Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.235 フロ-ベ-スの送電管理
東日本の実潮流シミュレ-ションの試み

2021年3月4日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド:フロ-ベ-ス、実潮流、送電管理、東日本、シミュレ-ション

1.概要

 日本以外の先進国や一部途上国では、送電運用はフロ-ベ-スで行われている。これらの地域では、毎日前日市場をクロ-ズする時に翌日の全取引時間区分ごとの潮流計算を実施し、その時々の需給の状況に応じ、かつ、送電制約と整合のとれた経済的な発電選択の最適解を算出している。さらにリアルタイム市場の段階では、15分前の実際の需給の状況に応じて修正を行っている。この作業の途上で送電制約に抵触する送電区間がある場合には欧州でも米国でも送電制約違反を解消するために市場により選択された発電所とは異なる発電所への変更(Re-dispatch)が行われるが、この場合も最も経済的な選択となるように変更される。この辺の基本的な流れは、米国も欧州も同じである。

 フロ-ベ-スの運用を行っている国では、送電線の整備計画などの検討の際にも、年間8760時間の潮流計算を行う。また、発電事業者が、発電所の立地地点・グリッド接続地点を決める際にも、8760時間の年間シミュレ-ションを行い、年間売電金額予測や出力抑制予測などを行い、有利な地点を選定するという話を聞いている。

 このようなTSO・ISOの行うフロ-ベ-スの送電管理のシミュレ-ションを行うソフトウェアは、欧米では電力ビジネスの現場で実用に供されているが、そのようなものの一つとして、日立ABBパワ-グリッド社のPromodという電力系統シミュレ-ションソフトウェアがある。本稿では、このようなソフトウェア用いて試みに東日本のシミュレ-ションを行った結果も併せてご説明する。

2.フロ-ベ-スの送電管理

 フロ-ベ-スの送電管理については、だいぶ以前から既にこのコラムでもご説明しているが、ここにきて漸く政策担当者の理解も得られるようになってきたようなので、今まで説明しなかった点に重点を置いて、再度、解説することとする。

 電力の需要は、以下のサンプルが示すように時々刻々と、また、需要の接続されるノ-ド(変電所等)毎に地理的にも変化している。



北海道の需要の変化の例

 このため、各変電所間を結ぶ送電線を流れる潮流も以下に東電の例を示すように常に変化している。



東京電力の千葉方面の送電線を流れる潮流例

 運用容量ギリギリの瞬間もあれば、大きく下回るときもある。平均すれば、50%前後であろう。フロ-ベ-スの送電管理では、このように毎時大きく変動する送電線の潮流の実態に合わせて送電線の管理を行うものである。このために、米国のように1時間同時同量のバランシング行うところでは毎時の潮流の予測計算に基づいて送電管理を行う。我が国では、実運用では30分一コマとして30分ごとの潮流計算が必要となる。

(1)メリットオ-ダ-による各コマの需給マッチング

 経済的な発電指令計画を作るには、各コマの需給に合わせて最も経済的な発電施設を選択し、発電指令を出す。古典的な方法では、出力変動しにくい応答の遅い発電施設から順に発電指令を出すというようなことが行われたり、ベ-スロ-ド運転してコストを下げたい施設から優先的に発電指令を出すような手法がとられていた。高負荷率のベ-スロ-ド運転をすれば、どのような発電施設も発電単価は下がるのは当たり前で、むしろ設備費が高価な石炭火力発電や原子力発電の設備利用率を上げることで高価な設備費を回収しようということであろうが、これは必ずしも公平な運用ではないということが言えよう。

 メリットオ-ダ-では、毎時の追加的な発電単価の安い施設から順に出力増の発電指令を出すことにより、コストの最小化を図っている。フロ-ベ-スの送電管理では、正確には、応答速度も含めて、時々刻々の供給計画を立てる。

 例えば、コストが中程度で応答速度の遅い発電機を一日の途中から発電計画に組み込む場合は、応答速度に応じて早めに発電指令を出し始めるというようなことがされている。調整力として確保する発電機についてもコストの安い順番に調整力として組み込まれることになる。なお、これらの作業は計算機の中で行われる。



