Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.295 ドイツのエネルギーシステムの未来を占う実証プロジェクト群「SINTEG」第3回

2022年2月10日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

【キーワード】フレキシビリティ、セクターカップリング、C/Sells、太陽光、配電系統

 これまでの2回、SINTEGの前提について説明してきた。改めて説明すると、SINTEGはドイツの将来のエネルギーシステム像を示すために実施された一連の研究であり、実証も技術実証にとどまらず、実装に重点を置き、アクセプタンスの管理、現在の法制度が障害となっている事象などを抽出する目的で行われた。そのため、ドイツの将来のエネルギーシステムのトレンドとして欠かせない民主化について説明したのが前回である。今回はSINTEGの中でも5つの大きな地域プロジェクトと、実証プログラムの中から、太陽光とプロシューマーを組み合わせるC/Sellsを紹介する。

5つのSINTEG地域プロジェクト

 SINTEGはこれまでの様々な実証から可能と考えられるエネルギー転換のオプションをビジネスモデルに落とし込み、必要な制度改革案をまとめるという目的がある。それによって大幅に遅れているエネルギー転換の加速化を目指している。そのためにはより地域の実情に合わせた実証が重要だった。そこでSINTEGはドイツを5つの実証地域に分けた。検証内容はすでに説明したとおり、5つの地域ごとで大きくは変わらないが、地域の実情に合わせてモデルプロジェクトごとに重点に違いがある。例えば北部のWindnodeでは風力を中心に、南部のC-Sellsでは太陽光を中心にしているという点である。



出典:BMWi - SINTEG geht in den Endspurt

プロジェクト 特徴
NEW4.0 北ドイツのエネルギー転換電力からエネルギーシフトへ
2035年の信頼できる100%再エネによる安定供給を模索。エネルギー自給を強化し、地域外への再エネ電力の輸出低減を図る。シュレースヴィヒ・ホルスタイン州とハンブルク都市州から57の組織・機関が参加。
WINDONE 北東ドイツのインテリジェントなエネルギーのためのショーウィンドウ
効率的な再エネ、なかでも風力の利用による電力、熱、交通セクター全体の効率化を模索。メックレンブルク・フォアポメルン、ブランデンブルク、ザクセン・アンハルト、テューリンゲン、ザクセン州、ベルリン都市州から75の組織・機関が参加。
enera エネルギーシフトの次なる大きな一歩
系統、市場、データを駆使してローカルの系統を安定させることが目標。発電、消費、蓄電設備の更新、新設によって柔軟化を図る。電力卸市場との情報交換による市場の活性化も検討。ニーダーザクセン州から63の組織・機関が参加。
DESIGNETZ エネルギーシフトのツールボックス─創造的なエネルギー連携
インテリジェントなエネルギーインフラを構築。分散型の再エネ電源の柔軟で安定した供給システムを構築することが狙い。ノルトライン・ヴェストファーレン、ラインラント・プファルツ、ザールラント州から47の組織・機関が参加。
C-Sells 南ドイツのソーラーアーチの広域的なショーウィンドウ
インテリジェントなエネルギー供給がどう機能するかを実証。太陽光を地域でうまく活用することが主眼におかれ、発電と電力消費のインテリジェントなネットワーク化を検証。バイエルン、バーデン・ヴュルテンベルク、ヘッセンの3州から58の組織・機関が参加。が参加。

 SINTEGは2020年に実証が終了し、結果を報告する論文や報告書が数多く作成されている。サブプロジェクトは全部で100を超えるため、総合的な結論を示すのは難しいが、プロジェクトに参加した企業や研究者はそれぞれの結果に概ね満足しているようである。

 もちろん、実証を通じて実現可能性が低いことがわかった技術やビジネスモデルもある。例えば、家庭間での再エネのP2Pは現在の法律や技術普及水準、設備の価格水準では相当に困難であることがわかった。スマートメーターが大多数の家庭に普及する必要があり、それでも電力市場や自家消費に対して競争力のある価格水準で取引することは難しい。そのためP2Pの実現は、時間がかかるし時間をかけても実現できないかもしれない。

 しかし、SINTEGの当初の目的である法改正の必要な箇所の洗い出しなどはおおよそ達成され、エネルギー転換は実現可能であることが確認されたようだ。これらの結果の多くはResearchgateとLinkedinで公開されている。Researchgateでは2021年9月現在SINTEGに関して535本の論文やポスターが投稿されている。Linkedinは内容の詳細に踏み込む投稿はResearchgateよりは少ないが誰でも参加できるので興味があれば見ていただくとよいだろう1

1 (11) SINTEG - Smart Energy Showcase | Groups | LinkedIn

SINTEGの基本的な考え方

 SINTEGで検証すべきことについてはすでにE-Energyとの違いで説明したとおりだが、改めて閉めると、SINTEGは技術開発よりも、どのアクターがどんな行動を取るべきか、取りえるかなど、エネルギーシステムの将来の実証的な検証に重きをおいている。将来のエネルギーシステムではこれまでとは異なる発想が必要とされる場合もある。

