Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.274 第6次エネ基考察⑤ グリーン水素vsブルー水素

No.274 第6次エネ基考察⑤ グリーン水素vsブルー水素

2021年11月4日
京都大学大学院計座学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:エネルギ-基本計画、水素戦略、電源ミックス、グリーン水素、ブルー水素

 2019年6月に英国が先陣を切り2050年カ-ボンニュ-トラルを宣言した後、日本を含め124か国と1地域が2050年CNを宣言している(2021/1時点)。CNとは化石資源を基本的に脱炭素電力と水素・バイオに置き換えるものである。電化が困難なものは合成物を含む膨大な量の水素を使用することになる。IEAの2050年脱炭素シナリオ(NZE)では、最終エネルギ-需要の約2割は水素を利用する。発電電力量の約2割は水素生成用に用いられる。水素は化石資源から、水(の電気分解)から、バイオマスから生成されるが、IEAとくにEUは再エネ電力によるグリーン水素を主流としている。今回はその理由について解説する。

1.IEAが描く水素見通し

 CNとは、GHGの8割以上を占めるエネルギ-由来CO2を削減することである。徹底的な省エネと残余エネルギ-の脱炭素ということになるが、脱炭素は化石資源を基本的にグリーン電力とグリーン水素に置き換えるものである。水素は電力とならび脱炭素の主役であり、これを認識しないと長期見通しを理解することは出来ない。今回は前回(「No.272 第6次エネ基考察④ 「輸入水素を火力発電設備に投入」の是非」)に続きCNシナリオにおける水素の役割りについて解説する。まず、IEAの脱炭素シナリオ(NZE)をみてみる。

図1 水素需給量2050年見通し(NZE) 再エネ水素6割
図1 水素需給量2050年見通し(NZE) 再エネ水素6割
(出所)IEA “Net Zero by 2050”(2021/5)を加工

 図1はNZEにおける水素需給量の見通しである。上のグラフは2020年から2050まで5年毎の推移を示している。着実に増えるが、一方で再エネ電気および化石CCS由来の「Low-Carbon水素」の割合(灰色の点)が2035年に8割まで急激に上昇し2050年には98%に達する。用途別には水素生成設備を事業所内に設置する「オンサイト水素」とオフサイトで作った水素を販売する「商業水素」に2分される。前者は石油精製、鉄鋼、化学等エネルギ-多消費型産業に多く、現在でも原料や脱硫、還元等の材料として相当量利用されている。

 下の表は2020年、2030年、2050年断面の供給および需要の主要指標にかかる数字である。左表は供給であるが、Low-Carbonの割合では再エネ由来が5%→54%→62%と2030年以降主流となる。また、「商業」が急増するが交通を主に電力、産業熱がけん引する。

 右表は需要であるが、オンサイトと商業の枠を超えた用途別区分で表示してありグラフとともにみていく。2050年で207Mtと最大の運輸をみると、2020年ゼロであるが2030年25Mtから急増する。運輸の脱炭素は、BEV (Battery Electric Vehicle)が先行するが、BEVに適さないトラック等商業車の一部や船舶、航空機用燃料(含む合成燃料)として水素はCNを担うようになる。2050年で187Mtと2番目に大きい「産業」は、リファイナリーとともに足元でも工業プロセスにて一定量を利用しているが、熱・材料の脱炭素化に向けた技術革新に伴い急増していく。

 電力は0→52→102Mtと推移する。水素のなかで相当の量に見えるが、発電電力量全体からみると2%に過ぎない(含むアンモニア)。他の技術で脱炭素化できる電力へは水素を回さず、最後の時点で最低限の水準に抑えるという考えである。前回解説したように、日本の参考値では「水素・アンモニア」で10%を想定している。除く日本では電力向けはさらに小さくなると考えられる。

2.EUの水素戦略 再エネ(グリーン)に完全移行

 前項ではNZEにおける世界の水素の姿をみたが、CNや再エネで先行するEUはどのような姿を描いているのか、2020年7月に公表した「EU水素戦略」にて概観する。表1は、資源エネルギ-庁が整理した日本とEUとの比較表である。日本は世界に先駆けて2017年12月に水素戦略を策定しているが、現在2050年CN宣言や第6次エネ基策定を踏まえて見直しを行っているところである。