 米国においては、エネルギ-、調整力の両者を前日市場の段階で最も経済的になるように同時に選択している。しかも、発電側の行うエネルギ-のofferも「価格-kWの関数での入札」となっており、また、発電offerを提出する時に、出力の上下限値やランプアップ、ランプダウンのスピ-ドも同時に登録することになっている。これらのデ-タに基づきISOは、前日市場の手続きの中で、最も経済的な、エネルギー調達と調整力等の同時調達を行い、さらに、緊急の出力増減が必要となった場合にも対応が可能となっている。



(2)発電offerのチェック

 発電offerに市場価格操作のための行われたものがあるかどうかのチェックが計算機により行われる。AMPと呼ばれているこのプロセスでは、
①物理的な出し惜しみ:発電設備で本来提供可能な売入札・発電計画を意図的にISO に提出しないこと
②経済的な出し惜しみ:当該発電設備が出力配分指令を受けないように、または市場の約定価格に影響を与えるように、不当に高値の売入札を提出すること。
③非経済的な電力供出:本来非経済的な発電設備であるにもかかわらず、送電混雑を起こすため、ひいてはそれによって利益を得るために、意図的に発電設備の出力を上昇させるような入札を行うこと。
の有無が判定され、不正なofferと判定された場合には、影響を緩和させたMitigationされたoffer(Mit-Set)に置き換えられる。

(3) Re-dispatchによる送電制約との整合

 このようにして経済的に選択された発電所の各コマ毎のセットと各コマ各ノ-ドの需要により潮流計算を行い、送電制約との整合が図られる。送電制約違反がある場合には、当該送電区間の前後で発電指令の修正が行われ、制約違反を解除する(Re-dispatch)。

 この場合も、代替される発電施設は、最もコストが低くなるように選択されるが、当初のメリットオ-ダ-よりは全体としてコストが増加することになる。このRe-dispatchの作業により、市場価格は送電制約区間を挟んで分裂することになり、計算上はTSO・ISOと発電所やDSOとの接点となる変電所・開閉所毎に市場価格が異なるものとなる。

 米国では、ISOが送電管理と市場運営の両者を担っているので、Re-dispatchによる価格差がそのまま市場価格に反映された結果が前日市場や当日市場の約定結果と同時に公表される。一方、ドイツでは、市場運営主体とTSOが異なるために、市場価格にはRe-dispatchの結果が反映されず、Re-dispatchは発電指令の段階でTSOから発電所に対して発動された形となる。この場合、Re-dispatchにより市場での約定結果が反古となった部分についてTSOが補償する等のRe-dispatchのコストは、TSOの運営する調整力市場からの調整力調達コストと合わせて、グリッドタリフとしてエンドユ-ザ-から徴収することになる。

(4)当日市場とRTD

 前日市場の段階では、翌日の需要予測に基づき市場運営がなされる。需要bidも予測に基づき提出されるので、必ずしもISOの期待通りの需要bidが集まるとは限らない。このため、ISOは、需要bidを満たしつつ、かつ、ISOの翌日需要予測をも満たすように発電offerを選択することになる。市場に現実に提出された需要bidを満たす部分に関しては、供給力としての約定を行い、ISOの需要予測との差分については、調整力としての約定を行う。一般に、前日市場段階で95%は決定され、当日市場で特に変更が加えられない限りは、前日市場の約定はそのまま当日市場に持ち越される。当日市場では、直前の需要の状況により前日市場段階の需要想定を修正するようなoffer、bidが、提出される。

 米国では、送電の1時間程度前に当日市場は締め切られ、AMPや潮流計算が行われ、当日市場のノ-ド価格が公表される。当日市場の約定結果は15分毎に出され、これに最終的な出力値の修正を加えて、実際の発電指令が5分毎に出される。なお、周波数維持のための指令はAGC(Automatic Generation Control)より6秒ごとに自動的に出される。

 以上のようにフロ-ベ-スの送電管理では、潮流計算が計算機上で繰り返され、実送電の瞬間まで、修正を加えながら、発電指令を出していくことになる。この場合、潮流計算では、各瞬間・各地点の需要と供給のセットが送電制約違反を起こすかどうかの確認を行い、起こした場合にはRe-dispatchにより、局所的に対応するということが行われている。ここでは、あらかじめ計画値や定格値、最悪値で送電線を占有するといった固定的なことは無く、計算機の能力をフルに用いて合理的かつ効率的・柔軟に対応している。ちなみに、相対契約に基づく送電使用は、INPUT地点の発電offerとOUTPUT地点の需要bidら分解されて、潮流計算に組み込まれる。

