Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.293 ドイツのエネルギーシステムの未来を占う実証プロジェクト群「SINTEG」第2回 -SINTEGの基本的な考え方-

No.293 ドイツのエネルギーシステムの未来を占う実証プロジェクト群「SINTEG」第2回
-SINTEGの基本的な考え方-

2022年2月3日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

【キーワード】アクセプタンス、コミュニティエナジー、ビッグデータ、公有会社、柔軟性

 第1回ではなぜSINTEGが必要か、これまでの実証と何が違うのかの背景を説明した。ドイツでは学術的には脱原発も脱石炭も中長期ではコスト競争力を保ちつつ実現できることはある程度わかっている。しかし、その実現には、これまでと全く違う仕組み、特に新しい市場や電力確保の制度が必要となる。それは技術実証ではなく、社会実証の意味合いも持つ。今回は、SINTEGで重視された民主化、公有企業の役割を中心に、なぜそれらがドイツの文脈で重要なのかを解説する。

市民のアクセプタンスがエネルギーの将来を決める

 E-EnergyとSINTEGの設定する課題の違いの1つが、SINTEGでは一連の技術導入に向けて市民の支持を獲得することが重視されている点である。ドイツでは再エネ技術はこれまで一般市民の支持を得て広がってきた経緯がある。近年の風力開発では景観問題などで開発が遅れるケースも散見され、アクセプタンス(受容度)と投資環境の改善がますます重要になっている。

 再エネを将来より適切に効率的に利用するための制度改革や市場の整備も市民のアクセプタンスを高めるような工夫が必要である。さもなければドイツの高いエネルギーコストが更に上がり、負担ばかり大きくなるというイメージが先行して新規技術の導入が忌避され、制度改革をしても投資を呼び込めないかもしれない。

 例えばドイツは長年に渡り風力資源が豊富な北部から電力需要地である南部への送電系統建設が建設予定地の地元住民の反対で遅れてきた。現在完成しているのは計画の35%程度と言われる。そのため、エネルギー転換はこれまで大幅に遅れてきた。再エネ利用の最適化には、これまで以上に送配電系統への積極的な投資が必要であり、電源以外の投資に対する市民の反対を賛成へと変えていかなければならない。そのためには「エネルギー転換とはなんなのか」を改めて市民に示す必要がある。また現在新たに必要とされる水素系統も新規建設では市民のアクセプタンスが課題となるとみられている。

 すなわち再エネ電源導入だけでなく、それを最適化する様々な技術を知ってもらうことと、その導入がドイツ経済とそこに暮らす人たちに恩恵をもたらすことをわかりやすく示す必要がある。

エネルギー転換における民主化とは?

 ドイツのエネルギー転換でよく語られるテーマに民主化がある。誤解のないように最初にはっきりしておくと、民主化、自由化、民営化は異なる。ドイツにおけるエネルギーの民主化とは、末端消費者までが自己決定権とエネルギーシステムに参加する権利を持つことである。これまで市民や地域が自らの意思で再エネ投資に参加することでエネルギー供給から発生する経済付加価値をより多く地域にとどめ、それが地域のアクセプタンスを高めることに貢献してきた経緯から、このような参加の機会を民主化と呼んでいる。

 ドイツのエネルギー転換で民主化が重視されていることは様々な文献から読み取ることができる。Agora Energiewendeが2017年にまとめた「エネルギー転換2030:ビッグピクチャー(Energiewende 2030:The Big Picture)」は、ドイツのエネルギーシステムを変える7つのトレンドをコスト低下、脱炭素化、エネルギー価格の引き下げ、固定費比率の増加、分散化、デジタル化、民主化(ドイツ語ではすべてDで始まるので7Ds と呼んでいる)としている。大手コンサルEYもエネルギー転換を成功に導く5つのDの1つに民主化を入れている。民主化といえば聞こえはいいが意味は参加であり、たぶんに語呂合わせの意味もあると思われる。

 民主化の例を挙げると家庭や商店などの小さな電力消費者が屋根上太陽光と蓄電池を導入して互いに電力を融通したり、協調して調整電源を提供するSonnenの事例がある。このように民主化は多くの主体がエネルギーの生産手段を獲得し、将来的には多くの家庭や企業がプロシューマーとなることを意味する。EYはスマートメーターの普及によりプロシューマーのエネルギー供給参加の機会が増え、数百万の小中の発電設備が直接的に電力市場と関わりを持ち、アグリゲーターを通じて大規模発電設備と並んで電力市場に参加したり、市場外でエネルギーを融通するエネルギーコミュニティーを構築できたりするようになるとしている1

