Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.240 革新的資金調達メカニズムとしてのEUタクソノミーを巡る国際的な動き

No.240 革新的資金調達メカニズムとしてのEUタクソノミーを巡る国際的な動き

2021年4月8日
元・京都大学大学院経済学研究科特任教授 加藤修一

キーワード:グリーン刺激策指数 GSI  EUタクソノミー 原子力 JRC  DNSH RIA

グリーンリカバリーに示されたEUタクソノミーの効き目

 今日、SDGsは、広く行きわたっている。この前身はMDGsであり、その達成に必要な資金調達の枠組みを革新的資金調達メカニズム(IFM)と総称していた。ODAを補完し、気候変動・貧困・疫病など地球規模的問題に取り組む資金調達のツールになっていた。今までに国際医薬品購入ファシリティー(UNITAID)、予防接種のための国際金融ファシリティー(IFFIm)、航空券連帯税などがある。一方、気候変動による影響は、増々深刻化し、的確な応戦のための資金は、膨大であることからEUは、野心的なグリーンタクソノミーの導入に踏み切り、最近は進化を遂げ地歩を固めつつあるようにみえる。

 2020年、各国はコロナ禍の混乱に対応して競ってグリーンリカバリー政策を推進してきた。果たしてこれらの“グリーン化”は経済復興にどの程度寄与しているのか。分析結果が出始めている。そこでグリーン刺激策指数(GSI、※1)による総合評価を示すことにする。

※1:この指数は、英国のVivid Economicsコンサルタントの開発による指数で「カーボンゼロ」への移行状況を“財政支出”で把握する指標の一つである。他にOxford Recovery Project, Climate Action Tracer, IMFの指数がある。

図-1 25ヶ国のグリーンリカバリーとEUタクソノミーの効き目 - 先行するEU
図-1 25ヶ国のグリーンリカバリーとEUタクソノミーの効き目 - 先行するEU

 青の柱状グラフは、ポジティブな政策、エネルギー部門でいえば、グリーン投資への融資とグラントなどとなる。一方の赤の柱状グラフは、ネガティブな政策、例えば、環境に有害なインフラ投資などである。この2つ政策の総和が、黄色菱形の総合評価(図-1、黄色菱形)になる。この分析によると、EUが、首位を先行している。EUのリカバリーパッケージ(Next Generation EU)は、最も環境に優しく、 7500億ユーロの内37%は、化石燃料への依存を減らしエネルギー効率を高め、自然資本の保護と回復に的を絞った投資となった。同様にEU加盟国に対するリカバリー融資や助成金についても同じように行った。このことが、効果的に作用している。USAは16位。日本はネガティブ面への刺激策(赤色)の活動が、依然として多く10 位にとどまる。日本のGSI 分析は、ポジティブ指数は小さく、ネガティブ指数はEUより大きい結果である。首位のEUは、従来から環境政策に熱心なことからも先行しているが、これに加えてEUは、「タクソノミー規則」を導入によって、環境基準である「重大な害とならない(DNSH)原則」等が、効果的に働いたのではないか、と分析されている。資金が本来行くべきところに行ったとの分析である。

ASEAN諸国のグリーンファイナンスのハブ構想に挑むシンガポール

 以上の調査結果で下位に甘んじているのが、シンガポール(23位、図-1)である。最近、独自のタクソノミー(案)として、「シンガポール版タクソノミー(案)」を公表した。これは、アセンアン諸国の基準化を目指し、グリーンファイナンスのハブを目指す野心的な案である。

図-2 「シンガポール版タクソノミー」の構造
図-2 「シンガポール版タクソノミー」の構造
注)DNSH: Do No Significant Harm、重大な害とはならない
資料:MAS(シンガポール金融局),GFIT(Green Finance Industry Taskforce)の関係資料より、筆者作成。

 本案はEUタクソノミーと中国の国家発展開発委員会(NDRC)の「改定版グリーンカタログ」を参照している。事業分野は、4分野(図-2)を取り上げ、経済活動は、DNSH原則、地域の社会・経済的厚生に負のインパクトを与えないこと、地域の法規則に反しない等の基準を持つ。肝心のグリーン分類は、グリーンとトランジション(移行)の対象となる事業を8分野とし、石炭火力はトランジションの対象外と定め、交通シグナル方式の3分類を取り入れた(図-2)。グリーンは、グリーンファイナンスとして資金調達の可能性が拡大。イエローは(グリーンに向けた)トランジション段階。この経済活動は、鉄鋼業やセメント業等を想定。現時点で経済社会の必須産業で代替手法が現時点で無い技術と定義。本事業のCO2排出量を最大限削減させるファイナンスと定義した。レッドは、ファイナンス対象外。石炭火力、上流の石炭鉱山を例示し、この経済活動は、既に代替的な再エネ等が、十分対応できると判断している。以上の様にタクソノミーの展開は、シンガポールの他、中国は自国版のタクソノミー「グリーンボンドカタログ」を公表。カナダ、マレーシアなども策定を進めている。以上のように日本の周辺諸国においても賑やかになりつつある。

