Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.241 東電の企業風土を変える難しさ~相次ぐテロ防止の違反で信用失墜

2021年4月15日
  京都大学大学院経済学研究科 特任教授 竹内 敬二

キーワード; 原発、東電、企業風土、テロ防止

 原子力規制委員会と東京電力の対立が深まっている。東電によるテロ防止策での違反が続き、規制委はこれらを重視して、事実上の「原発運転禁止命令」を出した。問われているのはずさんな違反を繰り返す東電の「体質、企業風土」だ。東電はこれまでも不祥事や事故の度にその改革に取り組んできたが、今回の信用失墜で、また一からの出直しになった。

1、核防護上の重大な不祥事が続く

 今年2月、原子力規制庁の検査官が新潟県にある東電の柏崎刈羽原発(7基、停止中)を抜き打ち的に検査したところ、テロ防止のため侵入者を検知する装置が、昨年の一定期間、壊れたまま放置されていたことが分かった。

 規制委は「規制委の発足以降、検査で見つかった中で最も重大な例」として、東電に対し「核燃料の搬入などを禁止する是正措置命令」を出した。これは事実上の原発運転禁止命令だ。6月にも予定された柏崎刈羽原発の再稼働は見通せなくなった。

 東電では、昨年9月に社員が別の社員のIDカードを使い原発の中央制御室に入室していたことも、1月に発覚した。核防護上での重大な違反が相次いでいる。

2、「おごり」、「過信」。問われる原発企業の風土

 二つの違反は、核物質を扱う企業が守るテロ防止の「基本動作」だ。それを軽く、ずさんに破っている。当然、こうした不祥事が社員集団の目の前で許されるとすれば、その風土が問題になる。東電の小早川智明社長も「おごりや過信がなかったのか、根本的な原因の追及が大事」と反省を語っている。

 小早川社長が感じている通りだろう。侵入検知装置が故障していても、おそらく東電の担当者は「まさか、核物質を狙う侵入なんてあるはずがない」と思っただろう。米国の原発では常に警備員が自動小銃をもって警備しているが、「ここは日本、大丈夫」という過信があったのではないか。しかし、核防護では世界標準の対策が求められる。

 IDカードの流用では、警備員が「カードと別人」であることに気づいても、東電社員はそれを無視して入室していた。カードの認証エラーが出ても、警備会社員は東電社員の求めに応じて、後で個人識別情報を書き換えていた。調査報告書では「東電社員には警備業務を尊重する気持ちが不足していた」と「おごり」を指摘されている。ともあれこんな荒っぽい違反の前には、どんな精緻なシステムをつくっても無駄である。

 日本ではしばしば電力会社の企業風土が問題になる。原因の一つは原発だ。原発は国策民営と呼ばれるように、国と電力会社の二人三脚で開発が進められてきた。国の命運をかけたプロジェクトだけに、少々のトラブルがあっても、政府は原発を守る、原発企業を守るという雰囲気があった。

 さらに原子力は秘密だらけだ。原発や核物質については、「セキュリティー上の問題があるから言えない」といえば、多くの情報を秘密にすることができる。この特殊性の陰に隠れて、ずさんな運用も外に知られずに済むことがある。今回も一般には「どんな侵入検知装置があるかは秘密です」と言いながら、実際は故障していたということになる。秘密性の高い原子力を扱う特別な会社に過信などが加わった場合に、小さな決まりごとの軽視、情報隠しなどが起こりやすいといえる。

3、東電、「原発トラブル隠し」で改革に取り組む

 これまでの歴史を振り返ると、データ改ざんや情報隠しでは、東電が問題になることが多かった。東電もその度に改革を試みてきた。



 《原発トラブル隠しの発覚》2002年、東電が多数のトラブル情報を隠していたことが発覚した。(表1)。

 東電は調査報告で「原子力部門が限られたメンバーの同質化された社会で自分の意見を言い出せない組織風土があった」と反省した。謝罪の姿勢を示すために、当時の南直哉社長、荒木浩会長ら最高幹部4人が辞任するという異例の対応をしたうえで、本格的な組織改革に取り組んだ。

