Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.271 回転慣性力問題についての愚考

2021年10月14日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド: 回転慣性力、電力グリッド、必要量

1.概 要

 最近、回転慣性力問題が我が国においても俎上に上がっているが、この問題が高度に専門的であるという性格を持つために、門外漢には近寄りがたく、その妥当性についての議論はほとんどされていないというのが現状であろう。もとより、筆者も若い頃に学んだ物理や電気回路に関する基礎的な知識や半導体に関する少し専門的な知識はあるものの、電気工学の専門家ではないので、門外漢ということになるが、慣性力の議論で日頃疑問に思っていることを何点か指摘しておきたい。本稿では、まず、筆者なりの、慣性力に対する認識とこれに対するインバ-タ-系に対する認識を示したうえで、現在の慣性力に関する議論の疑問点について指摘することとしたい。

2.回転系発電機の性格

 回転系発電機は、電力負荷が増えたときに、発電機に投入されるエネルギ-の増加が間に合わないと負荷を支えきれず回転数が減少する。また、電力負荷が減少したときにも投入されるエネルギ-がこれに即応して速やかに減少しないと勢い余って回転数が上昇する。このように、需給の変動に対応して即時適切なエネルギ-供給の調整を行わないと、周波数まで変動するのは、回転系発電機の一種の欠点と言って良いであろう。なお、周波数の変動だけではなく、負荷に対して供給する電力が過不足すると、系統の要所の電圧も上下することは言うまでもない。この回転数の変化を瞬間的に補うのが回転系発電機に回転運動エネルギ-として蓄えられているエネルギ-である。回転発電機自体がフライホイ-ルのようにエネルギ-を蓄積しているが、この回転運動エネルギ-が、回転数の変化を緩和する方向に文字通り瞬時に放出・蓄積され始めるわけである。事故等による急激な負荷の変化があっても急に回転数は変化しないようにこの運動エネルギ-が「瞬間的」に放出・蓄積される。フライホイ-ル効果が少ないと事故等による瞬間的な負荷の激変に対応して回転系発電機の回転数も瞬間的に激変してしまうことになる。ただし、発電機のフライホイ-ル効果で発電機自体に蓄積されているエネルギ-は、わずかな量なので、この周波数変化の緩和の効果は、わずかな時間しか持続しない。

 また、回転系発電機においては、発電機の回転数自体で系統の周波数を決定しているという点も留意する必要があろう。例えば、系統に接続される小さい発電機は系統内にある大きな発電が、急激な負荷の変化による回転数の変化をフライホイ-ル効果で瞬間的に緩和してくれるので、系統の負荷変動から保護されることになる。系統により回転発電機が接続されていると周波数が基本的に共有されるため、このフライホイ-ル効果で蓄積されているエネルギ-は、系統に接続されている回転発電機で共有される形となる。

 通常の調整力による応答速度では対応できない急激な負荷変動が、事故等による生じた場合には、この系統全体としてのフライホイ-ル効果で時間稼ぎをしているわずかの時間の間に発電機へのエネルギ-の投入量を調整したり、レスポンスの早い系統内の他の調整力により回転数の安定化を図るわけである。

 回転系発電機は、発電機の回転数と系統周波数の差が一定の範囲を超えると発電機が動揺するので発電機の保護のために当該発電機が系統から解列されるようになっているため、事故等による急激な負荷の変化に対応できない発電機は系統から解列されることになるが、回転慣性力は系統全体として周波数の変化を緩和する方向で働くために、事故等の場合の発電機の解列の緩和に機能する。

 なお、以上に述べてきたように、この解列の問題は、負荷変動が発電機の回転数に影響するという回転系の発電機の欠点に由来する問題であるということは、認識しておく必要がある。つまり、回転系発電機の総体としての安定的な運転のために、回転慣性力は役に立ってきたということである。

3.インバ-タ-系の性格

 太陽光発電の出力は直流であり、また、風力発電で発電された電力は一度直流にされ、どちらもインバ-タ-を用いて交流に変換し、周波数・位相を合わせて系統に電力が流される。インバ-タ-制御では、本来、周波数は任意に高精度で如何様にも設定可能である。昔は、回転系発電機の作る周波数に依存する機器があったが、現在では、系統周波数の変動を嫌ってほとんどの機器で、インバ-タ-により精密な周波数管理が行われている。