 例えばバンク逆潮流を取り上げると、電力が一方通行のシステムとして設計されている場合、配電系統の下流で電力余剰が発生することは電力品質の維持の観点からあまり好まれてこなかった。日本でもバンク逆潮流は許可されているが、SINTEGではバンク潮流を活用して変電所を超える電流を使って配電エリアが互いに支え合うシステムの可能性が検証された。つまり1つの配電エリアが他の配電エリアの柔軟性となり、電気が余っている時は積極的にバンク逆潮流を行って配電エリア間で融通を行い、電力の足りない配電エリアに供給する仕組みである。このように以前は避けられていたものを、市場などを通じて積極的に活用することは可能だという結果がSINTEGでは示された。これによりDSOにはDSO間での柔軟性のやりとりという新しい役割とともに新しい投資戦略が求められるようになる。

 とはいえ、SINTEGの主眼は基本的には配電エリアが自律的に運営されることである。そのための仕組みとして、配電網レベルで柔軟性を調達するローカルフレキシビリティ市場がある。ローカルフレキシビリティとは、局所的な需給調整を行うための柔軟性で、瞬間的な周波数変動に対応する慣性力市場、調整電源市場や、昼と夜の1日や季節間といった大きな変動をカバーする先物市場や市場外の融通を促進するエネルギーコミュニティーなどが考えられる。ローカルフレキシビリティ市場は既にドイツ以外で導入実績があり、ドイツが必要なのは調達に向けた市場の整備、つまり法律の改正である。

 実際、洋上風力を除く再エネ電力も柔軟性もそのほとんどは配電網に接続される。そのため、TSOよりもそれらの設備情報を詳細に把握しているDSOが自ら調整する方がよい場合もある。特に配電網を運営している都市公社には発電、配電、小売、さらにはガス、公共交通(将来の電気バスの導入先)、地域熱を運営しているものも多くあり、小売の顧客である家庭や企業なども含めて柔軟性資源を抱えている場合も多い。そうしたメリットを活かすためにもローカルフレキシビリティ市場は有効である。逆に、特別高圧送電系統に接続される大型の発電所の役割は徐々に制限されることになり、結果的に市場から退出することもありうる。ドイツは今後SINTEGの成果を活かすため、一方で脱原発、脱石炭政策で大型発電所の閉鎖を誘導し、他方でローカルフレキシビリティと再エネの市場を整備することで大型発電所の自然消滅を図ってゆくことになる。この取組が成功するかは今のところ結論は出ていない。しかしSINTEGの参加者は確かな手応えを感じている。

 2020年の3月に開催されたエネルギー専門の展示会『E-World』ではSINTEG参加者が「エネルギー転換実現のツールボックスは提示された。あとは政治がこのツールどう使うかだ」と語っていた。

 繰り返すがSINTEGの基本はどの地域プロジェクトでも比較的シンプルである。再エネの発電量と電力需要を予測し、電力が余るか不足するかのシグナルを出す。柔軟性を持っている主体はそのシグナルを見ながら取引を行い、需給調整を行う。そして一般的な電力取引終了後(例えば卸市場のゲートクローズ)のズレやブレは予め調達してある調整電源がシワ取りする。E-Energyを経て国レベルで実現したものをローカルレベルで行うのである。もちろん蓄電池メーカーのSonnenや需要家設備を束ねることを得意とするSuedvoltのように比較的小型で使いづらい需要家設備の制御を得意とする事業者も既にいる。彼らはデジタル技術を駆使して小型設備を制御し、全国大の調整電源市場にも参入している。しかしこれはコストがかかるので誰でもできることではない。

 これまでこうしたことがDSOレベルで難しかった理由は、その規模が小さいので送電レベルでは小さな変動も配電レベルでは致命的な変動になりえること、市場を大きくするほうが効率が良いことや、DSOがデジタル化されておらずリアルタイムのデータを持っていないことなどがあった。配電網が停電することはあってはならないので、実証においても安全幅を大きくとった実証が主流だった。そのため、既に存在する技術であるパワートゥヒートやフライホイール、新しい技術である蓄電池や電気自動車、再エネ設備が持つ柔軟性(例えば風車のローターの持つ慣性力やグリッドフォーミングインバータ)など、狭いエリアでは使えるが広域では使いづらい技術が埋もれてしまっていた。

 デジタル化はこのような利用可能性は高いのにデータがないせいで使えない、市場がないせいで誰も提供しない能力にスポットを当てることができる上に、事前にシミュレートすることで運営上の課題を事前に検証できる。

太陽光を主とする小規模分散型システム
(プロシュ-マ-モデル):C/Sells

 具体的な事例を地域プロジェクトの1つ、C/Sellsを例に見ていこう。C/Sellsには南部3州が参加した。これらの州の人口は合計3000万人で大企業が多く、電力多消費地域であり、これまでは原発などの大規模電源が電力を支えてきた。再エネに関しては風力発電は少なく、太陽光発電がポテンシャル、導入量ともに高い地域である。C/Sellsでは56の電力会社、都市公社、研究機関、企業などが参加し、1億ユーロ以上の予算がかけられた。



