Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.261 開発型再エネの在り方
その2: 自然と地域との調和を目指して
〜地すべり・山崩れのメカニズム〜
国土レジリエンス向上への提案

2021年8月19日
(一般社団法人)でんきのもりアセットトラスト 代表理事 北村淳子

キーワード:傾斜加重 繰り返し加重 漸増加重 団粒構造 気相

 熱海災害は、土地利用の在り方に加えて、今後主力になる再エネ電源開発の構造問題を浮き彫りにした。そこで本稿では、制度面の問題と解決案として、土砂災害防止法・現状の林地開発制度の限界と提言を(その1)、地すべり・山崩れのメカニズムの紹介と、森林法等制度運用の国土レジリエンス向上への提案を(その2)、太陽光発電所設置工法への治山・森林技術と衛星付帯技術の応用(その3)、について順を追って解説する。今回はその2である。

(資料1)堅固でフラットな尾根筋の着目と発電所設置例〜合理的選択
(資料1)堅固でフラットな尾根筋の着目と発電所設置例〜合理的選択

 前回(その1)では、土砂災害防止法は被害を受ける(蓋然性が高い)区域に特別警戒・警戒区域指定を行うが、この法はソフト対策を中心としたものであることを解説した。また、自然体で利用可能な土地の供給にはリミットがあり、国土利用の上では、開発していく時には砂防三法などに基づいた行為制限の枠組みを踏まえて開発行為を行なうことになるので、太陽光発電所設置の際の林地開発においても、これらを遵守している(全く考慮しないLoop Hole (林発逃れ)案件との格差は大きい)ことが、お分かり戴けたかと思います(「No.258 開発型再エネの在り方その1 我が国自然災害への適応とその緩和~熱海災害を鑑みて~」)。

 それでは、開発上どのような点に、どのような故に留意することになるのか、順を追ってみて行きましょう。

1.地すべり・山崩れのメカニズム
〜山(というか地球自体)は動いている

 昨今プレートテクトニクス(地震に鑑み、地球はプレートという岩の板に乗って動いていること、日本はフィリピン・プレートなど4つのプレートがせめぎあっていること等)は常識化して来たので、山も動いています、と言っても皆様驚かないかもしれませんね。

(1)メカニズムを整理する

 私たちの日常生活は、土地が動かない前提で過ごしていますので、今回の熱海事案のように、突然土地が大幅且つ急速に動くと動揺する訳で、集団ヒステリー化や犯人探しの様相も呈されます。

 日本の山は、高山帯を除くと殆ど木が生えており、その下の土の層は少しずつ動いています(地滑り)。ただ、緩慢(1日数cmとか)なので気がつきません。一方、急に大量の土砂が動くと災害となる(山崩れ)。しかも、一瞬で。

 発生要因は、地滑りが地下の粘土層と地下水によって起こるのに対し、山崩れは梅雨前線や台風に起因する豪雨によって、前兆現象も無く突然に発生します。まずメカニズムを整理してみましょう。

地すべりと鉄砲水と山崩れの違い

 我が国でも、古代からこのようなスローな地滑りを「天地返し」として、農業(畑作)に適した土壌の団粒構造(後述)の形成に活用して来ました。ナイル川の氾濫による肥沃な農地の四毛作、に似ていますね。

 干涸びた湖を海外で探検していると、いきなり洪水に見舞われる、といった不思議な現象に遭遇しますが、これは鉄砲水です。遠くで雨が降って、単粒構造(後出:資料3図参照)となった地面(裸地)の表層を洪水が走ります。

 今回熱海事案は、土壌に入った水が液状化を惹起し流出した「土石流」(資料2、右上図)です。



山崩れの「免疫期間」は人間の使用期間?

 山崩れは、一度起きると暫く起きないことが、経験的に分かっています。山の表面にある土層が崩れるので、一度崩れると崩れるものが無くなる。次の崩れが起こるには、土壌が出来てその上に植物が育ち、十分な厚さが堆積するという準備が必要です。そしてトリガーの豪雨があって、次の崩壊が起きます。このような崩壊のインターバルのことを、「免疫期間」と呼んでいます。

 今回の土石流の場所が「土石流堆」であった由、(その1)掲載図:山麓堆積地形にてご参照ください。行政が、産廃土を捨てるな、というには、そういう理由があるのです。

(2)山崩れを惹起する「傾斜加重」変数とメカニズム、
今回のケースのストレスは?

