Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.276 浮体式風力発電

2021年11月18日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キーワード:浮体式風力発電、コスト、英国

1.概 要

 浮体式風力発電については、我が国においては環境省の長崎の2MWのプロジェクトが戸田建設に引き継がれ、営業運転されている。ただし、長崎のプロジェクトは環境省の予算で建設されているので必ずしも完全なビジネスとしての営業運転とはいいがたい状況である。経産省の福島の実証事業は、終了後撤去され、北九州のNEDOのプロジェクトについてはまだ発電は行われていないようである。このような状態から、我が国においては、浮体式風力は、未だ開発段階の技術という認識がされているようである。一方で、欧州においては、既に大規模な浮体風力のプロジェクトが営業運転に入りつつある。欧州においては、浮体技術自体は、北海の石油・ガスリグで「既に確立された技術」という認識であり、風力発電に合わせたサプライチェ-ンを形成することが課題となっている。欧州では、大規模な浮体ウィンドファ-ムが営業運転に入る見込みであり、浮体技術の面でも我が国は、周回遅れになりつつある。

2.長崎の環境省のプロジェクト等

 環境省は、温暖化対策の支援制度の創設の最初の事業の一つとして、2003年から国立環境研究所の浮体式風力発電の研究の支援を行ってきた。この研究の後続の事業として、2010年から長崎県五島列島椛島沖でスパ-型の浮体で100Kwの小規模実証試験、2013年から2MWの実機規模の実証試験が行われ、2MWの実証機の運転は戸田建設に引き継がれ、営業運転を現在まで継続している。



図1我が国の浮体風力開発の歴史

 この浮体式風力実証機は、ハイブリッドスパ-方式を用いており、スパー型浮体の下半分はコンクリ-ト製で上半分は鋼製となっており、下半分は地場の建設業者でも制作できるように配慮されている。なお、環境省では、この実証事業を通じて浮体式風力の環境影響評価の方法についても検討し、2017年に浮体式風力のアセスの方法をとりまとめている。環境省の小規模実証試験の成功を受けて経済産業省においても福島において大規模実証試験を開始した。経済産業省は、福島沖で複数機による「浮体式洋上風力発電システム実証研究事業」を行った。また、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) においても、「次世代浮体式洋上風力発電システム実証研究」にて北九州沖に 3MW の浮体式風力発電設備を設置し、水深 50m~100m で適用可能な低コストな浮体式風力発電の実証試験を実施している。

 福島沖の実証事業は、丸紅を筆頭とする11者がコンソーシアム体制で行った。コンパクトセミサブ浮体(2MW)、V 字型セミサブ浮体(7MW)、アドバンストスパー浮体(5MW)の三基で行われ、合計で14MWの発電設備となっていた。この実証事業後、浮体発電は営業運転には入らず、実証施設は撤去されたが、経産省の行った実証事業の成果は、2019年に「浮体式洋上風力発電導入マニュアル」として取りまとめられている。

 環境省の2MWの商用規模実証機は、80数m程度のハイブリッド・スパ-方式の浮体に45m程度のタワ-を設置し、直径80mのダウンウィンド型の風車を装着したもの。浮体は10m程度ほどが海面上に突出し、海面下に76m沈んでいる。浮体の最低部の直径は7.6mで、最上部の直径は4.8mとなっている。この2MWの商用実証機の浮体と風車、ナセル等は大型起重機船により、洋上で組み立てられ、実証海域まで曳航されアンカリングが行われた。総重量は3400tになる。

 スパ-型は、喫水が深いために、沖合洋上で浮体を起こして風車を組み立てる必要があるが、波浪で浮体が動揺する中での作業を容易にするために、戸田建設は、浮体の動揺の安定化のための特殊な技術を開発している。



図2 環境省の2MWの商用実証機

3.英国の事例

 英国においてもスパ-型は2009年。セミサブ型は2011年頃に浮体基礎の原型が設計されている。この点では、我が国と同時期に浮体基礎の開発に着手されたといって良いであろう。英国の洋上風力発電は、政府が行う海域使用権の入札制度(リ-スラウンド)により推進されてきた。

表1 英国のリ-スラウンド(フロテ-ションエナジ-資料)
リースラウンド 授与日 総ラウンド容量 最大プロジェクト
ラウンド1 2001 1.2GW 200MW
ラウンド2 2003 7.2GW 860MW
スコットランド領海 2009 4.8GW 784MW
ラウンド1 / 2エクステンション 2010 1.6GW
ラウンド3 2010 最大32GW 2.4GW
ラウンド4 2020 8GW 1.5GW
スコット・ウィンド 2022 10GW