 インバ-タ-系の発電機では、需給変動に対応した調整力の応答が追い付かない場合は、インバ-タ-出力電圧の変動として現れることになろう。つまり回転系発電機では、電圧と周波数の変動の両者が同時に現れるのに対して、インバ-タ-系では電圧の変動のみ現れるというのが基本的な特徴である。しかし、現行の主として回転系発電機が接続されている系統では、1で述べた理由により、回転系発電機の特性により需給の変動に応じて系統周波数が常に微妙に変動しているために、インバ-タ-系の方で系統の周波数の変動合わせるように制御を行い、系統に接続しているのが現状である。つまり、現在の主流派の回転系発電機のお付き合いをしているわけである。インバ-タ-系では、無停電電源(UPS)に見られるように一定の需給調整力を備えていれば、回転慣性力は必要としない。

 インバ-タ-系では、周波数は如何様にも対応できるので、事故等により急激に系統周波数が変化してもインバ-タ-系は追随可能であろう。また、追随せずに一定の周波数を維持することも可能であろう。現在は、回転系発電機の作る系統周波数に合わせているので、事故等により周波数の変化が急激に起こるとインバ-タ-系はこれに追随することになる。インバ-タ-系は周波数の変化に対して機器を保護する必要は基本的にはないので、本来、インバ-タ-系には解列の問題はないことになるが、むしろインバ-タ-系に対する知識の不足している系統運営者の意思で系統コントロ-ルを容易にするために真っ先にインバ-タ-系に対して解列指令が出されているというのが実情であろう。

4.今までの回転慣性力

 電力系統による電力の供給がなされるようになって以来、再生可能エネルギ-が出現するまでは、系統内の供給力として接続されている発電機は全て回転系発電機であったと考えてよいであろう。戦前から戦後にかけて電力需要の増加に伴い系統に接続される回転系発電機のキャパシティも次第に増加し、これに伴い、こられの発電機に付随している回転慣性力の総量も増加してきたわけである。しかし、ここで留意する必要があることは、系統に接続される回転発電機の総体としての安定的な運転に必要な回転慣性力は、常に、回転系発電機に本来備わる回転慣性力の合計値で十分であったということである。

5.回転慣性力問題の注意点

 以上、回転系発電機とインバ-タ-系発電機の特性について頭の整理を行ったわけであるが、今日提起されている回転慣性力に関する議論で抜け落ちてると考えられる点のうち比較的大きな点を、以下に指摘しておきたい。

①回転慣性力問題は異常事態の問題

 回転慣性力が回転系発電機にとって必要となるのは、2に述べたように、周波数の大きなズレが生ずるような異常事態発生時に限られる。需給マッチングが通常の許容範囲内で通常通り行われている限りは、瞬時のレスポンスのある回転慣性力は必要とされず、調整力で対応される。ドイツ等では、瞬間的に太陽光・風力の比率が80%を超えるような状況が既に見られているが、特に問題とならないのは需給マッチングがきちんとなされているからである。逆に、必要な調整力が準備され、需給マッチング適切になされていれば、回転慣性力を必要とするような事態はそもそも生ずることは無く、また、本来そのように送電管理はなされるべきであろう。また、回転慣性力が必要となるような異常事態が発生した場合に、系統全体に蓄えられている回転運動エネルギ-の量は僅かであり、これで解列しないようにしのげる時間は極僅かであり、むしろ応答の早い本格的な調整力の確保の方が重要であろう。

②回転慣性力と短時間調整力の混同

 回転慣性力は、2で述べたように瞬間的にレスポンスするエネルギ-であるからこそ、事故等の際に短時間調整力の支援が追いつくまでの一瞬の時間稼ぎに役に立っているわけである。再生可能エネルギ-の通常の変動調整に必要な調整力の議論と瞬間的レスポンスが行われる回転慣性力の議論が混然となされているように見えるが、本来、両者には応答時間に大きな差があり、議論を混同することは避けるべきであろう。

 回転慣性力が必要となるような局面が発生しないように、十分かつでき得ればレスポンスの早い通常の調整力を確保するということは重要であるが、これは回転慣性力とは別の問題である。