国際潮流に向かう兆しか、タクソノミーの加速

 日本国内のタクソノミー議論は、必ずしも盛んとはいえない。メディアも比較的静かなようであるが、国際的な議論は、特に国際的なプラットフォーム(IPSF)からも盛んである。EUタクソノミーの背景については、パリ協定、SDGs、2050年気候中立などの環境を特に強調されてきたが、経済政策と密接であることは、改めていうまでもない。将来競合することがありえることからも日本は、国際金融市場において劣後にならないように何らかの対応をとる必要がある。最近のタクソノミーの動きとして、見逃せないのは、NGFSの動きである。NGFSは、各国の中央銀行や金融当局の権威ある国際機関である。グリーンファイナンスを加速化させ、気候変動に関して中央銀行に推奨事項を示し政策として促進させる役割を担っている。最近の動きで特に重要な内容は、2つの報告書(参考資料1),2))である。その指摘は、国際的に共通したタクソノミーの利用が望ましい。

図-3 将来導入すべき仕組みは?
図-3 将来導入すべき仕組みは?
資料:参考資料1)

 世界の金融機関は、EUタクソノミーを将来的に検討しているところが多い(56%)(図-3)と公表したことである。また、(1) ロバストで国際的に一貫した気候/環境関連の情報開示の確立、(2)経済活動におけるタクソノミーの開発支援の提言、更にはグリーン/非グリーン/ブラウンの潜在的リスク分析の現状を踏まえ、タクソノミーの適用条件を精査し、金融当局の今後のタクソノミー導入のための「ガイド版」を作成し公表したことである。

 また昨年、国際資本市場協会(ICMA)のサステナビリティ部門責任者が、基本的認識として、EU タクソノミーの枠組みを将来のサステナビリティ・リンク・ボンド等の基準に活用する考えを示した。これに合わせるかのようにEUは、タクソノミーの進化版として、サステナビリティ・リンク・ボンド等の拡大の検討を始めている。以上の様にタクソノミーの流れが加速している。日本は、EUタクソノミーの動きに留意すべきである。気がついた時には各国の自国版や特にEUタクソノミーが、デファクトスタンダードになっている可能性も否定できない。

“原発など”残されたタクソノミーの論争的課題

 EUタクソノミーの実施に伴う日本に対する影響を考えると、EUはカーボンリーケージを回避することも理由に挙げながら国境調整環境税の導入を検討していることである。日本にとって輸出障壁になりかねない。更には長い間にわたり論争が続いてきた森林系バイオマスの炭素中立問題がある。環境専門家や市民グループが、タクソノミー関連からも論争してきたが、ECのJRC(合同研究センター)が調査研究レポートを公表した(図-4)。結論は、EU諸国間での精緻なデータ収集が十分でないと指摘しているが、結論は両論併記の様なものである。今後、この報告書を巡って議論が更に深まることを期待する。

図-4 森林系のバイオマスの最新のJRCレポート
図-4 森林系のバイオマスの最新のJRCレポート

表-1  EUタクソノミーの適格性議論の渦中にある原発 - その経緯
表-1  EUタクソノミーの適格性議論の渦中にある原発 - その経緯
資料:EUACTIVE,ECレポートなどより、筆者作成。

 次に、原発とタクソノミーとの論争である。この論争は根深い。EUタクソノミーの策定中から原発は持続可能な技術として投資を続けるべきか、否か。論争が続いている。資金の流れを持続可能でない技術から持続可能な「グリーン」な技術に変えることが、EUタクソノミーの狙いであるが、グリーンに分類されないと、資金調達において原発は劣後となる。原発推進であるEU内当該国は、タクソノミーから除外されることを避けるために猛烈なロビー活動をすすめている。タクソノミーに示されないことは、投資引き揚げ(ダイベストメント)の対象にもなる可能性があり、初期投資が巨額で資金調達が新規建設の障害になりがちな原発建設の存続にとって死活問題にもなる。しかも世界の原発の未来にも影響が及ぶと考えられている。現在もグリーン化を巡って地球温暖化抑止のために原発は必要とする論陣と、放射性廃棄物が出るため持続可能とは言えないとする論陣と強烈なぶつかり合いがある。