 何回か行われてきたリ-スラウンドのうち、最近のラウンド4とスコット・ウィンドは、浮体風力の推進を狙って設定されたものといわれている。

 欧州で動いている浮体風力のプロジェクトの例を示すと以下の表のとおりである。

表2 欧州の浮体風力の計画(フロテ-ションエナジ-資料)
風力発電所名 容量(MW) 運転開始
ハイウィンド スコットランド 英国 30 2017
ウィンドフロート アトランティック ポルトガル 25 2020
キンカーディン 英国 50 2021
ハイウィンドタンペン ノルウェー 88 2022
エレバス ポルトガル 96 -
ホワイトクロス 英国 100 2028
スィール 1 英国 100 -
スィール2 英国 100 -
ブラックウォーター 英国 1500 2030
フアン・グランデ スペイン 200 2024
グリーンボルト 英国 300 2026

 欧州では、200MW以上のプロジェクトを商用プロジェクトとしているが、商用プロジェクトも5年以内に2件運転開始となる。2030年運転開始のブラックウォ-タ-のプロジェクトは、150万kWの本格的な大規模浮体ウィンドファ-ムとなっている。

 欧州においてなぜこのように早く浮体式風力発電が実用段階に達したかという理由はいくつかあるが、以下のように整理できるであろう。

①浮体式風力の資源量が大きい
②浮体式風力の利用率が高く安定的な電力供給ができる
③組立・設置・撤去が容易
④利用率や量産性の点からコストが安い

 以上のうち①②は日本人の常識にも適うものであろう。わが国においても洋上風力の資源量のうち浮体式の方が対象となる海域も広く資源量も大きい。欧州においても同様である。②の利用率が大きいという点は、我が国で常識的に考えられているよりもだいぶ高い利用率が欧州では既に実現している。

 スコットランドのハイウィンド浮体式風力発電は、運転開始の最初の3ヶ月間に65%以上の利用率を達成したが、年間利用率も、2019年の世界の洋上風力タービンの平均利用率が33%であるのに対して、56%の高い値を記録している。56%というと我が国の火力発電全体の平均年間利用率程度の水準であろう。また、利用率が高いということは、発電コストの低下に直接影響がある。

 英国において、③の観点から浮体式が評価されるのは、主としてセミサブ型の浮体構造物の場合である。スパ-型は我が国の長崎の例に見られるように水深の深い海域で組み立てるのが基本となるが、セミサブ型等は、出荷港湾で組み上げ、設置ポイントまで普通のタグボ-トで曳航していくのが基本である。着床式の風力の場合は、設置ポイントで海底地質・地形に応じた土木工事をしなければならず、また、洋上で風車等の上部構造物を設置しなければならないために、セップ船等の専用の工事船を必要とする。これが、組立・設置コストをアップさせる要因となっている。着床式の構造物や工事は水深、地盤に合わせたオ-ダ-メイドになるのに対して、浮体式の場合は、浮体自体は規格・量産品で対応でき、組立工事も港湾のクレ-ンで行うことができる。

4.英国における浮体技術のコストの認識

 我が国においては、浮体風力の技術は、新しい技術であり、コストがまだまだ高いというのが、一般的な認識とされているが、英国においては、浮体技術の方が高いコスト削減ポテンシャルを持つものと認識されている。小規模デモ機の段階では、一見、高コストに見えても、実用規模のウィンドファ-ムになれば、直ぐにコストダウンが図られるとみられている。この理由は、1980年代から1990年代にかけて10年間ほどで、北海油田等の海底油田・ガス田の掘削技術で浮体技術の実績が既に積まれ、コストダウンの手段とされているためである。浮体技術は、石油・ガスリグの世界で既に確立された、「既存技術」ということである。

 スコットランド政府がまとめた「Floating Offshore Wind:Market and Technology Review」Scottish Government,June 2015によると、以下のとおりである。

