Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.310 再生可能エネルギー発電プロジェクトに係る土地利用権原の確保
― 案件組成後のモニタリングにおける実務上のリスクを中心に ―

株式会社日本政策投資銀行 ストラクチャードファイナンス部
調査役/弁護士 伊藤 康太

【キーワード】土地利用権原確保、地権者、モニタリング

 FITによる調達期間の相当期間が経過する再生可能エネルギー発電プロジェクト(以下、「再エネPJ」という。)も多くなる中、再エネPJにおける土地の利用権原(以下「権原」という。)の確保に関して、再エネPJの組成段階では必ずしも明確にモニタリングすることが想定されていなかったリスクが顕在化し得る。本コラムでは、再エネPJの実務上想定されるこのような一般的なリスクと対応方針を中心に検討する。

 なお、文中意見にわたる部分は、筆者の私見であり、筆者の所属する組織の見解ではないことを申し添える。

1.再エネPJにおける土地権原確保

 継続的な権原の確保は、プロジェクトファイナンス(以下「PF」という。)を組成する再エネPJにおいて不可欠の前提であり、融資契約上、借入人の遵守すべき誓約事項として義務となる。卒FIT後もキャッシュフローを生む再エネPJとして存続することが予定される場合にも、権原確保期間の更新及び継続の確実性に係る見通しが肝要となる。

2.期間の経過による権原の変動

 権原が確保された土地(PF組成時の法務Due Diligence(以下「法務DD」という。)で、法務DDの基準時点における権限の確保が確認された土地)であっても、その後の期間の経過により、権利関係に変動が生じ得る。特に、(i).地権者の相続の発生や(ii).地権者(場合によってはPFの存在を知らない相続人)による当該土地の所有権の第三者への譲渡が実務上の論点となり得る。これらの事項が発生した場合を想定して土地利用権原設定契約やアセットマネジメント契約等PFの関連契約に予めそのような場合の対応を規定している場合もあるが、必ずしも全ての再エネPJの契約において十分に明確に規定されているわけではない。また、仮に上記のような規定があったとしても、権利関係の変動について、そのような規定の存在を知らない新たな地権者等から適時に情報を得られないと、適切な実務対応が遅れてしまうことになり得る。

3.権原変動により生じるリスク

 たとえば、権原の変動が生じた場合、借入人としては、新たな地権者に地代や賃料等(以下「地代等」という。)を支払わねば、地代等支払義務の債務不履行となりえ、権原を失ってしまいかねない。特に、相続や所有権の第三者への譲渡が起きた場合には、適時に状況を把握しないと、数次相続や更なる権原の変動等、法律関係がより複雑になり、誰が現在の地権者なのか特定できないという事態にもなり得る。また、PFの貸付人たる金融機関としては、新たな地権者を適時に把握しないと、当該地権者が再エネPJの継続を不可能ならしめる属性の持主でないかの確認が遅れてしまうことにもなり得る。

 たとえ小さな土地であっても、再エネPJの事業の継続性の観点からは重要な土地である場合もある点に留意が必要である。また、適時適切な情報収集がなされなければ、同一の再エネPJ上の複数の土地について、地権者の権利変動が生じていることに気づけない事態となることも想定される。そして、長期に亘る再エネPJにおいて、権原の変動が気づかれることなく累積してしまった場合、案件組成時のように法務DDの予算を捻出するのも困難ななか、膨大な分析や事務作業に対応せねばならない事態にもなりえ、再エネPJ担当者にとって相当な負担となり得る。

4.モニタリングの必要性に係る認識

 たとえば、PF組成時において権原に係る対抗要件が何らかの理由で具備できず、容認事項としてPFが組成され、継続的なモニタリングによりリスクを低減すべきと整理される等、モニタリングの必要性が高いと認識されている案件もあろう。

 一方で、以下のような要因が複数重なること等により、権原確保状況のモニタリングへの対応が構造的に不十分になってしまうおそれもあり、モニタリングの必要性について留意しておくべきと思われる。

①新規PF案件の組成に重きが置かれ、PF組成時の法務DDの基準時点で権原が確保されていることが確認されたことにより、その後のモニタリングの必要性についてはかえって明確に認識されない場合があること
②PF案件組成時の経緯等により、PFにおける貸付人側のモニタリングを意識した明確な規定が、必ずしもPF関連契約に十分に含まれていない場合があること
③案件ごとのテーラーメイドであるのが一般的なPFにおいては案件ごとに想定されているモニタリングの主体や内容が異なり複雑であること
④モニタリングを担当する事業者や部署におけるモニタリング業務の位置づけがプライオリティの高いものではない場合があること
⑤再エネPJの担当者の変更により十分な引継ぎがなされないことがあること

5.複数の手法による対応

 権原変動の有無の一般的なモニタリング手法として、たとえば、①事業用地の不動産登記簿謄本の定期的確認、②地代等の振込先の銀行預金口座が機能しているか(相続等を原因に凍結され、地代等振込入金ができなくなっていないか)の確認、③地権者とのコミュニケーションによる確認が考えられるが、以下のとおり、個別の事案によっては、個々の手法が必ずしも有効に機能しない場合も想定される。

