Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.291 米国に見る電力市場での投機防止策

2022年1月27日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド: 電力市場、投機防止、AMP、米国

1.はじめに

 電力市場の運営の経験の長い米国においては、電力市場において特定の市場参加者が市場支配力を行使しないように、ISOの送電管理のシステムの中に防止措置が組み込まれている。NYISOのシステムでは、AMP(Automated Mitigation Process)と言われており、SCUC(系統制約付起動停止計画)のプロセスの中に市場支配力の行使に伴う市場価格の高騰等を判定し、自動的に防止する仕組みが組み込まれている。わが国の電力市場も、このような市場参加者の不当行為についての防止の仕組みを検討すべきであろう。

2.特定の市場参加者の市場支配

 NYISOでは、「市場価格への不要な干渉を可能な限り回避したうえで、市場競争を阻害・歪曲しうるような人為行為による影響を低減する。」ために、市場支配力低減措置を導入している。

 下図は、NYISOのメリットオ-ダ-曲線の模式図である。従来の垂直統合の電力会社は、大規模な発電施設を多数持っているので、例えば意図的に下図の左の方にある大規模原発や中ほどにある大規模ガス火力発電の電力を出し惜しみ、市場に対して発電Offerを提出しないという手段を取るとメリットオ-ダ-のグラフは全体として左に動き、需要との均衡点の市場価格が跳ね上がり、卸売電力価格は高騰することになる。



図1 NYISOのメリットオ-ダ-のイメ-ジ(FERC資料)

 このような市場への影響力の行使に関してNYIOSは、以下に示す三種のケ-スを想定している。

①物理的な出し惜しみ:発電施設で本来提供可能な売入札・発電計画を意図的にNYISOに提出しないこと
②経済的な出し惜しみ:発電施設が発電指令を受けないように、または市場の約定価格に影響を与えることを目的に不当な高値の売入札を提出すること
③非経済的な電力供出:本来非経済的な発電施設であるにも関わらず、送電混雑を起こすため、ひいてはそれによって利益を得るために、意図的に発電設備の出力を上昇させるような入札を行うこと

 ①は既にご説明した通り、計画的な出し惜しみである。定期点検や事故により通常通りの出力が出せないときは、NYISOに対してOUTAGE報告が提出されNYISOの了解の上でOUTAGE SCHEDULERに記載される。SCUCのプロセスは、このOUTAGE SCHEDULERを参照して行われるので、OUTAGE SCHEDULERに記載のない発電施設は、あらかじめ提出された最低出力から定格値までの間の発電指令に応じることが可能であるはずである。当然、発電側も市場の動向を見ながら売入札量を決めることになるが、NYISOでは後に述べるようなプロセスで市場(NODE)価格への影響の程度を判定して必要な措置を取るようになっている。

 ②は、物理的に出力の出し惜しみをするのではなく、明らかに落札されないような高値で入札したり、市場価格を誘導するために高値で入札することである。NYISOのメリットオ-ダ-の例で示せば、大規模ガス火力の入札価格をメリットオ-ダ-右端の価格や上限価格とするとガス火力より右側のメリットオ-ダ-の曲線は全体として左にシフトして卸売価格は高騰することになる。

 ③は、本来は落札できないような発電原価の高い発電施設を送電混雑を引き起こすために、必ず落札されるように不当に低い発電価格で入札するものである。結果的にタ-ゲットとするNODEのNODE価格を上昇させ、そちらの方で利益を上げるという米国ならではの手法である。

 NYISO管内には、NYの投資家が多数いるので隙があると見れば、様々な電力市場の操作を試みるということが想定されるが、このようなことに対応して健全な電力市場が維持できるようにNYISOではシステムを構築している。

3.AMPの仕組み

 NYISOのマニュアルに記述されているAMPの仕組みについて概説する。ただし、ルールの適用条件、例外条件、判定の具体的なパラメータ・閾値は非常に多く、これらの詳細は“NYISO Services Tariff ATTACHMENT H”にて定められている。詳細にご興味のある方は、こちらを参照していただきたい。

