Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.239 テキサス停電が問う電力市場モデル

2021年4月1日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:テキサス停電、ERCOT、競争市場、異常気象

 2月中旬に120年振りの大寒波が北米を広く襲ったが、特に通常は気温が高い中西部、南部沿岸地帯は深刻な被害が生じた。全米第2位の経済規模と人口を擁する南部州であるテキサスは、エネルギ-、水道、交通等あらゆるインフラが機能不全となり社会・経済活動に大打撃を受けた。延べ5日間に及んだ計画停電がクローズアップされるが、ガス設備の凍結・価格スパイク、水道設備の凍結・破裂による影響も甚大である。今回は、テキサス州の停電に焦点を当てるが、ガス不足の影響をも織り込んで解説する。

1.2021年テキサス大停電のタイムラインと特徴

 テキサスは南部州であり、平均気温は高く、設備や生活様式は夏仕様である。今回の寒波で、州全域に積雪・凍結が生じ、気温は大きく低下した。2月16日の気温を見ると、ダラス市-15℃、オースチン市-14℃、沿岸に近いヒューストン市で-11℃となっている。沖縄県が一気に北海道になったようなインパクトである。東京でも降雪が続くと交通がパニックになる。防寒対策が十分で灯油が行きわたる北海道でも、冬季に停電が生じると死活問題とされる。テキサス州の混乱は想像に難くない。

2000万kW需要削減 緊迫の5日間(2/14~19)

 同州電力需要の約9割は独立運用機関(ISO)であるERCOTの管轄となるが、図1はERCOT管内において、この冬最も逼迫した時期の電力需給推移を示している。横軸は時間で、ERCOTおよび市場参加者が大寒波来襲を確信した2/8から計画停電が終了した翌日の2/20日迄である。縦軸は時々刻々の電力需給量(kW)であり、点線は予想需要量、実線は実際の需要量(削減後)で、実線の下のカラー表示は電源種毎の供給量である。14日には当期の最大需要を記録し、15日1時23分から19日10時32分まで、105時間に及ぶ制御された停電(Controlled-Blackout)が続いた。2000万kWもの需要削減が短時間で行われた。本来は限られた時間で輪番に行われる計画停電(Rolling-Blackout)が実施されるが、後述のように発電停止が多く生じ、計画通りとはならなかった。

図1 テキサス停電時の需給推移(2021/2/8~2/20)
図1 テキサス停電時の需給推移(2021/2/8~2/20)
(出所)ERCOT資料を基にEIA(Energy Information Administration)作成

夏季ピークを超える需要予想に走る緊張

 需要を見ると、2月9日入り後に実需要が予想需要を大きく上回り始める。想定以上に気温が下がったことを示している。13日以降は予想量は更に増えるが、実需要はそれを下回るようになる。これは、市場価格がスパイクし自主的な需要削減が生じたことと考えられる。実は13日7時のおけるERCOT予想は衝撃的な数字を示していた。15~16日に夏季ピーク実績(74,820MW)を超える76,000MWとなっていたのだ。もちろんこの情報は全ての市場参加者が共有こととなり、市場に緊張が走った。9時にリアルタイム市場価格は上限の9000ドル/MWhに接近し、14日には前日市場価格が7000ドルに達している。(図2)。

図2 ERCOTの前日・リアルタイム市場価格の推移(2021/2/13~21)
図2 ERCOTの前日・リアルタイム市場価格の推移(2021/2/13~21)
(出所)ERCOT

 2/14(日)に気温が更に低下し、電力需要が急増していく。ERCOTは8:30に節電要請アラートを発する。19:06には冬季ピーク需要を大きく更新する69,220MWの需要量を記録する。同時に供給力が急減し需給はひっ迫して11時30過ぎには運転予備力が300万kWを下回る。15日の0:15に需要制御を含む緊急時運用に入るが、1:23には第3ステージの計画停電(Rolling-Blackout)に踏み切る。凍結による発電設備停止は14日には既に始まっていたが、次第に増えていた。

4分37秒の危機

 しかし、強制停電入り後に発電停止は急増し(垂直落下のように)、需給バランスをとるために需要削減を繰り返した。計5回、約1000万kWを40分間で実施する。この間、周波数は59.3Hzまで低下し、「あと4分37秒で全面ブラックアウト」という状況に追い込まれた。その後も電源停止は続き16日までに計2000万kWの需要削減を実施する。17日に入り少し寒さが緩み、予想需要が減少するとともに供給量が回復し、需給ギャップが縮小する。そして19日の10時32分に計画停電終了が発表される。その後も停電は続くが、最大450万軒ともいわれる停電は減少する。

エンジン2つが停止した状態でのランディング

 このように、120年来の寒波により、短時間の需要急増と供給急減というとダブル衝撃に見舞われ、「2つのエンジンが停止した状態でのランディング」を強いられることとなったのである(前ERCOT理事談)。従って、対策としては、需要・供給両面において検討すべきということになる。需要面では、不十分であった省エネ対策の実施に尽きる。供給は防寒対策である。いずれにしても、センチュリー頻度の超稀少事象への対応であり、費用対効果をどう考えるかが課題になる。以下では、供給面に焦点を当てて解説する。