 勿論、山崩れは統御したいところです。斜面崩壊の変数を考えてみましょう。傾斜加重~滑ろうとする力(F)、の導出に関しては、主に斜面の土の重さ(W)、雨によって浸透する水の重さ(ω)、そこに生育する植物(木)の重さ(T)、の3つです。即ち、

F=(W+T+ω)sinθ    (sinθは傾斜角)

①土(W):通常、変化しないので一定(const.)と置きます。

 熱海事案では、届け出の3倍運び込まれた産廃土(「盛り土」と呼ばれておりますが、残土処理であれば「捨て土」)により約5万4千立方メートル増加しました。

②水(ω):雨水がしみこむことにより、どの程度重量が増加するか。

 サンプルデータ(宮崎県、2ヶ月晴天後の100mm降雨)で、1立方メートル当たり約100kgの重量増加。土の平均密度を1.8とすると、約5%。

 従来は、この程度の重量の「繰り返し荷重」~水はけ、がかかるものとされていたので、繰り返しによる疲労破壊を考えれば良かったのですが、今回は短期間での急速且つ大幅な雨量が問題です。水はけの猶予(時間)を、与えられていないからです。フル充填すれば溢れるか、土質によっては(軟弱地盤)、液状化さえしてしまいます。

 7/1~3の72時間降水量は、同過去最大と比較して 133% (気象協会、熱海市)、累積降雨量は550mmで高原状態でした。

 単純計算で、熱海も同じ土の密度を前提とし、約36.1%増加1立方メートル当たり約550kgの水の重量増があったとすると、認識されていなかった約5万4千立方メートル増加分に対し、傾斜荷重が29,700t急増した、ということになります。(勿論、既存の傾斜荷重に加え。)

③木(T):木は成長するごとに重量も増加します。

 種の時には1gでも、直径50cm、高さ15mのスギは1tに達するわけですから、漸増荷重の計算となります。伝統林業では、平均的に1ha当たり3000本位植えて、伐期までに1000本程度まで間伐していましたが、近年の採算割により、1ha当たりの本数がさほど減らずヒョロヒョロした材が増えてしまいました。面積全体の加重では、重い…

さて、①②③を図示すると、このようなイメージとなります。



* N…斜面に生えている木、草の根などの斜面支持力。引っぱり強度N値は、太陽光パネル架台の設置時にも求められるが、同様に傾斜地での設置に際しての伐根は、木の根による傾斜緊縛の喪失により斜面支持力を失うため極力しない方が、安全というコンセンサスが今日は定着。詳しくは(その3)に譲る。

2.雨水重量(ω)の影響
(資料3を参照〜各々農水資料より抜粋)
〜崩壊発生直前の土層内では、何が起こっていたか〜

表層では

 土層は土の粒子(固層)と水(液層)と空気(気層)で出来ている(図1)。これが「土の三相」で、固相:液相:気相=4:3:3が理想と言われ、森の土はこれを保っています。



 森の土壌の中では、菌糸、虫、微生物、有機物、陽イオンや粘土鉱物などが有効に機能し、植物・樹木の根による土壌緊縛もあって、水はけがよく、団粒の内部には、植物の根張りに好適な毛管孔隙を有する団粒構造を形成・維持しています。



 表層土の気相(空気)は30%程度の割合を占め、ここに雨が降ると、空気が水に置き換えられるので、重さがゼロから1ml当たり1g増加、全体の重さが30%増加する。同時に土粒子間の摩擦力や粘度土の粘着力が減少し、やがて自重に耐えきれず崩れる。これが、表層土の崩壊プロセスです。

気候変動による最大要因

 前出の概算で、約36.1%増加1立方メートル当たり約550kgの水の重量増が、認識されていなかった約5万4千立方メートルの盛り土が想定外のストレスとしてあったわけですが、気相30%をフル充填して溢れてしまった状態に近かったかもしれませんね。これぞ気候変動のマグニチュード、というべきでしょう。

 言い換えれば、ある種の「適応」として、土層の3割程度である気層を雨水が満たして溢れるような、過去の「72時間(累積)降雨量レベル」をベンチマークとして、注意喚起のために使えますね、ということです。熱海土石流以降、自治体やメディアが避難警報を出す機会が増えました。(その3)では、金融マーケットのロスカット(損切り)ルールを敷衍して、この「適応」ストラテジーも併せて考察します。