③回転慣性力が必要なのは回転系発電機

 2で述べたように回転慣性力がないと事故時に解列の恐れがあるのは、回転系発電機であり、インバ-タ-系発電機は回転慣性力を必要としていない。したがって、仮に回転系発電機が総体として保有する回転慣性力に加えて何らかの回転慣性力の追加が必用であるとした場合にも、その回転慣性力による周波数緩和の恩恵を受けるのは回転系発電機であるという点に留意する必要がある。必要な回転慣性力確保のための費用の負担があるとしても当然回転慣性力を必要とする回転系発電機で負担すべきであろう。

④回転慣性力の必要量

 4で述べたように回転慣性力は、現在までは回転系発電機のキャパシティに応じて元来付随する回転慣性力により賄われてきた。回転系発電機の安定的な運転に必要な回転慣性力は本来回転系発電機に付随する回転慣性力で足りるはずであるが、最近の議論として、回転慣性力の必要量を回転系発電機のキャパシティの総量ではなく、系統需要に対する比率で示す例がみられる。回転発電機に必要な回転慣性力の量についてもっと科学的な議論をする必要があろう。例えば、回転系発電機が系統の10%のシェアとなっても系統需要の50%のシェアが回転発電機で占められてた時と同等の回転慣性力が必要であるかどうかは科学的に疑問である。回転系発電機が10%のシェアであれば、その回転発電機のキャパシティに相当する回転慣性力があれば回転系発電機の安定運転には十分ではなかろうか。回転慣性力の必要量は回転系発電機のキャパシティの関数となるべきであって、系統需要の関数ではないのではないかとの疑問がある。再生可能エネルギ-が系統に加わった途端に、従来、回転系発電機に付随する回転慣性力で足りていたものが、回転系発電機が必要とする回転慣性力が急に増加するということには疑問がある。回転慣性力と調整力との間の混乱が見られるような気がする。

 回転系発電機の緊急時の安定性維持のために必要な回転慣性力を系統に残存する回転系発電機の比率に応じて科学的に割り出す必要があろう。

⑤回転系、インバ-タ-系混在している時

 ドイツ等では、既に需要に対する再生可能エネルギ-比率が、年間40-50%にもなっているが、気象条件・需要の状況によっては、瞬間的には再生可能エネルギ-の比率が80%以上となることが既に見られている。しかしこのような瞬間は、送電制約による出力抑制と同様に、年間わずかな頻度でしか発生しない。仮に、いわゆる回転慣性力問題があると仮定し、このような場合に最低限の回転系発電機の回転を維持するために再生可能エネルギ-の出力抑制を行うとしても送電制約による出力抑制と同様の少ない頻度となることが予想される。

⑥N-1基準との関係

 事故等により、系統内の回転発電機が1基脱落しても回転発電機の連鎖脱調が起きないように緊急融通、高速遮断、負荷遮断等で対応できるようN-1基準による設備整備がなされてきたはずである。N-1基準は、回転発電機の一基の脱落に対して最低限対応する必要があるということで、回転慣性力不足により回転発電機の連鎖脱調が起こることを想定して対応するということ自体がN-1基準を逸脱しているのではないかと思われる。少なくとも最初の一基の発電機が脱落しないような回転慣性力があればN-1基準としては十分ということになるのではないか。

5.おわりに

 今後、再生可能エネルギ-が電力供給の主体となるに従い、太陽光発電、風力発電の供給するエネルギ-が需要に対して半数を超え、回転系発電機が主力発電機の座から降りるときが想定される。回転発電機は、本来、周波数が微妙に変動するものであり、このようになった時に少数の回転発電機が系統の周波数を決めるということ自体が良いのか考えてみる必要があろう。このような時代には、系統の周波数を規定する発電機は回転系発電機からインバ-タ-系の発電機に変えるべきであろう。インバ-タ-系の発電機により安定・精密な周波数管理を行う方が、これからの未来の技術体系には適合しているのではないかと考えるがどうであろうか。回転発電機の作る電源周波数が本質的に不安定であるために、現在では、多くの電気機器で一度直流化したうえでインバ-タ-により周波数管理を行い機器を交流で動かすということが一般化している。ここで、余計なエネルギ-の損失が発生しているわけでもある。いつまでも前世紀以来の回転系発電機による古典的な系統周波数管理に拘っておらずに、今のうちからインバ-タ-系の発電機体系に適合した安定・精密な周波数管理の方法を検討すべきではなかろうか。