Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.260 実潮流に基づく東日本のシミュレ-ション

2021年8月19日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キーワード:実潮流送電管理、東日本シミュレ-ション、LMP、出力抑制

1.はじめに

 送電管理の問題については、東電方式による実潮流(フロ-ベ-ス)の送電管理が、全国に適用される方向で進んでいる。ここでは、東日本の50Hzの管内において、日本風力発電協会の「風力発電の主力電源化に向けた提案(2019)」における2030年の導入目標、洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会の 「洋上風力産業ビジョン(2020)」の2030年目標値、太陽光発電協会の「JEPAビジョン・PV OUTLOOK2050(2020)」の2030年の設備容量に基づき、風力発電、太陽光発電を導入した時に、現況送電線のままで、実潮流の送電管理を行った場合に、再生可能エネルギ-の出力抑制がどのようになるか、送電線の増強が必要かどうかについてシミュレ-ションを行った結果をしめしている。なお、このシミュレ-ションは、私及びIGES(地球環境戦略研究機関)の栗山。竜、津久井により、共同でIGESの予算により実施されたものである。

2.シミュレ-ションの方法

 フロ-ベ-スの送電運用を再現できるシミュレ-ションソフトとして、米国等において実績のあるABB Power Grids Japan株式会社(以下、APG社)が提供するPROMOD用いてシミュレ-ション行った。このソフトは、送配電網の諸デ-タさえあれば、送配電や発電の種々の制約を考慮した年間の約定時間区分単位の発電指令、送配電の状況をシミュレ-トすることができる。ここでは、計算時間や入力デ-タの制約から、東日本の送電上位2系統(図1)について、1時間1コマの時間分解能で年間8760時間のシミュレ-ションを行っている。再生可能エネルギ-は、一般に、年間5-8%程度の出力抑制の範囲であれば、立地が可能であると言われている。このため再生可能エネルギ-の出力抑制を評価するには、「最悪のシ-ズン」だけ取り上げても意味がなく、年間の利用率へのインパクトを評価する必要がある。このためには、フロ-ベ-スによる1時間単程度の年間シミュレ-ションが有効である。なお、図1を見るとわかるように、従来の「最悪事態想定」の送電管理では、ここで対象とした多くの送電線は、空き容量なしとなっている。

 シミュレ-ションに用いた上位2系統の送電線網は、図1のとおりであるが、この送電線網の潮流デ-タや結節点(Node)となる変電所、開閉所の潮流デ-タが各電力会社から公表されており、ここでは、2018年の潮流デ-タを用いてシミュレ-ションを行っている。各変電所は、より低圧の配電に近い変電所を通して需要とつながっている。シミュレ-ションに当たっては、この上位2系統に係る各変電所に接続される需要デ-タを公表されている潮流デ-タ等から割り出して、Node毎のの8760時間毎の需要デ-タとしてシミュレ-ションを行っている。再生可能エネルギ-の導入量は、2030年の数字を用いているが、需要は2030年においても大きくは変わらないという前提で、2018年のデ-タを用いている。2030年では、EV化、電化もさほど進んでおらず、一方で省エネも大きくは進んでいないと考えられるので、大きな問題とはならないであろう。

図1 今回のシミュレ-ションで用いた東日本の上位系統送電網
図1 今回のシミュレ-ションで用いた東日本の上位系統送電網

 本シミュレ-ションで用いたNode数等をまとめると下表のようになり、全体で160Node、222送電区間となっている。

表1 シミュレ-ションのNode数等
表1 シミュレ-ションのNode数等

 発電所のデ-タは、既存の火力発電所等は、系列別にすべて発電諸元を入力した。揚水・貯水式のダムについては、調整力としての使用が優先されるような設定としている。再生可能エネルギ-については、日本風力発電協会の「風力発電の主力電源化に向けた提案(2019)」における2030年の導入目標、洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会の 「洋上風力産業ビジョン(2020)」の2030年目標値、太陽光発電協会の「JEPAビジョン・PV OUTLOOK2050(2020)」の2030年の設備容量を東日本管内のポテンシャルに応じて配分、下表のとおり合計62GWとなっている。