深層土中では

 林内の表層土壌は、前述のように(概して団粒構造なため)間隔が大きく、水がしみ込みやすいのですが、土壌層の下には、水がしみ込みにくい難透水層があります。このため、水は、この層に到達すると透水性の良い場所を探し、土層中の「パイプ(枯れた根、モグラの穴や、斜面上に堆積した礫層や砂層、岩石中の節裡や亀裂、などの水道:みずみち)」に到達します。

 通常の雨の場合はパイプを通って流れますが、豪雨などで急速に大量の水がパイプの中を流れると小礫やゴミなどでパイプが詰まり(今回の産廃土 − 撤去したと主張しているが − 詰まりを加速?)、水圧がかかって、この「パイプ」が破裂するわけです。これを「パイピング」と言います。



3.木の重さ(T)の影響
〜メガソーラーと林業皆伐に責任転嫁する愚

 前節で述べたように雨水の影響が決定的に大きい。しかし、「それでも森林伐採した太陽光発電との関係」、はては「林業の皆伐が山地崩壊を招く」等の糾弾がSNS等で(静岡から離れた地域で)くすぶっております由、思わずバイデン大統領の口癖「勘弁してよ!」が出てしまいます。

 堅確な根拠無く、気候変動ストップへのマグニチュードの大きい太陽光発電を阻止し、漸増(傾斜)荷重を持つ森林の適切な更新にも反対することで、刻々,自分たちが、山地崩壊荷重への(ロバを潰す最後の麦わら)”Last Straw”に近づけている事実を知って、震撼していただきたいものであります。平均気温の上昇や、海水温度の上昇により台風が日本近海では近年Swayせず直撃するケースが増えていることを考えれば、尚更です。

 ここで、斜面崩壊の3番目の要因である「木の重量」を再考してみます。

木が生えていると山崩れは起きないか?

 森林の土壌の団粒構造については前述しましたが、水はけ・水持ちが良いので、伏流水や川に、有機物のフィルタリングによる清流を供給しているわけです。しかし、傾斜加重「崩壊レベル」まで「保水」してしまったら、木ごと崩落してしまいます。今回の熱海土石流でも、報道に提供したツィッター動画で、木がまるごと何本か土塊と流れているのを見た方がいると思います。

 木の根は、土中に杭のように入り、斜面緊縛している訳ですが、ヒノキで4mくらいです。木は、生えていようがいまいが、(表、深)層土の内部での問題で山崩れは起こるのです。なお、広葉樹は引っ張り強度が針葉樹の5〜10倍という説もありますが、市場価格がつかない傾向から、これまでは経済林としては、植林がすすんできませんでした。

 それでは、どうしたら良いでしょうか? ストラテジーとして、以下が考えられます。

①「軽量、長根の樹種」Tierの導入

 現状1ha未満、鉄塔・送電線下などの森林は、林地開発不要とされております。林地開発と同様に、高木性樹種から裸地もしくは草地への転換については、表層水の流量変化(ある意味ストレステスト)、排水計画(集水升の設置等)、希少動植物などの環境影響評価と保全計画の届け出等を義務付けるのは如何でしょうか。

 また、林地開発時の表層水変化量係数のTierは、現状は高木性樹種、草地、裸地、の3種類しか無いが、荷重の軽い低木(たとえば茶)などの係数も取り入れたら宜しいのでは。茶に関しては、一般的な接ぎ穂でも根の伸張は4mとヒノキと遜色なく、実生(種)から育てれば6mとヒノキを上回り、ソーラーシェアリングも可能、など、ポテンシャリティが高いです。

②尾根筋への太陽光発電の展開

 今回の熱海のレッスンだけでなく、気候変動による土砂災害を減らすなど、適応と緩和の為には、「山地の傾斜荷重を軽くする」ことが肝要であることが、お分かり戴けたかと思います。

 近年日本で標準伐期をむかえ、収穫期に入ったスギ、ヒノキの重量は、概ね1本800kg程度です。これを、計画伐採(森林経営計画)で、早生樹を含む苗木に更新していく一方、山地でもフラットなエリア、たとえば尾根筋などには、相対的に軽量な太陽光発電パネルを積極的に設置する事は、実は合理的なのです。因に、パネル重量は1枚25kg程度で、同一面積比で森林吸収の50-100倍のCO2削減と言われています。

