Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.302 実潮流に基づく2030年の全国シミュレ-ション

2022年3月17日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

1.はじめに

 送電管理の問題については、東電方式による実潮流(フロ-ベ-ス)の送電管理が、全国に適用される方向で進んでいる。ここでは、政府の2030年度エネルギー需給見通し(以下、2030需給見通し)と同量の再エネや需要を想定するシナリオに対して、発電コスト検証ワーキンググループ(以下、発電コスト検証WG)が想定する燃料費用及びCO2対策費用を発電ユニットごとに課す条件を与えて、実潮流に基づく電力系統運用を現時点で2030年に確定している送電線で行った場合に、再生可能エネルギ-の出力抑制がどのようになるか、送電線の増強が必要かどうかについてシミュレ-ションを行った結果を示している。なお、このシミュレ-ションは、私及びIGES(地球環境戦略研究機関)の栗山、劉、津久井により、共同でIGESの予算により実施されたものである。

2.シミュレ-ションの方法

 フロ-ベ-スの送電運用を再現できるシミュレ-ションソフトとして、米国等において実績のあるABB Power Grids Japan株式会社(以下、APG社)が提供するPROMOD用いてシミュレ-ション行った。このソフトは、送配電網の諸デ-タさえあれば、送配電や発電の種々の制約を考慮した年間の約定時間区分単位の発電指令、送配電の状況をシミュレ-トすることができる。このソフトは、基本的には米国流のフロ-ベ-ス、メリットオ-ダ-で発電指令がシミュレ-トされるが、設定を変更することで、原発や石炭火力のベ-スロ-ド運転も模擬することができる。また、ここでは、全国の送電上位2系統(図1)について、1時間1コマの時間分解能で年間8760時間のシミュレ-ションを行っている。再生可能エネルギ-は、一般に、年間5-8%程度の出力抑制の範囲であれば、立地が可能であると言われている。このため再生可能エネルギ-の出力抑制を評価するには、「最悪の時」だけ取り上げても意味がなく、年間の利用率へのインパクトを評価する必要がある。このためには、フロ-ベ-スによる1時間単位程度の年間シミュレ-ションが必要である。なお、従来の「最悪事態想定」の送電管理では、ここで対象とした多くの送電線は、空き容量なしとなっている。

 シミュレ-ションに用いた上位2系統の送電線網は、図1のとおりであるが、この送電網の結節点(Node)となる変電所、開閉所は表1に示すように、全国で449Nodeあり、これらを接続する610ブランチの送電線により上位2系統のネットワ-クが構成されている。本シミュレ-ションでは、このネットワ-クに関して潮流計算を行い、シミュレ-ションを実施している。

 こられのNode、ブランチの潮流デ-タが各電力会社から公表されているが、ここでは、2018年の各Node、各時間の潮流デ-タを2030年需給見通しに基づき補正し、各Nodeの2030年の8760時間の各時間毎の需要を作成しシミュレ-ションを行っている。

図1 本分析における地域間連系及び地内基幹送電線概要図(沖縄地域を除く)
図1 本分析における地域間連系及び地内基幹送電線概要図(沖縄地域を除く)

表1 本分析で扱う地域別のノード数とブランチ数
表1 本分析で扱う地域別のノード数とブランチ数

 送電線については、2030年時点で供用開始されているものをブランチとして採用しており、会社間連系線については、表2に示すものを用いている。

 発電施設に関しては、以下に示すようにS,S1,S2,S3,S4,S5のシナリオを設定している。

S :2018年電力需要、2018年発電構成
S1:エネ基2030年想定
S2:需要エネ基2030年想定・原発低位想定・再エネ促進想定
S3:需要エネ基2030年想定・原発ゼロ想定・再エネ促進想定
S4:需要エネ基2030年比5%省エネ想定・原発低位想定・再エネ促進想定
S5:需要エネ基2030年比5%省エネ想定・原発ゼロ想定・再エネ促進想定

表2 本分析で使用した地域間連系線容量
表2 本分析で使用した地域間連系線容量

 各シナリオの詳細は表3のとおりである。再エネ促進想定では、太陽光発電125GW,風力発電34GWとしている。なお、再エネの時間変動は、2018年の気象デ-タに基づき変動させている。また、再エネの地理的分布は、各関係団体の立地想定に基づき設定している。

表3 シナリオの詳細
表3 シナリオの詳細

 この他、2030年までに運開が決定している、リパワリング・更新または新設の火力発電ユニット多数についても全て、電源として計算に参入している。また、各シナリオに用いた原発は表4の通りであり、S2,S4の想定では2021年時点で、再稼働済または地元理解表明が得られているものとしている。

表4 シナリオ別の原発稼働
表4 シナリオ別の原発稼働

 2030年時点では、EV,PHVが一定程度普及しているものと想定される。ここでは、エネ基の想定に基づき、表5のような普及想定をしている。EV等については、EV等を調整力として用いるケ-スを別途計算している。EV等の蓄電池の総容量の25%が使用可能であり、かつ、充放電機から1台当たり3.2kWの最大出力が得られるとして計算している。

