン、ガスDSOなどの接続点となり、ガス卸売市場の価格はノ-ド毎に決定されることになる。有名なノ-ドとしては、世界のガス価格の指標となっているヘンリ-ハブや英国のナショナルバランシングポイント(NBP)などがある。NBPは、TSOパイプラインで相互に接続された多数のLNG基地や北海等のガス井との接続点を仮想的に一体と考え、一つのノ-ドとして扱い、市場取引がし易いようにしたものである。DSOは、TSOラインからガスを仕入れDSOラインに受け入れた後で、必要があればカロリ-調整等を行い配ガスする。

 隣国の韓国にも既に国土幹線ガスラインが敷設されており、TSO機能を担っている。

3.我が国の場合

 我が国のガス供給は、各地のLNG基地に接続された配ガス網が、バラバラに割拠している戦国時代の状況で、相互に接続するTSOラインが存在していない。稀に隣接のDSOのガス管が物理的に接続されていても、TSOが存在しないので、両側のガス管の所有者間の相対取引の便宜のための関所付きの街道のようなものである。言わば、割拠している領国間の街道が十分に整備されていない戦国時代のような状況である。生のガスが管の中を通っているという意味では、例えば、東京電力が自社のガス火力発電所間を結ぶ東京湾岸のラインがある。これは、生のガスが通っているという点ではTSOラインに近い性格を持つが、自社内の融通をするもので、工場内のガス配管のようなものである。しかし、自社の発電所間を結ぶガス管もない西日本地域よりは、はるかにガスの融通はしやすい。

 我が国のLNG基地は、専らLNGの受け入れのみを考えて作られているので、一度、荷揚げしたLNGは、一方通行で接続されているガス管を需要側に向かって流れるだけである。つまり、我が国にはLNGの受け入れ設備だけではなく、出荷設備を備え、LNGのハブとして機能するように作られたLNG基地は存在しない。これは。港湾のキャパシティの点から入荷用の空船を受け入れるだけの余裕がない港湾が多いことも一因となっている。このため、稼働率の低いLNG基地は年4回の受け入れしかしないようなところがある一方で、需給のひっ迫しているLNG基地では月に2回の回転でフル操業しているところもある。しかも全国に数十か所のLNG基地が乱立している状況となっている。韓国では幹線広域パイプラインが整備されているために、数か所のLNG基地のみで効率よく運営されている。我が国は、LNGの利用では世界の先頭を走っていたわけであるが、我が国のLNG基地がこのような前近代的な運用体制のまま、20-30年間放置されている間に、先進各国は、ガスTSOラインを発達させ、相互融通ができる体制を構築してきた。

4.天然ガスの相互融通と電力市場価格のひっ迫

 冒頭に述べた、本年初めの電力市場価格高騰の原因の一つがLNGの供給不足にあるとしたら、その原因は、LNGの相互融通のできない我が国の遅れたガスシステムにも原因がありそうである。LNGのひっ迫は、西日本だけで発生したようであるが、東日本は、先に述べたように東電の発電所間ではガスの融通ができる体制となっているうえに、中部電力管内と東京電力管内のLNGの調達が一元化されているので、西日本よりも広域でLNGの融通ができる体制となっていた。もし、我が国にTSOパイプラインがあり、ガスTSOが存在していれば、このような時には当然、全国レベルでの天然ガスの広域融通が行われていたことであろう。当然のことながら、他の先進国ではこのような事態は発生しない。TSOが存在しなくとも我が国にLNGの出荷設費も備えたLNGハブが存在すれば、LNGべ-スでの国内融通が可能となったであろう。

 さらに、通常時でも我が国は、全体としてのLNG市場は大きいが、分断されていて一つの市場として機能していないために、エネルギ-メジャ-や産ガス国から見れば中小市場の集合体として足元を見られることになりかねない。

5.LNGハブ

 アジアの経済発展や米国のシェ-ルガスの拡大、欧州のガス資源の多様化戦略などの様々な要素が絡み合い、世界的にLNGハブを設ける方向で動きつつある。既に世界のLNG市場の30%ほどは、スポット市場が占めており、LNGの市場取引は盛んになりつつある。LNG取引に占めるシェアが大きく長期契約依存度の高い我が国を除くと恐らく世界のLNGの大半は既にスポット市場から調達されているのかもしれない。特にアジアでは途上国においてもLNG火力発電所の建設が進みつつあり、中国における需要も拡大している。アジアの各国は海で分断されていることもあり、LNG市場取引の核となるLNGハブの必要性が高まっている。既に、日本以外の先進国は動き出しており、英国のBGは、シンガポ-ルにアジアで最初のLNGハブを設置した。先般の西日本のLNGひっ迫のような事態があっても、シンガポ-ルのLNGハブから調達すれば、数日で手当てができたはずであるが、どうであろうか。アジアのLNGハブに関しては、シンガポ-ルは市場の南端に位置しているため、地理的に北東アジアのLNGハブも必要との考え方があり、既に韓国がLNGハブの誘致を狙っているという話も聞こえてきている。我が国が、ここでさらに世界に後れを取ることが無いようにしたいものである。