 例えば最新の地域熱では、ある熱消費者の排熱を別の熱需要家に届けたり、夏季の自らの排熱を取り出して地中に蓄え、冬季の暖房に利用するといったことが行われている。そのため、特にエネルギー供給の民主化(Demokratisierung der Energieversorgung)と強調することもある。つまり、ドイツの民主化は市場取引だけに限らない。

 民主化が進むとエネルギー供給システムのほとんどは電力でいうと配電系統に連係するため必然的に分散化される。小規模分散型のエネルギー供給システムでは、自家消費とローカルでのエネルギーの融通が多くなり、全国大の卸市場や大規模な相対契約は自然に減少して、大規模電源の採算性はますます低くなる。そのため、巨大なコンツェルンによる安定したエネルギーの確保と供給は困難である。

 まもなく発足する新政権は脱原発、脱石炭政策を維持することを明らかにしており2、ドイツでは再エネ設備や柔軟性設備、需要家設備が作り出す膨大な量のデータからデジタル技術を用いて状況を把握、エネルギーシステムを自動的に制御し、需給を調整して安定供給を確保するしかない。結果、すべての生産者と消費者が協調するデジタルでローカルなエネルギーシステムの構築と、需要家の柔軟性の強化が欠かせなくなる。

 民主化とは、目指すべき理想像ではなく、再エネによる安定供給の達成に必要な要件である。

 ここまで説明すると、再エネも近年は大規模な洋上風力プロジェクトが進行していたり、再エネ法に規定される市場プレミアムの入札では大手の開発事業者ばかりが落札する点が疑問点として挙げられる。電源開発はこのような大手による効率性の高い投資がコスト削減に有効という指摘は正しい。また、電力や熱のエネルギーを大量に消費する鉄鋼業や化学産業では、地域住民主体の再エネプロジェクトではとても賄うことはできないため、このような数百MW級の大規模プロジェクトが必要になる。しかし、大規模な再エネ電源の変動はより大きなものとなる。そこで、製鉄所や化学工場のような大規模なエネルギー消費施設にはより大きな柔軟性を発揮することが期待される。例えば余剰電力を用いて水素を製造する、大型蓄電池を導入する、電力を大量に消費する設備の運転を再エネの発電にあわせて最適化するなどの工夫がある。これらは、現在は技術的にも法制度の観点からも高コストの対策である。しかし、例えば再エネ余剰を用いる水電解装置では稼働状況に応じて再エネ賦課金を減免するといった法整備が整い、技術の普及が始まれば中期的に既存の化石燃料技術と競争できるコストまで落とすことができると考えられている。またエネルギー集約的で大量に電気を消費する施設は配電網でもより電圧の高いところで連係しているため、大規模電源と近い電圧で系統に連係する。

 例えば託送費が電力の輸送距離に応じてかかることになれば、物理的にも大規模再エネ電源に近い場所での工場建設などがすすむことになると考えられ、より電力利用の効率を高めることができるだろう。このように大規模エネルギー消費施設は大規模電源と連動することで、より安価にエネルギーを利用することができるようになり、さらには安定供給にも貢献できると期待されている。ただし、大規模と言っても従来の原発や褐炭、石炭のようなGW級ではなく、大きくても数100MW級であること、出資者には従来のエネルギーコンツェルン以外に都市公社も含まれるため、広義の分散化としても良いと思う。

1 Metin Fidan(2020), “Funf Ds, mit denen die Energiewende zum Erfolg wird“ (2020年5月12日公開)
2 ガス発電については、天然ガスは利用できなくなり、クリーンな方法で生産されるバイオガスか水素を使う必要がある。そのため、新政権はガス火力の新設を急ぐとともに、それらが水素対応可能であることを求めている。また、水素やバイオガスの価格競争力を考えると設備エネルギー効率を上げる必要があり、ガスコジェネは特に熱エネルギーを最大限利用することが求められる。いずれにしてもガス火力設備がすべて停止するわけではない。

自治体と公有会社の役割

 すでに述べた民主化のハブになるのが都市公社(Stadtwerke)である。SINTEGの重要な目的の1つに、都市公社が運営する電力・ガス・熱系統のデジタル化に向けた技術の確認と投資のあり方を示すことがある。