 その際には、森林の計画伐採〜森林の川〜農地〜海、といった水循環を阻害しない、森林土壌の団粒構造を損なわないことが肝要です。また、林地開発の根拠法である森林法の趣旨を鑑み、できるだけ土を動かさず、伐根しない、など斜面支持力を失わない設置を心掛けるべきです。地続き地の用地変更ルールも、無理な切り土盛り土の怖さは今回の熱海事案で検証されたので、土を動かさない平坦地・緩傾斜地の利用を優先とすることが、保安上クリティカルと言えましょう。これは、離れた土地であっても、たとえ自営線でつなぐ場合でも、同様です。山間地での設置工法と技術、設計思想については、(その3)に譲ります。

4.森林と再エネが共存する鍵:送電ネットワーク

 尾根筋は風が強く、その利用は風力発電が先行しています。しかし、風況が風力に適した7程までには届かない尾根筋でも、メガソーラーを含め森林と再エネは共存でき、CO2コントリビューション(吸収と削減)で相乗効果を発揮できるといえましょう。しかしながら、需要地まで距離があり、電力ネットワークの整理が必要となります。これが、大きな課題です。筆者は、静岡県に送電線路も含む山林を所有しているので、これを元に解説いたします。

山を通らずに電気が送れるか?

 日本の送電網は、低位の(電圧が低い)一次変電所から昇圧していき、超高圧の基幹送電線にて長距離流通が行われます。周波数は富士川をはさみ60Hz(西)と50Hz(東)に分かれており東西の電力融通のために、周波数変換所が設置されています。現在、周波数変換キャパシティの増強を伴って、東西連系増強(2.1GW→3 GW)のため佐久間西幹線(中部電力:約13km)、佐久間東幹線(J-Power:約123km)の立替が進展しています。

 興味深いのは、東西佐久間幹線の電圧が27万5千Vと、東京電力管内で太陽光発電所から昇圧しての接続実績があるレベルに留まっていることです。たとえば、九州を横断する2本の基幹送電線は50万V、原発を主軸に考えた場合は50〜100万Vでしょう。実際、J-Powerは、東佐久間幹線を50万Vに昇圧したがっていたし、その計画で用地FSも行なっていました。

 経緯はどうあれ、再エネから昇圧して基幹送電線への接続〜広域融通を行なえる余地が出来たということです。とりわけ、ABB(日立)の系統マネジメントシステムの実証実験も済んだ東京電力管内では。

 とはいえ、太陽光発電のスタンダードといえる6000Vから27万5千Vまで昇圧するには、一般負担といえども施設費が数年前の100億円程度からいくらまで低下するのかは、よくわかりませんが。

 また、たとえ一旦作った昇圧施設から分電盤で積み増しても、特高規模を重ねて行く場合は、1ユニットの所用面積が広く、大規模な切り土盛り土を含む造成が発生します。このシリーズでも縷々のべてきたように、山地崩壊のリスクが増大します。

 そこで、超高圧基幹送電線の増強計画に、スタンダードな高圧下位系統の設置を併せて組み込むのはどうでしょう?高圧であれば、出力抑制のシステム対応睨みの通信系統増強とも平仄が合って行く筈です。

 (その1)で触れました、電源立地交付金が使えるようになれば、この基盤整備は一気に進み、東(ひがし)東京〜大阪間の基幹送電線沿い123kmに、太陽光発電が自律的に展開していくであろうことは、想像に難くありません。

 そうすれば、再エネからグリーン水素を作り、たとえば静岡県下裾野市のトヨタスマートシティに水素生成施設を設置し、そこまでグリーン電力を送電するといった、新タイプの電力需要家を入れた同時同量調整も、可能となります。  

(これは、作った再エネ電気を全て送電線にいれて、生成器を送電線にぶらさげる、EU指令型と類似ですが。)

 こうした、「再エネ銀座街道」たる基幹送電線構想、を、安全に展開するための、工法や設計思想、アプローチについては、(その3)に譲ります。

 熱海災害についての解明・本稿で取り上げた諸処の専門分野の知見集積は、今後夫々の専門家によって益々深耕・発展していくことでしょう。

 本稿が、再エネビジネスモデルを中山間地で展開するにあたっての、リスクプロファイルの整理や設計思想の紹介の端緒となるとともに、よりよい地域・国土の発展に資する事を願ってやみません。

(続く)