原発燃料が侵害するDNSH基準とTEGの見解

 タクソノミーと原発の経緯(表-1)を簡単に示した。ECのタクソノミー技術専門家グループ(TEG)は、「重大な害とならない(DNSH)原則」に従って、原発から排出される使用済核燃料等の高放射性廃棄物(HLW)について、長期的なマネジメントに言及し、放射性廃棄物の管理などで他の環境分野に悪影響が及ばないかという点について原発関係事物は非常に複雑で評価が難しいと指摘。原発利用の全体体系が生態系等に及ぼすリスクに関しては、ピアレビューの結果や科学的な証拠を入手したと同時に、悪影響を抑える先進的リスク管理の手続や規制についてもエビデンスを得ている。しかし、TEGは高レベル放射性廃棄物深地層処分場の例を挙げ、現状では安全で長期的に利用可能な地下処分場が、世界のどこにも存在していない。実験等に裏付けられた確固たるデータが不足していると強調し否定的見解を示した。今まで資金使途においては、国際的なグリーンボンド原則(GBP)などにおいては、原子力、石炭火力発電、大規模ダムの3業種を「除外」してきた。しかしそれに関して明確な根拠を示したわけでなく曖昧であった。その意味では、TEGによって、一定の否定的理由付けがされたことになる。

図-5 タクソノミーのDNSH基準に関する原子力のEC技術評価
図-5 タクソノミーのDNSH基準に関する原子力のEC技術評価

 この様な背景からTEGは、原発の全体体系が環境に深刻な悪影響を及ぼさないと結論付けることはできず、現段階で原発をタクソノミーに含めるよう勧告することはできないとした。但し今後、「原発技術や環境影響について深い専門知識を有するグループが、原発について一層幅広い技術評価を実施することを推奨する」と提案した。その推奨に対する具体的なEC側の反応が、2020年7月、JRC(Joint Research Centre )に対する調査指示である。そして、これに対するJRCの調査研究“草案”が、本年3月末の報告書である(図-5)。

「JRC調査報告“草案”」は原発容認か?

 TEGの「原子力について一層幅広い技術評価を実施することを推奨する」という結論が、「JRC調査報告草案」となった。その草案は原発をタクソノミーに容認した。JRCの結論は、「原発は、グリーンラベルに相当する」である。“草案”の意味は、これが結論を確定したのではなく、この報告草案をもとに今後2つの専門委員会において、約3ヶ月の精査が始まり、その結果をもとにECが最終裁定することである。この草案は、「原子力エネルギーが他の発電技術よりも人間の健康や環境に害を及ぼすという科学に基づく証拠を明らかにしなかった」と述べ、深部地質層での核廃棄物の貯蔵は「適切かつ安全」であると考えられているが、「技術と解決策はまだ実証と試験段階にあるため、現在、長期的な運用経験はない」ことを認めている。「必要な期間の生活と環境において、高レベル放射性廃棄物と使用済み燃料は、地層処分場での最終処分が人間に重大な害を及ぼさないことを保証できる最も効果的で最も安全な解決策であるという科学、技術、規制のコミュニティの間で幅広いコンセンサスがある。」とした。

JRCは独立性が高いのか

 このような内容の草案に関しては、いろいろなコメントが飛び交っている。オーストリアを含む原発反対加盟国やいくつかの環境団体は、原発燃料に反対して、有害廃棄物と最近の原発事業の遅れや急増コストを指摘し、更にグリーンピースのEU政策顧問は、「原子力発電は高額であり、新しい原発事業が霧散しているため原子力産業にとって資金調達の切望に対応する」ものだと述べている。一方、原子力産業のロビーグループは、「原子力は、現在のタクソノミーの下で持続可能と考えられている他のどの発電技術よりも人の健康や環境に害を及ぼさないことを明らかにしている」と述べた。

 JRCというEC内組織に対する指摘もある、そもそもこの研究組織JRCは、1957年に設立された「構造的に原発に賛成する委員会」であると指摘され、特に、JRC報告書の独立性に疑問があると指摘されている。グリーンピースの指摘は、JRCが、今日幅広い研究分野に根差すわけでなく、その歴史的な発祥経緯からいって、「依然として原子力研究はその活動の25%を占めている」と主張し、しかもその研究費用として今後、欧州原子力共同体(Euratom)が、2021年から2025年の期間に5億3200万ユーロをJRCに提供することを明確に示した。ECは、JRCが1957年の創設以来、「原子力に関する広範な技術的専門知識」を獲得してきたと主張し、以上の反論に対しては無視しているようである。まだまだ論争は続きそうである。

今後のタクソノミーの動き ・・・・・

 EUタクソノミーの状況は、「規則」が施行され、委任法が施行するまでには、時間があり、課題も残されている。EUタクソノミーは、社会経済的な仕組みを大きく変える野心的なものであり、動かしつつ課題解決することもあろう。経済活動における“ブラウン”という分類の提唱もあり議論も続いている。一方、今年になって、アジアにおいてシンガポールが、ASEAN諸国を対象に入れた自国版タクソノミーの導入を目指している。日本は一国にとどまることなく、少なくともアジア諸国と連携する資金誘導の仕組みについて、タクソノミーを含めて考えるべきである。まだ、決して遅くはない。