 原子力分野のトップに火力発電出身者が就任するなど人事の仕組みを変えるとともに、「『4つの約束』~『しない風土、させない仕組み』」という魅力的な語呂のタイトルをつけた改革に取り組んだ。(表2)。とくに原子力部門が社内でも独善的なグループを形成していたことを反省し、「第三の約束」では「企業風土の改革」という言葉を正面から掲げた。ただ成果は不明のまま、9年後の2011年に福島原発事故が起きた。



 《福島第一原発の事故》(表1)2011年の福島第一原発の事故では、過信による過酷事故への備えの不備など、さまざまな企業風土の問題点が露呈した。東電の幹部は事故前に、社内会議で「高さ約15メートルの津波が」くる可能性を提示されたのに、対策を取らなかった。「まさかすぐに巨大津波が来るはずはない」と考えたのだろう。

 チェルノブイリ原発事故のあと、東電を含む沸騰水型原発は過酷事故への備えとして「ベント」(放射性物質を含むガス抜き)設備の設置を求められた。電力業界は「日本では過酷事故は起きないからそんな設備は不要」と言いながらも、従った。過酷事故となった福島事故では、すぐにベントが必要になったが、訓練不足、準備不足で、一部を除き満足なベントができなかった。

 福島事故を検証した民間事故調の報告書は、「『人災』の本質は過酷事故への備えにおける東電の組織的怠慢。背景には原子力の安全文化を軽視してきた東電の経営体質と経営風土に問題が横たわる」と批判した。

 また国会事故調査委員会の報告書は「規制される立場と規制する立場が逆転し、監視・監督機能が崩壊していた。規制当局は電力会社の虜=とりこ=といえる状態で、安全文化とは相いれない」と、東電の「おごり」と規制当局の無気力が、規制を大きくゆがめていたと批判した。

 《柏崎刈羽原発の保安規定の改定》福島第一原発事故の後は、東電は安全対策の強化、風土改革に取り組んだ。新設された規制委との間でも一定の信頼関係を作り、規制委と議論の末、7項目の「電力事業者としての基本姿勢」にまとめた。(表3)。2020年、それを原発の運用ルールである「保安規定」に加えることで、規制委も「原発を運転する企業としての及第点」を与えた。内容は「いつでもどこでも、原発の安全性を考えて行動する」という「決意」であり、02年の「4つの約束」と通じるところもある。



5、まとめ、福島後の努力も水泡に、一からの出発

 この7項目は、福島事故のあと、東電と規制委がたどりついた企業風土改革の一つの到達点だったともいえる。

 この努力も今回の2つの核物質防護上の違反で多くが崩れてしまった。今回の行為の深刻さは、ずさんな違反が「何をやっているか分かった状態」で意識的に行われている点にある。「ちょっとしたミスだった」というような弁明の余地はない。

 東電と二人三脚で安全文化を作ってきたつもりの規制委にも衝撃だ。「東電の核防護や安全についての意識のレベルは、本当はどの程度か」「約束は紙切れか」を考え直さざるをえないところに追い込まれている。

 技術的な点でいえば、これまでの東電の改革をみると、どちらかと言えば安全性(safety)へ力が注がれ、「もう一つのS」である核防護(security)への配慮が薄かったともいえる。核防護では日本ではリアルな危機感が薄く、小さな違反が大事に至るイメージがなかったのか。

 今後は不透明だ。原子力規制庁は「東電に自立的な改善能力があるかどうかを問う」といい、花角英世・新潟県知事は「東電に原発を動かす能力があるのかを問いたい」といっている。

 「自立的な改善能力」や「原発を動かす能力」は、言い換えれば「安全の文化」や「企業風土」と同じものだろう。大企業そのもの、あるいは多数の社員を、こうした一つの規範で評価するのはそもそも難しい。しかし、原発は一つの操作ミス、一人の判断ミスが福島事故のような悲惨な結果をもたらす可能性があるので、関係者全員に高い自律性が求められる。ただ評判は少しずつ蓄積されても、少数の違反で簡単に崩れる。

 規制委は今回、東電が原子炉等規制法に違反したとして是正措置命令を出した。これを軽く見てはならない。同様の命令は2度目。前回は2013年5月、大量の機器の点検不備が露呈した高速増殖炉もんじゅの使用停止を求めたときだ。もんじゅはその3年後の16年に廃炉が決定した。規制委は「今回の事例はもんじゅより深刻」といっている。

(終わり)