6.水素の流通

 天然ガスの話は、2050年温室効果ガス排出実質ゼロという政府の方向からすれば、20-30年間の過渡的な話ということになるかもしれないが、TSOパイプライン自体には全く別の側面がある。欧米においても、再エネ比率の高まりに応じて、エネルギ-の貯蔵ということが次第に重要なファクタ-となりつつある。例えば、昼間しか発電しない太陽光発電エネルギ-を夜間でも使えるようにするには貯蔵が必要となる。EVのバッテリ-を流用するのは、容量も大きく、電力システム側から見るとバッテリ-コストの負担がなくなるので最も低コストとなり、まず最初に検討されている。これに加えて検討されているのが、例えば、太陽光発電のピ-ク時等で、電力卸売市場価格が暴落する時や出力抑制が掛かるようなときに、再エネ電力を用いて水素を製造し、利用することである。製造された水素を再び発電に用いるとエネルギ-ロスが大きくなるので、熱源として用いることになる。欧米では、このようにして安い電力価格で製造された水素を、TSOパイプラインに注入してカロリ-ベ-スで取引することを想定している。ガスTSOシステムに導入すると天然ガス用に用いられていた様々なシステムをそのまま利用することができる。しかも、最初は僅かな水素の混合から始まり、製造される水素の量が増えるにつれて水素比率が高まるという形で、次第に水素システムに転換していくので水素流通のための新たな投資はさほど必要としない。ちなみに、どこの国でも最初の都市ガスは水素が40%含まれるコ-クス炉ガスが用いられており、ガス管は水素混合ガスが流れることを前提に作られてきたことを付記しておく。また、欧米ではガスTSOのシステムに大規模なガスの地下貯蔵のシステムが組み込まれている。これは、主として冬季の暖房需要の増大に応えるために、ガス市場価格の低い夏場の内に安価なガスを地下貯蔵しておくもので、需要の季節変動に対応するものである。このシステムが水素混合ガスにも流用できるので、水素の貯蔵の点でも有利となる。

 振り返って我が国はどうであろうか。我が国にはこのようなTSOシステムは存在しない。国内で製造した水素を高価な液化プラントで、さらにエネルギ-を自家消費しながら液化するというようなバカなことを考えるものは世界にはいないであろう。恐らく、TSOパイプラインを整備したほうが安価となり、液化のコストも掛からない。我が国では、欧米や韓国のように手軽に水素の流通ができないのである。ロ-リ-による輸送では極めて高価になり、筆者が昔試算したところでは、太平洋側で製造した水素を日本海側にロ-リ-持っていくだけで、水素の価格は数倍に跳ね上がることになり、現実的ではない。

 もし、再エネにより製造した水素を欧米のように全国に流通させ、工場等の熱源として使用するなら、TSOパイプラインの設置とガスTSOの創設が必要となろう。物理的なパイプラインの方は、最低限、東京ガス、東邦ガス、大阪ガスの高圧管を相互に接続すること、日本海側のLNG基地と太平洋側を接続するラインが必用であろう。2022年のガス導管分離に向け、議論が深まることを期待したい。

7.おわりに

 我が国の現状は、LNGに見られるように世界で最初に初めて、世界の先端を走っているつもりであったものが、「JAPAN as NO.1」意識に安住しているうちに、気が付いてみると世界の方がはるか先に行ってしまっていることが多いように思える。欧米のガスTSOのシステムが発展・確立されてきたのもここ30年間ほどの間の事で、我が国が停滞している内に、着実に歩みを進めてきた欧米の方がはるか先に行ってしまったわけである。こういうことを書くと、「停滞していたのではなく、○○という理由があったのであり、欧米のシステムには××という問題点がある。」などというネガティブな議論が起こり、結果的に、小田原評定を再び繰り返して停滞をさらに続けることになるというのが、我が国のいままでの通例である。是非、前向きの議論をしてほしいものである。