3.送電整備計画や発電所立地計画

 フロ-ベ-スの送電管理を行っているところでは、送電線の整備計画を立案するに際しても、年間8760時間の潮流シミュレ-ションを実施して、送電混雑の状況を正確に把握するのが常識となっている。我が国でよく行われている最悪事態の計算だけでは、年間の一瞬の数時間で年間全てを判断することになり、合理的とはいいがたい。

 欧米においては、IPPや再エネ発電などの新規施設を立地するに際しても、事業計画の策定の段階で、グリッド接続予定地点に接続した場合の年間シミュレ-ションを行い、どのくらいの電力が市場に送り出せそうか、出力抑制はどの程度になりそうかということを予測して、立地点や接続点を検討することが行われている。これに必要な潮流デ-タ等はISO等から公表されている。我が国においても、これらの先進各国に準じた潮流デ-タの公表は既に行われているので、対応可能である。

4.フロ-ベ-スのシミュレ-ションの実施例

 このようなTSO・ISOの行うフロ-ベ-スの送電管理のシミュレ-ションを行うソフトウェアは、欧米では電力ビジネスの現場で実用に供されているが、そのようなものの一つとして、日立ABBパワ-グリッド社のPromodという電力系統シミュレ-ションソフトウェアがある。PROMODは、2017年には、北米で272件、欧州で27件、豪州太平洋地域で11件等の利用があり、欧米の電力ビジネスの現場で広く実用に供されているものである。

 これを利用するには、送電系統の空間的なトポロジ-、ノ-ドとなる変電所に接続される需要や発電施設、メリットオ-ダ-の計算に必要となる発電諸元、各ノ-ド間を接続する送電線の運用容量等の送電諸元を入力する必要がある。

 ここでお示しするシミュレ-ションの例は、東日本地域の送電シミュレ-ションを筆者とIGES (Institute for Global Environmental Strategie)が行ったもので、2030年の各団体の再エネ導入目標値を現況送電線に接続した場合に再エネの出力抑制はどのようになるかをシミュレ-トしたものである。

(1)トポロジ-

 送電線は、北海道電力、東北電力、東京電力管内の送電線の内のISO、TSOの担当部分に相当する、上位二系統の送電線、北海道電力では、275kV、187kVの送電線、東北・東京電力では、500kv、250kVを対象としている。これらの送電線の接続点となる変電所、開閉所をノ-ドとしており、東日本全体では、下表の通りとなる。





 例えば、東京電力の実際の送電線配置は、上図のとおりであるが、これを計算機上では、以下のようにトポロジ-を設定したうえで、各送電区間、変電所等の送電諸元は各電力会社の公表している数値を入力している。なお、北本連系線については、2019年に運開となったものも含め、90万kWの容量としている。



東電管内の送電トポロジ-

(2)火力発電所等の入力

 火力発電所・原子力発電所は、以下のように、発電ユニット毎に入力し、東日本全体で211ユニットを入力している。例えば、富津火力発電所であれば、1号系列、2号系列等毎に入力している。また、火力発電所については、前日市場等の発電指令計画をシミュレ-トするために、各発電所の各ユニット毎に、発電容量(最大、最低出力の設定)および出力に応じた熱効率(4段階)、アンシラリーサービスに関するパラメーター、ユニットコメント(保守点検、起動時間など)に関するパラメータを設定している。なお、既存発電所接続地点は変電所の潮流デ-タ等により特定している。
北海道エリア:42ユニット
東北エリア:58ユニット
東京電力エリア:149ユニット

(3)水力発電所の入力

 水力発電については、揚水式、貯水池式・調整池式は、調整力としても利用することとし、水路式は、月ごとの発電実績に基づく供給力を入力している。また、水力発電の発電可能量は月ごとの実績値に基づき設定している。

(4)太陽光・風力発電の入力

 ドイツのネット規制庁の2018年のモニタリングレポ-トによると、2017年のドイツにおける再エネ比率は、電力需要の34%となっており、再エネの出力抑制比率は、年間2.7%となっている。