 「洋上風力発電の望ましいコスト削減は、石油およびガス業界ですでに実証されている。固定プラットフォームから浮体プラットフォームへの移行により、生産される石油の1日あたりのコストが削減された(図 3)。コスト削減は、標準化された設計、最適化された製造ライン、より簡単な組み立て、輸送、および「設置」、およびより簡単な廃止措置によって達成された。同じ原則が洋上風力にも適用可能であり、浮体式石油プラットフォームがより多くの石油埋蔵量にアクセスすることでコスト競争力を向上させることができたのと同様に、浮体式洋上風力発電は、より強く安定した風力資源にアクセスすることで石油資源の場合よりさらなるコスト効率を達成できると期待さる。The Crown Estate(2012)、Prognos-Fitchner(2014)、およびその他の情報源からのデータは、着床から浮体への転換によるコスト減少を10年程度で約20〜40%と算出している。」



図 3 フローティングプラットフォームを使用した北海の石油生産におけるコストの改善(クラウンエステート、2014年)

 つまり、洋上石油・ガスリグの世界では、着床式から浮体式に転換することで10年程度の間で20-40%のコスト削減が実現しているという実績がある。浮体式のリグは、着床式と異なり、浮体構造の規格化・量産化が可能であり、設置・組立・撤去のコストも低いためである。しかも、風力発電の場合は、浮体の利用により資源量が増えるだけでなく、沖合の安定した風により設備の利用率も上がるために、洋上石油・ガスリグ以上に浮体式の収益性が上がる可能性があるとみられている。



 浮体基礎のコストダウン確実にするための今後の課題として、英国で考えられていることは、以下のとおりである。

高度なローカルコンテンツを可能にするローカルサプライチェーンと製造

 ローカルサプライチェーンを育成し、輸入と長いサプライチェーン間輸送を減少させる。

浮体構造のモジュール化

モジュ-ル化で特定の港や工場に制約されない製造の柔軟性を可能にする。

組み立て容易化

 1週間から2週間の時間枠で組み立てることができる設計は、より多くのユニットを製造し、取り付けることを可能にする。

港湾の最適化 - 岸壁/スペース要件

 今後、浮体風力組み立てのための港湾スペースの獲得競争は激しくなることが予想されるので、モジュ-ル化により大量のレイダウン/組立エリアと岸壁スペースを必要としない浮体構造設計は、スペ-ス利用時間が制限されている場合、より有利な選択肢となる。

設置海域への港湾の近接。

 英国での経験によると、組み立て港と設置地点の間の距離が遠すぎると過剰なコストと輸送のための時間を費やすことになる。設置地点への効率的な輸送を可能にするために、組立港湾が設置サイトから100〜120km以内にあることが望ましい。

曳航の容易さ。

 一艘の普通のタグボートで曳航できる場合、設置地点への浮体構造物の費用対効果の高い輸送を達成することができる。

5.浮体風力の利点

 英国においては、浮体風力の利点としては、以下の点が指摘されている。これは、我が国においても同様であろう。

より深い水深=より大きい風力資源へのアクセス

 洋上風力エネルギー資源の80%以上が水深60メートル以上の海域にあり、着床式風力発電の設置は不可能である。

より良い風力資源へのアクセス

 沖合のより強く、より持続する風が利用できることにより、利用率が上昇する。2019年の世界の洋上風力タービンの平均利用率は33%で、世界初の浮体式風力力発電所である北海のハイウィンド・スコットランドは56%の利用率を誇っている。利用率の増加により、LCOEが直接減少する。

海底の状態に依存しない

 浮体式風力は、海底の状態に対する依存度が減少することにより着床式風力では通常アクセスできない地域や資源へのアクセスを可能とする。

組立、設置、撤去が容易

 着床洋上風力プロジェクトと浮体洋上風力プロジェクトの大きな違いの1つは、組立、輸送、および設置プロセスにある。

 着床の洋上風力タービンを設置するためには、基礎、トランジションピース、タワー、ナセルおよびブレードを、組立と設置のために設置海域に輸送し、海洋気象条件に対応しながら重量物を持ち上げて作業を行い、厳しい公差(誤差の許容範囲)を満たしながら部品を組み立て設置しなければならず、特殊な船舶が必要である。ジャッキアップまたはジオポジションシステムを使用して安定した位置を維持する必要があり、しかも輸送や持ち上げ作業はタ-ビンの大型化に対応した大型船舶が必要となる。通常、基礎は、特殊な掘削、杭打ち、またはモノパイル駆動装置を使用して最初に設置され、次に、トランジションピースを基礎に取り付けるために、もう一度現場作業を行い、最後に、タワー、ナセル、タービンブレードが現場で組み立てられ完了する。

