Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.247 ENTSO-Gの2050年ロ-ドマップ

2021年6月3日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド: ガスグリッド、2050年戦略、再エネ価値、ガス改革、水素

1.背景

 昨年10月の総理の2050年温室効果ガス・ネットゼロ宣言、さらに今年4月の「2030年までに温室効果ガスを46%削減する」との総理発言により、これをどのように達成するかについて、現在さまざまな議論が行われている。また、こうした総理の意向を受け、実現方策が経済産業省等を中心に検討され、昨年12月の政府の成長戦略会議で、再エネに加えて水素等の利用が打ち出されている。毒劇法の劇物に当たるアンモニアを大量に燃焼する火力発電については、安全な大規模商業化技術が未確立であることもあり、さておくとして、再エネ由来のゼロエミッション水素については、欧米においても2050年のゼロエミッションを達成するための重要なツ-ルの一つと考えられている。しかし、水素は二次エネルギ-であり、一次エネルギ-を用いて電気分解等により水素を製造することになるので、この水素を用いて再び発電を行い、電力とすることは総合エネルギ-利用効率が悪くなる。このため、欧米では、この再エネ水素を広く流通させ、天然ガス等で現在賄われている工業用・民生用の熱源として利用することが妥当と考えられているようである。このようなことを背景として、ENTSO-Gが、2019年に「ENTSOG 2050 ROADMAP FOR GAS GRID」という2050年戦略をまとめている。本稿では、これのポイントをご紹介することで、今後の我が国の適切な水素戦略の検討に資することとしたい。

2.ENTSO-Gの2050年ロ-ドマップ

 ENTSO-Gというのは、EU管内のガスTSOの連合組織であり、電力のENTSO-Eのガス版である。このENTSO-Gが、ガスTSOのガスグリッドを2050年までにどのようにしていくかをまとめたものが「ENTSO-Gの2050年ロ-ドマップ」である。この2050年ロ-ドマップを掻い摘んで理解するには、冒頭にまとめられている提言が便利なので、この提言をご紹介することにする。

提言

①既存のガス制度に水素を取り込み、また、バイオメタンの役割をさらに強化することを目指す。
②技術面:ブレンド、変換、潮流管理、デジタル化、データ提供、エネルギーシステムの柔軟性の提供といったサ-ビスをTSOのサービスに含め、また、サービスの合理的な料金原則を確立する。
③エネルギー価値:バイオメタン、水素、天然ガスのエネルギー量に基づく取引を継続する。
④気候価値:ガス源の気候価値を証書化し追跡できるように、信頼できるEU全体の原産地証明 /証書システムを確立する必要がある。

3.提言①について

 提言①については、既に、コラム既報でご説明したように、現在のEUのTSOパイプラインの制度においても、バイオメタンや水素は取り込める体制となっているが、バイオメタンについては、さらに強化し、水素についてはこれから積極的に取り込んでいこうという方針である。EUのTSOパイプラインには、現在、主として北海、ロシア、アルジェリア等から送られてくる天然ガスが流れている。これに加えて、近年では、LNGとして送られてきた中東等の天然ガスや欧州域内のバイオメタンも流されている。バイオメタンというのは、メタン発酵や熱分解で製造したバイオ素材由来のバイオガスから余剰水分や硫黄分等のガス管腐食成分等を取り除き、TSOパイプライン受け入れ基準に適合するように前処理したものである。バイオメタンは、各地のバイオガスプラントからTSOパイプラインに注入され、EU市場全体で取引される。これは、電力で各地の分散電源の電力がEU全体で取引されるのと同様である。今後、出力抑制の対象となるような再エネ余剰電力が発生する場合には、むしろ水素の製造に利用することが想定されているので、各地に分散立地が想定されるこれらの再エネ隣接等の水素製造施設で製造された水素をパイプラインにどんどん取り込んでいくことになる。

 したがって、TSOパイプラインの中を流れるガスは、天然ガス、バイオメタン、水素の混合気体となる。2050年が近づくに連れて、天然ガスの割合が低くなり、バイオメタン、水素の割合が次第に大きくなることになる。