 我が国の従来の送電線運用では、先の東京電力の図にみられるように、大半の送電線は、空き容量なしの状況となっている。しかし、我が国においてもフロ-ベ-スの送電運用を導入すれば、現況送電線でもドイツと同程度の再エネの接続は可能との仮説の下に、シミュレ-ション上の再エネ導入量としては、再エネ導入量が、需要の30%前後となるものとして、以下の通り設定している。
◎陸上風力:日本風力発電協会(2019)風力発電の主力電源かに向けた提案の2030年導入目標値(陸上)。
◎洋上風力:洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会(2021)洋上風力産業ビジョンの2030年導入目標上限値。
◎太陽光:太陽光発電協会(2020)JPEAビジョン・PV OUTLOOK2050の2030年ケース。

 これらにより、本シミュレ-ションにおける再エネ導入量は、東日本地域で2018年比、風力8.9倍、太陽光2.1倍となっている。

 再エネの立地地点は、再エネポテンシャルマップに基づき市町村ごとに整理し、各立地点、各時刻への再エネ出力の按分は、2018年の各市町村の気象デ-タを用いて行っている。さらに、これらの再エネデ-タを最寄りのノ-ドと紐づけることにより、シミュレ-ションを実施している。

(5)需要デ-タの入力

 フロ-ベ-スの送電シミュレ-ションの実施には、ノ-ド毎、時刻毎の需要デ-タの入力が必要となる。本シミュレ-ションでは、基本的には各電力会社の公表している2018年のノ-ド毎の時刻別潮流デ-タを用いて、ノ-ド毎の需要デ-タを作成し、入力している。しかし、小規模な自家発電等のように配電線内で需給収支が取れている需要については、ノ-ドの潮流には現れない。一方で、各電力から公表されている時刻毎の管内総需要のデ-タには、こられの自家発電等のデ-タも含まれている。このため、本シミュレ-ションでは、公表統計に出ている中小自家発電等の発電分も加えて、全体として電力各社の公表している管内合計需要と整合が取れるようにしている。以下は、東京電力の需要の例である。



(6)シミュレ-ションのシナリオ

 今回のシミュレ-ションでは、①原発の稼働しないケ-ス、②原発の稼働するケ-スの二通りのシミュレ-ションを行っている。②のケ-スで稼働を想定した原発は、泊3号機、東通1号機、女川2号機、柏崎6号機、柏崎7号機である。

(7)シミュレ-ションの結果

 東日本におけるフロ-ベ-スの送電運用のシミュレ-ションの結果は、以下のとおりである。原発の稼働の有無にかかわらず、再エネ全体としては、需要の33%の再エネが、導入されている。



 原発が稼働すると再エネが締め出されるのではないかといった議論があるが、フロ-ベ-スの送電運用では、原発より稼働率が低下するのは、むしろ火力発電となっている。メリットオ-ダ-では、一般に、再エネ、原発、火力の順に発電指令が出されるからであろう。

 出力抑制については、以下の通りとなっており、風力発電では年間1%程度、太陽光発電では2~3%程度となっている。太陽光発電は、晴天時には各地で同時にピ-ク発電量となるので、出力抑制が発動される頻度が若干高くなるが、いずれにしてもドイツ並み以下の出力抑制に留まっている。フロ-ベ-スの送電運用を行えば、我が国においても現況送電線のままでも、少なくともドイツ並みの再エネ導入は可能であるということを示している。



 下図は、北海道における発電指令のシミュレ-ションの例であるが、我が国は水力資源が豊富であるので、水力発電により太陽光・風力の出力変動が良く調整されていることがわかる。ドイツより出力抑制が少なめになっているのは、ドイツの2017年の再エネ導入比率より、今回のシミュレ-ションの導入比率がやや少ないという点に加えて、水力による調整の効果も貢献しているのではないかと考えられる。



5.おわりに

 フロ-ベ-スの送電運用を行えば、少なくとも送電に関しては、我が国においても欧米と同様の土俵の上に立った議論が初めてできるようになるのではないかと考えるところである。経済産業省の我が国の将来を見据えた前向きの検討を期待したい。