2.今次危機から議論される供給対策

最大の供給不足要因はガス火力の停止

 供給面では、凍結の影響を受けてあらゆる発電設備が停止や出力低下を余儀なくされたが、特にガス火力停止の影響が大きく、ERCOTも当初から指摘している(図1)。停電開始前後は、風力停止の影響が喧伝されたが、概ね冬季最低出力予想を上回っている。ERCOTでは、発電電力量に占めるガスの割合は53%で全米平均の39%を大きく上回る(2020年速報)。風況が悪くなる冬季はガス依存度は6割程度に上がる。ERCOT内供給可能量約8300万kWのうち約1/2が停止した。計画停止もあるが多くは凍結によるものである。ガス火力は約5000万kWあったが、計画停電開始前後で約2000万kWもの設備が停止に見舞われた。うち900万kWは燃料不足によるものと推定されている。

ガス生産は半減 ガスと電力の連携不十分

 テキサス州は全米最大の石油・ガス生産量を誇るが、今次寒波の天然ガス生産・流通への影響は非常に大きく、凍結により天然ガス生産量は約1/2に減少した(図3)。全米でも2割減少したが、防寒対策が不十分であるテキサスは突出した水準となった。また、ガス市場価格は各地で暴騰し(図4)、電力価格に大きな影響を及ぼした。

図3 テキサス州の天然ガス生産量推移(2016/1~2021/2)
図3 テキサス州の天然ガス生産量推移(2016/1~2021/2)
(出所) EIA 一部加筆

図4 米国主要取引所の天然ガス価格(2021年2月)
図4 米国主要取引所の天然ガス価格(2021年2月)
(注)2021年3月2日のHenry-Hub価格は2.87ドル/MMBtu
(出所)EIA

 汽力発電は冷却設備の箇所を主に凍結したが、ガス生産量半減の影響は甚大であった。電力とガスの連携が弱いことも浮き彫りとなった。化石資源に恵まれるテキサス州では、冬季のガス利用量は大きい。ガスは緊急時の優先供給先は決まっているが、発電所向けは優先供給先となっていない。一方で、強制停電を実施する際に残しておくべき施設にガス生産設備は必ずしも含まれていない。多くのガス事業者は優先給電設備への登録を怠っていたことが判明している。図1でわかるように、計画停電開始直後に稼働設備が急減(停止設備が急増)するが、「電力不足→ガス設備凍結・生産減少→発電停止・電力不足→ガス生産減少」という悪循環に陥ったことも大きな要因となった。

3.「テキサスの競争市場」の評価は下がったのか

モデル通りに動いた市場価格

 米国のISO/RTOモデルは、卸取引市場を最も重要な市場と位置付けている点では同一であるが、エナジーオンリー市場であるテキサスは特に市場価格の指標性を重視する。今回は価格はどのように動いたのだろうか(図2)。12日(金)には州政府として緊急事態宣言を出しており、ERCOTも1週間前より需給予想を提示し、前日そして当日とより正確な情報を提示している。リアルタイム市場価格は、11日に一時4000ドル/MWh、13日に上限値9000ドルに近い水準まで高騰し、14日には前日市場価格が何回か7000ドルを記録している。このシグナルにより予想需要量と実需要量の乖離は縮小している。すなわち需要減少、供給増加の効果があったと考えられる。前述のように、13日7時時点の需要予想値は夏季最大ピークを超える値を示してる。

 15日早朝から始まった計画停電の間は、PUCの指示を受けて上限の9000ドルに張り付いたが、19日午前の計画停電終了発表後は急速に低下しノーマルな状況に戻っている。指標として機能したと考えられる。著名な電気工学の学者でERCOTモデルの生みの親であるハーバード大学のホーガン教授は「モデルの通りに働いた」と評価している。

独立系統はテキサス成長の基礎

 今回のテキサス大停電は、色々な意味で非常に多くの関心を集めている。ERCOTは、いくつか特徴があり「テキサスモデル」と称される。特に①系統が独立しており電力制度において連邦政府の規制を受けない、②電力の価値を販売電力量(kWh)に限定している「エナジーオンリーマーケット」である、の2点に集約される。

 前者については、一般的には、経済的にも信頼性の面でも他の系統と繋がっている方がベターであるとされ、将来連系される可能性は否定できない。しかし、テキサス州は約200年前にメキシコから独立して以来、その州旗に象徴されるように「ローンスター・ステート」であり、憲法上住民が望めば独立も可能である。独立系統に拘るのは、連邦政府の規制を嫌い、透明性のある競争政策を基本方針として掲げているからである。同州は、経済面も技術面でも著しい成長を遂げ、米国の成長センターとしての実績がある。もちろん豊富なエネルギ-資源が賦存し、自給できるとの自信もある。今回の停電は、隣接州も軒並み停電となっており、仮に連系していても効果は期待できなかった。今後も連邦政府と一定の距離を維持するしていくと考えられる。