表5 EV等の想定
表5 EV等の想定

 揚水・ダム式の水力については、調整力としての利用を優先的に行う設定とし、他の電源に関しては、Sシナリオ以外は、基本的にメリットオ-ダ-により、経済的な選択が行われる設定としている。メリットオ-ダ-の計算に当たっては、発電コスト検証WGが想定する2020年、2030年の燃料費等の想定を用いている。

 欧州では、欧州地域全体でTSOの枠を超えた広域送電管理が行われている。ドイツでは、国内法により、出力抑制をする前に他TSOのとの間での広域電力融通を行うことが義務付けられている。これらの地域では、TSOをまたがる送電運用の広域アルゴリズムが実用に供されている。これにならい本シミュレ-ションにおいても、電力会社の枠を超えた全国広域シミュレ-ションを実施している。

3.全国フロ-ベ-スシミュレ-ションの結果

(1)2018年実績値とSシナリオの比較

 Sシナリオは、石炭火力等のベ-スロ-ド運転を模擬するシナリオ設定としたものである。これと2018年の発電実績を比較すると図2の通りとなる。

図2 2018年実績とSシナリオの比較
図2 2018年実績とSシナリオの比較

 図2に示すようにPromodにて、2018年度の運用の状況が、概ね再現されている。ただし、ベ-スロ-ド運用に関して電力各社で具体的にどのような形で発電指令の優先順位等設定がされているのかは公表されておらず、また、各社の独自の判断で連系線から他社電力を導入をしているので、このような各社の独自の判断の詳細を想定することは困難であり、忠実に再現することはできない。

(2)2030年の各シナリオ

 2030年のS1-S5のシミュレ-ション結果は、図3のとおりである。

図3 2030年のシナリオ別シミュレ-ション結果
図3 2030年のシナリオ別シミュレ-ション結果

 図3を見ると、S1-S5のいずれのケ-スにおいても、「2030年需給見通し」よりも石炭火力の出力が少なく、ガス火力の出力が多くなっている。これは、「2030年需給見通し」では、政策的に各電源の比率が決められているが、S1-S5のシナリオでは、メリットオ-ダ-およびリアルタイムの潮流計算を行っていることによる。2030年の発電コスト検証WGの燃料価格想定による燃料価格の設定の結果により、近年の石炭火力よりもLNG火力の方が発電単価が低いという状況を反映するとともに、石炭火力発電よりもガス火力発電の方がランプアップ・ダウンの速度が速いために、シミュレ-ションで行われるSCUCの電源選択において応答の早いガス火力が再エネの変動を吸収するために多用されていることが理由として考えられる。なお、総発電コストは、当然、メリットオ-ダ-方式の方が低くなることになる。いずれのシナリオにおいても、再エネや原発は、想定されたものが十分に活用されている。なお、石炭火力の出力が減少しているので、S1,S2,S4のシナリオでは、二酸化炭素の排出量も、「2030年需給見通し」より減少している。原発の止まるS3シナリオでは増加するが、5%省エネを行うS5シナリオでは、原発が止まっても、「2030年需給見通し」と同程度の二酸化炭素排出となっている。

(3)出力抑制の状況

 2030年のS1-S5シナリオの出力抑制の状況は、表6のとおりである。

表6 シナリオ別の出力抑制の状況
表6 シナリオ別の出力抑制の状況

 「2030年需給見通し」の想定どおりの再エネ導入、原発導入であるS1シナリオにおいても出力抑制は3%程度に収まっている。原発の導入量の少ない、S2-S5シナリオではさらに出力抑制は減少するという結果となっている。地域別にみると出力抑制率の高い地域は北海道と九州で、一部地域で8%程度となっている。地理的に見た出力抑制の分布は、前提となる電源や需要地の位置との関係で微妙に変化するが、北海道や九州においても全域で出力抑制が高くなるわけではなく、需要が小さく送電線の弱い地域に出力抑制の高い地域は限定的に現れる。図4は、北海道、九州における出力抑制の高い地域を示したものである。北海道では、需要が小さく送電線のキャパシティの低い道東地域に出力抑制比率の高い地域が出現している。九州でも同様に九州南部の需要の小さい地域を中心に出力抑制比率が高くなっている。

図4 S1シナリオで出力抑制比率の高いNode
図4 S1シナリオで出力抑制比率の高いNode

 道東や九州南部は、特に再エネ資源に恵まれている地域ということでもないので、再生可能エネルギ-の立地選定にあたっては、これらの地域の優先順位を低くすると出力抑制の状況はさらに改善されることになる。

(4)混雑する送電線

 電力会社の地域内送電線の混雑の状況は各シナリオ毎に図5のとおりとなっている。図5からわかるようにいずれのシナリオにおいても電力会社の地内線が運用要領に達することはほとんどなく、地内線に関しては送電線のキャパシティの問題は2030年段階では発生しない。ごくわずかに運用要領まで用いられる瞬間のある地内線があるが、ここでは詳細に分析していないが、これらは図4で示される送電線の脆弱な地域に多いことが想定される。