4.提言②について

 提言の②は、このような混合ガスを送るときに固有に発生することになりそうな新たなサ-ビス・管理や料金原則について確立していくことを記述したものである。この中で「変換」というのは、例えば、水素をそのままTSOパイプラインに流すのではなく、メタネ-ションにより、メタンにしてパイプラインに投入することがあげられる。水素とCO2は、触媒の下で発熱反応によりメタンとなるので、新たにエネルギ-を投入することなく水素からメタンを製造することができる。例えば、メタン燃焼施設からCCS行程で分離されたCO2を用いてメタネ-ションを行うと、このCO2はエネルギ-キャリアとして水素使用に伴い循環使用されることになる。パイプラインにとっても一定のメタン比率があった方が管理しやすいので、EUにおいてはメタネ-ションの併用も考慮されているようである。

5.提言③について

 提言③は、エネルギ-取引の原則について記述したもので、これは、従前どおり、カロリ-ベ-スの取引となる。天然ガス、バイオメタン、水素等のTSOパイプラインに注入されるガスは、ガスの種類によらずにカロリ-ベ-スで取引されることになる。ここで、注目すべきは、エネルギ-取引と再エネ価値取引をガスの分野でも分けていることである。欧米においては電力の分野では、エネルギ-市場と再エネ価値市場が別にあり、別途、分離されて取引されている。RE100に参加する企業は、このRE価値の部分を買い集めればよいわけである。

 これと同様に、ガス市場においても、エネルギ-価値市場とREC(再エネ価値)市場を分離し、エネルギ-価値市場の取引はガスの種類によらずカロリ-ベ-スで取引を行う方針を再確認したものである。

6.提言④について

 提言④は、ガスに関する再エネ価値の市場について述べたものである。ここでは、電力の世界で現在活発に行われているRE100の動きをガスの世界でも確立することを期している。電力のRE100では、再エネ価値であることを立証し、また、再エネ価値のダブルカウントを避ける意味でも、RECが何処の再エネ由来のもので、いつ生み出されたものであるかを証明することで、RE100での価値を持つものとされている。ガスの世界でも、バイオメタン、水素、メタネ-ションによるメタンについては、RECを発行することが可能であり、RE100のシステムに組み込み、また、REC市場で取引することが可能である。EUでは、こうしたガスRECシステムの確立を目指しているものと考えられる。バイオメタン、水素、メタネ-ションによるメタンなどのガス系の再エネについては、電力のFITに相当するような普及拡大システムがないので、これらの分散型のゼロエミッションガスの普及拡大を図るインセンティブとして、REC市場の確立やRE100への適合を図ることとしたものと考えられる。これは、米国において、FITではなく主としてREC市場により、再エネ電力のインセンティブがつけられていることをEUのガス市場に適応させたものと考えることができよう。

7.おわりに

 わが国では、2022年からエネルギ-システム改革の一環として、ガスの導管分離が行われることになっている。しかし、我が国には、東ガス、大ガス等のガスDSOおよびそのDSOパイプラインとインペックス等の井戸元パイプラインしか存在せず、ガスの広域流通を担うガスTSOおよびTSO機能やTSOパイプラインは、存在していない。導管分離によって分離された導管会社が、今後果たしてTSO機能も兼ね備え、TSOパイプラインを作っていけるのかは極めて不透明である。しかし、ENTSO-Gの来るべき水素・バイオメタン体系を睨んだ2050年戦略は、ガスTSO機能の存在が大前提となっている。欧州のTSOパイプライン網やガス市場機能も大昔から存在していたわけではなく、ここ30年くらいの間に急速に発達したものと思われる。この間に欧州の燃料は石油・石炭からガスに急速に転換し、さらに今は再エネに急転回しつつある。これらのことは、我が国がバブル崩壊後に停滞している間に進んできたことである。TSOパイプラインのない我が国は、このままでいくと、先へ進むこともできずに、さらに国際社会から非難されかねないガラパゴス対応かまたは停滞を続けることになりかねない。この間に欧米中韓はさらに先に行ってしまうことになる。ここは、経済産業省と産業界の奮起を是非期待したいところである。