C/Sellsの参加者
Microsoft PowerPoint - 02 ELECTRA_Csells_Reuter_V1.pptx (electrairp.eu)



C/Sells実証で検証されたセグメントを工事現場のマークで示す
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 C/SellsはCell(細胞)とSells(販売=市場)の2つを意味する。必要に応じてCellの範囲が変わりつつCell間で連係するモジュラー性、Sellつまり市場を中心としてアクターが電力システムの安定供給に貢献する参加性、企業や家庭、街区、蓄熱設備や蓄電池など様々なアクターの参加を認める多様性が重視されている。

 C/Sellsでは、モジュラー性、参加性、多様性を確保するため、需給調整電源や無効電力市場などのシステムサービス市場、スポット市場、TSOとDSOの間でのやり取り、制御可能なローカルシステム(CLS)の管理、アグリゲーターモデル、高圧と中低圧間の変電設備、柔軟性、再エネ、そしてNecarwestheim、Philippsburg原発などの大規模発電設備が検証対象として挙げられた。

 この地域では原発が停止するとこれまでの方法では安定供給はできなくなるため、新しいデジタル技術を活用するために、インフラ情報システム、ハーモナイゼーション・カスケード、地域市場の3つの道具を導入する前提で、それらが高いアクセプタンスを享受しながら普及する制度設計に取り組んだ。

 インフラ情報システムとはデジタル化によってデータを送受信するシステムであり、スマートメーターやリアルタイム発電情報とそれをやり取りするDSOへのデータ提供システムを意味する。

 ハーモナイゼーション・カスケードとは時々刻々と変わる需給状況に応じて調整に最適なCellの規模を判断し(Cellの集合をCellクラスターとも呼ぶ)、互いに現状を共有しながらCellが自律的に運営することを意味する。その際、需給調整は隣接するCellとの融通が優先される。Cellは電圧レベルなどに応じて垂直に積み重ねられるため、カスケードと呼んでいる。ここでも、大きい需要は大きいエネルギー供給設備で、小さい需要は小さいエネルギー供給設備でという補完原則の考え方が用いられる。

 地域市場とは、Cell内で小規模なプロシューマーなどがやり取りする市場である。電力が余っている家庭から不足している家庭へのP2P取引や、フライホイールや電気自動車などによる周波数調整、電力需要と熱需要を見ながらヒートポンプを稼働させるセクターカップリングなどが取引される。すでにP2Pは現行の法制ではコスト的に難しいと書いたが、それ以外の地域レベルでの調整電源などは供給可能であることは確認された。ただし、それにも大幅な法改正が必要である。



地域市場のイメージ
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 実際の運営は、系統状況に関するシグナルを文字通り信号になぞらえて赤、黄、青のような色で発する。DSOがエリア内の発電設備や需要家のデータから例えば翌日の系統の混雑状況を予測し、信号を出して混雑状況を公開する。その情報に基づいてまずは事前に定められた条件にあわせてCellが設定され、Cellごとにローカルフレキシビリティ市場で柔軟性を調達する。こうして信号が青になるまで取引を繰り返し、それでは系統混雑が避けられないとなれば他の配電エリアへ信号を出して調整するという具合に進められる。



Cellがカスケードに応じて信号をやり取りし、個々の需給調整とCell間の需給調整を行う
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 Cellの運営は自律が基本であり、他エリアとの調整は、他エリアから柔軟性を調達することもあれば、逆に自エリアをアイランディングすることもあり得る。

 ドイツはこれまでDSO間の情報共有が十分とは言えず、そもそも低圧エリアでは需要をリアルタイムで把握することすらできていなかった。SINTEGはスマートメーターの普及によってDSOが自社の管轄エリアの粒度の高いデータをリアルタイムで把握し、AIが分析、判断するようになれば安定供給対策として何ができるかを検証した。

 C/Sellsではまずモジュラー性の獲得は可能であることがDillenburgの実証でわかり、C/Sellsのアプローチでアイランディングとブラックスタート用電源を確保することは可能だと評価された。他方で、シュヴェービッシュ・ハルの実証では、カスケードの設定を自動化することは難しいことが判明した。Cell間のカスケード構築には、地域市場の速度や透明性に課題があり、実現は現在の法制度や技術水準では不可能とされた。ついで柔軟性を調達する柔軟性プラットフォームはAltdorfの実証で課題はあるが可能だと評価された。DSOレベルでの系統混雑解消に向け、柔軟性の調達とDSO間の協力は可能だが、柔軟性への投資を十分に引き出すインセンティブ設計は改善の余地があるとされた。アグリゲーションと市場化(販売)については十分可能なことが確認された。特にミュンヘンでインテリジェントな熱ネットワークのアグリゲーションと市場化が再エネの活用を促進できることが確認された。