図5 各シナリオにおける電力会社内送電線の利用状況
図5 各シナリオにおける電力会社内送電線の利用状況

 これに対して、会社間連系線については、図6に示すように北海道-東北、中部-北陸、中部-関西、北陸-関西、関西-四国、中国-四国の連系線は、運用容量の限界まで用いられている時間が多い。従来は、電力会社内で基本的に需給マッチングすることが原則で、会社間連系線は各電力会社管内で需給マッチングが困難となるような緊急事態に利用されるという想定となっていた。このために、現在の会社間連系線の容量は、欧米のように電力会社間で日常的に広域融通をするには、やや不足しているということが言えよう。

図6 各シナリオにおける会社間連系線の利用状況
図6 各シナリオにおける会社間連系線の利用状況

 特に、国内天然資源である再生可能エネルギ-の資源分布には地域差があり、一方で需要の分布にも地域差があるという状況を考えると再生可能エネルギ-資源を最大限に活用するためには、電力の広域融通が不可欠と考えられる。今後は、広域融通を前提とした会社間連系線の増強が必要となるものと考えられる。今回のシミュレ-ションで、3%程度の出力抑制が発生した理由の一つにこの会社間連系線のキャパシティ不足があげられる。例えば、北海道-東北の連系線のキャパシティを増強すれば、北海道の出力抑制はさらに減少することになる。

(5)EV電池の活用

 「2030需給見通し」で想定している通りにEV、PHVが導入され、かつ、その蓄電池のキャパシティの25%が調整力として利用可能であるとした場合に、再生可能エネルギ-の出力抑制にどの程度の影響があるかのシミュレ-ションを行った。EV・PHVの分布は現在の同車格の登録車・軽自動車の地域保有台数に比例する形で各Nodeに紐づけている。EV等を調整力として利用した結果は、表7のとおりである。

表7 EV・PHVによる出力抑制の改善効果
表7 EV・PHVによる出力抑制の改善効果

 表7で-1%とあるのは、EV等の調整力が無い場合に3%の出力抑制があったものが、EV等の調整力により2%に改善されるということを示している。EV等を調整力として用いることによる改善効果は、全国平均では最大で1.5%(S1の洋上風力)得られている。これは、出力抑制量にすると44%の改善にあたる。シミュレ-ションのSCUC上では、EV等の調整力は揚水発電と同様の挙動をしている。2030年時点では、まだ十分なEV等の普及状況ではないが、調整力として一定のポテンシャルを持つことが理解できる。

(6)石炭火力の利用率

 我が国においては、ごく最近までIPP等の石炭火力の新規立地が盛んであった。本シミュレ-ションにおいても2030年の電源として確定しているこれらの発電施設を組み込んでいる。こられの石炭火力発電所は、事業評価の段階では70%の利用率を設定していることが多いものと考えられるが、実際に2030年の電源構成でこれらの石炭火力発電に70%の利用率が確保できるような発電指令が出されるという保証はない。2030年の基本となるS1ケ-スにおける石炭火力発電所の利用率をプロットすると図7のとおりとなる。

図7 S1シナリオの石炭火力の利用率
図7 S1シナリオの石炭火力の利用率

 S1シナリオでは、石炭火力発電の利用率は一般的には20-30程度以下にとどまることが示されている。事業想定において利用率を70%にした石炭火力発電所は、S1シナリオでは赤字操業になる可能性が示されている。なお、実発電単価も上昇することになる。

4. まとめ

 2030年における全国フロ-ベ-スのシミュレ-ションによって、上位2系統の基幹送電線については、ほぼ現況の送電線のままでもほとんど出力抑制をせずに大量の再エネを導入できることが明らかとなった。また、原発の稼働が「2030需給見通し」より少ない場合においても二酸化炭素46%削減は達成されることも示されている。

 我が国においても、欧米では一般的となっているフロ-ベ-スの送電管理を導入し、現況送電線の効率的な利用を行えば、少なくとも2030年目標レベルでは、送電線の増強は必要がないということが本シミュレ-ションでは示されている。しかし、再生可能エネルギ-の出力抑制をさらに少なくするためには、会社間連系線を増強し、我が国国内においてもEUと同様に送配電会社間の本格的な広域融通ができる体制とすることが望まれる。これは2050目標の達成のためにも必要となろう。今回のシミュレ-ションでは、電気自動車を調整力として利用するとかなりの効果があることも示された。2030年段階では電気自動車のシェアはまだ小さいが、2050年段階となると大きな役割を担う可能性があることが示唆される。今後は、2050年のネットゼロの場合についての送電運用についてシミュレ-ションをしていくことが必要であろう。

参考文献

地球環境戦略研究機関(IGES)「実潮流に基づく送電線運用を行った場合の2030年の電源構成に関わる分析」(2022.3)