容量市場とは無関係

 ②は容量市場をもたないことと同義である。それが供給力不足を招いたとの指摘もあるが、話はそう簡単ではない。発電可能量(kW)は十分にあったが、凍結や燃料不足で稼働できなかったのである。容量市場では、逼迫時にも稼働できるように準備しておく義務(リクワイアメント)があるので防寒対策を施していたはずである、という主張がある。しかし、今回のような想定外の寒気への対策をとっていた保証はないと考える。100年一度の厳寒対策を求めていたとしたら、容量市場に応募しないだろうし、応募したとしても実施せずにペナルティ支払いを選択するであろう。仮に防寒対策を施していたとしても、ガス生産設備が未対策の場合は無意味となる。

価格機能に最も忠実なシステム

 また、エナジーオンリー市場は待機している価値(kW)は認めず、販売してはじめて価値が付く(kWh価値)。設備投資やメンテナンスを含めて販売価格でのみ回収する。この状況では、市場価格が全てを決める最重要指標となり、市場参加者は常に前日市場やリアルタイム市場の価格を注視し、自身の行動を決める。再エネ、需要反応、蓄電池を含め分散型資源が主役になる時代は、価格機能に従って行動する以外に制御方法はないとの指摘は多い。その意味では、先頭を走っていると評価されている。

 ERCOTは、kWh価格であっても運転予備力(ΔkW)が一定以下に減少すると約定価格に上乗せし、上限値9セント/kWhまでスパイクさせるシステム(ORDC:Operation Reserve Demand Curve)を導入し、投資回収を促している。上限値に至っても需給が改善しない場合は、緊急時運用に入り、需要を削減する手段を講じるのである。今回はまさに手順通りに需要削減に踏み切った。緊急時運転に入る際に、監視機関であるPUCの判断を仰ぎ、市場価格は上限値設定とした。異常気象の影響で、両肺機能不全運転を強いられたなかでの着陸は、ERCOTの機能が優れている証だと考える。

価格見直しは市場不信と混乱を招く

 上限値は計画停電が終了するまで続いた(4日間強、105時間)。この間の市場取引額は480億ドルとの試算もあり、これは通年の4~5年分に相当する。誰かが利益を得て誰かが損失を被る。上限価格を継続したことに対する批判もあるが、PUCやERCOTは「引き続き需給は不安定であった。価格の引き下げは間違ったメッセージを送る懸念があった。調達価格が高騰している中で発電事業者に稼働を促すには販売価格を維持することが不可欠だった」等の主張を一貫して行っている。前述のように、ERCOTモデルの生みの親とも言われるハーバード大学のホーガン教授は「モデル設置通りに動いた」としている。

 また、PUCおよびERCOTは、価格再設定は困難であると主張する。夥しい数の市場参加者は、市場価格にて自身の行動を決めるが、再設定により市場価格の信頼が揺らぐと、それは取り返しのつかないことになる。市場では誰かが利益を上げ誰かが損失を被るが、これのリシャッフルは新たな不満を引き起こし収拾がつかなくなる、と懸念する。

3.まとめと考察

 今回のテキサス停電で判明したことは、①異常気象への備えは十分ではなくWeatherization(異常気象対応)が必要、②各種インフラの連携は非常に重要、③災害時のコミュニケーションは非常に重要、④価格シグナルに頼るシステムは一旦綻ぶと巨額取引を誘発する等である。①の防寒対策(Winterization)は費用対効果の面で簡単ではないが、何らかの工夫が必要となる(ガス貯蔵設備の整備が有効との指摘がある)。②は、喫緊の課題であり、石油・ガス産業と電力産業との連携を図る必要がある。テキサス州では、上下議会にて法案が審議されているが、両産業を一元的に監視する機関の創設が目玉となっている。石油・ガス産業がどの程度まで真剣に受け入れるかがカギとなる。

 また、電力市場設計に係る議論は生じてはいるが、明確な結論は出ていないし、出そうにない。どのような制度であれ、どの地域であれ、センチュリー単位の異常気象が生じる場合の対策は現状備わっていないのである。連邦エネルギ-規制委員会(FERC)は、2月に異常気象が市場に及ぼす影響や対策に係る調査を開始すると発表した。規制か競争か、エナジーオンリーか強制的容量市場かという対立を超えた課題であるように思える。競争市場、価格機能に代わるシステムは見当たらず、これまでのように、課題解決を継続していくことになるのだろう。

 最後に、テキサス停電問題と日本で生じたこの冬の需給逼迫と市場価格高値はりつき問題とを比較してみる(「No.238 電力卸市場高騰はどうして生じたのか」)。120年来の大寒波vs数年来の低温、市場価格は指標性を発揮vs指標性に疑問、市場価格は停電終了後直ちにノーマルにもどるvs平時で一ヶ月間高止まり、市場運営機関および監視機関のボードやトップは辞任vs誰も責任を取らず等であるが、これに関しては機会を見て解説したい。