Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.266 原発、「Too Cheap To Meter」の夢/発電コストでついに再エネに負ける

2021年9月16日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 竹内敬二

キーワード: 発電コスト、 原発、 再生可能エネルギー

 経済産業省は今夏、2030年の電源別の発電コスト予測を公表した。6年ぶりの改定には大きな変化があった。国が行うこのコスト比較では、40年以上もほぼ一貫して「原発が最も安い」とされてきたが、今回「太陽光発電が最安になる」とされたのだ。原発が公的試算でもついに「安くない」とされた意味は大きい。原子力政策が変わる節目になる出来事だ。黎明期、米国では「計算する必要もないほど安くなる」(Too Cheap To Meter)とまでいわれた原発だが、「夢のエネルギー」にはならなかった。

 「Too Cheap To Meter」は米国原子力委員会のルイス・シュトラウス委員長の言葉だ。これは「計器を設置して計測、集金するコストをかけるには安すぎる」といった意味だろう。1954年、科学記者を相手にした講演で「子供たちの世代はこうした安い電気を享受できるだろう」と話した。

 今となっては楽観的過ぎる見方だが、当時は、こういってもおかしくないほど、世界中が原子力の平和利用に期待していた。原発は将来、大量に建設され、コストを気にする必要がないほど安い電気を供給し、社会を便利にしてくれるだろうと思われていた。

 しかしそうはならなかった。米国スリーマイル島原発事故(1979年)、ウクライナのチェルノブイリ原発事故(1986年)、そして福島第一原発事故(2011年)の3つの大事故の影響などで建設にブレーキがかかり、右肩上がりで増え続けた世界の原発の総容量は1990年ごろを節目として横ばいになった(図)。原発は安全性とコストを厳しく問われ続ける存在になった。

図 世界の原子炉と運転容量
図 世界の原子炉と運転容量

石油危機以降、ずっと原発が安かった

 日本は原発のコストにとくに敏感だった。日本は被爆国だが、戦後早々に原発をエネルギー政策の中心に置く決定をした。原発システムを社会に建設するには大規模な技術開発と投資、長い時間が必要だ。なにより重要なのは社会の受容であり、それには「原発は安全で安い」という納得が必要だった。

 日本は、原発を持つ以前の1950年代終盤から、原発と火力発電のコスト比較を始めた。原子力委員会が原子力長期計画をつくる中で計算した。しかし、当初はたいてい火力の方が安くなった。日本の原子力計画を体系づけた1967年の原子力長期計画(67長計)でも、次の1972年の長計(当時すでに182万kWの原発を導入済み)でも、国が望むような「原発が安い」とはならず、「将来は安くなるだろう」としていた。

 転機は70年代初め、第一次石油危機のぼっ発だ。石油系燃料が高騰し、原発のコストが大幅に有利になった。

 そして通産省は1976年、モデル発電所の建設を仮定した本格的な発電コスト比較(運転開始年)を始め、今(2021年)に至るまで続けている。足掛け45年になる。当初は毎年実施したが、90年代以降は数年に一回に減っている。驚くべきはその結果で、前回の試算(2015年)まで、86年を例外として、一貫して「原発が最も安い」といえる結果が出ているのである。ところが今回(2021年)は大きな変化があった。原発に代わり、太陽光発電が「最も安い」となったのである。



 最近の試算の抜粋を表「最近の発電コスト試算の例」に示す。最下段が今回(2021年)の試算。原発は「最安の座」から落ち、太陽光発電(事業用)の方が安くなった。なお15年と21年の試算は、30年に発電を始めるモデル発電所でのコストを予測計算している。発電コスト比較の変遷を大まかにたどると次のようになる。

原発vs火力を超えて、一気に太陽光が「最安」に

  • 76年、通産省(資源エネルギー庁)はモデル発電所を対象にした本格的コスト比較を始めた。第1次石油危機後は燃料高騰があり、原発の発電コストは火力より安定して低かった。
  • 86年はプラザ合意後の円高が影響、一時期、原発より石油火力などが安くなった。
  • 85年、コスト比較の対象を「運転開始年」から法定耐用年数(原子力は16年)に変えた。99年には原発も火力も「40年間」「稼働率80%」に統一した。建設費が大きい原発に有利になった。
  • 94年、原子力の計算に廃炉費用と放射性廃棄物処分費を算入した。原発のコストが約1円上がり、LNGのコストとほぼ同じになった。
  • 2011年、民主党政権下で設置されたエネルギー・環境会議の「コスト等検証委」が試算。「原発の隠れたコスト」と指摘されていた「事故リスク対応費、政策経費」を1.6円分算入し、原発コストは8.9円に上昇した。
  • 2015年。福島第一原発の事故(2011年)の賠償費用の増加、新規制基準による安全対策費の増加で原発コストはさらに上昇。それでも「コストに幅がある中で最も安値をとれば原発が安い」となった。
  • 21年、6年ぶりの試算。太陽光発電(事業用)」が最安となった。