表2 再生可能エネルギ-等の導入量の設定
表2 再生可能エネルギ-等の導入量の設定

 発電施設への発電指令は、シミュレ-ションソフト上、基本的にメリットオ-ダ-で経済的に行われるが、送電制約や発電所の出力増減時間の制約等により、必要に応じて次善の経済的選択に置き換えられるようになっている。このような操作や送電ロスに伴い、各NodeのNode卸売価格に差が生じるが、これらのNode価格もPromodでは算出されるようになっている。なお、太陽光・風力は、各Nodeの2018年度の気候実績に基づき発電量が時間変動をするように設定されている。

3.東日本におけるフロ-ベ-スシミュレ-ションの結果

 東日本において、現行の送電線のままで、63GWの太陽光発電・風力発電を導入した場合のシミュレ-ションの結果は、図2、表3のとおりとなっている。図・表の2018年度実績は、2018年度の実際の発電シェア、Baseケ-スというのは、東日本全体を一体的に送電管理した時の現況の再生可能エネルギ-のキャパシティでシミュレ-ションを行ったもの、REケ-スは、原発稼働なしで63GWの太陽光・風力を導入した場合、RE+Nucケ-スは、適合性審査状況を踏まえて東日本地域の5基(泊3号機、東通1号機、女川2号機、柏崎刈羽6号機・7号機)が、稼働した場合である。

図2 地域別シナリオ別電源別発電電力量構成(年間)
図2 地域別シナリオ別電源別発電電力量構成(年間)

表 3 REシナリオ及びRE+Nucシナリオにおける風力・太陽光発電の年間出力抑制率
表 3 REシナリオ及びRE+Nucシナリオにおける風力・太陽光発電の年間出力抑制率

 2018年度実績では、東北電力管内から東京電力管内に地域間連系線で電力がかなり送られているが、北海道と本州の間でのやり取りはほとんどない。Baseケ-スでは、北海道管内電力→東北電力管内→東京電力管内の電力会社間のやり取りが増加し、大需要地である東京電力に北海道・東北から電力が送られている。東北電力管内には、東京電力関連の発電施設が多数立地するので、2018年度実績でもこの両者の間の送電は一定量あるが、2018年度実績では、基本的には、各電力会社毎に需給収支が取られているために、電力会社間のやり取りは必要最小限にとどめられているのに対して、Baseケ-スでは、東日本全体の広域メリットオ-ダ-により、電力会社間の相互のやり取りが増加しているために会社間連系線の利用量が増加しているものと推定される。なお、Baseシナリオの再生可能エネルギ-比率は、東日本全体で14%となっているが、REシナリオでは33%、原発稼働シナリオでも33%となっている。原発稼働シナリオの場合は、非化石電源比率は、43%となっている。

 表3は、再生可能エネルギ-を現況送電線のままで、63GW導入した時の出力抑制比率を示したものである。原発稼働なしの場合、東日本全体では、陸上風力発電は、0.6%の出力抑制、洋上風力は0.7%の出力抑制、太陽光発電は0.8%の出力抑制に留まることが示されている。本シミュレ-ションでは、連系線だけではなく、地内の基幹送電線のキャパシティ制約もすべて考慮されているが、63GW程度の風力・太陽光発電の導入では、現況送電線のままでも、再生可能エネルギ-の立地に支障がない程度の出力抑制に留まることが示されている。

 東通、女川等の5基の原発が稼働すると、原発は一般に火力発電よりメリットオ-ダ-上で有利な位置を占めるので、基幹送電線のキャパシティの利用に関して、再生可能エネルギ-と原発の間で競合が生じるのではないかという議論があるが、表3に示されるように、原発の稼働があっても、陸上風力0.9%、洋上風力1.2%、太陽光発電1.5%の出力抑制となっており、原発の稼働のない場合よりは若干出力抑制が増加しているものの、いずれも立地に支障が生ずるレベルとはなっていない。太陽光発電で、出力抑制の増加率がやや高いのは、風力発電が一般に地域により発電ピ-クが分散する傾向にあるのに対して、太陽光発電は晴天時には各地域でほぼ同時に発電ピ-クとなるためではないかと推察される。

