Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.297 ドイツのエネルギーシステムの未来を占う実証プロジェクト群「SINTEG」第4回 フレキシューマーの登場とセクターカップリングの可能性

2022年2月17日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

【キーワード】風力、セクターカップリング、熱エネルギー、プロシューマー、プラットフォーム

 ドイツの将来のエネルギーシステムのビジョンを紹介する連載。前回は南ドイツでの太陽光の活用とデジタル化、ローカルマーケットに関するSINTEGの結果について記した。今回はは風力セクターカップリングとプラットフォームの取組を紹介する。

再エネ熱利用とセクターカップリング:Windnode

 本連載では、度々熱供給が言及されている。実際、SITNEGではセクターカップリングの中でもパワートゥヒートに柔軟性として大きな期待が寄せられている。理由は、熱の再エネ化が遅れていること、再エネ電力のコストが大幅に下がったことで将来的には熱の電化にもかなり期待が寄せられるようになったこと、熱はエネルギー貯蔵のコストが比較的低く、柔軟性が高いためだ。

 WindnodeではUckermark村の地域熱暖房を風車の電力で賄う実証を行った。近郊の17基の風車は年間発電量の5%に出力抑制がかかっていた。そこで、このような余剰の電力を熱に変え、村の地域熱システムで供給する仕組みである。蓄熱タンクは100万Lの水を93℃まで温めることができ、エネルギー貯蔵量は38,000kWhである。風力発電の余剰が多ければ、数時間で必要な温度まで水を暖めることができ、地域熱系統につながっている35世帯の地域熱暖房需要の2週間分の熱を貯蔵することができる。数時間で2週間分の熱エネルギーを賄うことができるのであり、年間では72万kWhの熱需要をクリーンに供給できる。SITNEGではこの仕組を経済的に成り立たせる法制度が検証された。その結果、法改正で現行技術でも経済性を確保できることが確認できた。



風車と熱のカップリングのイメージ
Strom, Netz, Fluss (stromnetzfluss.de)

 ドイツは冬に熱需要も電力需要も大きくなるが、同時に風車も冬に多く発電する。特に北部の風車の電力余剰は大きく、南部の電力需要地まで運ぶ送電線も不足している。ベルリンや旧東独地域の送電網を運営している50Hertzでは2020年時点で送電線を流れる電力の62%が再エネとなっている1。そこで、風力の余剰が発生する時間(電力価格が低い時間)に熱に変えて蓄えることで化石燃料より安く地域暖房のエネルギーを賄うことができる。また価格が低い時間帯と言っても需要が存在すれば価格の低下抑制効果はあり、電力を捨てることもないため、発電事業者にとっても意味がある。このような地域でのセクターカップリングを成立されるためには、全国大の卸市場ではなく、地域市場が必要である。SINTEGではこのような地域市場がセクターカップリングで機能しうることを確認できた。

 このプロジェクトでは熱系統の往き水温が98℃と高いが、新興住宅では第4世代地域熱や冷温地域熱(第5世代)など、40℃や10℃程度の熱で十分な熱供給システムも存在する。そして数時間から半日程度の風力発電の電力で数週間分の熱を蓄えることができれば、風が吹かない太陽光が照らない時間(Dunkelflaute、最近では日本でもドゥンケルフローテと呼ぶことがあるようだ)でも、暖房用循環ポンプという僅かな電力で暖房を賄うことができる。家庭の暖房需要の大きいドイツ北部でこのような仕組みが機能することが確認できたのはSINTEGの収穫だった。

 SINTEGではないが現在400℃近い熱を効率的に生産できる産業用ヒートポンプや高温で熱を貯蔵する新素材の開発も進められている。これらと組み合わせれば、プロセス熱を大量に消費する企業でも安い再エネ電力を熱エネルギーとして利用できるようになる。SINTEGが示した地域市場によってセクターカップリングの可能性が大きく開かれたと言える。

1Zukunft. erneuerbar: Gemeinsam Potenziale erschliesen (50hertz.com)

より小規模な参加者のためのプラットフォームとブロックチェーン

 SINTEGの検証課題についてC/SellsとWidnodeを取り上げて説明したが、改めてSINTEG全体を通じて強調される考え方について述べておく。それはプロシューマーとフレキシューマーである。

 エネルギーのバランシングは広域で行ったほうが効率は良いが、系統整備のコストを抑えるために熱などのセクターカップリングを使いながら地域レベルで調整しようとすると、やはり家庭のようなより小さな主体のプロシューマー化が欠かせない。熱は長距離の輸送に向いていないためだ。最近ではこれに柔軟な需要家、つまり単に余剰エネルギーを販売するのではなく、柔軟に互いに融通し合う消費者としてフレキシューマー(Flexisumer)という概念も登場した。

 プロシューマーやフレキシューマーとしては個人よりも街区や企業の方が期待される。家庭はやはり小さいので、都市公社などがネットワーク化してまとめたほうが効率が良いからだ。同じくEV充電ポストについても家庭のウォールボックスであればP2Pよりも自家消費のほうがシステムコストなどを考えると良い。都市公社は、このような自家消費の規模や状況をデジタル化された配電系統を通じて把握し、コーディネートする役割が増してゆく。

 しかし、都市公社にとっても家庭にとっても自ら能動的にプロシューマーやフレキシューマーとして行動を取ることは不可能なので、このような小規模な参加者向けの自動取引(融通)プラットフォームが必要になる。都市公社やVPP事業者などのアグリゲーターがこのプラットフォームを利用してローカルな柔軟性を供給するのだが、そこではブロックチェーン技術を用いたスマートコントラクトの活用が期待されている。

 個人的にはごく狭い範囲で限られた設備数であれば、太陽光とEV、暖房設備などを駆使したP2Pも可能だと思うが(ただし瞬間的な変動の影響の度合いも大きいので設計は慎重さが求められるだろう)、配電エリア規模で日常的にスマートコントラクトを用いて取引が行われるかと言えば当面はないと思われる。むしろ街区などの自営線の中で融通するP2Pがまずは現実的だろうし、実務上はPeerからPeerよりもシェア・融通という思想でシステムを設計したほうが良いと考えられている。

 しかし、スマートコントラクトの原型のようなものは既にローカルフレキシビリティ市場で取り扱われている。スマートコントラクトとは、予め取引条件を決めておき、条件を満たした時に契約が履行される仕組みであり、ブロックチェーンを使えば決済までを自動化することができる。

 例えば充電ポストをアグリゲートして調整電源を供給する場合、つながっているEVの充電量が70%以上かつ3時間以上コンセントをつなぐ予定が確定している場合のみ、蓄電池の充電量が50-70%の範囲で柔軟性を提供するといった取引の前提条件を予め定めておき、条件にあった充電ポストのみに指示を送るといった使い方である。こうしたスマートコントラクトによってマイクロ設備を用いるのであれば家庭や集合住宅の暖房設備を用いるパワートゥヒートの持つポテンシャルは特に高く、街区単位で制御できればその容量はかなりのものになることもわかった。



ローカルフレキシビリティ市場プラットフォームのイメージ
NEW4.0(2020), ”Showcasing the energy landscape of tomorrow”

 ブロックチェーンはこれらの一連の取引を、機器の登録から決済まで高いセキュリティと匿名性を確保しながら自動化することができる。

 将来的にスーパーマーケットや工場、集合住宅がプロシューマーやフレキシューマーとなる際はブロックチェーンが活用されるようなるだろう。そのためにも現行法をより簡便にかつデジタル技術に適合させ、例えば機器の登録は、技術的な試験、認証までデジタルで完結できるような仕組みにする必要がある。