①不動産登記簿謄本の内容の定期的な確認については、PFに関連する契約上明確な義務としては定められていない場合も多いだけでなく、地権者の相続等に係る権原の変動について整理が進まず、登記にその内容が反映されるまでに相当の期間を要している場合や、地権者が登記申請費用を負担する意思がない等の理由から権利関係の変動に係る登記申請が行われない場合等も想定される。
②地代等の振込先の銀行預金口座の凍結については、たとえば、主に地権者と地代等の振込先の銀行預金口座名義人が一致している場合に、地権者に相続が発生し、地権者の親族等からその旨の連絡が当該銀行預金口座のある銀行に届いた場合が考えられる。しかし、PF組成時に、地権者と振込先の銀行預金口座名義人を一致するように求めているとは限らない。したがって、地権者と振込先の銀行預金口座名義人が別となっている場合には、銀行預金口座の凍結がなされず、地権者に相続が起きていることを了知する端緒とならない場合も想定される。
③地権者とのコミュニケーションについては、再エネPJの組成後にこれを十分に行うかについて、PFの関連契約において明示的に定められることも少なく、借入人関係者の対応方針次第となってしまう面が否めない。仮に借入人関係者において、地権者とのコミュニケーションを定期的に行い、情報収集を行っていく方針(たとえば、定期的に確認の通知を行う等)があったとしても、地権者から適切な情報を入手することが困難な場合(地権者と連絡がつかない場合や地権者が高齢者である場合等)も想定される。

 このように、決め手となると思われるモニタリングの手法がない以上、複数の対応策について、PFに係る各種関連契約の中に具体的に規定し、又は、関係者間で明示的に議論の上調整しておく等、案件ごとの内容やリスクに応じて必要なモニタリングが可能なように対処しておくことが肝要と思われる。

6.権原確保に問題が生じてしまった場合の対応方針

 仮に権原確保に何らかの問題が生じた又はそのリスクが高くなった場合の一般的な解決策としては、PFの借入人が、権利関係変動後の現在の地権者との間で権原の承継に関する契約を締結することが考えられる。その際に規定する条項については、個別の事案の内容に応じ、たとえば、以下の事項に関する条項等を検討することが考えられる。

①従前の権原に係る権利義務及び契約上の地位の新地権者に対する有効な承継
②権原に係る対抗要件具備
③権原に対し貸付人の担保権が有効かつ適切に設定され存続すること
④当該担保権の実行に係る承諾及びその際の協力
⑤相続手続の完了及び相続手続に関連した紛争等が発生していないこと
⑥過去の地代等の支払が適切に地権者に対してなされていたこと
⑦今後の地代等の振込先の銀行預金口座名義人が現在の地権者と一致していること
⑧権原の変動が生じた場合や借入人から要請があった場合の地権者による適時報告
⑨地権者以外に土地を占有している第三者がいないこと

 なお、長期に亘る再エネPJにおいては、相当数の権原の変動が発生するのが通常であり、その度に、貸付人の承諾等の手続を行うことは、借入人及び貸付人双方の事務方にとって、負担となり得る。通常想定されうる権原変動であれば、イレギュラーな事態が発生しない限りは、簡易な手続で済むよう、PFの関連契約において、明示的に規定しておく等の対応を検討することも一案であろう。

7.上記と関係性の深い今般の不動産登記法の改正点

 今般、不動産登記法が改正され、施行日である2024年(令和6年)4月1日以降、所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならないこととなり、これは、遺贈の場合も同様とされることとなった(なお、当該施行日前に相続が発生した場合には、相続等により、所有権を取得したこと等を知った日又は当該施行日のいずれか遅い日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請する義務を負うことになる。)。もっとも、相続人が相続又は遺贈の対象となる不動産の存在自体を知らないケース等の場合には、「当該所有権を取得したことを知った日」が到来しないため、上記の登記申請義務が生じていないこともあり得ることから、留意が必要である。

 上記の登記申請義務に加え、遺産分割協議の結果、不動産の所有権を取得した相続人は、遺産分割の日から3年以内に、その内容を踏まえた登記の申請が義務づけられる。

 これらにつき、正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、10万円以下の過料の行政罰が適用され得ることとなる。

 また、上記不動産登記法の改正により新設される相続人申告登記の制度により、相続又は遺贈による所有権の移転の登記を申請する義務を負う者が、登記官に対し、所有権の登記名義人について相続が開始した旨及び自らが当該所有権の登記名義人の相続人である旨を申し出た場合には、登記官は、職権で、当該申出をした者の氏名及び住所その他事項を所有権の登記に付記することができるものとされた。この相続人申告登記は、権利移転を公示するものではなく、相続の開始と法定相続人とみられる者を報告的に公示するに留まるものとされているが、上記モニタリングの確認対象の一つになろう。

 上記等の今般の改正が本コラムに記載した再エネPJ上の論点について解消する方向に作用するよう、今後の実務運用が期待されるところである。