 出力抑制が発生している日の例として、5月5日の状況を見ると、需要がさほど大きくなく、一方で、再生可能エネルギ-の発電量の大きい日となっている。5月5日の昼の時間帯は、火力発電の出力は下限値となり、揚水発電は最大限に揚水を行っており、揚水等で対応しきれなかった分が一部出力抑制となっている(図3)。この日の各Nodeの日平均LMP(円/kwh)を見ると再生可能エネルギ-が潤沢なせいもあって、図4のように全般的に低く2.53~6.45円/kwhの間に分布しており、極端な値は見られない。参考までに、LMPの地理的な分布を示すと図5のとおりとなっており、全般的な傾向としては送電線のネックに伴うLMPの大きな変化は特に認められず、むしろ需要地近傍でのLMPの上昇が顕著である。東北・北海道からの遠距離送電のネックよりも首都圏周辺における送電キャパシティの方がひっ迫している状況によるのではないかと考えられる。

図3 RE+Nucシナリオ 5月5日及び前後二日間
図3 RE+Nucシナリオ 5月5日及び前後二日間

図4  5月5日の日平均LMPの分布
図4  5月5日の日平均LMPの分布

図5 5月5日のLMPの分布
図5 5月5日のLMPの分布

 個別の送電線で、混雑度の高い送電線は、一部の発電所接続線的な機能を持つ送電線や首都圏内需要地の再生可能エネルギ-の有無にかかわらず慢性的に混雑している送電線を除くと、図6のものがあげられる。会社間連系線については、従来は基本的に緊急時の会社間の電力融通を目的としていたために、2018年度実績では十分なキャパシティの余裕があるが、東日本で広域の送電管理を行うと、キャパシティ上限まで利用される時間が一定程度出現するようになる。羽後→宮城の地内線は、Baseケ-スではキャパシティに余裕があるが、再生可能エネルギ-が大量に入ると、運用容量での運用の時間が大きくなる。羽後→宮城の送電線は、秋田から仙台方面を接続する送電線であり、東北日本海側の風力発電の電力の送電ル-トの一つとなっている。しかし、このようにキャパシティいっぱいの運用をする時間があっても、全体としては先に見たように出力抑制をする時間はさほど大きくなく送電することができている。他の送電線については、一般的に余裕がある状況であり、これは東北地方の中でLMPの値が大きく変化していないことをみても理解される。

図6 混雑区間のデュレ-ションカ-ブ
図6 混雑区間のデュレ-ションカ-ブ

4. まとめ

 以上のように、東日本におけるフロ-ベ-スのシミュレ-ションによって、上位2系統の基幹送電線については、東日本においては、現況送電線のままでもほとんど出力抑制をせずに大量の再エネを導入できることが明らかとなった。 

 本シミュレ-ションの結果が出た後日、総理は、温室効果ガスを「2030年に2013年度に比べて46%削減することを目指す」と表明した。残念ながら本シミュレ-ションにおいては、46%削減の場合にどうなるかということは検討されていない。しかし、本シミュレ-ションにおける「再生可能エネルギ-大量導入+原発稼働」のケ-スでは、非炭素比率が43%となっており、奇しくも総理の2030年目標に近いレベルのシミュレ-ションが行われているという結果となっている。我が国においても、欧米では一般的となっているフロ-ベ-スの送電管理を導入し、現況送電線の効率的な利用を行えば、少なくとも2030年目標レベルでは、送電線の増強は必ずしも必要がなさそうであるということは本シミュレ-ションから推測できそうである。今後は、2030年の46%削減目標に沿ったシナリオ、さらには2050年のネットゼロの場合についての送電運用についてシミュレ-ションをしていくことが必要であろう。

参考文献

地球環境戦略研究機関(IGES)「実潮流に基づく送電線運用を行った場合の東日本の再生可能エネルギ-導入量評価」(2021)