 EUの基本方針は、IEAの見通しと略々同じである。再エネにより電力の脱炭素を先行させ、可能な限りエネルギ-の電力化を進める。電化が困難な高温熱や運輸動力、化石資源から成る原材料について水素を利用する。EUの最大の特徴は再エネ(グリーン)水素を完全に主役とすることである。その点は資エ庁も認識しており、表1でも「再エネ水素中心」「再エネ水素のみをクリーン水素と定義」「フェーズ3で再エネ水素に完全移行」等の文字が並ぶ(黄色マーク)。また、水素やアンモニアの発電利用は考えていない。CNには膨大な量の水素が必要であり、多額の資金と技術を投入して得られた貴重な水素を発電設備で非効率に燃やすのは避けるという考えである。

膨大な水素需要:エネルギ-消費の23% 再エネ電力の25%

 水素の最終エネルギ-消費に占める割合は最大23%と見込まれており、2030~2050年の第3フェーズでは再エネ水素に完全移行するが、再エネ発電量に占める水素向けの比率は25%と見込む。再エネ電力と水素が結びつくことで、スケールメリットの相乗効果が得られる。また、電化の進展と水素流通によるセクターカップリングが完成に近づくことにより、再エネ需給調整も容易になる。

表1 日本とEUの水素戦略の主要項目比較表
表1 日本とEUの水素戦略の主要項目比較表
出所)資エ庁「今後の水素政策の課題と対応の方向性中間整理案」(2021/3/22)(黄色マークは筆者)

大規模水分解設備建設が推進役

 水素生成コストは高く、2050年CN、2030年55%削減を睨んで、段階的に再エネ水素を普及させる。現状の水素生成コストは、化石由来が最も低く殆どの水素供給源となっている(1.5€/kg IEA2019年試算)。化石CCS(2€/kg)は再エネ由来(2.5-5.5€/kg)よりも低く、経過技術(ブリッジテクノロジー)として利用する。一方、本命の再エネ水素に資金を集中的に投入する。風力・太陽光発電設備の開発、水分解設備の大規模設備建設、関連インフラ整備である。第1フェイズは2020~2024年で、足元の水素需要をLow-Carbon水素に置き換える。6GWの再エネ水分解設備を整備する。第2フェイズは2025~2030年で、技術革新を要する鉄鋼、大規模・長距離運輸へ拡大する。国内・国外にそれぞれ40GWの水分解設備を建設する。第3フェイズは2030~2050年で、航空・船舶・産業で実装を完了し、再エネ水素に完全移行する。再エネ水素への移行は2030年にも実現する考えである。

 インフラは、ガス導管の利用や新設、貯蔵設備建設を進める。域内の需要を満たすには近隣諸国からの輸入が不可欠でありウクライナ等の東欧諸国、サハラ砂漠をも念頭にアフリカ諸国との連携を進める方針。

3.グリーン水素vsブルー水素

 EUは2030年以降は完全に再エネ水素に移行する予定としている(化石CCSはブリッジテクノロジー)。第一項で解説したようにIEAのNZEシナリオでもLow-Carbon水素(再エネ、CCS)中の比率が54%(2030)→62%(2050)で推移する。どうして化石CCSより再エネを選択するのか、以下で解説する。

含蓄のある水素分類

 表2は水素の分類について、カラーリングとEU定義に分けてを示している。環境の強度や燃料のイメージを背景にカラーリングされる。再エネはグリーン、石炭はブラック、褐炭はブラウン、天然ガスはグレー、天然ガスCCSはブルー、原子力は紫/桃/黄となり、バイオマスは特に命名されていない。従来は、グリーンとブルーはゼロカーボンとして括られる傾向にあったが、2050年CN実現が目標となる中でより厳密な基準が議論されるようになってきている。

表2 水素の分類
表2 水素の分類
(出所)筆者

 EU水素戦略での定義は右表の通りである。Cleanは再エネのみで、化石CCSは電気とともにCO2捕捉率90%以上の前提でLow-Carbon(LC)に分類される。IEAのNZEではLCは再エネと化石CCSとしている。どうして再エネはCCSより優先されるのだろうか。脱炭素(CO2回収)の度合い、コストの面から分析が進められている。

化石CCSは完全脱炭素ではない

 図2は、石炭、天然ガス、電力により生成された水素における残留CO2の度合い(濃度)を示している(同表ではCCUSとしている)。「CCUSなし」では、化石由来の濃度は天然ガス<石炭<電気となる。石炭と天然ガスの比較ではCCUSの有無に拘らず天然ガスが1/2程度となる。仮に石炭CCSが低コストだとしても選択され難くなる(炭素価格をコストに含めるとさらに)。