 ドイツは送電系統を4つの送電会社(4TSO)が運営しているが、高圧から低圧までの配電網は配電会社(DSO)が運営しており、高圧配電系統を10DSO、その下に800以上のDSOがいる。このDSOの多くは自治体出資のインフラ会社である都市公社である(ただし大手と自治体の共同出資も数多い)。また1998年の電力市場完全自由化以前には都市公社が独占的に電力小売を行ってきた地域も多かった。

 都市公社の特徴は、自らを住民のものと定義することである。都市公社は監査役に自治体の首長や議員がなることが多い。これらの役員は選挙で選ばれるため、住民の声が反映されるエネルギー供給会社という意味で、「住民のもの」とみなしている。そのため、都市公社が存在する地域では電力もガスも中低圧系統と小売は自治体を通じて市民のために活動するセグメントと理解されてきた。

 他方で大規模電源を所有し、都市公社を通じて電力を供給する大手電力会社は市民の声を聞かない自社の利益最優先の存在として批判的に見られることが多い。ドイツでは1986年のチェルノブイリ事故以来、多くの市民が原発の削減と再エネの増強を求めてきたにもかかわらず、大手電力会社がそうした投資を怠ってきたという批判もある。実際に信頼度調査では都市公社は上位に来ることが多いが、大手電力・ガスコンツェルンの信頼度は低いという結果が出ている。これは都市公社が善、大手電力・ガス会社が悪という話ではなく、アクセプタンスをマネジメントする上で、誰が主導するのがスムーズかという問題である。

 しかし、このような都市公社の伝統的ビジネスモデルの成功体験が結果的にデジタル化などの新しい技術導入の妨げになっていることも事実である。特に、小規模自治体の都市公社ほどデジタル化に疎く、中には全くといっていいほどデジタル化されていない都市公社もある。大規模集中型の電力システム、安価で保存が比較的簡単な石油とガスボイラー中心の熱供給システムではデジタル化されていない小規模な都市公社でもビジネスができたが、再エネを中心とした小規模分散型システムへと変わり、常にリアルタイムで状況を把握し、需給調整を行う必要が出てくると昔のような需給管理は機能しなくなってゆく。

 エネルギー転換はデジタル技術を通じて、市民や企業が発電、送配電、小売供給のすべての段階に能動的に参加できる仕組みを作ることである。都市公社はそうしたデジタルエネルギービジネスのハブとなる可能性を秘めている。都市公社が重要な理由は、電力・ガス・熱の系統に投資、運営する主体であること、公共交通も運営していることからモビリティのグリーン化にも関わりが強いこと、自治体を通じて住宅公社などと協力しながらエネルギーに配慮した街区開発も主導できること、そして自治体が所有する構造と伝統あるビジネスモデルの上に築かれた金融機関との信頼関係から10年以上といった長期の投資回収を前提とした息の長いプロジェクトにも融資を受けられることがある。

 例えば、これまでの化石燃料に頼った地域熱事業では地域外の資源に依存し、地域内の経済付加価値を地域外に流出させてきた反省から、都市公社がバイオマスによる地域熱を供給するようなケースが増えてきている。これにより、地域の農林業家が資源の供給者となり、市民が利用することで経済価値を地元に留めることができるようになる。このような都市公社による地域熱も、地域外の資源依存を減らして地域自らエネルギー供給を行うため、エネルギー転換の重要な柱である。

 誤解のないように、都市公社は旧地域独占事業者として安定供給の経験と責任感を持っている。彼らはFIT導入後の20年間も市民が進める再エネ導入に寄り添いながら安定供給の責任を果たしてきた。再エネ100%を支持するものは安定供給を軽視しているといった批判はドイツでは的外れである。都市公社が聞いたら不快に思うだろう3

 ドイツの政治は補完原則に基づいている。地域でできることは地域で、地域でできないことは広域で、広域でできないことは州で、州でできないことは国で、という原則である。SINTEGは大規模集中で国や州、大企業と海外資源依存のエネルギーシステムをデジタル化で改革し、補完原則を再び機能させることで、より安定して経済的な再生可能エネルギー供給を推し進めるものである。

3しかしインタビューの現場でこのようなニュアンスの発言が日本側から出ることは度々あり、通訳をしていて苦労する瞬間でもある。