 以上のように、経産省は、計算方法も微妙に変えながら、主に「原発vs火力」のコスト比較を続けてきた。「計算方法がおかしい」という指摘も多く、また結果の数字がぎりぎりの場合も多いが、ほぼ「原発が最安」といえる結果だった。逆に言えば、コスト比較はそもそも「原発は安い」という答えを導き出すために始め、続けてきた作業だったともいえる。その意味では原子力重視のエネルギー政策を支える役割を果たしてきた。

 コスト試算の歴史を大まかにみれば、原発には、廃炉費用や放射性廃棄物の処分、事故を避ける安全対策費など、「隠れたコスト」が次第に現れ、それを計算に入れるごとに、相対的にコスト高になってきたといえる。

 原発vs火力でコスト競争が続いてきたが、今回、原発も火力も一気に抜き去って「最安の座」に座ったのは太陽光(事業用)だった。再エネへの急激な転換を象徴しているが、驚くのはその「スピード」だ。「11年試算」には太陽光(事業用)の数字がない。当時の日本には大型ソーラーはほとんどなかったからだ。12年の固定価格買取制度のスタートで一気に普及し、コストも急降下した。将来、似たことが「洋上風力」でも起きるかもしれない。

 コストの数字には幅があるが、低い(安い)側の数値を見ると、安い順番は、太陽光事業用(8.2円)、太陽光住宅用(8.7円)、陸上風力(9.9円)、LNG火力(10.7円)、原発(11.7円)と続く。原発が「11.7円~(以上)」となっているのは、事故の処理費用など不確定な要素があるからだが、今後膨らむ可能性が高い。一方、再エネは今後いっそう安くなるとみられるので、原発は安さにおいて太陽光や風力に完全に抜かれたといえる。

核燃サイクル論争、「政策変更コスト」という強弁

 日本の原子力政策をめぐっては、もう一つ、核燃サイクルをめぐるコスト論争が続いている。日本では、原発の使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、それを高速増殖炉で使う「核燃サイクル」をめざしている。このシステムが成立する条件は「使用済み燃料を捨てる『直接処分』よりサイクルの方が安い」である。高ければサイクル政策をとる合理性はない。コストが路線選択に直結する。

 サイクルの経済性評価は70年代後半からあったが、肝心の日本の政府、産業界による評価は90年代後半まで非公開だった。「サイクルが高い」という不都合な結果だったからだ。

 しかし、2004年、原子力委員会は原子力の長期計画策定会議を組織し、核燃サイクルについて集中的に議論した。結果は「サイクルは高い」というものだった。バックエンド部分で2~2・9倍も高く、発電コストで10~15%高かった。

 しかし、策定会議は「政策変更コスト」という言葉を持ち出して、サイクル路線の維持を主張した。「今から直接処分路線に変えると費用(政策変更コスト)がかかる。準備を重ねてきたサイクル路線維持の方がまだ安く済む」というものだ。

 例えば、再処理を止めると2兆円以上もつぎ込んだ六ケ所再処理工場が無駄になる。再処理工場への原発からの使用済み燃料搬入が止まり、各原発内の使用済み燃料が満杯になって原発が次々に運転停止になる。代わりの火力発電所の建設に11兆~22兆円かかる……。「風が吹けば桶屋が」の話のようだ。こうした意見も持ち出してサイクル路線の維持を主張した。

まとめ

 「原発の発電コストは上昇し、再エネは下降している」。この常識を、経済産業省のコスト比較もやっと認めたといえる。このコスト計算が原発の真のコストを表していないという指摘は多かった。「モデル発電所」ではなく実際に使われた実績費用を使って計算し、「原発のコストは高い」と指摘する研究があるし、発電所の稼働率の仮定を少し変えるだけでコストは大きく動く。

 とはいえ、最後の砦ともいえる経産省のこの「公的」な数字でさえ「原発は安くない」と認めたことの意味は大きい。将来にわたって20~22%もの発電比率を保持する理由はなくなる。現行のエネルギー基本計画に書かれているように、「原発依存度を可能な限り低減する」ための政策を展開すべきだ。

 最も重要なのは「新規の原発は建てない、建たない」を認識することだ。完全に自由化された電力市場をもつ社会では、「原発の新規建設」という政策選択は見られなくなっている。

 「2030年に温室効果ガス排出を46%削減」、あるいは「2050年に排出を実質ゼロ」など日本の脱炭素目標も、原発への強い依存を前提にすると失敗するだろう。新規建設がないと考えれば、50年を過ぎると原発はフェードアウトしていくからだ。

参考文献

  • 発電コスト検証WG報告書
  • 大島堅一『再生可能エネルギーの政治経済学』東洋経済新報社、2010
  • 山口聡『発電コスト試算の経緯』レファレンス2015.12
  • マイケル・シュナイダー『WNISR、IAEA-PRIS、2017』