図2 生成水素に占める炭素濃度比較
図2 生成水素に占める炭素濃度比較
(出所)IEA “The Future of Hydrogen”(2019/6)

 天然ガスCCUSでは、CO2回収率90%では1kgCO2eq/kgH2、56%では4 kgCO2eq/kgH2と一定量のCO2が残る(IEA2019年試算)。技術開発の進展により95%程度へ引き上げ可能とされるが、回収率を上げていくとコストが急増する。また、ライフサイクルでみるとさらに多くなるという指摘がある。天然ガス採掘時、輸送・貯蔵時に大気中に漏出する。水素漏出の場合も、大気中でメタンやオゾンの発生を促すとの説もあり、これらは今後の調査を待つことになる。いずれにしてもCO2ゼロは再エネ由来のみであり、EUでなくともグリーン水素は政策的に推進すべき技術となる。

コストは再エネが近々逆転する可能性

 再エネと化石CCSのコスト比較であるが、現状はインフラが存在する「化石CCS」の方が低い。また、足元で生成・流通している水素は「CCSなし化石」が殆どである。脱炭素の速度が問われている中では、「CCSなし」水素の代替を含めて「CCSあり」の活用は有効とされる。EUでも経過技術(ブリッジテクノロジー)として利用する方針であるが、再エネに集中的に投資しコスト削減を進め、2030年頃にはグリーン水素完全移行に目途を付ける方針である。

 図3は、国際再エネ機関(IRENA)のシミュレーションである。縦軸にライフサイクル平均の水素コスト(LCOH)、横軸に時期をとっている。折れ線グラフは太陽光と風力について平均コストと最低コストを前提としたときの推移であり、薄いグレーのシャドウは化石CCSの範囲を示している。

図3 水素コスト見通し 再エネv化石CCS
図3 水素コスト見通し 再エネv化石CCS
(出所)IRENA “Hydrogen:A Renewable Energy Perspective”(2019/9)

 再エネ水素のコスト要因は再エネ電力コスト、水分解装置の設備コストおよび利用率によるが、各要因とも着実に低下に寄与していくとみている。化石CCSは化石資源コスト、設備コスト、非回収CO2の炭素価格等によるが、設備コストの低下と燃料・炭素価格の上昇等との相殺により不変とする。再エネ水素は、再エネ電力平均値で2040~2050年、最低値で2025~2030年で化石CCSの中央値と交差し安くなる。試算により異なるが特にIRENA、BNEF(ブルームバーグ)は再エネ水素コストを低く評価している。

 このように、CN実現には膨大な水素が必要となるが、日本はどのように調達し、どこに利用するのであろうか。以下で解説するが、結論は「海外から調達し発電が消費を牽引する」のである。

海外水素を調達し発電設備で燃やす

 図4は、水素政策に係る中間整理から抜粋したものであり、エネ基にも織り込まれている。水素需要量は2025年頃に約200万トン、2030年ごろに最大300万トン、2050年頃に約2000万トンであり、供給の主役は「輸入水素」である。水素は化石資源の分解および水分解(電気分解)により作られるが、国内では再エネは量的限界があるとされ、国産の扱いは小さい。再エネ電力比率が低いのはこの影響も大きい。需要先拡大の道筋をみると、発電の位置づけが高いことが分る。前述のようにIEA見通しとの比較ではその違いは歴然としている。

終わりに

 今回は、IEAやEUが、再エネ(グリーン)水素を評価する理由について解説した。特にEUは、2030年に始まる第3フェイズにてグリーン水素へ完全移行する戦略を提示している。グリーン水素はCO2が残るブルー水素(天然ガスCCS)と比べてクリーンである。また、コストも2030年前後より低くなる可能性が高い。EUの定義ではクリーン=グリーンとなる。

 日本の水素戦略においては、グリーンとブルーの扱いについて明確に示されていない。輸入主・国産従との整理がなされており、「余剰再エネ等」による国産水素は、再エネ電力比率5割強の前提では、多くを期待できない。輸入水素の由来は不明であるが、現行水素戦略では「再エネと化石CCUSとは平等に扱う」とされている(表1)。また、日本は2050年電源比率でCCUSは原子力込みで3~4割とみている(IEAのネットゼロ見通しでは2%)。こうしたスタンスは温暖化対策をリードする先進国として説明ができないのではないか(本稿を推敲中の11/3夜にCOP26でも化石賞を受賞し、先週の予想が当たってしまった)。2050年ミックスについて、9割再エネとするNZEへの接近は不可欠と考える。