 NYISOでは、前日市場のSCUCの段階と当日市場のSCUCの段階と二回AMPによる市場への影響力のチェックを行っている。チェックの方法は、どちらも同様で、以下の通りとなる。



図2 前日市場のプロセス(NYISO Day-Ahead Schedulingマニュアル)

 NYISOでは、発電施設が市場に入札するに際して、ISOの発電計画作成に必要な多数のパラメ-タ-を入力しておく必要がある。ISOは、これらのデ-タや各発電施設の技術標準値に基づいて各発電施設の標準的なコストを基準価格として整理している。

 NYISOのAMP(Automated Mitigation Process)では入札価格が市場価格(LBMP)や送電混雑の発生に一定以上の影響を及ぼしていないか検証するが、検証は(1)Conduct test(入札価格検証)、(2)Impact test(市場影響評価)の2ステップから成る。

(1)Conduct Test(入札価格検証)

 参加者による経済的な出し惜しみが行われていないかを確認する。具体的には、各入札の価格(エネルギー増分単価、起動費用等)を各入札に対する基準価格と比較し、両者の差異がISOの定める閾値を超過している場合、当該入札は「価格検証不合格」と判定される。なお、入札価格検証は入札受付直後に実施される。

(2)Impact Test(市場影響評価)

 価格検証不合格となった入札が市場価格(LMP)に与える影響を確認する。具体的には、価格検証不合格の入札の価格を基準価格に差し替えてSCUCのプロセスを行い、差替前の市場価格(LMP)と比較してどの程度ノード価格(LMP)が変化したか確認する。

 つまり、Conduct Testで不合格となった発電Offerがあった場合には、その施設の標準的なOfferの想定値と差し替えてもう一度SCUCを行うので、2回SCUCの計算を行うことになる。リアルタイムのSCUCでは、15分の間に2回のSCUCの計算を行う必要があるので、時間節約のために両者のSCUCは、並行して実施される。

 差替前後のノード価格の変化がISOの想定する閾値を超過していた場合、市 場影響評価は検証不合格となる。 検証不合格となった場合、Mitigation と呼ばれる市場支配力の抑制措置によって、価格検証不合格の入札は強制的に基準価格に差し替えられる。

 NYISO Services Tariffには、市場影響評価で検証不合格になった場合には、強制的にISOの定める基準価格に入札価格が差し替えられるということが定められており、市場参加の条件として、このようなル-ルが義務付けられている。



図3 リアルタイム市場のAMP処理(NYISO Transmission and Dispatching Operationsマニュアル)

 例えば、大規模な火力発電が、市場価格のつり上げのためにある時点で突然offerを入れなかった場合には、ISOは基準価格での発電命令を当該発電所に出して強制的に電力供給をさせることができることになる。

4.市場の運営主体

 米国では、ISO自身が市場の運営を行っている。このため、送電混雑の状況を反映したSCUCの結果が市場価格に反映されている。このため、AMPのようなSCUCと連携した市場の安定化のための措置が可能となっており、また、市場価格にも結果が反映されている。ドイツのように市場がTSOとは別に運営されていると、市場価格にはSCUCの結果が反映されていない。TSOのSCUCに基づき行われた送電混雑を反映した実際の発電指令のセットと市場で決定された発電指令のセットとの間に乖離が生じ、この乖離分のコストはTSOの送電管理コストとして整理される。このようなケ-スでは、市場の入札のル-ルとして米国のように市場価格に基づく是正措置を市場参加者に義務付けることは困難となろう。この点には、留意しておく必要があろう。

5.おわりに

 電力市場の歴史の長い米国においては、健全で公平な市場競争を実現するために、様々なISOシステム上の工夫がなされている。わが国の送電システムにおいてもこのような市場の健全管理のための工夫を導入していくことが必要であろう。

参考文献

1.米国型送電システム研究会(2020)『米国型送電システム』化学工業日報社。
2.NYISO(2017)“Day-Ahead Scheduling Manual” NYISO.
3.NYISO(2017)“Transmission and Dispatching Operations Manual”NYISO.
4.NYISO(2021)“NYISO Services Tariff ATTACHMENT H” NYISO.