 これとは対照的に、浮体洋上風力プロジェクトの場合は港湾・陸上で完全に組み立てられ、タグボ-トなどのより小型で一般的な船舶を使用して、設置済みの係留索とインタ-アレイケーブルのところに輸送される。カテナリーベースの係留索用の従来型のドラッグアンカーは、リアウインチ付きの小型船舶を使用して設置できる。したがって、浮体洋上風力の設置は、特殊な設置船と洋上での重量物の持ち上げ操作を必要としないので、着床式と比較するとプロセスをより経済的にでき、また、プロジェクトのリスク軽減を図れる。

 撤去および維持管理の容易さも浮体洋上風力の利点である。タービンは、係留ラインとインタ-アレイケーブルから切り離された、設置時と同じ船舶を使用して補修・撤去に際し港湾岸壁に持ち込むことができる。

環境影響の軽減

 浮体式風力の設置工事プロセスは影響が少なく、係留ラインとアンカーの設置は、騒音が少なく、大規模な洗堀保護や海底整備も必要とされず、海底への影響範囲も限られた物となる。浮体風力の場合、工事に伴う影響が軽減するだけではなく、風力タービンを遠方の洋上に設置できることにより、景観や騒音の問題に対する影響を最小限に抑えられるため、従来よく見られる地域社会からのNIMBY(「Not In My Back Yard」)の抵抗に直面することが少なくなる。

コストの軽減

 前項で説明したように、着床式よりもコストが低減するポテンシャルがあると考えられている。

漁業との連系

 長崎五島プロジェクトでは浮体風力発電設置による魚礁効果も注目された。当初想定していたより風車周辺に魚が集まったため、貝類や海藻類が付着しやすい塗料を使うことで、浮体式洋上風力発電所から半径100m周辺を中心に、半年後には様々な魚類や甲殻類が観察されるようになった。このような漁業協調型の発電事業の可能性がある。

6.英国における浮体技術の評価

 スコットランドの企業であるFlotationEnergyの技術スタッフが整理した各種浮体技術の利害得失表は表3のようになっている。

 総合的に見るとスコットランドではセミサブの評価が高い。セミサブは設置・組立の容易さが大きな特徴となっている。セミサブ型では、港湾内での作業時にはバラストを少なくして喫水をさらに浅くし、設置海域に運搬するときにバラストを注入し喫水を深くするといったことが行われている。さらに最近では設置海域にてセミサブ本体よりドロップダウンキ-ルを降ろして、さらに喫水を深くし、スパ-型と同様の安定性を確保するタイプのデモ機(3.6MW)も登場している。

表3 各種浮体の比較
セミサブ TLP スパー バ-ジ
重量
大きさ
安定性
導入とインストールの容易さ
港湾適性
喫水
水深<80mの適性
係留影響範囲
係留システムの複雑さ
海底条件に対する感度
自由度の低下
極端条件下の安全性
非常に強い
強い
平均
弱い

 安定性の観点や構想物がコンパクトであるという点からは、スパ-型は高い評価となるが、スパ-型は喫水が深いために、一般に、洋上の水深の深い海域での組立作業が必要となり、浮体式のコスト面のメリットが十分に活かせないという問題点がある。長崎の例でも洋上組立には、特殊な技術を用いている。

 TLP型は、設置が難しいことや係留索の故障時の転倒の可能性があるという難点がある。

7.浮体に用いる風車

 英国の浮体風力事業者の見解によれば、浮体式風力の基礎は、大規模な風力タービンの最新世代の積載要件を満たすように設計することができるので、タービン選択に関して浮体および着床基礎の間で互換性があり、両方式は同じサプライチェーンの恩恵を受けることができる。この状況は、FlotationEnergyの技術スタッフが整理した浮体式風力と商用着床風力の設置風車を比較した図4に示されており、浮体基礎は急速に進歩し、2019年以降は着床基礎と同じタービン容量の風力発電を浮体基礎に設置するようになっている。



図4 洋上風力の最大タービン容量推移

8.おわりに

 浮体風力の国内資源量は莫大であり、我が国の戦前からの長年の懸案であるエネルギ-の自給を達成することができる稀有な技術である。技術的にも既に確立された技術と言って良い。高度成長期の元気の良い我が国の企業家・投資家であったならば、英国のように、直ちに取り組んでいたに違いない。現代の我が国の企業家・投資家の奮起に期待したい。